死別の予期不安で電話が怖い30代女性の相談事例|大切な人を失う不安との向き合い方

身近な人との別れが続くと、心の中に「次は誰かを失ってしまうのではないか」という不安が残ることがあります。
何かが起きているわけではないのに、電話が鳴っただけで胸がドキッとする。
夜になると、ふと亡くなった人のことを思い出して眠れなくなる。
そんなふうに、まだ起きていない未来の別れが、今の生活に影を落としてしまうことがあります。
今回のご相談者様は、関東にお住まいの30代女性Oさんです。
相談方法は対面で、相談テーマは死別の予期不安でした。
Oさんは、祖父・祖母・父・夫の父、夫の母、会社の上司など、自分の周りの人との死別が増えてきたことをきっかけに、不安を強く感じるようになりました。
身内や会社の上司などとの別れが続く中で、この先も大切な人を突然失うかもしれないという予期不安が、常に付きまとうようになっていたそうです。
「また亡くなった知らせの電話が来ると思うと電話が怖いです」
Oさんのこの言葉には、いつ知らせが来るかわからない怖さと、もうこれ以上つらい別れを受け止められるのだろうかという不安が重なっているように感じました。
本当は、できることなら死別の不安をなくしたい。
けれど、すべての死別を自分でコントロールすることはできない。
そのどうにもならなさが、Oさんの心をさらに苦しくしていました。
私はまず、Oさんが抱えている死別への不安を、急いで整理しようとはせず、そのまま吐き出していただく時間を大切にしました。
怖いと感じること。
電話が鳴るたびに身構えてしまうこと。
考えると眠れなくなること。
その一つひとつを、否定せず、Oさんのペースに合わせてお聴きしていきました。
死別を不安に感じることは、おかしいことではありません。
大切な人を失う経験が続けば、また同じことが起きるのではないかと怖くなるのは、とても自然な反応だと思います。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■ 年齢:40代
■ キャッチコピー:安心できる雰囲気でゆっくり丁寧にお聴きします。
■ 得意なテーマ
- ペットロス・グリーフケア(死別や離別による悲嘆反応)
- 身近な人間関係の悩み(親子・配偶者やパートナー・女性同士など)
- とにかく話を聴いてほしいとき
■ 聴き方・スタイル
- お相手のペースに合わせてゆっくり聴きます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- 否定せず、穏やかに受け止めます
- 沈黙も気まずくしないスタイルです
■ 経験
- 自分自身のペットロスとグリーフの経験によりグリーフケアを学び、対象別自助グループ傾聴ボランティアに参加(ペット・配偶者やパートナー・子ども・親・きょうだいを亡くされた方々が参加する会)
- 死別経験(妊娠後期流産・義父・義母・父・愛犬)
- 病気で介護状態になった父の身元引受人の経験
- 結婚生活20年以上
- 犬の飼育経験
- 子育て経験
- 両親の離婚や母の再婚により複雑な家庭環境で過ごした経験
- 資格・認定:認定傾聴カウンセラー/グリーフケア心理カウンセラー/ペットロス専門士/グリーフ専門士/グリーフケア・アドバイザー/心のサポーター/かかわり愛サポーター
■ 大切にしていること
- どんなお話も否定しません
- 話したくないことは無理に聞きません
- 気持ちが整理されていなくてもそのままで大丈夫
- 泣いても沈黙してもOK
■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:犬/お花/映画やドラマ鑑賞
- よく言われる性格:「やさしい」「落ち着いている」「話しやすい」「頼もしい」
- ちょっとしたこだわり:自分時間を大切にしてコーピングを増やすこと
- 聴き手としての密かな強み:「お相手の気持ちを受け止め共感すること」
■ メッセージ
今おひとりで抱えているつらいお気持ちや社会では理解されにくいことなど、どのようなお話でも大丈夫です。うまく言葉にならなくても泣いてしまっても問題ありません。あなたのペースで、安心してお話しくださいね。
目次
- ○ 身近な人との死別が続き、「次は誰かを失うのでは」と不安になった
- ・身内や職場の人との別れが重なり、心が休まらなくなっていた
- ・「また亡くなった知らせの電話が来るかも」と電話が怖くなった
- ・死別を怖がる自分を責めずに、まずは不安を言葉にする
- ○ 電話が鳴るたびに怖くなる、死別の知らせへの予期不安
- ・電話の音が、悲しい知らせと結びついてしまうことがある
- ・考えると眠れなくなるほど、不安が夜に強くなっていた
- ・「死別は避けられない」とわかっているからこそ苦しかった
- ○ 過去の死別が続いたからといって、未来も同じとは限らない
- ・「また起きるに違いない」と感じるのは、心が身構えているから
- ・過去と未来を少しずつ分けて考える
- ・死別そのものではなく、受け止め方に目を向けていく
- ○ 死別への不安はおかしいことではなく、少しずつ受け止め方を整えていく
- ・不安をなくすことより、怖がる自分を責めないことが大切
- ・悲嘆反応は特別なことではなく、自然に起こる心の反応
- ・これからの不安に備えるより、今の気持ちを丁寧に扱っていく
- ○ 死別への不安を、ひとりで抱え続けなくて大丈夫です
身近な人との死別が続き、「次は誰かを失うのでは」と不安になった
大切な人との別れは、一度だけでも心に大きな影響を残します。
それが短い期間の中で何度も続くと、悲しみだけでなく、「また同じことが起きるのではないか」という不安が強くなることがあります。
今回のご相談者様は、関東にお住まいの30代女性Oさんです。
相談方法は対面で、相談テーマは死別の予期不安でした。
Oさんは、祖父・祖母・父・夫の父、夫の母、会社の上司など、自分の周りの人との死別が増えてきたことをきっかけに、不安を感じるようになりました。
身内だけでなく、職場で関わっていた方との別れもあり、気づけば「人は突然いなくなってしまうものなのだ」という感覚が、心の中に強く残っていたのだと思います。
Oさんが繰り返し考えていたのは、「また次の死別がきたらどうしよう」ということでした。
まだ何かが起きたわけではありません。
でも、電話が鳴るとドキッとする。
「亡くなった知らせだったらどうしよう」と身構えてしまう。
考え始めると眠れなくなり、憂鬱な気持ちが常にある。
そうした状態が続いていました。
本当は、できることなら死別の不安をなくしたい。
けれど、すべての死別を自分でコントロールすることはできません。
そのどうにもならなさが、Oさんの不安をさらに大きくしていたのだと思います。
私はまず、Oさんの不安を「考えすぎ」と受け流さず、そのまま言葉にしていただく時間を大切にしました。
死別を怖いと感じることは、おかしいことではありません。
大切な人を失う経験が続けば、心が次の別れに備えようとしてしまうのは、とても自然な反応です。
大切なのは、不安を無理に消すことではなく、まず「こんなに怖かったんだ」と自分の気持ちに気づいていくことなのだと思います。
身内や職場の人との別れが重なり、心が休まらなくなっていた
Oさんは、祖父・祖母・父・夫の父、夫の母、会社の上司など、身近な人との死別を何度も経験してこられました。
ひとつひとつの別れには、それぞれ違う悲しみがあります。
家族との別れには、思い出や後悔、もっと話したかったという気持ちが残ることがあります。
夫の親との別れには、自分だけでなく家族全体の変化も関わってきます。
会社の上司との別れには、日常の中で突然その人がいなくなる寂しさや、職場の空気が変わる感覚もあるかもしれません。
身内だからつらい。
職場の人だから軽い。
そんなふうに簡単に分けられるものではありません。
関係性が違っても、別れが続くことで心には少しずつ疲れがたまっていきます。
最初のうちは、その都度悲しんで、何とか日常に戻っていたのかもしれません。
けれど、何度も続くうちに、「また誰かがいなくなるのではないか」と心が先回りするようになることがあります。
Oさんの場合も、周りの人との死別が増えてきたことで、この先も大切な人を突然失うかもしれないという不安が、常に付きまとうようになっていました。
これは、心が弱いから起きていることではありません。
むしろ、それだけ何度もつらい知らせを受け止めてきたからこそ、心が警戒するようになったのだと思います。
人は、過去に強いショックを受けると、似たような出来事に備えようとします。
また同じ痛みを味わわないように。
次は少しでも早く気づけるように。
そうやって心が守ろうとしてくれることがあります。
でも、その守ろうとする働きが強くなりすぎると、まだ何も起きていない日常の中でも、ずっと緊張し続けることになってしまいます。
私は、Oさんがどれだけ長い間、心を休められずにいたのかを丁寧にお聴きしました。
死別の話は、周りに何度も話しづらいことがあります。
「またその話?」と思われたらどうしよう。
重たい話だと思われたらどうしよう。
そんな気持ちから、ひとりで抱えてしまう方もいます。
でも、怖いと感じているなら、その怖さには理由があります。
まずは、その不安を安心して出せる場所が必要だったのだと思います。
「また亡くなった知らせの電話が来るかも」と電話が怖くなった
Oさんにとって、特につらかったのは電話でした。
「また亡くなった知らせの電話が来ると思うと電話が怖いです」
この言葉には、これまで受けてきた知らせの重みが詰まっているように感じました。
電話は、本来なら日常の中にある普通のものです。
家族からの連絡かもしれない。
職場からの用事かもしれない。
友人からの何気ない連絡かもしれない。
でも、過去に電話でつらい知らせを受けた経験が重なると、電話の音そのものが怖くなることがあります。
着信音が鳴った瞬間に、心臓がドキッとする。
画面を見る前から体が固まる。
「誰からだろう」より先に、「悪い知らせだったらどうしよう」と考えてしまう。
Oさんも、いつ亡くなった知らせが来るかわからないという怖さを抱えていました。
実際には、すべての電話が悪い知らせではありません。
頭ではそれがわかっていても、体は先に反応してしまいます。
これは、気にしすぎというより、心と体が過去の経験を覚えている状態に近いのだと思います。
つらい知らせを受けたとき、人はその場面の感覚を強く記憶することがあります。
電話の音。
画面に出た名前。
相手の声のトーン。
その後に聞いた言葉。
そうしたものが心の中に残り、次に似た状況が起きたときに、不安が一気に出てくることがあります。
Oさんは、電話が鳴るたびに「またかもしれない」と身構えるようになっていました。
そして、電話が鳴っていない時間でさえ、次の知らせを待っているような緊張が続いていたのだと思います。
これはとても疲れる状態です。
常に心が警報を鳴らしているようなものだからです。
私は、Oさんに「電話が怖いなんて変です」とは感じませんでした。
むしろ、それだけ何度も大切な人との別れを経験してきたからこそ、電話に怖さが結びついてしまったのだと思いました。
不安には、ちゃんと背景があります。
だからまずは、怖がっている自分を責めないことが大切です。
電話が怖いと感じることは、弱さではありません。
それだけ心が、もうこれ以上つらい知らせに傷つきたくないと感じているサインなのだと思います。
死別を怖がる自分を責めずに、まずは不安を言葉にする
Oさんは、本当はできることなら死別の不安をなくしたいと思っていました。
誰かを失うかもしれないと考え続けるのは、とても苦しいことです。
朝起きても、気持ちが重い。
電話が鳴ると身構える。
夜になると考えが止まらなくなり、眠れなくなる。
そんな日が続けば、「こんなに不安になる自分はおかしいのではないか」と思ってしまうこともあります。
でも、死別を怖がることは、おかしいことではありません。
生きている限り、人はいつか誰かとの別れを経験します。
頭ではわかっていても、それを心から簡単に受け入れられるわけではありません。
まして、Oさんのように身近な人との別れが続いたあとなら、また次の別れが来るのではないかと不安になるのは自然なことです。
不安をなくそうとすればするほど、不安は強くなることがあります。
「考えないようにしよう」と思うほど、頭の中ではそのことばかり浮かんでしまう。
「大丈夫」と言い聞かせても、体は緊張したまま。
そういうことは少なくありません。
だからこそ、私はまずOさんに、不安を無理に消そうとするのではなく、そのまま言葉にしていただくことを大切にしました。
「また次の死別がきたらどうしよう」
「電話が怖い」
「考えると眠れない」
「いつ知らせが来るかわからないのがしんどい」
そうした言葉を出していくことで、心の中にぎゅっと詰まっていた不安が、少しずつ見える形になっていきます。
見える形になると、少し距離を取って眺められるようになります。
不安を言葉にすることは、不安を大きくすることではありません。
むしろ、ひとりで抱え込んでいたものを外に出すことで、「自分は何が怖かったのか」に気づけることがあります。
Oさんの場合も、死別そのものへの怖さだけでなく、「突然知らされること」「何もできないまま大切な人を失うこと」「次も同じように傷つくこと」への不安が重なっていました。
まずはそれを、一つずつ丁寧に扱っていくこと。
そこから、少しずつ心の受け止め方を整えていけるのだと思います。
電話が鳴るたびに怖くなる、死別の知らせへの予期不安
死別への不安は、頭の中だけで起きるものではありません。
「また誰かを失うかもしれない」と考えるだけで胸が苦しくなったり、電話の音を聞いた瞬間に体がこわばったり、夜になっても考えが止まらず眠れなくなったりすることがあります。
Oさんの場合も、いちばん強かった感情は不安感でした。
特に大きかったのは、「いつ亡くなった知らせが来るかわからない」という怖さです。
電話が鳴るたびに、「もしかして、また誰かが亡くなった知らせかもしれない」と思ってしまう。
何も起きていない日常の中でも、次の悲しい知らせを待っているような感覚があり、憂鬱な気持ちが常に付きまとっていました。
死別そのものを避けることは、誰にもできません。
それがわかっているからこそ、Oさんは苦しかったのだと思います。
「気にしすぎないようにしよう」と思っても、電話の音をきっかけに不安が出てくる。
「大丈夫」と自分に言い聞かせても、眠る前になると考えが戻ってくる。
こうした状態は、意志の弱さではありません。
大切な人との別れが続いたことで、心が次の痛みに備えようとしていたのだと思います。
私は、Oさんが感じている怖さを急いで否定せず、まずは「電話が怖い」と言えること自体を大切にしました。
不安を抱えている人にとって、自分の怖さを言葉にするのは簡単なことではありません。
「こんなことを言ったら変だと思われるかもしれない」
「まだ何も起きていないのに、不安がるのはおかしいのではないか」
そう感じて、心の中にしまい込んでしまうこともあります。
でも、Oさんの不安には理由がありました。
身近な人との死別が続いた経験。
突然知らせを受け取る怖さ。
どうにもできない出来事を前にした無力感。
それらが重なった結果、電話という日常の音にまで不安が結びついていたのです。
まずは、不安があることを否定しない。
そして、その不安がどこから来ているのかを一緒に見ていく。
そうすることで、Oさんの中にあった「私はおかしいのかもしれない」という苦しさが、少しずつゆるんでいくように感じました。
電話の音が、悲しい知らせと結びついてしまうことがある
電話は、日常の中ではとても身近なものです。
家族からの連絡。
友人からの用事。
職場からの確認。
本来なら、電話が鳴っただけで強い不安を感じる必要はないのかもしれません。
けれど、過去に電話でつらい知らせを受け取った経験があると、電話の音そのものに怖さが結びついてしまうことがあります。
Oさんも、「また亡くなった知らせの電話が来ると思うと電話が怖い」と話されていました。
この言葉からは、電話そのものが怖いというより、電話の向こう側にあるかもしれない知らせが怖いのだと感じました。
着信音が鳴った瞬間、まだ内容を聞いていないのに心が身構えてしまう。
画面に名前が出ただけで、悪い知らせかもしれないと想像してしまう。
電話に出る前から、胸がざわざわしてしまう。
これは、気持ちが弱いからではありません。
過去に強い悲しみやショックを受けたとき、心はその場面に関係するものを記憶します。
電話の音。
相手の声。
知らせを聞いた瞬間の感覚。
その後に訪れた悲しみ。
そうした記憶が残っていると、似た状況が起きたときに、心と体が先に反応してしまうことがあります。
Oさんにとって電話は、ただの連絡手段ではなくなっていました。
「また大切な人を失う知らせが来るかもしれないもの」になっていたのだと思います。
だからこそ、電話が鳴るたびに不安になる自分を責める必要はありません。
むしろ、それだけ今までの別れが心に大きく残っていたということです。
私は、Oさんの「電話が怖い」という言葉を、とても大切な言葉だと感じました。
なぜなら、その言葉の中には、死別への怖さだけでなく、「もうこれ以上傷つきたくない」という切実な気持ちが含まれていたからです。
日常の中で、電話を完全に避けることは難しいかもしれません。
でも、まずは「自分は電話そのものではなく、悲しい知らせを受け取ることが怖いのだ」とわかるだけでも、不安との向き合い方は少し変わっていきます。
怖さを無理に消そうとする前に、怖さの正体を一緒に見ていくこと。
それが、Oさんにとって大切な入り口だったのだと思います。
考えると眠れなくなるほど、不安が夜に強くなっていた
不安は、昼間よりも夜に強くなることがあります。
日中は仕事や家事、人とのやり取りがあり、目の前のことに意識が向きやすいものです。
けれど、夜になって静かになると、ふと心の奥にしまっていた考えが出てくることがあります。
Oさんも、死別のことを考えると眠れなくなる状態がありました。
布団に入っても、「また次の死別がきたらどうしよう」という考えが浮かんでくる。
電話が鳴ったわけでも、何か知らせがあったわけでもない。
それでも、頭の中で未来の別れを想像してしまう。
そうすると、体は休もうとしているのに、心だけが緊張したままになってしまいます。
眠れない夜が続くと、不安はさらに大きくなります。
十分に休めないことで、翌日も気持ちが重くなる。
日中に少し嫌なことがあるだけで、心が揺れやすくなる。
そしてまた夜になると、不安な考えが戻ってくる。
こうして、死別への予期不安が生活のリズムにも影響していくことがあります。
Oさんが感じていた「憂鬱な気持ちが常にある」という状態も、そうした緊張の積み重ねから来ていたのかもしれません。
死別は、誰にとっても避けられない出来事です。
だからこそ、「考えても仕方ない」と言われることもあると思います。
でも、本人にとっては「仕方ない」で終わらせられないから苦しいのです。
仕方ないと頭ではわかっている。
でも、怖い。
どうにもできないとわかっている。
でも、考えてしまう。
その間で揺れ続けることは、とても消耗します。
私は、Oさんに対して「考えないようにしましょう」とは言いませんでした。
考えないようにしようとすると、かえってそのことばかり意識してしまうことがあるからです。
まずは、夜に不安が強くなることも自然な反応として扱うこと。
そして、「眠れないほど怖かったんですね」と、そのつらさをそのまま受け止めること。
そこから少しずつ、心を休ませる方向へ向かえるのだと思います。
不安で眠れない夜は、自分を責める時間になりやすいです。
でも本当は、その夜こそ「自分はそれだけ怖かったんだ」と気づいてあげる時間なのかもしれません。
「死別は避けられない」とわかっているからこそ苦しかった
Oさんの苦しさの大きな部分には、「死別は自分ではコントロールできない」という現実がありました。
人は生きている限り、いつか誰かとの別れを経験します。
それは誰もが頭では知っていることです。
けれど、知っていることと、心が受け止められることは違います。
Oさんも、すべての死別を避けることはできないとわかっていました。
それでも、できることなら死別の不安をなくしたいと思っていました。
この「わかっているけれど怖い」という状態が、Oさんをとても苦しめていたのだと思います。
もし自分で防げることなら、対策を考えることができます。
連絡を取る。
会いに行く。
健康を気遣う。
できる範囲のことをする。
けれど、死別そのものは、どれだけ願っても完全には防げません。
だからこそ、不安の行き場がなくなってしまいます。
「どうしたらいいのだろう」と考えても、明確な答えが見つからない。
「もうこれ以上失いたくない」と思っても、それを保証する方法はない。
そのどうにもならなさが、Oさんの心を締めつけていました。
私は、Oさんの不安を聴きながら、死別を怖がることは当然のことだと感じました。
大切な人を失うことが怖いのは、その人たちとのつながりを大事にしているからです。
不安があるということは、弱いということではありません。
大切な人がいるからこそ、失うことを想像すると怖くなるのです。
ただ、その不安が日常を覆ってしまうと、今そばにいる人との時間まで苦しくなってしまうことがあります。
まだ起きていない未来の別れに心を奪われ続けると、今あるつながりを安心して感じにくくなってしまうこともあります。
だからこそ、死別そのものを完全にコントロールしようとするのではなく、自分の中でどう受け止めていくかを少しずつ整えていくことが大切になります。
Oさんにとっても、最初の一歩は「不安をなくすこと」ではありませんでした。
まずは、不安に飲み込まれている自分を責めないこと。
そして、死別を怖いと感じる自分をおかしいと思わないこと。
その安心があって初めて、受け止め方を少しずつ整えていく準備ができていくのだと思います。
過去の死別が続いたからといって、未来も同じとは限らない
Oさんのお話をお聴きしている中で、大切な整理の入口になったのは、「これまで続いたことが、この先も同じように続くとは限らない」という視点でした。
Oさんは、30代という比較的若い時期に、祖父・祖母・父・夫の父、夫の母、会社の上司など、身近な人との死別を何度も経験してこられました。
そのため、心の中では「また次の死別がきたらどうしよう」という不安が強くなっていました。
実際に続けてつらい知らせを受けてきたからこそ、次もまた同じような知らせが来るのではないかと感じてしまうのは、とても自然なことです。
けれど、過去に死別が続いたことと、未来も毎年同じように死別が続くことは、同じではありません。
つらい経験が重なると、心は未来を守ろうとして、悪い可能性を先に探そうとします。
これは心が弱いからではなく、もう同じ痛みを味わいたくないという防衛のような反応です。
ただ、その反応が強くなりすぎると、まだ起きていない未来まで、すべて悲しい知らせにつながっているように見えてしまいます。
私は、Oさんに対して「不安に思わなくて大丈夫です」と簡単には言いませんでした。
不安には理由があります。
電話が怖くなるほど、別れの知らせが心に残っていたのです。
だからこそ、まずはその不安を否定せずに扱うことが大切でした。
そのうえで、過去に起きたことと、これから起きるかもしれないことを少しずつ分けて見ていく。
「また起きるに違いない」ではなく、「そう感じるくらい、これまでがつらかったのだ」と受け止め直していく。
そこから、Oさんの表情は少しずつやわらいでいきました。
死別そのものを思い通りに止めることはできません。
けれど、不安に飲み込まれたまま日々を過ごすのではなく、自分の心が何に反応しているのかを知ることで、受け止め方は少しずつ変えていけるのだと思います。
「また起きるに違いない」と感じるのは、心が身構えているから
Oさんは、「また次の死別がきたらどうしよう」という言葉を、頭の中で繰り返していました。
この言葉は、単なる心配というより、心が先回りして身構えている状態に近いものだったように思います。
人は、つらい出来事を何度も経験すると、次に同じようなことが起きたときに少しでも傷つかないよう、あらかじめ備えようとします。
たとえば、過去に電話で悲しい知らせを受けた人が、電話の音に敏感になることがあります。
過去に突然の別れを経験した人が、何も起きていない日常の中でも「次は誰だろう」と考えてしまうことがあります。
Oさんの場合も、身近な人との死別が増えたことで、心が次の知らせを警戒するようになっていたのだと思います。
これは、不自然なことではありません。
むしろ、今まで何度も大きな悲しみを受け止めてきたからこそ、心が「もうこれ以上つらい思いをしたくない」と守ろうとしていたのだと感じます。
ただ、心が守ろうとしてくれることと、実際に未来がその通りになることは別の話です。
「また起きる気がする」と感じることはあっても、それが必ず起きるという証拠になるわけではありません。
ここを分けて考えることは、とても大切です。
不安が強いとき、私たちは感覚と事実を一緒にしてしまうことがあります。
「怖い」と感じると、「本当に悪いことが起きるのでは」と思ってしまう。
「嫌な予感がする」と、「やっぱり何かあるのかもしれない」と考えてしまう。
でも、その感覚は、未来を正確に予測しているというより、過去の経験から心が警戒しているサインかもしれません。
私は、Oさんのお話を聴きながら、「また起きるに違いない」と感じてしまう背景には、これまでの死別の重なりがあるのだと整理していきました。
不安を無理に否定する必要はありません。
「そう感じるくらい、これまでがつらかったんだ」と受け止めるだけでも、心の緊張は少しゆるむことがあります。
そして、そのうえで「今、本当に知らせが来ているのか」「それとも過去の怖さが反応しているのか」を見分けていく。
その小さな確認が、Oさんにとって大切な一歩になっていったのだと思います。
過去と未来を少しずつ分けて考える
死別が続いた経験があると、過去の出来事が未来にもそのまま続いていくように感じることがあります。
Oさんも、30代で身近な人との別れがたまたま続いたことで、「この先も同じように死別が続くのではないか」という不安を抱えていました。
もちろん、死別は誰にとっても避けられないものです。
生きている限り、いつか誰かとの別れを経験することはあります。
ただ、それは「これから毎年のように悲しい知らせが来る」という意味ではありません。
過去に続いたことが、未来にも同じ形で繰り返されるとは限らないのです。
不安が強いときは、未来のことを考えているようで、実は過去の痛みを見ていることがあります。
あのとき突然知らせを受けた。
また別のときにも、悲しい連絡が来た。
何度も受け止めるうちに、「電話=悪い知らせ」「未来=また別れが来る」という結びつきができてしまう。
その結果、まだ起きていないことまで、すでに起きたことのように感じてしまうことがあります。
Oさんにとって必要だったのは、「過去にそうだったから、未来もそうなる」と決めつけてしまう流れに、少し距離を置くことでした。
これは、無理に前向きになるという意味ではありません。
「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせることでもありません。
過去に本当につらいことがあった。
その影響で、今も不安になっている。
でも、今この瞬間に同じことが起きているわけではない。
そのように、過去・現在・未来を少しずつ分けて見ていくことです。
私は、Oさんのお話をお聴きしながら、これまでの死別がどれほど心に残っているのかを大切に扱いました。
そのうえで、「未来も毎年同じように続くとは限らない」という視点を、急がずに一緒に確認していきました。
不安があるときに、未来を明るく想像するのは難しいかもしれません。
でも、未来をすべて悲しい知らせで埋めてしまわなくてもいいのだと思います。
まだ決まっていない未来に対して、「怖い」と感じる自分を責めない。
同時に、「怖いから必ず起きる」と決めつけすぎない。
その両方を大切にすることで、Oさんの心には少しずつ余白が生まれていったように感じました。
死別そのものではなく、受け止め方に目を向けていく
Oさんの相談で大切だったのは、「死別をなくす方法」を探すことではありませんでした。
なぜなら、死別そのものは誰にも完全にはコントロールできないからです。
どれだけ大切に思っていても、どれだけ願っていても、人との別れをすべて避けることはできません。
この現実は、とてもつらいものです。
Oさんも、本当はできることなら死別の不安をなくしたいと思っていました。
でも同時に、すべての死別をコントロールすることはできないということも、心のどこかでわかっていました。
だからこそ、不安の向けどころがなくなっていたのだと思います。
どうにもできないことを、どうにかしようとする。
起きるかもしれないことを、起きないように心の中で何度も考える。
そうすると、不安はどんどん大きくなっていきます。
ここで少し視点を変えてみると、死別そのものを止めることはできなくても、「死別への不安をどう受け止めるか」は少しずつ整えていけます。
たとえば、電話が鳴ったときに「また悪い知らせかもしれない」と一気に考えてしまう自分に気づく。
夜に不安が出てきたときに、「今、過去の悲しい記憶が反応しているのかもしれない」と言葉にしてみる。
死別を怖がる自分に対して、「おかしい」ではなく、「大切な人を失ってきたから怖いんだ」と声をかけてみる。
こうした受け止め方は、すぐに不安を消すものではありません。
でも、不安に飲み込まれすぎないための小さな支えになります。
私は、Oさんとお話しする中で、「死別は特別におかしなことではなく、生きている中で誰もが経験し得る自然な出来事でもある」ということを、少しずつ共有していきました。
もちろん、自然なことだから悲しくない、という意味ではありません。
自然なことでも、悲しいものは悲しいです。
怖いものは怖いです。
ただ、「死別を怖がる自分はおかしい」と思い続けるより、「怖いと感じるのは自然なこと」と受け止められた方が、心は少し楽になります。
Oさんの表情が徐々に穏やかになっていったのは、不安が完全になくなったからではなく、不安を持つ自分を少し責めなくてよくなったからなのかもしれません。
死別そのものを変えることはできなくても、自分の心への向き合い方は、少しずつ変えていける。
その感覚が、Oさんにとって大切な支えになっていったのだと思います。
死別への不安はおかしいことではなく、少しずつ受け止め方を整えていく
Oさんとの時間の中で、死別への不安が完全になくなったわけではありません。
それは、とても自然なことだと思います。
なぜなら、死別そのものは、誰にとっても簡単に割り切れるものではないからです。
大切な人を失うことへの怖さは、理屈だけで消えるものではありません。
「いつかは誰にでも起こること」と頭ではわかっていても、心がすぐに納得できるとは限りません。
Oさんも、身近な人との死別が続いたことで、「また亡くなった知らせの電話が来るかもしれない」という不安を強く抱えていました。
電話が鳴るたびにドキッとする。
夜になると考えて眠れなくなる。
憂鬱な気持ちが常にある。
そうした状態が続くと、「自分はおかしくなってしまったのではないか」と感じてしまうこともあります。
けれど、私はOさんのお話をお聴きしながら、その不安はとても自然な反応だと感じました。
大切な人との別れが続けば、また失うかもしれないと怖くなる。
悲しい知らせを何度も受け取ってきたなら、電話の音に身構えてしまう。
それは、心が弱いからではありません。
それだけ、これまでの別れを深く受け止めてきたということでもあります。
Oさんにお伝えしたかったのは、「死別を不安に感じることは当然のことであり、おかしいことではない」ということでした。
そして、死別そのものを思い通りにコントロールすることはできなくても、受け止め方は少しずつ整えていけるということです。
不安をなくそうと頑張るよりも、まずは不安を抱えている自分を責めない。
怖いと感じる自分を否定しない。
その安心から、心は少しずつ落ち着きを取り戻していきます。
Oさんは、気持ちを吐き出せてよかったと感じてくださいました。
こわばっていた表情が、少しずつ穏やかになっていく様子もありました。
不安がゼロにならなくても、「私はおかしいわけではない」と思えることは、大きな支えになります。
これから先も、知らせが来るかわからない不安が出てくる日はあるかもしれません。
それでも、そのたびに自分を責めるのではなく、「今、不安になっているんだな」と気づいていく。
そこから、少しずつ受け止め方を整えていければいいのだと思います。
不安をなくすことより、怖がる自分を責めないことが大切
死別への不安を抱えていると、「この不安を早くなくしたい」と思うことがあります。
毎日が重たく感じたり、電話の音に身構えたり、夜に眠れなくなったりすれば、そう思うのは当然です。
Oさんも、本当はできることなら死別の不安をなくしたいと感じていました。
けれど、不安は「なくそう」とすればするほど、強く意識されてしまうことがあります。
「考えないようにしよう」と思うほど、そのことが頭から離れなくなる。
「怖がってはいけない」と思うほど、怖がっている自分が許せなくなる。
そうすると、不安そのものだけでなく、「不安になっている自分を責める苦しさ」まで重なってしまいます。
私は、Oさんのお話をお聴きしながら、まずは不安を消すことよりも、不安を感じている自分を責めないことが大切だと感じました。
死別を怖がるのは、おかしなことではありません。
大切な人を失うことが怖いのは、それだけその人たちとのつながりが大切だったからです。
電話が怖くなるのも、過去に悲しい知らせを受け取った経験が心に残っているからです。
眠れなくなるほど考えてしまうのも、心がそれだけ強く反応しているからです。
まずは、「怖いと思ってはいけない」ではなく、「怖いと思うくらい、つらい経験が続いていたんだ」と受け止めてみる。
それだけでも、心の中の緊張は少し変わります。
不安を抱えながら生活していると、自分の心に厳しくなりがちです。
「もっと強くならないと」
「こんなことで動揺していたらだめだ」
「まだ起きていないことを心配するなんて変だ」
そんな言葉を、自分に向けてしまうことがあります。
でも、その言葉で心が楽になることはあまりありません。
むしろ、怖さを誰にも言えなくなり、ひとりで抱え込む時間が長くなってしまいます。
Oさんが少しずつ穏やかな表情になっていったのは、不安を完全に消せたからではないと思います。
「不安に感じてもおかしくない」と思える余地が生まれたからなのだと思います。
怖さを消そうとする前に、怖がっている自分を責めない。
そこが、心を整えていくための大切な土台になります。
悲嘆反応は特別なことではなく、自然に起こる心の反応
大切な人を失ったあと、心や体にさまざまな反応が出ることがあります。
涙が出る。
気分が落ち込む。
何も手につかない。
眠れなくなる。
食欲が落ちる。
何気ない音や連絡に敏感になる。
こうした反応は、死別のあとに起こる自然な心の反応として現れることがあります。
Oさんの場合は、身近な人との死別が続いたことで、「また亡くなった知らせが来るのではないか」という予期不安が強くなっていました。
電話が怖くなるほど、不安が生活の中に入り込んでいたのです。
その状態が続くと、「自分はおかしくなってしまったのではないか」と感じてしまうことがあります。
悲しみが長引くこと。
不安が消えないこと。
日常に戻ろうとしても、心がついてこないこと。
そうしたことを、自分の異常さのように受け取ってしまう方は少なくありません。
でも、死別のあとに心が大きく揺れるのは、とても自然なことです。
それだけ大切な存在との別れを経験したということです。
悲しい知らせを受け取ることが続いたなら、次の知らせを怖がるのも自然です。
電話の音にドキッとするのも、過去の経験と結びついているからかもしれません。
私は、Oさんに「死別後の悲しみや不安は、特別におかしなものではなく、自然な反応として起こることがある」とお伝えしました。
もちろん、自然な反応だからつらくない、という意味ではありません。
自然なことでも、苦しいものは苦しいです。
不安になる自分を受け止められない日もあります。
でも、「これはおかしいことではない」とわかるだけで、心の中の孤独感は少しやわらぐことがあります。
死別のつらさは、人と比べられるものではありません。
何年経ったら大丈夫。
何回経験したら慣れる。
そんなふうに決められるものでもありません。
Oさんのように、複数の別れが続いたことで、心が強く揺れることもあります。
大切なのは、その反応を無理に押し込めないことです。
「まだ悲しいんだな」
「まだ怖いんだな」
「それだけ大切な人たちだったんだな」
そうやって、少しずつ自分の心に言葉を添えていくことが、悲しみや不安を抱えながら日常に戻っていく支えになります。
悲嘆反応は、弱さの証明ではありません。
大切な人とのつながりがあったからこそ起こる、自然な心の動きなのだと思います。
これからの不安に備えるより、今の気持ちを丁寧に扱っていく
Oさんには、まだ残っている課題もありました。
それは、いつ知らせが来るかわからないことへの対処です。
死別そのものは、誰にも完全にはコントロールできません。
だからこそ、「いつ来るかわからない知らせ」に対して、どう心を整えていくかが大切になります。
ただ、ここで気をつけたいのは、不安に備えようとしすぎることです。
「次の知らせが来たらどうしよう」
「誰かに何かあったらどうしよう」
「電話が鳴ったらまた悪い知らせかもしれない」
こうした考えが強くなりすぎると、心は常に未来の悲しみに向かってしまいます。
まだ起きていないことに備え続けることで、今の生活まで苦しくなってしまうことがあります。
もちろん、未来への不安をまったく考えないようにする必要はありません。
大切な人がいるからこそ、失うことを怖いと感じるのです。
でも、未来のすべてを心の中で先に受け止めようとすると、今の自分が疲れ切ってしまいます。
だからこそ、私はOさんとお話しする中で、これから起きるかもしれないことだけでなく、今の気持ちを丁寧に扱うことを大切にしました。
今、何が怖いのか。
電話の何に反応しているのか。
夜になると、どんな考えが浮かんでくるのか。
「また亡くなった知らせが来るかも」という不安の奥に、どんな悲しみや疲れがあるのか。
そうしたことを少しずつ言葉にしていくことで、未来への不安に飲み込まれすぎず、今の自分の状態に気づけるようになります。
Oさんが「気持ちを吐き出せてよかった」と感じてくださったことは、とても大切な変化でした。
状況そのものが変わったわけではありません。
死別の可能性がなくなったわけでもありません。
それでも、ひとりで抱えていた不安を言葉にできたことで、心の中に少し余白が生まれたのだと思います。
これから先、また電話の音にドキッとする日があるかもしれません。
夜に不安が戻ってくる日もあるかもしれません。
そんなときも、「また不安になってしまった」と責めるのではなく、「今、私は怖さを感じているんだな」と気づくところから始めていいのだと思います。
未来のすべてに備えようとしなくて大丈夫です。
まずは、今の気持ちを丁寧に扱うこと。
その積み重ねが、死別への不安と付き合っていく力になっていきます。
死別への不安を、ひとりで抱え続けなくて大丈夫です
大切な人との別れが続くと、まだ何も起きていない日常の中でも、不安がふっと顔を出すことがあります。
電話が鳴っただけでドキッとする。
夜になると、「また誰かを失ったらどうしよう」と考えて眠れなくなる。
そんな自分に対して、
「考えすぎなのかな」
「こんなに怖がるのはおかしいのかな」
と思ってしまう方もいるかもしれません。
でも、死別を不安に感じることは、おかしなことではありません。
大切な人との別れを経験してきたからこそ、心が次の痛みに備えようとすることがあります。
怖さが出てくるのは、弱いからではなく、それだけ大切な人とのつながりを大事にしてきたからなのだと思います。
無理に不安を消そうとしなくても大丈夫です。
まずは、
「私は今、怖いと感じているんだな」
「それだけつらい経験が続いていたんだな」
と、自分の気持ちに気づいてあげることから始めていいのだと思います。
もし今、死別への不安や、電話が怖くなるほどの緊張をひとりで抱えているなら、一度その気持ちを話してみませんか。
うまく整理できていなくても大丈夫です。
どこから話せばいいかわからない状態でも、今感じている不安から少しずつ言葉にしていけます。
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「少し話してみようかな」と思ったタイミングで、無理のない形でご利用ください。
死別への不安を、ひとりで抱え続けなくて大丈夫です。
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