40代・子どもがいない人生に迷った女性の相談事例|「これから何をしたらいいかわからない」と感じたとき

「これから何をしたらいいかわからないんです」
今回ご相談くださったのは、関東にお住まいの40代女性Hさんです。
30代で結婚し、夫婦共働きで過ごしてきたHさん。これまで仕事はしていたものの、転職を繰り返すことがあり、仕事を辞めてからは「何もやることがなくなってしまった」と感じるようになったそうです。
子どもについては、夫があまり望んでいなかったこともあり、夫婦で「これからどうしたいか」をしっかり話し合わないまま時間が過ぎていきました。
40代半ばになり、ふと「子どものいる人生だったら違っていたのかな」と考えることが増え、同年代の女性と自分を比べてしまうこともあったそうです。
子どもがいないことで地域や人とのつながりを感じにくく、趣味もなく、自分から何かを始める勇気も出ない。そんな孤独感ともやもやを抱えながら、Hさんはお話しに来てくださいました。
私はまず、答えを急いで出すのではなく、Hさんの中にあるもやもやした気持ちを、そのまま言葉にしていただく時間を大切にしました。
話がまとまっていなくても大丈夫です。
「こんなことを思ってはいけない」と感じる気持ちも、誰かと比べてしまう気持ちも、無理に否定しなくていい。
Hさんのペースに合わせて、これまでの人生を一緒に振り返りながら、これからの人生を少しずつ考えていく相談事例です。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■ 待機時間:月・火・水・木・金 11時~15時/19時~21時(月曜は隔週)
※土日祝対応(枠が埋まりやすいため、事前予約をお勧めします)
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。
■ 年齢:40代
■ キャッチコピー:安心できる雰囲気でゆっくり丁寧にお聴きします。
■ 得意なテーマ
- ペットロス・グリーフケア(死別や離別による悲嘆反応)
- 身近な人間関係の悩み(親子・配偶者やパートナー・女性同士など)
- とにかく話を聴いてほしいとき
■ 聴き方・スタイル
- お相手のペースに合わせてゆっくり聴きます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- 否定せず、穏やかに受け止めます
- 沈黙も気まずくしないスタイルです
■ 経験
- 自分自身のペットロスとグリーフの経験によりグリーフケアを学び、対象別自助グループ傾聴ボランティアに参加(ペット・配偶者やパートナー・子ども・親・きょうだいを亡くされた方々が参加する会)
- 死別経験(妊娠後期流産・義父・義母・父・愛犬)
- 病気で介護状態になった父の身元引受人の経験
- 結婚生活20年以上
- 犬の飼育経験
- 子育て経験
- 両親の離婚や母の再婚により複雑な家庭環境で過ごした経験
- 資格・認定:認定傾聴カウンセラー/グリーフケア心理カウンセラー/ペットロス専門士/グリーフ専門士/グリーフケア・アドバイザー/心のサポーター/かかわり愛サポーター
■ 大切にしていること
- どんなお話も否定しません
- 話したくないことは無理に聞きません
- 気持ちが整理されていなくてもそのままで大丈夫
- 泣いても沈黙してもOK
■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:犬/お花/映画やドラマ鑑賞
- よく言われる性格:「やさしい」「落ち着いている」「話しやすい」「頼もしい」
- ちょっとしたこだわり:自分時間を大切にしてコーピングを増やすこと
- 聴き手としての密かな強み:「お相手の気持ちを受け止め共感すること」
■ メッセージ
今おひとりで抱えているつらいお気持ちや社会では理解されにくいことなど、どのようなお話でも大丈夫です。うまく言葉にならなくても泣いてしまっても問題ありません。あなたのペースで、安心してお話しくださいね。
目次
- ○ 40代半ばでふと立ち止まった「これから何をしたらいいかわからない」という気持ち
- ・仕事を辞めたあとに生まれた、ぽっかり空いた時間
- ・「子どもがいたら違っていたのかな」と考えてしまう苦しさ
- ・コミュニティがないことで強くなる孤独感
- ○ もやもやの奥にあった「本当はどうしたかったんだろう」という思い
- ・夫婦で話し合わないまま過ぎた時間への戸惑い
- ・「仕事に逃げていたかもしれない」と気づいた瞬間
- ・比較してしまう自分を責めなくてもいい
- ○ これまでの人生を否定せずに「今の自分」を見つめ直す時間
- ・人生年表を作りながら、過去をひとつずつ振り返る
- ・子どもがいない人生にも、積み重ねてきたものがある
- ・答えを急がず、もやもやを言葉にすることから始める
- ○ 他者と比べる日があっても、自分の人生を認めていく
- ・人生年表で見えてきた「何もなかったわけではない」時間
- ・比べてしまう気持ちをなくすより、責めないことを大切にする
- ・これからの人生は、急いで決めなくてもいい
- ○ 迷いながらでも、自分の人生を少しずつ見つめ直していい
40代半ばでふと立ち止まった「これから何をしたらいいかわからない」という気持ち
Hさんが相談に来てくださったとき、最初に口にされたのは「これから何をしたらいいかわからないんです」という言葉でした。
関東にお住まいの40代女性Hさんは、30代で結婚し、夫と共働きで生活を続けてきました。これまで仕事はしていたものの、転職を繰り返すことがあり、なかなかひとつの場所で長く働き続けることが難しかったそうです。
そして仕事を辞めたあと、急に時間だけがぽっかり空いたように感じ、「自分には何があるんだろう」と考えることが増えていきました。
また、Hさんの中には「子どもがいる人生だったら違っていたのかな」という思いもありました。夫はあまり子どもを望んでいなかったこともあり、夫婦で子どもについて深く話し合わないまま、年月が過ぎていったそうです。
40代半ばになり、同年代の女性が子育てや家族の話をしている姿を見ると、自分だけがどこにも属していないような孤独感が強くなることもありました。
私はまず、Hさんの中にあるもやもやを急いで整理しようとはしませんでした。すぐに答えを出すよりも、まずは「わからない」と感じている気持ちを、そのまま置ける時間が必要だと思ったからです。
話がまとまっていなくても大丈夫です。
後悔のような気持ちがあっても、誰かと比べてしまう気持ちがあっても、それはHさんがこれまでの人生を大切に考えてきたからこそ出てきたものだと感じました。
仕事を辞めたあとに生まれた、ぽっかり空いた時間
仕事をしている間は、毎日の予定がある程度決まっています。
朝起きて、支度をして、職場へ行く。やるべきことがあり、人と関わる時間があり、疲れることもあるけれど「今日も一日が終わった」と感じられる流れがあります。
Hさんも、仕事をしていた頃は悩みがなかったわけではありません。転職を繰り返してしまうことや、仕事が続かないことへの不安はありました。それでも、働いている間は「自分には役割がある」と感じられる瞬間もあったのだと思います。
ところが仕事を辞めたあと、その役割が急になくなったように感じたそうです。
朝起きても、急いで向かう場所がない。誰かに必要とされている実感も薄い。家にいても時間だけが過ぎていく。
そんな日々の中で、「私はこれから何をしたらいいんだろう」という問いが、少しずつ大きくなっていきました。
私はHさんのお話を聴きながら、仕事そのものだけではなく、仕事がHさんにとって「社会とのつながり」や「自分の存在を確かめる場所」になっていたのかもしれないと感じました。
だからこそ、仕事を辞めたあとの空白は、単なる時間の空きではありませんでした。
自分の立ち位置が見えなくなるような、心細さを伴うものだったのだと思います。
「何もしていない自分」に対して焦る気持ちが出てくることもあります。でも、そこですぐに何かを始めなければと追い込むと、さらに苦しくなってしまうこともあります。
まずは、ぽっかり空いた時間に戸惑っている自分を責めないこと。
その戸惑いも、これまで頑張ってきた人ほど感じやすいものなのだと思います。
「子どもがいたら違っていたのかな」と考えてしまう苦しさ
Hさんの中で繰り返し浮かんでいた言葉のひとつに、「子どものいる人生だったら違っていたのかな」という思いがありました。
この言葉には、単純な後悔だけではなく、いくつもの気持ちが重なっているように感じました。
本当は子どもがいたらよかったのかもしれない。
でも、夫はあまり子どもを望んでいなかった。
夫婦でちゃんと話し合ってこなかった。
気づいたら、時間が過ぎていた。
こうした思いは、誰かを責めたい気持ちとも、自分を責めてしまう気持ちともつながりやすいものです。
Hさんは、はっきり怒っているわけでも、泣き崩れているわけでもありませんでした。ただ、心の奥に言葉になりきらないもやもやを抱えているように見えました。
私は、そのもやもやを「こういうことですよね」と決めつけないように気をつけました。
子どもがいない人生についての気持ちは、人によってとても繊細です。「前向きに考えましょう」と簡単に言えるものではありませんし、「今からでも楽しみを見つければいい」と急がせるものでもないと思っています。
Hさんにとって大切だったのは、まず「そう思ってしまう自分」を否定しないことでした。
子どもがいる人生を想像してしまうこと。
同年代の女性と比べてしまうこと。
夫婦で話し合ってこなかった過去を思い出してしまうこと。
それらは、Hさんが悪いから出てくる気持ちではありません。
人生の中で選ばなかった道や、選べなかった道を思い返すことは、誰にでも起こり得ます。
大切なのは、その気持ちをなかったことにするのではなく、「私はそう感じていたんだ」と静かに受け止めていくことなのだと思います。
コミュニティがないことで強くなる孤独感
Hさんが特につらいと感じていたのは、子どもがいないことで地域や人とのつながりを感じにくいことでした。
同年代の女性たちが、子どもの学校、習い事、家族行事などを通して自然に人とつながっていく姿を見ると、自分だけがその輪の外にいるように感じてしまう。
もちろん、子どもがいる人にはその人なりの大変さがあります。けれどHさんにとっては、子どもを通したコミュニティがないことが、自分の孤独感をより強めているようでした。
さらに、Hさんには特に趣味もなく、自分から積極的に何かを始める勇気もないとのことでした。
「何か始めたらいい」と頭ではわかっていても、実際に一歩踏み出すのは簡単ではありません。
新しい場所に行くにはエネルギーがいります。
人間関係を作るには勇気がいります。
うまくなじめなかったらどうしよう、と思うと動けなくなることもあります。
私はHさんのお話を聴きながら、孤独そのものだけでなく、「このままずっとひとりのような気がする」という不安が大きいのではないかと感じました。
だからこそ、無理に外へ出ることをすすめるよりも、まずはHさんがこれまでどんなふうに生きてきたのかを一緒に振り返ることを大切にしました。
人とのつながりが少ない時期があっても、それまでの人生が空っぽだったわけではありません。
仕事を頑張ってきたこと。
結婚生活を続けてきたこと。
迷いながらも日々を過ごしてきたこと。
その一つひとつを、Hさん自身が少しずつ認められるようになることが、これからの一歩につながっていくのだと思います。
もやもやの奥にあった「本当はどうしたかったんだろう」という思い
Hさんのお話を聴いていく中で、何度も出てきたのは「子どものいる人生だったら違っていたのかな」という言葉でした。
その言葉は、誰かを責めるような強い怒りではなく、過ぎてしまった時間をそっと振り返るような、静かな寂しさを含んでいるように感じました。
30代で結婚し、夫婦共働きで生活を続けてきたHさん。日々の仕事や暮らしの中で、子どもについて夫婦でしっかり話し合う機会を持てないまま、時間が流れていったそうです。
夫はあまり子どもを望んでいなかったこともあり、Hさん自身もその思いをはっきり言葉にしないまま過ごしてきました。
けれど40代半ばになり、仕事を辞めて自分の時間が増えたことで、これまで奥にしまっていた気持ちが少しずつ表に出てきたのかもしれません。
「本当は、私はどうしたかったんだろう」
「もし違う選択をしていたら、今の私は違っていたのかな」
そんな問いが、Hさんの中で静かに大きくなっているようでした。
私は、Hさんの気持ちをすぐに前向きな言葉でまとめようとはしませんでした。後悔のように見える気持ちも、孤独感も、比較してしまう苦しさも、どれも簡単に片づけられるものではないからです。
まずは、Hさんが言葉にできる範囲で、今感じていることをそのまま話してもらうことを大切にしました。
「そう思ってしまう自分」を否定しないこと。
そこから少しずつ、自分の人生を見つめ直す時間が始まっていきました。
夫婦で話し合わないまま過ぎた時間への戸惑い
Hさんにとって、子どものことはずっと心のどこかにありながら、はっきり向き合いきれなかったテーマだったのだと思います。
夫があまり子どもを望んでいなかったこともあり、「どうしたい?」と真正面から話し合う機会を持てないまま、日々の生活が続いていきました。
夫婦で暮らしていると、毎日の家事や仕事、生活の予定に追われて、大事な話ほど後回しになってしまうことがあります。
今すぐ決めなくてもいい。
そのうち話せばいい。
今の生活も悪くない。
そう思っているうちに、時間だけが静かに過ぎていくこともあります。
Hさんも、当時は強く「子どもがほしい」と言い切れなかったのかもしれません。夫の気持ちを感じ取りながら、自分の気持ちを飲み込んでいた部分もあったのではないかと思います。
けれど、40代半ばになってから振り返ると、「あのとき、もっと話していたらどうなっていたんだろう」という思いが出てきます。
これは、過去の自分が間違っていたということではありません。
そのときのHさんは、そのときの状況の中で、できる限りの選択をしていたのだと思います。
私はHさんに対して、「なぜ話し合わなかったんですか」と原因を探すような聴き方はしませんでした。
それよりも、話し合えなかった背景にどんな気持ちがあったのかを、一緒にゆっくり見ていくことを大切にしました。
言えなかった気持ち。
考えないようにしていた気持ち。
今になって出てきた寂しさ。
その一つひとつに触れていくことで、Hさんは少しずつ「自分は何を感じていたのか」に気づいていくようでした。
「仕事に逃げていたかもしれない」と気づいた瞬間
お話の中で、Hさんはふと「仕事に逃げていたかもしれない」と話されました。
この言葉が出てきたとき、私はとても大切な気づきだと感じました。
それは、仕事をしてきたことが悪かったという意味ではありません。むしろHさんは、子どもがいない人生の中でも、社会の中で自分の役割を見つけようとしてきたのだと思います。
夫婦共働きで生活し、転職を繰り返しながらも、働くことを手放さずにきました。仕事が続かなかったことをHさんは気にしていましたが、それでも何度も新しい環境に向かっていったことは、簡単なことではありません。
ただ、仕事をしている間は、考えたくないことから少し距離を取れたのかもしれません。
忙しくしていれば、子どものことを考えずに済む。
働いていれば、自分にも役割があると思える。
疲れていれば、将来のことを深く考えなくて済む。
そんなふうに、仕事が心を支えるものになっていた面もあったのだと思います。
でも、仕事を辞めたことで、その支えが急になくなりました。
すると、今まで見ないようにしてきた気持ちが一気に浮かび上がってきたのかもしれません。
私はHさんの「逃げていた」という言葉を、責める言葉としては受け取りませんでした。
人は誰でも、つらすぎることや答えの出ないことから、少し距離を置きながら生きることがあります。それは弱さではなく、自分を守るための自然な反応でもあります。
Hさんが仕事に向かってきた時間も、決して無駄ではありません。
その時間があったからこそ、今こうして立ち止まり、「これから」を考えようとしているのだと思います。
比較してしまう自分を責めなくてもいい
Hさんは、子どもがいる同年代の女性と自分を比べてしまうことがあると話してくださいました。
友人や知人が子どもの話をしているとき。
家族で出かける様子を見たとき。
地域の中で親同士のつながりがある人たちを見たとき。
そんな場面で、自分だけが別の場所にいるような感覚になることがあったそうです。
比べたくないのに比べてしまう。
人の幸せを素直に喜べない自分が嫌になる。
でも、やっぱり寂しい。
こうした気持ちは、とても言いにくいものです。
「そんなことを思ってはいけない」と感じるほど、心の中でその気持ちは大きくなってしまうことがあります。
私はHさんに、比較してしまうこと自体を無理にやめようとしなくてもいいのではないかと感じていました。
誰かと比べてしまうのは、自分の中に大切にしたかったものがあるからです。子どもがいる人生を見て苦しくなるのは、Hさんが何も感じていないからではなく、そこに思いが残っているからなのだと思います。
大切なのは、比較したあとに自分を責め続けないことです。
「あの人はあの人、私は私」とすぐに割り切れない日があってもいい。
うらやましいと思う日があってもいい。
寂しいと感じる自分を、責めなくてもいい。
Hさんにとって必要だったのは、無理やり明るくなることではなく、自分の中にある複雑な気持ちを少しずつ認めていくことでした。
その気持ちを認めることは、過去に戻るためではありません。
これからの人生を、Hさん自身が少しずつ選び直していくための土台になるのだと思います。
これまでの人生を否定せずに「今の自分」を見つめ直す時間
Hさんのお話を聴いていく中で、大切にしたのは「これから何をするか」を急いで決めることではありませんでした。
もちろん、Hさん自身は「何か始めなきゃ」「このままではいけない」と感じていたと思います。仕事を辞め、子どもがいる同年代の女性と自分を比べ、趣味やコミュニティもないように感じる中で、焦りが出てくるのは自然なことです。
けれど、心がもやもやしているときに、無理に新しい行動を決めようとしても、かえって苦しくなることがあります。
新しい仕事を探す。
趣味を見つける。
人とのつながりを作る。
どれも大切な選択肢ではありますが、その前にHさんには「自分の人生は何もなかったわけではない」と感じられる時間が必要なのではないかと思いました。
Hさんは、子どもがいないことや仕事が続かなかったことに目が向きやすくなっていました。
でも実際には、夫婦共働きで生活してきたこと、転職を繰り返しながらも働こうとしてきたこと、迷いながらも日々を続けてきたことがあります。
私は、Hさんの過去を「失敗」や「不足」として整理するのではなく、その時々で何を感じ、どんなふうに生きてきたのかを一緒にたどっていきました。
すると少しずつ、Hさんの表情にも変化が見えてきました。
暗く沈んでいた表情が、話していくうちに少しやわらぎ、「そういえば、私なりに頑張ってきたのかもしれない」と感じられる瞬間が生まれていったように思います。
「これから」を考えるためには、まず「これまで」をまるごと否定しないこと。
そこから、Hさんの気持ちは少しずつ動き始めていきました。
人生年表を作りながら、過去をひとつずつ振り返る
Hさんとは、自分の過去の人生を肯定するために、人生年表を作ってみることにしました。
人生年表といっても、立派なものを作る必要はありません。
何歳の頃にどんなことがあったのか。
どんな仕事をしていたのか。
どんな気持ちで日々を過ごしていたのか。
そのとき、自分なりに何を頑張っていたのか。
そうしたことを、少しずつ書き出していく作業です。
Hさんは最初、自分の人生を振り返ることに少し戸惑っている様子でした。過去を思い出すと、「あのときもっとこうしていれば」「なぜちゃんと考えなかったんだろう」と、自分を責める気持ちが出てきやすかったからです。
でも、私はHさんに「正解の年表を作る必要はありません」とお伝えしました。
きれいに整理するためではなく、これまでの時間の中にあったHさんの頑張りや迷いを、ひとつずつ見つけていくためのものです。
転職を繰り返したことも、ただの失敗として見るのではなく、そのたびに新しい環境に向かおうとしたこととして振り返ることができます。
仕事が続かなかった背景にも、合わない環境で無理をしていたことや、自分に合う場所を探そうとしていた思いがあったかもしれません。
子どもについて夫婦で深く話し合えなかったことも、その当時のHさんなりに、夫との関係や生活を守ろうとしていた面があったのかもしれません。
年表を作る中で大切なのは、過去を責める材料にしないことです。
「あのときの私は、あのときの状況の中で生きていた」
そう見つめ直していくことで、Hさんは少しずつ、自分の人生を否定しすぎなくなっていきました。
子どもがいない人生にも、積み重ねてきたものがある
Hさんは、「子どもがいないことでコミュニティもなく孤独感がある」と話されていました。
その気持ちはとても切実なものだったと思います。
子どもがいる人たちは、学校や習い事、地域のつながりなどを通して、自然に人間関係が広がっていくことがあります。もちろん、その中には大変さもありますが、Hさんから見ると、自分にはそうしたつながりがないように感じられたのだと思います。
けれど、子どもがいない人生が「何も積み重ねてこなかった人生」というわけではありません。
Hさんは、夫婦共働きで生活を支えてきました。仕事が続かない時期がありながらも、社会の中で役割を持とうとしてきました。転職を繰り返したことも、見方を変えれば、そのたびに新しい環境に入っていく力を使ってきたということでもあります。
私はHさんのお話を聴きながら、「ないもの」だけに目が向くと、これまであったものまで見えなくなってしまうのだと感じました。
子どもがいない。
趣味がない。
コミュニティがない。
仕事も今はしていない。
そう並べてしまうと、自分には何もないように思えてしまいます。
でも、その奥には、暮らしを続けてきた時間があります。働いてきた経験があります。迷いながらも投げ出さずに生きてきた日々があります。
それらは、誰かと比べて目立つものではないかもしれません。
けれど、Hさんの人生を支えてきた大切な積み重ねです。
子どもがいるかどうかだけで、その人の人生の価値が決まるわけではありません。
Hさんがこれまで生きてきた時間にも、ちゃんと意味がある。
そのことを、Hさん自身が少しずつ受け取れるようになることが、とても大切な一歩でした。
答えを急がず、もやもやを言葉にすることから始める
Hさんは最初、「これから何をしたらいいかわからない」と話されていました。
この言葉の中には、焦りや不安だけでなく、「このままの自分ではだめなのではないか」という苦しさも含まれていたように感じます。
でも、人生の大きな迷いは、すぐに答えが出るものではありません。
特にHさんのように、子どものこと、夫婦で話し合ってこなかったこと、仕事のこと、孤独感など、いくつもの思いが重なっている場合、ひとつの正解を急いで探そうとすると、余計に心が疲れてしまうことがあります。
だから私は、まずHさんのもやもやを言葉にしていくことを大切にしました。
「子どもがいたら違っていたのかな」
「仕事に逃げていたかもしれない」
「何もやることがなくなってしまった」
「同年代の女性と比べてしまう」
こうした言葉を、途中でさえぎらず、急いで前向きに変えようとせず、Hさんのペースで出してもらいました。
話しているうちに、Hさんは少しずつ自分の気持ちを客観的に見られるようになっていきました。
もやもやは、頭の中だけにあると大きく膨らんでしまいます。
けれど、言葉にして外に出してみると、「私はこんなことを感じていたんだ」と気づけることがあります。
それだけで、すべてが解決するわけではありません。
それでも、気持ちが少しスッキリすることがあります。自分を責めるだけだった時間から、自分を理解する時間へと変わっていくことがあります。
Hさんの表情が徐々に明るくなっていったのも、答えが見つかったからだけではなく、「わからないままでも話していい」と感じられたからではないかと思います。
わからない気持ちを、わからないまま置いておけること。
そこから、これからの人生を考える余白が少しずつ生まれていきました。
他者と比べる日があっても、自分の人生を認めていく
Hさんは、お話を重ねる中で「話してみたら、もやもやした気持ちが少しスッキリしてきた」と話してくださいました。
最初に来てくださったときは、「これから何をしたらいいかわからない」という言葉の通り、先の見えない不安や孤独感の中にいるように見えました。
子どもがいないこと。
夫婦で子どもについて深く話し合ってこなかったこと。
仕事を辞めたあと、何もやることがなくなったように感じたこと。
同年代の女性と比べてしまうこと。
そうした気持ちは、ひとつずつ切り離せるものではなく、Hさんの中で複雑に重なっていました。
私は、Hさんの気持ちをすぐに「前向きに考えましょう」とまとめるのではなく、まずはそのまま言葉にしてもらうことを大切にしました。もやもやしている気持ちには、もやもやしたまま話していい時間が必要だと思ったからです。
その中でHさんは、自分の過去を振り返るために人生年表を作ってみることにしました。
子どもがいない人生だから何もなかったのではなく、社会の中で仕事を頑張ってきた時間がある。転職を繰り返しながらも、そのたびに新しい場所へ向かおうとしてきた自分がいる。
そうやって、これまでの人生を少しずつ見つめ直していきました。
もちろん、すべての悩みが一度に消えたわけではありません。
今でも、子どもがいる同年代の女性と自分を比べてしまうことはあるかもしれません。ふとした場面で、寂しさや後悔のような気持ちが出てくる日もあると思います。
でも、Hさんが持ち帰った大切なメッセージは、「比べてしまうことがあってもいい」「それでも、自分で自分の人生を認めてあげることが大事」ということでした。
誰かと同じ人生でなくてもいい。
選ばなかった道が気になる日があってもいい。
そのうえで、ここまで生きてきた自分を少しずつ認めていくことが、Hさんにとってこれからの一歩になっていきました。
人生年表で見えてきた「何もなかったわけではない」時間
Hさんが取り組んだ人生年表は、自分の過去を責めるためのものではありませんでした。
むしろ、「私は本当に何もしてこなかったのだろうか」「私の人生には何も残っていないのだろうか」という気持ちに、少し違う角度から光を当てるための作業でした。
年表を作るとき、立派な出来事ばかりを書こうとすると、手が止まってしまうことがあります。
昇進した。
資格を取った。
子どもを育てた。
大きな成果を出した。
そうした目に見えやすい出来事がないと、「書くことがない」と感じてしまうかもしれません。
でも、人生は大きな出来事だけでできているわけではありません。
毎日働きに行ったこと。
夫婦で暮らしを続けてきたこと。
転職をしながらも、新しい環境に入ろうとしたこと。
うまくいかない時期も、なんとか日々を過ごしてきたこと。
そうした時間も、Hさんの人生を形づくってきた大切な積み重ねです。
Hさんは、子どもがいないことや仕事が続かなかったことに目が向きやすくなっていました。けれど年表を作っていく中で、「社会の中で仕事は頑張ってきた」と少しずつ思えるようになっていきました。
これは、とても大きな変化だと思います。
自分の人生を肯定するというのは、「全部よかった」と無理に思い込むことではありません。
後悔がある部分は、後悔があるままでいい。
寂しかった時期は、寂しかった時期として残っていていい。
うまくいかなかったことも、消さなくていい。
そのうえで、「でも、私は私なりに生きてきた」と認めていくことなのだと思います。
Hさんにとって人生年表は、空白だと思っていた時間の中に、自分なりの頑張りを見つけ直すきっかけになりました。
比べてしまう気持ちをなくすより、責めないことを大切にする
Hさんの中には、相談後もまだ残っている課題がありました。
それは、子どもがいる同年代の女性と自分を比べてしまうことです。
この気持ちは、簡単になくせるものではありません。
友人の家族の話を聞いたとき。
街で親子連れを見かけたとき。
SNSで子どもの成長記録が流れてきたとき。
同年代の女性たちが子育てを通してつながっているように見えたとき。
ふとした瞬間に、胸がチクッとすることがあるかもしれません。
そんなとき、「比べちゃだめ」「うらやましいと思ってはいけない」と自分を責めてしまうと、苦しさはさらに大きくなってしまいます。
私は、Hさんにとって大切なのは、比較する気持ちを完全になくすことではなく、比較してしまったあとに自分を責め続けないことだと感じました。
人と比べてしまうのは、自分の中に大切にしたかったものがあるからです。
Hさんの場合、「子どもがいる人生だったら違っていたのかな」という思いがありました。その思いをなかったことにしようとするほど、心の中ではもっと大きくなってしまうことがあります。
だからこそ、比べてしまったときは、まず「私は今、寂しいんだな」「うらやましい気持ちが出てきたんだな」と気づくだけでもいいのです。
誰かの人生を見て揺れる日があっても、それはHさんが弱いからではありません。
これまでの人生を真剣に考えてきたからこそ、揺れるのだと思います。
比べてしまう自分を責めない。
その小さな積み重ねが、自分の人生を少しずつ認める力につながっていきます。
これからの人生は、急いで決めなくてもいい
Hさんが最初に話してくださった「これから何をしたらいいかわからないんです」という言葉。
この言葉には、将来への不安だけでなく、「何かしなければならない」という焦りも含まれていたように感じます。
仕事を辞めたあと、時間ができる。
でも、やりたいことが見つからない。
趣味もない。
新しい場所に行く勇気も出ない。
このままでいいのかと不安になる。
そんな状態のとき、人はつい「早く答えを出さなきゃ」と思ってしまいます。
けれど、人生の後半をどう過ごすかは、すぐに決めなくてもいいことです。
むしろ、焦って何かを始めようとすると、「やっぱり続かなかった」「私には向いていなかった」と、また自分を責める材料になってしまうこともあります。
まずは、今までの人生を否定しすぎないこと。
そして、ほんの少しでも気になることを、試す前から大きな決断にしないこと。
たとえば、気になる本を読んでみる。
近所を少し歩いてみる。
昔好きだったことを思い出してみる。
誰かと短く話す機会を持ってみる。
今の気持ちをノートに書いてみる。
それくらいの小さな一歩でも十分です。
Hさんにとって大切なのは、「何者かにならなければ」と自分を追い込むことではなく、これからの時間を自分のペースで考えていくことでした。
子どもがいない人生にも、仕事を頑張ってきた人生にも、迷いながら歩いてきた日々にも、ちゃんと意味があります。
これから何をするかは、今すぐ決めなくても大丈夫です。
まずは、自分の人生を自分で認めてあげること。
そこから、Hさんのこれからは少しずつ始まっていくのだと思います。
迷いながらでも、自分の人生を少しずつ見つめ直していい
「これから何をしたらいいかわからない」と感じるとき、すぐに答えを出そうとすると、かえって苦しくなってしまうことがあります。
仕事のこと、夫婦のこと、子どものこと、これからの生き方のこと。
いろいろな思いが重なっているときほど、まずは自分の気持ちをゆっくり言葉にしてみることが大切です。
誰かと比べてしまう日があっても大丈夫です。
過去を振り返って、後悔のような気持ちが出てくる日があっても大丈夫です。
その気持ちは、あなたがこれまでの人生を大切に考えてきたからこそ出てくるものかもしれません。
ひとりで考えていると、同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。そんなときは、安心して話せる場所で、今の気持ちを少しずつ整理してみませんか。
予約は、LINE公式アカウントの友だち追加から簡単にできます。
「まだうまく話せるかわからない」
「何を相談したらいいのかまとまっていない」
そんな状態でも大丈夫です。
あなたのペースで、これまでの人生と、これからの時間を一緒に見つめていきましょう。
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