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夫婦関係がうまくいかなかった私が選んだ、別居共同養育という子育てのかたち

夫婦関係がうまくいかなかった私が選んだ、別居共同養育という子育てのかたち

夫婦関係がうまくいかなくなったとき、私は何度も「もう一度、わかり合えるかもしれない」と期待していました。

たった3秒でいいから抱きしめてほしい。

そんな小さな願いさえ届かなくなっていたのに、それでもどこかで、話し合えば元に戻れるのではないかと思っていたのです。

夫婦で話し合う場にも行きました。婚約指輪をつけて、少しおしゃれをして、関係が変わるきっかけになることを願って向かいました。

でも、そこで起きたのは、いつものけんかを場所を変えて繰り返しただけのような時間でした。期待していた分、帰り道の落胆は大きく、心の中にはさみしさと怒りと、どうにもならない虚しさが残りました。

その後、私たちは離婚を見据え、別居共同養育という形を選びました。

最初から前向きだったわけではありません。娘と週の半分しか会えないことに胸が痛んだり、「私はちゃんと母親ができていないのでは」と自分を責めたりしたこともあります。

けれど今は、パパの話をする娘の言葉を遮らず、にこにこと聞くことを大切にしています。

親同士の関係が変わっても、娘にとって大切な人の話をタブーにしないこと。それが、私なりの愛情であり、安心を守るための聴き方なのだと思っています。

今回は、夫婦関係に悩んだ私が、離婚と別居共同養育を通して見つけた「家族のかたち」についてお話しします。

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■ キャッチコピー:「言葉にならない気持ちを、いっしょにほどく。」

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- もやもやしている気持ちの整理
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- 優しく愛情深く相槌を打ちます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- どんな話も落ち着いて受け止めます
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- 大手結婚情報誌の編集として、数多くのカップルの話に耳を傾けてきました。
- 自身は、夫と3年前に別居。共同親権法の施行を待って、離婚を見据え、子どもを夫と交代で協力して養育しています。
- 離婚が決まり、苦しかった時にオンラインカウンセリングに出会い、自分も人の力になりたいとメンタルケア心理士の資格を取得しました。
- 恋愛・婚活・結婚の悩みやパートナーとの関係、離婚や子育てなどのお悩みにお力になれたらと思っています。
- また、ペット(犬)情報誌の編集経験から、ペットの悩みにもお答えしていきたいです。
- 東京大学文学部卒。

■ 大切にしていること

- あなたの気持ちを否定せず、前向きになるお手伝いをします。
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- 相談者のあなたと一緒に悩み、共感して受け止めます。

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- 聴き手としての密かな強み:「声が優しく、安心できるといわれます」

■ メッセージ

人と人とのつながりが希薄になってさみしさを抱えるあなたに、少しでも温かい気持ちになってもらえるようなよりびとを目指します。どんな些細な事でも、口に出すことで気持ちが楽になるはず。一緒に少しでも前を向ける温かい時間を過ごしましょう!

目次

夫婦関係を戻したくて、私は話し合う場所に向かった

夫婦関係がうまくいかなくなっていたころ、私はまだ心のどこかで「ちゃんと話せば、また戻れるかもしれない」と思っていました。

たった3秒でいいから抱きしめてほしい。

今思えば、それは大きな要求ではなかったのかもしれません。けれど、その小さな願いさえ届かないことが、当時の私にはとても苦しく感じられました。

夫に対して怒っていた部分もあります。でも、それ以上に「どうしてこんなに近くにいるのに、気持ちが届かないんだろう」というさみしさが大きかったように思います。

私は、夫婦で話し合う場に期待していました。

その日は婚約指輪をつけて、少しだけおしゃれをして出かけました。関係を終わらせに行くというより、もう一度やり直すきっかけを探しに行くような気持ちでした。

けれど、現実は私が思い描いていたものとは違いました。

話し合いの場に行けば、誰かが私たちの絡まった気持ちをほどいてくれるのではないか。夫も少しは私の気持ちに気づいてくれるのではないか。そんな期待をしていたのですが、結局そこでは、普段家で繰り返していたけんかを、場所を変えてもう一度しているような時間になってしまいました。

帰り道、私は肩を落としていました。

夫も「何の役にも立たなかった」と怒っていました。私も同じようにがっかりしていたはずなのに、どこかでまだ「私の伝え方が悪かったのかな」と自分を責めていた気がします。

夫婦の問題は、どちらか一人だけが悪いと簡単に言い切れるものではありません。

でも、当時の私は、夫の言葉や態度に傷つきながらも、自分の気持ちをきちんと見つめる余裕がありませんでした。ただ、わかってほしい。気づいてほしい。抱きしめてほしい。

その思いを抱えたまま、私は夫婦関係の現実と向き合うことになりました。

たった3秒のハグが、私には大きな願いだった

「3秒でいいから抱きしめてほしい」

そうお願いしていたころの私は、夫に特別なことを求めていたつもりはありませんでした。

高価なプレゼントがほしかったわけでも、劇的な愛情表現がほしかったわけでもありません。ただ、少しだけ安心したかったのです。

夫婦として一緒にいるのに、心がひとりぼっちのように感じる。隣にいるのに、遠くにいるように感じる。その感覚が積み重なると、人は思っている以上に疲れてしまうのだと思います。

私にとってハグは、「大丈夫だよ」と言葉にしなくても伝わるもののように感じていました。

けれど、夫には夫の感じ方がありました。触れ合うことや、感情を言葉や態度で表すことが、私ほど自然ではなかったのかもしれません。

頭ではそう理解しようとしても、当時の私はやっぱり傷ついていました。

「そんなこともしてくれないの?」
「私はそんなに大切にされていないの?」
「この人とこの先も一緒に暮らしていけるの?」

そんな言葉が、心の中で何度も浮かびました。

今振り返ると、私はハグそのものがほしかったというより、夫に「あなたの気持ちはちゃんとここにあるよ」と示してほしかったのだと思います。

でも、その思いを怒り混じりに伝えてしまうと、相手には責められているように聞こえてしまうこともあります。

私も夫も、それぞれに余裕がなくなっていました。

本当はさみしかっただけなのに、口から出る言葉は責めるようなものになってしまう。わかってほしいのに、わかってもらえない言い方をしてしまう。

夫婦のすれ違いは、こういう小さな場面から少しずつ深くなっていったのだと思います。

婚約指輪をつけて向かった日の、少しだけ残っていた期待

夫婦で話し合う場に行く日、私は婚約指輪をつけました。

今考えると、それは私なりの小さな希望だったのだと思います。

もう一度、夫婦として向き合いたい。昔の気持ちを思い出したい。関係が壊れていくのを、ただ見ているだけではなく、何かできることをしたい。

そんな思いがあったから、私は少しおしゃれをして出かけました。

もちろん、指輪をつけたからといって何かが変わるわけではありません。それでも私は、そこに自分の気持ちを込めていました。

夫婦関係が悪くなっているときは、相手への怒りだけでなく、過去の楽しかった記憶も一緒に胸の中にあります。

出会ったころのこと。婚約したときのこと。家族になろうと決めたときのこと。

そういう記憶があるからこそ、簡単に「もう無理」とは思えないのだと思います。

私もそうでした。

夫に傷つけられたと感じることはたくさんありました。それでも、完全に嫌いになったわけではありませんでした。だからこそ、余計につらかったのです。

話し合いの場に行けば、誰かが間に入ってくれて、私たちの言葉を整理してくれるかもしれない。夫も私も、少し冷静になれるかもしれない。

そんな期待をしていました。

けれど実際には、私たちはいつものようにぶつかってしまいました。

期待していた分、何も変わらなかったことがとてもこたえました。

その日の私は、関係を戻したかった自分と、もう限界かもしれないと感じている自分の間で揺れていたのだと思います。

話し合いの場でも、いつものけんかを繰り返してしまった

話し合いの場では、私たちの関係が劇的に変わることはありませんでした。

むしろ、家で何度も繰り返していたやり取りを、そのまま別の場所で見せているような時間になりました。

私が気持ちを伝えようとする。夫が受け取れない。夫が自分の考えを話す。私が傷ついたまま聞いてしまう。

その繰り返しでした。

私は「わかってほしい」という気持ちが強くなりすぎて、相手の話を落ち着いて聞く余裕がありませんでした。夫もまた、責められているように感じて、心を閉じていたのかもしれません。

話し合いというのは、ただ同じ場所に座ればできるものではないのだと思います。

お互いが少しでも「相手の言葉を聞こう」と思える状態でなければ、言葉は届かず、ただぶつかってしまいます。

当時の私たちは、まさにその状態でした。

私は、本当は自分の気持ちを整理したかったのだと思います。怒りも、さみしさも、不安も、全部ごちゃごちゃになっていて、どこから話せばいいのかわかりませんでした。

だからこそ今、私は人の話を聞くときに、すぐに結論を出そうとしないことを大切にしています。

まとまっていない気持ちには、まとまっていないなりの理由があります。

言葉にならない思いを急かさず、否定せず、少しずつ一緒にほどいていくこと。その大切さを、私は自分自身の体験から感じるようになりました。

あのときの話し合いは、夫婦関係を戻すきっかけにはなりませんでした。

でも、自分が本当は何に傷つき、何を求めていたのかを見つめる始まりにはなったのだと思います。

夫婦として続けることより、娘の安心を守ることを考え始めた

話し合いの場に行っても、私たちの関係は思うようには変わりませんでした。

むしろ、期待していた分だけ、「やっぱり難しいのかもしれない」という現実が、はっきり見えてしまったように感じました。

それでも私は、すぐに離婚を決められたわけではありません。

夫婦として一緒に暮らしてきた時間があり、娘もいて、家族として積み重ねてきた日々がありました。簡単に「もう終わり」と割り切れるものではありませんでした。

夫に対して怒りもありました。さみしさもありました。でも同時に、夫が娘にとって大切な存在であることもわかっていました。

だからこそ、私の中では気持ちが何度も揺れました。

「私がもっと我慢すればいいのかな」
「娘のためには、家族3人で暮らし続けた方がいいのかな」
「でも、このまま一緒にいて、私の心が壊れてしまったらどうなるんだろう」

そんなことを何度も考えました。

夫婦関係が苦しくなると、どうしても「離婚するか、しないか」という大きな二択で考えてしまいがちです。

でも本当は、その前に見つめることがたくさんあるのだと思います。

私は何に傷ついているのか。
何を期待して、何をあきらめようとしているのか。
娘にとって、安心できる暮らしとは何なのか。

そのひとつひとつを、少しずつ言葉にしていく必要がありました。

私は人の話を聞くとき、すぐに正解を出すよりも、まずその人の中にある気持ちをそのまま受け止めることを大切にしています。

自分自身が夫婦関係の中で悩んでいたときも、本当は誰かに「それはつらかったね」と、まず受け止めてほしかったのだと思います。

正しいか間違っているかではなく、今どんな気持ちでいるのか。

そこを置き去りにしたまま決断しようとすると、心はどこかで追いつかなくなります。

私たちはやがて、夫婦として同じ家で暮らす形ではなく、父と母として娘を育てていく形を考えるようになりました。

それは、最初から前向きな選択だったわけではありません。

悲しさも、悔しさも、不安もありました。

けれど、夫婦関係を無理に続けることだけが、娘のためになるわけではないのかもしれない。

そう思えるようになったことが、私にとって大きな転機でした。

「娘のために我慢する」が本当に娘のためなのか悩んだ

離婚を考え始めたころ、私の頭に何度も浮かんだのは「娘のため」という言葉でした。

娘のために、できるだけ家族3人でいた方がいいのではないか。
娘のために、私がもっと我慢した方がいいのではないか。
娘のために、夫婦関係のつらさを表に出さない方がいいのではないか。

そう考えるたびに、私は自分の本音を後回しにしていました。

もちろん、子どものことを大切に考えるのは自然なことです。親になれば、自分の気持ちだけで決められない場面がたくさんあります。

でも、「娘のため」という言葉の中に、私自身の苦しさを押し込めすぎていたのかもしれません。

一緒に暮らしていても、夫婦の空気が張りつめている。言葉の端々に怒りやあきらめがにじむ。お互いが疲れていて、笑顔が少なくなる。

そんな家の中で、娘は本当に安心できるのだろうか。

そう考えたとき、私は少しずつ「家族は同じ家に住んでいなければいけない」という思い込みから離れていきました。

娘にとって大切なのは、父と母が同じ場所にいることだけではないのかもしれない。

パパもママも、自分のことを大切に思っている。
どちらの家にいても、自分は見捨てられていない。
安心して話していいし、笑っていい。

そう感じられることの方が、ずっと大切なのではないかと思うようになりました。

「我慢すること」と「守ること」は、似ているようで違います。

私が心をすり減らしながら夫婦関係を続けることが、必ずしも娘を守ることにはならない。

そのことに気づくまでには時間がかかりました。

でも、その気づきがあったからこそ、私は自分を責めるだけではなく、娘にとって安心できる別の形を探してみようと思えたのです。

夫への怒りだけではなく、父親としての存在も見つめ直した

夫婦関係が苦しかったころ、私は夫に対してたくさんの怒りを持っていました。

わかってくれない。
寄り添ってくれない。
私ばかりが頑張っている気がする。

そんな思いが積み重なっていました。

特に、育児や家のことが私に大きく偏っていると感じていたときは、「どうして私ばかり」と思うことも多かったです。

夫は激務でした。仕事が忙しいことはわかっていました。それでも、日々の子育ては待ってくれません。

娘の食事、着替え、習い事、体調、保育園の準備。小さなことの積み重ねが、毎日ずっと続いていきます。

私はその中で、夫に対して不満を抱えるようになっていました。

ただ、離婚や別居を考える中で、私は夫を「夫」としてだけではなく、「娘の父親」としても見つめ直す必要がありました。

夫婦としてはうまくいかなかった。
でも、娘にとって父親であることまで消えるわけではない。

この事実は、私にとって簡単に受け入れられるものではありませんでした。

怒りがあると、相手の全部を否定したくなることがあります。

でも、娘にとってのパパまで私の怒りで塗りつぶしてしまうのは違うのではないか。

そう思うようになりました。

私は、娘がパパの話をしたときに、否定したり話題をそらしたりしないようにしています。

それは、夫のためというより、娘のためです。

娘が安心してパパの話をできること。パパと過ごした楽しい時間を、ママの前でも隠さず話せること。

それは、娘の心にとって大切なことだと思っています。

夫婦としての傷つきと、親としての役割を分けて考えるのは、簡単ではありません。

でも、そこを少しずつ分けて見られるようになったことで、私は娘の前で少し落ち着いていられるようになりました。

すぐに答えを出さず、気持ちをひとつずつ整理していった

離婚や別居共同養育について考え始めたとき、私はすぐに答えを出せたわけではありません。

むしろ、毎日のように気持ちが揺れていました。

今日は「もう無理だ」と思う。
次の日には「でも、やっぱり家族でいた方がいいのかな」と思う。
娘の寝顔を見ると、胸がぎゅっと苦しくなる。

そんな日々でした。

大きな決断をするとき、人はつい早く答えを出さなければと思ってしまいます。

でも、心が追いついていないまま決めようとすると、後から苦しさが残ることもあります。

私は、自分の気持ちを少しずつ整理していきました。

夫に対して何を求めていたのか。
何がどうしてもつらかったのか。
娘にどんなふうに育ってほしいのか。
私自身は、どんな暮らしなら呼吸がしやすいのか。

ひとつずつ考えていくと、ただ「離婚したい」「離婚したくない」という話ではないことが見えてきました。

私が本当に考えたかったのは、これからの家族の形でした。

一緒に住むことにこだわるのか。
それとも、別々に暮らしても父母として協力する道を探すのか。

その問いに向き合うには、感情を押し殺すのではなく、ちゃんと感じることが必要でした。

私は、人の話を聞くときにも、結論を急がないようにしています。

「どうすればいいか」だけを急いで探す前に、「今、何が苦しいのか」を言葉にする時間が必要なことがあるからです。

私自身もそうでした。

怒りも、悲しみも、不安も、全部が大切なサインでした。

それらをなかったことにせず、ひとつずつ見つめていった先に、私は別居共同養育という選択肢を考えるようになっていきました。

別々に暮らしても、父と母として娘を育てる生活が始まった

離婚に向けて話が進み、夫が家を出ていったあと、私たちは「夫婦」ではなく「娘の父と母」として、どう関わっていくかを考えることになりました。

それまでの私は、家族というのは同じ家で暮らすものだと思っていました。

朝起きて、同じ家でごはんを食べて、夜になればまた同じ場所に帰ってくる。そういう形だけが、子どもにとっての安心なのだと思っていたところがありました。

でも、実際に夫婦関係が苦しくなっていく中で、同じ家にいることが必ずしも安心につながるわけではないと感じるようになりました。

私たちは、調停や裁判ではなく、お互いに弁護士をつけて、公正証書で言葉を整えていきました。親権についての考え方も含めて、簡単に決められることばかりではありませんでしたが、娘の暮らしをどう守るかということを中心に考えていきました。

そして、週の前半は私、週の後半は夫という形で、交代で娘を育てる生活が始まりました。

最初、娘は不安そうでした。

それはそうだと思います。今までひとつだった生活の場所が、急にふたつになるのですから、大人が思う以上に戸惑いがあったはずです。

私自身も、娘と離れて過ごす時間に慣れるまでは、胸がきゅっと痛むことがありました。

「週の半分しか娘といられない私は、ちゃんと母親と言えるのかな」

そんなふうに、自分を責めてしまったこともあります。

でも、生活は少しずつ形になっていきました。

服や持ち物のやり取り、習い事や食事の共有、保育園を介した交代。最初は慣れないことばかりでしたが、必要な情報をこまめに共有することで、娘の暮らしは少しずつ安定していきました。

離れて暮らすからこそ、話さなくてはいけないことが増えました。

一緒に暮らしていたころよりも、むしろ娘についての情報共有は細かくなったように思います。

夫婦としてはうまくいかなかった私たちでも、娘を育てる父母としてなら、できることがある。

そう感じられるようになったことは、私にとって大きな変化でした。

週の前半と後半で交代する、新しい暮らしのリズム

別居共同養育が始まってから、娘の生活は週の前半と後半で場所が変わるようになりました。

最初は、私も娘もそのリズムに慣れるまで時間がかかりました。

娘が夫の家にいる日、家の中は静かになります。いつもなら聞こえる声や足音がないだけで、部屋が急に広く感じられました。

自由な時間ができたはずなのに、最初のころはうまく過ごせませんでした。

「今ごろ何をしているかな」
「さみしがっていないかな」
「私がそばにいなくて大丈夫かな」

そんなことばかり考えていました。

特に、単独で親権を持って子どもと暮らしている人の話を聞くと、私は自分と比べてしまうことがありました。

毎日一緒にいられない私は、母親として足りないのではないか。娘にさみしい思いをさせているのではないか。

そうやって、自分で自分を責めてしまうこともありました。

でも、少しずつ気づいたことがあります。

娘は、私の家にいるときは私との時間を過ごし、パパの家にいるときはパパとの時間を過ごしていました。

どちらかを失ったわけではなく、ふたつの場所で、それぞれの関係を育てていたのです。

もちろん、完璧な形ではありません。

荷物の行き来が大変なこともありますし、予定の調整に気をつかうこともあります。娘の気分によっては、切り替えがうまくいかない日もありました。

それでも、週ごとのリズムが少しずつ生活の中に根づいていくと、私の気持ちも変わっていきました。

「ずっと一緒にいること」だけが愛情ではないのかもしれない。

離れている時間があるからこそ、娘と過ごす時間を大切にできる。私自身も、休む時間や自分を立て直す時間を持てる。

そう思えるようになってから、私はこの暮らしを少しずつ受け入れられるようになりました。

情報共有が増えたことで、子育ての見え方が変わった

別々に暮らすようになってから、私たちは娘についての情報共有をとても大切にするようになりました。

一緒に住んでいたころは、同じ家にいるから何となくわかっているつもりになっていたことも多かったのだと思います。

でも、家が分かれると、何となくでは伝わりません。

朝ごはんは何を食べたのか。
勉強はどこまでやったのか。
習い事はどうだったのか。
服や持ち物はどちらの家にあるのか。
体調に変わりはないか。

こうした小さな情報を、こまめに共有する必要が出てきました。

私たちは写真共有のアプリを使い、娘の様子をアップしたり、必要なことを伝え合ったりするようになりました。

最初は少し面倒に感じることもありましたが、続けていくうちに、この細かな共有が娘の安心につながっているのだと感じるようになりました。

娘がどちらの家にいても、もう一方の親が娘の様子を知っている。

それは、大人にとっても安心材料になりますし、子どもにとっても「自分はちゃんと見てもらえている」という感覚につながるのではないかと思います。

夫は、感情を交えた話し合いは得意ではありませんでした。

でも、事務的なやり取りや、必要な情報を正確に伝えることは、とてもきちんとしていました。嘘をつかず、まっすぐにやり取りをするところは、別居共同養育を進めるうえで助けになりました。

夫婦として暮らしていたころは、その淡々とした態度に傷つくこともありました。

けれど、父母として娘のことを共有する場面では、その特性がうまく働いた部分もあったのです。

人の一面だけを見て「合わない」と感じていたことが、別の形になると支えになることもある。

それは、別居共同養育を始めてから私が気づいたことのひとつです。

夫婦ではなくなっても、父母として協力できることがあった

離婚や別居という言葉には、どうしても「家族が壊れる」というイメージがつきまといます。

私自身も、最初はそう感じていました。

夫婦として一緒に暮らせなくなったら、家族としても終わってしまうのではないか。娘から、当たり前の家族の形を奪ってしまうのではないか。

そんな不安がありました。

でも実際に別居共同養育が始まると、家族の形は変わっても、続いていくものがあるのだと感じるようになりました。

夫は、以前よりも娘のことを主体的に見るようになりました。

一緒に暮らしていたころは、仕事が忙しいこともあり、育児の多くが私に偏っていました。私の中には、「結局、私がやるしかない」というあきらめもありました。

けれど、交代で娘を見る生活になってからは、夫も娘の生活を自分ごととして担うようになりました。

食事、勉強、習い事、生活リズム。

これまで私が気にしていたことを、夫も自分で考え、動く必要が出てきたのです。

もちろん、それですべての不満が消えたわけではありません。

夫婦として傷ついた過去がなくなるわけでもありません。

それでも、娘のことに関しては協力できる場面がありました。

私はそのことに、少し救われた気がします。

「夫婦としてうまくいかなかった」ことと、「親として何もできない」ことは同じではありません。

このふたつを分けて考えられるようになったことで、私は少しずつ気持ちが落ち着いていきました。

私が人の話を聞くときにも、この感覚は大切にしています。

ひとつの関係がうまくいかなかったとしても、その人の全部が失敗になるわけではありません。形を変えれば、守れるものや続けられるものがあるかもしれない。

私たちにとっての別居共同養育は、まさにそういう選択でした。

家が二つあっても、娘が安心して笑える家族の形になった

別居共同養育を始めたばかりのころ、私は「これで本当に娘は大丈夫なのだろうか」と何度も考えていました。

週の前半は私の家、週の後半はパパの家。

大人の私でも慣れるまで時間がかかったのですから、娘にとっても最初は戸惑いがあったと思います。

けれど、日々を重ねるうちに、娘は少しずつその生活になじんでいきました。

私の家では私との時間を過ごし、パパの家ではパパとの時間を過ごす。どちらかを失ったのではなく、どちらにも居場所がある。そんな感覚が、娘の中に育っていったのかもしれません。

私は、娘がパパの話をしたとき、できるだけ自然に聞くようにしています。

「パパの家で何を食べたの?」
「楽しかったんだね」
「それはよかったね」

そんなふうに、娘の言葉をそのまま受け止めるようにしています。

私の中に夫婦としての傷つきがなかったわけではありません。思い出すと胸が痛むこともありました。

でも、娘にとってパパの話は、安心して話せる日常の一部であってほしいと思いました。

親同士の関係が変わったからといって、子どもがどちらかの親の話を遠慮しなければならないのは、やっぱり苦しいことだと思うのです。

誕生日やクリスマス、保育園の行事など、特別な日は家族三人で過ごすこともあります。

最初は、その時間が少し切なく感じられました。

こんなふうに一緒に過ごせるのに、どうして同じ家で暮らせなかったのだろう。そんな気持ちが浮かぶこともありました。

でも、少しずつ私は、夫婦として一緒に暮らすことと、父母として娘を大切にすることは別なのだと受け止められるようになりました。

今の私たちは、昔思い描いていた家族の形とは違います。

それでも、娘が明るく、自分の家が二つあることをあっけらかんと話せるようになった姿を見ると、この形の中にも安心は育つのだと感じます。

家族の形は、ひとつではありません。

大切なのは、子どもが「自分は見捨てられていない」「どちらの親からも大切にされている」と感じられること。

私にとって別居共同養育は、悲しみの中から始まった選択でした。

でも今は、娘と私、そして娘のパパにとって、それぞれが無理をしすぎずに関われる家族の形になっているのだと思います。

パパの話をタブーにしないことが、娘の安心につながった

別居してから、私が意識していたことのひとつに「娘の前でパパの話をタブーにしない」ということがあります。

夫婦としての関係がうまくいかなかったとき、私の中にはもちろん傷つきもありました。

だから、最初から何でも平気だったわけではありません。

娘がパパの家で楽しかった話をしてくれると、うれしい気持ちと一緒に、少しさみしい気持ちが出てくることもありました。

「私がいない場所でも、娘はちゃんと楽しく過ごしているんだ」

そう思えることは安心でもあり、どこか置いていかれるような感覚でもありました。

でも、そこで私がつらそうな顔をしたり、話をそらしたりしたら、娘はきっと気をつかうようになります。

「ママの前ではパパの話をしない方がいいのかな」
「楽しかったと言ったら、ママが悲しむのかな」

そんなふうに思わせたくありませんでした。

だから私は、娘がパパの話をしたときは、できるだけそのまま聞くようにしています。

内容を評価したり、夫婦としての感情を重ねたりするのではなく、まずは娘の体験として受け止める。

これは、私が普段から人の話を聞くときにも大切にしていることです。

相手が話していることを、すぐに正しいか間違っているかで判断しない。
自分の感情で上書きしない。
まずは「そうだったんだね」と受け止める。

娘との会話でも、それは同じでした。

娘にとってパパはパパであり、ママはママです。

どちらかを選ばせるような空気を作らないことが、娘の安心につながるのだと思います。

親同士の関係が変わっても、子どもが自分の大切な人の話を安心してできること。

それは、別居共同養育の中で私が特に大切にしてきたことです。

家族三人で過ごす日も、少しずつ自然になっていった

別居したあとも、誕生日やクリスマス、保育園のイベントなど、特別な日は家族三人で過ごすことがありました。

最初のころは、その時間が少し不思議でした。

一緒に笑って、一緒に娘を見て、一緒にイベントに参加する。

その瞬間だけを見ると、まるで普通の家族のようにも見えました。

だからこそ、私は胸が痛くなることもありました。

「こんなふうに一緒にいられるのに、どうして離婚しなければならなかったんだろう」

そう思ったこともあります。

けれど、時間がたつにつれて、その感じ方も変わっていきました。

夫婦として一緒に暮らすことは難しかった。
でも、娘の父母として同じ場にいることはできる。

その違いを、少しずつ受け止められるようになったのだと思います。

家族三人で過ごす日は、過去をやり直す時間ではありません。

娘にとって大切な一日を、父と母として一緒に見守る時間です。

そう思えるようになってから、私は以前よりも落ち着いてその場にいられるようになりました。

もちろん、すべてがきれいに割り切れたわけではありません。

ふとした瞬間に昔のことを思い出すこともありますし、感情が揺れる日もあります。

でも、娘が楽しそうにしている姿を見ると、「この時間はこれでいいのだ」と思えるようになりました。

家族の形が変わっても、続けられる関わりがあります。

同じ家に住んでいなくても、同じ日に同じ場所で娘を見守ることはできます。

それは、私にとって大きな発見でした。

離婚や別居は、すべてを断ち切ることではありません。

必要な距離を取りながら、それでも子どものために協力できることがある。

その感覚を持てるようになったことで、私は過去の家族の形にしがみつくのではなく、今の形を少しずつ大切にできるようになりました。

これからも、娘が自分の家族を明るく話せるように

今、娘は自分の暮らしについて、思っていたよりもあっけらかんと話しています。

家が二つあることも、パパの家とママの家を行き来していることも、隠すようなことではなく、娘にとっては日常の一部になっています。

私はその姿を見て、少しほっとしています。

もちろん、これから成長する中で、娘が別の感じ方をする時期もあるかもしれません。

友だちの家族と比べて、疑問を持つこともあるかもしれません。さみしさや怒りを感じることもあるかもしれません。

そのときに大切なのは、「そんなことを思ってはいけない」と言わないことだと思っています。

娘がどんな気持ちを話しても、まずは聞く。

明るく話す日も、寂しそうに話す日も、怒って話す日も、そのまま受け止める。

私は、これからもそうありたいと思っています。

家族の形が変わったことを、無理に美談にする必要はありません。

つらかったことはつらかった。傷ついたこともあった。不安もたくさんあった。

でも、その中で守れたものもあります。

娘がパパもママも自分を大切にしていると感じられること。
どちらの家にも居場所があること。
自分の家族のことを、隠さず話せること。

それは、私にとってとても大きなことです。

私自身も、これから先の人生を考えています。

もし新しい人と一緒になることがあるとしても、娘にとってパパが大切な存在であることを受け入れてくれる人と歩みたいと思っています。

私の人生も、娘の人生も、これで終わりではありません。

別居共同養育という形の中で、迷いながらも、私たちは少しずつ前に進んでいます。

完璧な家族ではないかもしれません。

でも、娘が安心して笑える場所を、これからも大切に育てていきたいと思っています。

家族の形に迷ったとき、ひとりで抱え込まなくていい

夫婦関係や離婚、別居後の子育てについて考えるとき、正解が見えなくて苦しくなることがあります。

「子どものためにはどうしたらいいのだろう」
「この選択で本当に大丈夫なのかな」
「自分の気持ちを優先してもいいのかな」

そんなふうに、何度も同じところをぐるぐる考えてしまうこともあると思います。

私自身も、最初から落ち着いて決められたわけではありません。

娘のことを思うからこそ迷いましたし、周りの家族と比べて自分を責めたこともありました。

でも今思うのは、家族の形はひとつではないということです。

同じ家に住み続けることだけが、子どもを大切にする形とは限りません。
離れて暮らしても、子どもが「自分は大切にされている」と感じられる関わりを積み重ねていくことはできます。

大切なのは、自分の気持ちをなかったことにせず、子どもの安心も一緒に考えながら、これからの暮らし方を少しずつ整理していくことだと思います。

もし今、夫婦関係や子育て、離婚後の関わり方について悩んでいるなら、ひとりで抱え込まなくても大丈夫です。

気持ちがまとまっていなくてもかまいません。
何から話せばいいかわからないままでも大丈夫です。

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