海外生活で孤独を感じたときに読んでほしい|馴染めない原因と私が変わるまでの体験談

海外で暮らしているのに、どこにも居場所がないように感じたことはありませんか。
周りには人がいるのに、会話もうまく続かない。
楽しそうにしている人たちを見ながら、自分だけが外側にいるような感覚になる。
私も、初めて海外で生活を始めた頃、同じような気持ちを抱えていました。
言葉もうまく話せず、頼れる人もいない。
日本にいれば普通に過ごせていたはずなのに、どうして今こんな思いをしているんだろう、と何度も考えていました。
それでも「せっかく来たんだから頑張らなきゃ」と思って、無理に前向きになろうとしていた時期もあります。
でも実際は、頑張ろうとするほど気持ちは空回りして、孤独感はどんどん強くなっていきました。
この記事では、そんな私が海外生活の中で感じた孤独や葛藤、そしてそこから少しずつ抜け出していくまでの過程を、体験談としてお話しします。


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・人間関係・恋愛の悩み
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■ こんな話をよく聴いています
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ここは、批判や評価をされることなく、安心して話せる場所です。
話すことで少し気持ちが軽くなったり、
言葉にすることで自分の本音に気づけることもあります。
うまく話そうとしなくても大丈夫です。
そのままの気持ちで、安心して話しにきてください。
目次
- ○ 海外生活で孤独を感じる理由|居場所がないと感じた私の話
- ・「すぐに馴染めるはず」と思っていた自分
- ・言葉の壁だけじゃない、見えない距離感
- ・日本にいる人たちと比べてしまう苦しさ
- ○ 言葉も人間関係もうまくいかない|孤独が深まっていった頃
- ・「頑張らなきゃ」が自分を追い詰めていた
- ・人と関わることが怖くなっていった
- ・「自分だけが取り残されている」と感じていた
- ○ 考え方を変えたきっかけ|環境のせいにするのをやめた瞬間
- ・誰かに話したことで見えた自分の本音
- ・「できない自分」を責めるのをやめてみた
- ・「今できること」に目を向けるようになった
- ○ 孤独との向き合い方|小さな行動で変わっていった今の自分
- ・「孤独をなくす」ではなく「抱えながら進む」という感覚
- ・行動にフォーカスすることで気持ちが整っていった
- ・一人で抱えなくてもいいと気づけたこと
- ○ 読者へのメッセージ
海外生活で孤独を感じる理由|居場所がないと感じた私の話
海外での暮らしは、きっと新しい出会いや刺激にあふれている——
そんなイメージを持っている人も多いと思います。
私も最初は、「きっとなんとかなる」「時間が経てば慣れるはず」と思っていました。
でも実際に生活が始まると、想像していたものとはまったく違いました。
言葉が思うように通じない。
ちょっとした雑談にも入れない。
周りの人が自然にできていることが、自分にはできない。
そんな小さな違和感が少しずつ積み重なっていくうちに、気づけば「ここにいていいのかな」と思うようになっていました。
周りに人はいるのに、なぜか孤独を感じる。
居場所がないような、浮いているような感覚。
それは特別なことではなく、むしろ環境が大きく変わったときには自然に起こる反応だったのだと思います。
でも当時の私は、「こんなことでしんどいと感じる自分は弱いのかもしれない」と、自分を責めてばかりいました。
ここからは、そんな私がどんなふうに孤独を感じ、どんな思い込みに縛られていたのかを、少しずつ振り返っていきます。
「すぐに馴染めるはず」と思っていた自分
海外に来たばかりの頃、私は「時間が経てば自然に馴染める」と思っていました。
周りの人たちも普通に生活しているし、自分も同じようにできるはずだと、どこかで信じていたんです。
でも現実は、そんなに簡単ではありませんでした。
買い物ひとつとっても、聞き返されるのが怖くて言葉が出てこない。
会話のスピードについていけず、気づけば笑ってごまかしているだけ。
本当はもっと話したいのに、うまく言えない。
そのもどかしさが、少しずつ自信を奪っていきました。
それでも当時の私は、「できないのは努力が足りないから」と考えてしまっていました。
もっと頑張ればいい、もっと慣れればいい、と自分に言い聞かせるばかり。
でも、環境がまったく違う場所で生活している以上、すぐに馴染めないのは当たり前のことだったんですよね。
今ならそう思えますが、当時はその視点を持つことができませんでした。
言葉の壁だけじゃない、見えない距離感
孤独を感じていた理由は、単に言葉が通じないからだけではありませんでした。
文化の違い、価値観の違い、ちょっとした感覚のズレ。
それらが積み重なって、なんとなく「深く関われない」距離感を感じていたんです。
表面的には会話ができても、どこか一歩踏み込めない。
相手も悪気はないのに、自分だけが壁を感じているような気がする。
そんな状態が続くと、「自分だけが浮いているのではないか」と思うようになっていきました。
さらに、もともと明るく人と関わることが好きだった自分とのギャップも大きかったです。
日本にいた頃は普通にできていたことが、ここではできない。
その違いが、自分自身を否定する材料になってしまっていました。
でも実際は、「できない自分」になったわけではなく、「環境が変わったことでやり方が合わなくなっただけ」だったのだと思います。
その視点に気づくまでには、少し時間がかかりました。
日本にいる人たちと比べてしまう苦しさ
一番つらかったのは、日本にいる友人たちの存在でした。
SNSを開けば、楽しそうに集まっている写真や、充実した日常が目に入ってきます。
それを見たとき、「自分だけが取り残されている」と感じてしまうことが何度もありました。
本当は応援したいし、喜びたい気持ちもある。
でも同時に、「なんで自分はここにいるんだろう」と思ってしまう。
その矛盾した感情が、さらに苦しさを大きくしていました。
海外にいるという選択をしたのは自分のはずなのに、どこか納得できていない。
そんな中途半端な気持ちも、孤独を深める原因になっていたと思います。
比べても意味がないと頭ではわかっていても、気持ちはなかなかついてこない。
だからこそ、「こんなふうに感じてしまう自分はダメだ」と、さらに自分を責めてしまう。
でも今振り返ると、それだけ大切な人とのつながりを感じていた証でもあったのかなと思います。
孤独を感じること自体は、決しておかしいことではなかった。
むしろ自然な反応だったんだと、少しずつ受け止められるようになっていきました。
言葉も人間関係もうまくいかない|孤独が深まっていった頃
海外での生活に少しずつ慣れていくはずだったのに、現実はその逆でした。
時間が経てば楽になるどころか、むしろしんどさはじわじわと増していったんです。
最初は「まだ慣れていないだけ」と思えていたことも、いつの間にか「自分がダメだからうまくいかない」と感じるようになっていました。
言葉が出てこない場面が続くと、会話そのものを避けるようになり、さらに話せなくなる。
人との距離も縮まらないまま時間だけが過ぎていく。
気づけば、誰とも深く関われていない状態でした。
それでも「ここでやっていかなきゃいけない」という思いがあったからこそ、弱音を吐くこともできず、一人で抱え込むことが増えていきました。
外から見れば普通に生活しているように見えても、内側ではずっと孤独と不安が続いている。
そんな状態が、いつの間にか当たり前になっていったんです。
ここからは、その頃の私がどんなふうに苦しさを抱え、どんな行動や思考に陥っていたのかを振り返っていきます。
「頑張らなきゃ」が自分を追い詰めていた
当時の私は、「ここでうまくやれないといけない」と強く思っていました。
海外に来た以上、適応するのは当然だし、それができないのは自分の問題だと感じていたんです。
だからこそ、つらいと感じても「まだ頑張れる」と自分に言い聞かせていました。
本当は疲れているのに、無理に外に出てみたり、話しかけてみたり。
でもうまくいかないと、「やっぱり自分はダメだ」とさらに落ち込む。
そんな悪循環が続いていました。
頑張ること自体は悪いことではないはずなのに、その方向が「できない自分を責めること」に向いてしまっていたんですよね。
少し立ち止まることや、できない自分をそのまま受け入れることができず、常に何かを改善しようとし続けていました。
でも、その“頑張り方”こそが、自分を追い詰めていたのだと思います。
人と関わることが怖くなっていった
うまく話せない経験が積み重なるにつれて、人と関わること自体が少しずつ怖くなっていきました。
最初はただの緊張だったものが、「どうせうまく話せない」「変に思われるかもしれない」という不安に変わっていったんです。
その結果、必要最低限のやり取り以外は避けるようになっていました。
本当は誰かと話したい気持ちはあるのに、その一歩が踏み出せない。
話しかける前から失敗するイメージが浮かんでしまう。
そうやって距離を取ることで、一時的には安心できるのですが、その分だけ孤独は深まっていきました。
人との関係は、関わらない限り深まらない。
頭ではわかっていても、気持ちが追いつかない状態でした。
気づけば、「一人でいるほうが楽」と思うようになり、でも同時に「このままでいいのかな」と不安を感じる。
その繰り返しの中で、ますます自分の殻に閉じこもっていったように思います。
「自分だけが取り残されている」と感じていた
孤独を強く感じるようになった背景には、「取り残されている感覚」が大きくありました。
日本にいる友人たちは、それぞれの場所で生活を進めている。
仕事も人間関係も少しずつ変化していて、前に進んでいるように見える。
それに比べて自分は、同じ場所で立ち止まっているような気がしていました。
海外にいることで経験できることもあるはずなのに、それを前向きに捉える余裕がなかったんです。
むしろ、「本当なら自分もあそこにいたはずなのに」という思いが強くなっていました。
この感覚はとても苦しくて、何をしていても心が満たされない状態でした。
そしてその原因を、「環境のせい」「状況のせい」にしてしまうことで、自分では何も変えられないように感じていたんです。
でも実際には、その中でもできることはあったはずでした。
ただ当時の私は、その視点を持つ余裕すらなかったのだと思います。
考え方を変えたきっかけ|環境のせいにするのをやめた瞬間
ずっと変わらない毎日に、どこかで諦めのような気持ちもありました。
「どうせここではうまくいかない」「この環境が合わないんだから仕方ない」
そんなふうに思うことで、自分を守っていた部分もあったと思います。
でもその一方で、「このままでいいのかな」という違和感も消えませんでした。
何も変わらないまま時間だけが過ぎていくことに、焦りのようなものも感じていたんです。
そんなとき、習い事の場で先生にぽろっと気持ちを話す機会がありました。
うまく言葉にできたわけではなくて、ただ「なんとなくしんどい」という曖昧な状態のまま話しただけでした。
それでも、否定されることなく話を聞いてもらえたことで、少しだけ気持ちが整理されていきました。
その中でふと気づいたのが、「環境のせいにしている限り、何も変わらない」ということでした。
もちろん環境の影響は大きい。でも、それだけを理由にしていると、自分で動ける余地まで見えなくなってしまう。
その気づきは、すぐに前向きになれるようなものではありませんでした。
それでも、「今の自分にできることってなんだろう」と考えるきっかけにはなりました。
ここから少しずつ、見方や行動が変わり始めていきました。
誰かに話したことで見えた自分の本音
それまでの私は、「このくらい自分でなんとかしないと」と思い込んでいました。
人に頼ることは甘えだし、弱音を見せるのはよくないことだと感じていたんです。
でも実際に誰かに話してみると、自分でも気づいていなかった気持ちが少しずつ見えてきました。
「本当は寂しかったんだな」
「ちゃんと話せない自分が悔しかったんだな」
そんなふうに、自分の中にあった感情をやっと認められた感覚がありました。
大きなアドバイスをもらったわけではありません。
ただ、途中で遮られることもなく、評価されることもなく、最後まで聞いてもらえた。
それだけで、気持ちが少し軽くなったんです。
それまで私は、「正解を探さなきゃ」と思っていました。
でも本当は、答えをもらうことよりも、自分の気持ちを言葉にすることのほうが大事だったんだと思います。
「できない自分」を責めるのをやめてみた
それまでは、「できていないこと」にばかり目が向いていました。
話せない、馴染めない、うまく関われない。
そんな自分を見ては、「もっと頑張らないと」とプレッシャーをかけ続けていました。
でも、少し視点を変えてみることにしました。
今できていないことは、「これからできるようになる途中」と考えてみる。
完璧にできなくてもいいから、ほんの少し前に進めていればいいと捉える。
最初は正直、しっくりきませんでした。
長く続いていた思い込みを変えるのは簡単ではなかったです。
それでも、「できていない=ダメ」と決めつけるのをやめただけで、少しだけ気持ちが楽になりました。
うまくできなかった日も、「今日はこれだけやれた」と思えるようになっていったんです。
その小さな変化が、自分との向き合い方を少しずつ変えていきました。
「今できること」に目を向けるようになった
大きく何かを変えようとすると、どうしてもハードルが高くなります。
「もっと話せるようにならなきゃ」「早く馴染まなきゃ」と思えば思うほど、動けなくなってしまう。
だからこそ、「今の自分でもできること」に目を向けるようにしました。
例えば、毎日少しだけ言語に触れること。
短い会話でもいいから、やり取りをしてみること。
どれも小さなことですが、「ゼロではない行動」を続けることを意識しました。
最初は変化を感じにくいですが、続けていくうちに少しずつ感覚が変わっていきます。
前よりも聞き取れるようになったり、言葉が出やすくなったり。
そして何より、「自分は何もできていないわけじゃない」と思えるようになったことが大きかったです。
環境はすぐには変えられない。
でも、その中での自分の行動は変えられる。
その実感が、少しずつ孤独との向き合い方を変えていくきっかけになっていきました。
孤独との向き合い方|小さな行動で変わっていった今の自分
あの頃の自分からすると、「孤独がなくなる日が来る」とは正直思えていませんでした。
環境も変わらないし、劇的に何かが好転するようなきっかけもなかったからです。
でも実際は、少しずつ感じ方が変わっていきました。
きっかけは特別なものではなく、これまで続けてきた小さな行動の積み重ねでした。
言語に触れること、人と関わる機会を完全にゼロにしなかったこと、そして自分の考え方を少しずつ見直していったこと。
どれも一つひとつは大きな変化ではありません。
それでも、その積み重ねが気づかないうちに自分の中に変化を生んでいました。
今でも孤独を感じる瞬間がなくなったわけではありません。
でも、「この感覚とどう付き合えばいいか」が少しずつわかってきたことで、以前のように振り回されることは減っていきました。
環境が変わらなくても、自分の捉え方と行動が変わることで、同じ場所でも違う景色が見えるようになる。
それを実感できたことが、今の自分にとって大きな変化だったと思います。
ここからは、その中で特に大きかった変化や気づきを振り返っていきます。
「孤独をなくす」ではなく「抱えながら進む」という感覚
以前の私は、「孤独を感じない状態」を目指していました。
だからこそ、少しでも寂しさを感じると「まだダメなんだ」と思ってしまっていたんです。
でも今は、その考え方が少し変わりました。
孤独を完全になくすことは難しいし、無理に消そうとしなくてもいい。
そう思えるようになったことで、気持ちがぐっと楽になりました。
誰でも環境が変われば不安になるし、孤独を感じるのは自然なことです。
それを否定するのではなく、「そう感じている自分がいる」と受け止める。
それだけで、感情に飲み込まれにくくなりました。
孤独をなくすことではなく、孤独を感じながらも少しずつ前に進むこと。
その感覚を持てたことが、大きな変化だったと思います。
行動にフォーカスすることで気持ちが整っていった
以前は、「どう感じているか」ばかりに意識が向いていました。
不安だな、寂しいな、しんどいな、という感情に引っ張られてしまっていたんです。
でも、そこから少しだけ視点を変えてみました。
「今、自分は何ができるか」
「今日、ひとつだけやるとしたら何か」
そんなふうに、行動に目を向けるようにしてみたんです。
例えば、短い会話でもいいから誰かとやり取りをする。
少しでも言語に触れる時間をつくる。
本当に小さなことですが、それを積み重ねることで「やれていること」に意識が向くようになりました。
すると、不思議と気持ちも少しずつ安定していきます。
完璧にできなくてもいい。
昨日より少しでも動けていれば、それでいい。
そう思えるようになったことで、自分に対する見方も変わっていきました。
一人で抱えなくてもいいと気づけたこと
振り返ってみて一番大きかったのは、「一人で抱えなくてもいい」と思えたことかもしれません。
それまでは、「このくらい自分で乗り越えないと」と思い込んでいました。
でも実際には、誰かに話すことで見えることや、整理できることがたくさんありました。
うまく言葉にできなくてもいいし、まとまっていなくてもいい。
ただ、そのままの気持ちを話すだけでも、十分意味がある。
実際にそれを体験したことで、「頼る」という選択肢を持てるようになりました。
もしあの頃の自分に声をかけるとしたら、「ちゃんと一人で頑張ろうとしなくていい」と伝えたいです。
そして今、同じように孤独や違和感を抱えている人がいるなら、その感覚は決しておかしいものではありません。
むしろ、それだけ環境に適応しようと頑張っている証拠だと思います。
もし、何から始めたらいいかわからないときは、まずは言葉にしてみること。
それだけでも、少しずつ何かが動き始めるきっかけになるはずです。
読者へのメッセージ
ここまで読んでくださってありがとうございます。
海外で孤独を感じることは、決して特別なことではありません。
環境が大きく変われば、誰でも戸惑うし、不安にもなります。
それでも、「うまくやらなきゃ」「早く慣れなきゃ」と思ってしまうと、気づかないうちに自分を追い込んでしまうことがあります。
私自身も、「これくらい一人で乗り越えないと」と思い続けてきました。
でも振り返ると、本当に必要だったのは“頑張ること”ではなく、“自分の気持ちをそのまま言葉にすること”でした。
誰かに話すことで整理できることや、自分では気づけなかった視点に出会えることもあります。
もし今、
・何から変えたらいいかわからない
・頭では分かっているのに動けない
・誰にも話せずに抱え込んでいる
そんな状態であれば、無理に前向きにならなくても大丈夫です。
うまく話せなくても大丈夫です。
そのままの気持ちを、少しずつ外に出していくことが、次の一歩につながることがあります。
傾聴ラウンジ「ここより」では、評価やアドバイスを前提とせず、あなたの話をそのまま受け止めることを大切にしています。
まとまっていなくても、途中で言葉に詰まっても大丈夫です。
「ただ聞いてほしい」そんな気持ちでも、安心して話してもらえたらと思っています。
一人で抱え続ける以外の選択肢として、
「ここより」という場所を、ふと思い出してもらえたら嬉しいです。
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