ブログ(こころの不思議)

Blog

父の異変はなぜ見抜けなかったのか|統合失調症に気づくまでの家族の体験談

父の異変はなぜ見抜けなかったのか|統合失調症に気づくまでの家族の体験談

今回は、少しテーマを変えて、私の実父がかかった「統合失調症」についての体験をお話ししようと思います。

いま振り返ると、あのときの父の言動には、明らかな“異変”がありました。
けれど当時の私は、それを「よくある近所トラブル」くらいにしか受け止められていませんでした。

家族だからこそ気づけるはずのサイン。
それなのに、なぜ見抜けなかったのか。
そして、どう関わればよかったのか。

これは、そんな戸惑いと後悔を抱えながら、父の変化に向き合っていった、ひとつの体験談です。

同じように、大切な人の“いつもと違う様子”に悩んでいる方の、何かのヒントになればと思います。

よりびと待機カレンダー
傾聴ラウンジ「ここより」はこちら

投稿者プロフィール

たんべさやか
たんべさやかよりびと
■ 待機基本シフト:水曜10時~13時、木曜19時~24時、土曜・日曜10時~12時
※土日祝対応(枠が埋まりやすいため、事前予約をお勧めします)
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■ 年齢:30代

■ キャッチコピー:「言葉にならない気持ちを、いっしょにほどく。」

■ 得意なテーマ

- もやもやしている気持ちの整理
- 優しく温かい傾聴
- 恋愛・結婚・離婚などパートナーとの悩み
- 複雑な感情の言語化
- ペット(おもに犬)の悩み
- 勉強や進学の悩み
- 子育ての悩み
- 職場での悩み

■ 聴き方・スタイル

- 優しく愛情深く相槌を打ちます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- どんな話も落ち着いて受け止めます
- 気持ちに寄り添い、共感するスタイルです

■ 経験

- 大手結婚情報誌の編集として、数多くのカップルの話に耳を傾けてきました。
- 自身は、夫と3年前に別居。共同親権法の施行を待って、離婚を見据え、子どもを夫と交代で協力して養育しています。
- 離婚が決まり、苦しかった時にオンラインカウンセリングに出会い、自分も人の力になりたいとメンタルケア心理士の資格を取得しました。
- 恋愛・婚活・結婚の悩みやパートナーとの関係、離婚や子育てなどのお悩みにお力になれたらと思っています。
- また、ペット(犬)情報誌の編集経験から、ペットの悩みにもお答えしていきたいです。
- 東京大学文学部卒。

■ 大切にしていること

- あなたの気持ちを否定せず、前向きになるお手伝いをします。
- 気持ちが整理されていなくても、そのまま話して大丈夫です。
- 悲しい気持ちや怒り、行き場のない悩みも受け止めます。
- 相談者のあなたと一緒に悩み、共感して受け止めます。

■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:ミュージカル /読書 / 料理/歌うこと/サイクリング
- よく言われる性格:「落ち着いている」「優しそう」「愛情深い」「発想力豊か」「博識」
- ちょっとしたこだわり:国産米が高い時期、ジャスミンライスを買ったらはまった
- 聴き手としての密かな強み:「声が優しく、安心できるといわれます」

■ メッセージ

人と人とのつながりが希薄になってさみしさを抱えるあなたに、少しでも温かい気持ちになってもらえるようなよりびとを目指します。どんな些細な事でも、口に出すことで気持ちが楽になるはず。一緒に少しでも前を向ける温かい時間を過ごしましょう!

目次

「これって本当にただの近所トラブル?」違和感を見過ごしていた頃

今思えば、あのときすでに違和感はありました。
けれどその違和感に、しっかり向き合うことができていなかったのも事実です。

父が「上の階の人に嫌がらせをされている」と言い始めたのは、ある日突然のことでした。
音を立てられる、文句を言われる、監視されている——そんな話を、どこか真剣な表情で語る父。

ただ、母も一緒になって父を擁護していたこともあり、私は「よくあるご近所トラブルなのかな」と受け止めてしまっていました。
正直に言えば、「少しおかしい気もするけど、深く関わるのは面倒だな」という気持ちもどこかにあったと思います。

話を聞きながらも、どこか距離を置いていた自分。
違和感を抱えながらも、「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせていたあの頃の感覚は、今でもはっきり覚えています。

少しずつズレていく会話、それでも否定できなかった理由

父の話は、日を追うごとに少しずつ変化していきました。
最初は「音がする」「文句を言われる」といった内容だったのが、次第に「行動をすべて聞かれている」といった話に広がっていきます。

普通に考えれば、「そんなことある?」と思う内容です。
実際、母や私にはその声は一切聞こえませんでした。

それでも、私は父の話を強く否定することができませんでした。
なぜなら、父自身は本気で怖がっていたからです。

もしこれが勘違いだったとしても、本人にとっては“現実”なんだろう。
そう思うと、「違うよ」と言い切ることに、どこかためらいがありました。

結果として、私はただ話を聞くだけ。
共感とも否定ともつかない、あいまいな距離感で関わり続けていました。

母も巻き込まれていく中で感じた“言葉にできない違和感”

気づけば、母も父の話に強く影響を受けるようになっていました。
「上の階の人は性格が悪い」「嫌がらせをしてくる人だ」と、父と同じ目線で話すようになっていったのです。

そしてその話は、だんだんと現実離れした方向へと進んでいきました。
盗聴されている、仕事に影響が出ている、家族まで巻き込まれている——。

話を聞きながら、頭の中では「さすがにおかしい」と感じている自分がいました。
でも同時に、母がそこまで本気で信じている姿を見ると、強く否定することもできませんでした。

「もしかして自分のほうが何か見落としているのでは?」
そんなふうに、自分の感覚に自信が持てなくなっていったのもこの頃です。

違和感はあるのに、はっきりと言葉にできない。
その曖昧な状態が、じわじわと続いていきました。

深刻さに気づけなかった自分と、どこか他人事だった気持ち

今振り返ると、あの頃の私はどこか冷静さを保とうとしていたのかもしれません。
というより、「これは自分が深く関わる問題ではない」と、無意識に線を引いていたようにも感じます。

ちょうど自分自身も離婚のことで余裕がなく、正直なところ、両親の問題にしっかり向き合うエネルギーがありませんでした。
母の話を聞きながらも、「またその話か」と感じてしまうこともあったくらいです。

父の様子に違和感を覚えながらも、どこか現実感が薄くて、深刻に受け止めきれていなかった。
そしてその“温度差”が、結果的に状況を見極めるタイミングを遅らせてしまったのだと思います。

あのとき、もう少し立ち止まって考えていれば。
そう思う気持ちは、今でもどこかに残っています。

現実とのズレが広がっていく中で、戸惑いながら話を聞き続けた日々

違和感を抱えながらも、「きっと大丈夫」と思い込んでいた時間は、長くは続きませんでした。

父の言動は、少しずつではなく、ある時期から急激に変わっていきました。
それまでの“気になる程度の話”が、はっきりと現実とは違う方向に進み始めたのです。

特に印象的だったのは、両親が日常的に「筆談」で会話をするようになったことでした。
「すべて聞かれているから声を出せない」と、本気で信じている様子の父。
そして、それに付き合う母。

その光景を前にして、さすがに「これは普通じゃない」と感じるようになりました。
けれど同時に、どう関わればいいのか分からず、強く踏み込むこともできませんでした。

否定すればいいのか、それとも受け止めるべきなのか。
その答えが見えないまま、私はただ話を聞き続けることしかできなかったのです。

筆談での生活が当たり前になっていった異様な日常

最初にその様子を見たときは、正直驚きました。
家の中なのに、会話が一切なく、紙とペンでやり取りをしている両親。

理由は「上の階の人にすべて聞かれてしまうから」。
その説明を聞いたとき、やはり違和感はありましたが、父の表情はとても真剣でした。

「そんなはずない」と言ってしまえば簡単です。
でも、その一言で父を傷つけてしまうのではないかという気持ちもありました。

私は結局、強く否定することもできず、「そうなんだね」と受け流すように話を聞くことが増えていきました。
心の中では疑問だらけなのに、表では受け止める。そんな状態です。

今思えば、このときすでに“普通ではない状況”だったのですが、日常の中に入り込んでしまうと、不思議と慣れてしまうものなんですよね。

話がどんどん大きくなっていく中で感じた不安

父の話は、さらにエスカレートしていきました。
単なる嫌がらせではなく、「盗聴されている」「生活を監視されている」といった内容へと変わっていったのです。

さらに母の話も加わり、「相手の家族の仕事に影響が出ている」など、現実とは思えないような話が次々と出てくるようになりました。

話を聞いていると、一瞬「本当にそんなことがあるのかも」と錯覚しそうになることもあります。
それくらい、両親は真剣でした。

でも、冷静に考えるとやはりおかしい。
その“現実と感覚のズレ”に、私はずっと引っかかり続けていました。

ただ、その違和感をうまく言葉にできず、「何かおかしい」と思いながらも、結局は聞き役に回ることしかできませんでした。

「どう関わればいいのか分からない」距離の取り方に迷った時間

この頃の私は、とにかく迷っていました。
否定すれば関係が壊れそうだし、かといってそのまま受け入れるのも違う気がする。

どの距離感が正しいのか、まったく分からなかったのです。

父の話を聞くときも、「それは違う」と言いかけて飲み込むことが増えました。
代わりに、「怖かったね」「大変だったね」と、感情の部分だけを受け止めるようにしていたと思います。

結果として、それがよかったのかどうかは分かりません。
ただ少なくとも、そのときの私にできたのは、それくらいでした。

今振り返ると、“正しい対応”を探そうとするよりも、まずは話を聞くことしかできなかった自分がいたんだと思います。
そしてその迷いこそが、この時期のいちばんリアルな感覚でした。

「逃げてきた父」目の前で崩れた“いつもの日常”

それまでどこか現実味を持てずにいた状況は、ある日を境に一気に変わりました。

父が突然、私の家にやってきたのです。
しかも、ただ訪ねてきたという様子ではありませんでした。

顔色は明らかに悪く、体を震わせながら、「逃げてきた」と言うのです。
理由を聞くと、「上の階の人がやくざを雇って、自分を殺しに来る」と。

その瞬間、今までどこか他人事のように感じていた出来事が、現実として目の前に突きつけられました。

これはもう、ただの近所トラブルではない。
そうはっきり感じたのは、このときが初めてだったと思います。

けれど同時に、どう対応すればいいのか分からず、戸惑いと焦りばかりが強くなっていきました。

震えながら訴える父の姿に感じた“ただ事ではない違和感”

目の前にいる父は、それまで知っている父とはまるで別人のようでした。

普段はしっかりしていて、大柄で頼りになる存在。
そんな父が、小さく体を縮こませて、怯えた様子で周囲を気にしているのです。

部屋の隅に座り込み、何か物音がするとビクッと反応する。
そして突然、「シッ」と指を立てて、「聞かれているから静かに」と言う。

その様子を見て、「これはおかしい」と頭では理解できました。
でも同時に、「ここまで怖がっているのに否定していいのか」という迷いもありました。

恐怖を感じているのは事実。
その“感情”だけは、間違いなく本物だったからです。

私は何も言えず、ただその場にいることしかできませんでした。

思わず強く否定してしまった自分と、その後の後悔

あまりにも現実とかけ離れた話に、私はつい強く言ってしまいました。

「そんな人いないから」「それは違うよ」と。

父を安心させたかった気持ちもあります。
でも正直なところ、「目を覚ましてほしい」という焦りも大きかったと思います。

ただ、その言葉は父には届きませんでした。
むしろ、不安や恐怖をさらに強めてしまったように感じます。

後から振り返ると、頭ごなしの否定は、相手の世界を壊すだけで、安心にはつながらなかったのだと思います。

あのとき、もう少し違う言葉のかけ方があったのではないか。
そう考えることは、今でもあります。

「理解できない」と「放っておけない」の間で揺れた気持ち

この頃の私は、とても複雑な気持ちで揺れていました。

正直に言えば、父の話は理解できませんでした。
現実的にありえないと、はっきり分かっていました。

でもだからといって、「関係ない」と切り離すこともできない。
目の前で苦しんでいるのは、間違いなく自分の父だからです。

どう関わるのが正しいのか分からない。
距離を取るべきなのか、寄り添うべきなのか、その判断もつかない。

ただ一つ言えたのは、「このままではいけない」という感覚だけでした。

現実を受け止めきれないまま、それでも何とかしなければいけない。
そんなプレッシャーの中で、私は次の行動を考え始めていました。

「正そうとするよりも大切なこと」向き合い方を見直したきっかけ

父の様子が明らかに変わってしまったあの出来事をきっかけに、私はこれまでの関わり方を見直さざるを得なくなりました。

それまでは、「それは違う」「ありえない」と、どこかで現実に引き戻そうとしていた自分がいました。
でも実際には、その言葉が父を安心させることはなく、むしろ不安を強めてしまっていたように感じます。

では、どうすればよかったのか。

すぐに答えが見つかったわけではありません。
ただひとつ分かってきたのは、「正しさ」を伝えることよりも、まずは相手が感じていることを受け止めることのほうが大切だということでした。

現実としては違っていても、本人にとってはそれが“本当の出来事”。
その前提に立たないと、どんな言葉も届かないのだと、少しずつ気づいていきました。

「否定しないで聞く」ことで見えてきた父の本当の不安

それから私は、父の話を聞くときの姿勢を少し変えてみることにしました。

内容そのものを正すのではなく、まずは「怖かったんだね」「不安だったよね」と、気持ちに寄り添うようにしたのです。

最初は正直、戸惑いもありました。
頭の中では「違う」と思っているのに、それを言わないことに違和感もありました。

でも、父の反応は少しずつ変わっていきました。
話しているうちに、少しだけ表情がやわらいだり、落ち着いた様子を見せることが増えていったのです。

そこで初めて、「ああ、この人は怖かったんだ」と、心から理解できた気がしました。

内容ではなく、その奥にある感情に目を向ける。
それだけで、関係性の空気が少し変わったのを感じました。

家族だからこそ難しい距離感と、無理をしない関わり方

とはいえ、ずっと寄り添い続けることが簡単だったわけではありません。

家族だからこそ、感情が揺さぶられる場面も多く、冷静でいられないこともありました。
「どうして分かってくれないのか」と思ってしまう瞬間も、何度もありました。

そんなときに気づいたのは、「無理をしすぎないこと」も同じくらい大切だということです。

すべてを受け止めようとすると、自分が疲れてしまう。
だからこそ、少し距離を取ったり、他の人に頼ったりすることも必要でした。

寄り添うことと、自分を守ること。
そのバランスを取ることが、長く関わっていくうえではとても大事なんだと感じました。

同じように悩んでいる人へ伝えたいこと

もし今、大切な人の言動に違和感を感じていたり、どう関わればいいか悩んでいる方がいたら、まずは「一人で抱え込まなくていい」と伝えたいです。

正しい対応をしようとすればするほど、分からなくなってしまうこともあります。
私自身も、何が正解なのか分からないまま、迷い続けてきました。

ただ、ひとつ言えるのは、「話を聞く」という関わりは、決して無意味ではなかったということです。

すぐに状況が変わるわけではなくても、相手にとっては安心につながることがある。
そしてその積み重ねが、少しずつ関係を支えていくのだと思います。

完璧にできなくても大丈夫。
迷いながらでも関わろうとすること自体に、ちゃんと意味があると、私はこの体験を通して感じました。

読者へのメッセージ

最後に読者の方へ、少しだけお伝えさせてください。

ここまで読んでくださった方の中には、
「もしかしてうちも似ているかも」
「誰かに聞いてほしいけど、どうしたらいいか分からない」
そんな気持ちを抱えている方もいるかもしれません。

家族のこと、大切な人のことだからこそ、
簡単に人に話せなかったり、
自分の中で抱え込んでしまうことってありますよね。

私自身もそうでした。
どう向き合えばいいのか分からないまま、
一人で考え続けて、苦しくなってしまった時期がありました。

もし今、少しでも迷いや不安があるなら、
その気持ちをひとりで抱え続けなくても大丈夫です。

安心して話せる場所や、
自分の気持ちを整理できる時間を持つことは、
これからの関わり方を考えるうえでも、とても大切なことだと思っています。

ご希望の方には、ゆっくりお話を伺う機会もご用意しています。
詳細やご予約については、LINE公式アカウントからご確認いただけます。

無理に何かを変えようとしなくて大丈夫。
まずは「今の気持ちをそのまま話してみること」からでも、十分な一歩です。

友だち追加

SHARE
シェアする

ブログ(こころの不思議)一覧

ページの先頭へ