一人でいると寂しくてつらいとき|誰かに話すことで気持ちが軽くなる理由

「一人でいると寂しい」「誰かと話したいけれど、こんなことで連絡していいのかわからない」。そんな夜はありませんか。
仕事や家事をしている間はそれなりに過ごせていたのに、家に帰って部屋が静かになると、急に心細くなる。SNSを開けば楽しそうな人たちが目に入り、自分だけ取り残されたような気持ちになることもあります。特に何か大きな出来事があったわけではないのに、「誰かの声が聞きたい」「少しだけ話を聞いてほしい」と感じることもあるでしょう。
そんなとき、「一人の時間を楽しめるようにならないと」「これくらい自分で何とかしないと」と無理に気持ちを切り替える必要はありません。
寂しさは、正しい・間違っているで判断するものではなく、そのとき自分の中にある気持ちの一つです。そして、頭の中だけで抱えていたことを誰かに言葉にしてみると、それだけで少し呼吸がしやすくなることがあります。
話す内容がきれいにまとまっていなくても大丈夫です。「なんとなく寂しい」「理由はわからないけれど誰かと話したい」から始めてもかまいません。
この記事では、一人でいると寂しくなるときに心の中で何が起きているのか、そして誰かに話すことがなぜ気持ちの整理につながるのかを、一緒に考えていきます。

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投稿者プロフィール

- 心理カウンセラー
-
ストレス・不安・人間関係・自己否定などの悩みを、安心して話せる対話から整理し、考え方のクセや気持ちのパターンを一緒に見つけていく心理カウンセラーです。
■経歴・資格
産業カウンセラー。
人材紹介会社でキャリアアドバイザーとして転職相談に携わり、仕事やキャリア、職場の人間関係など、さまざまな相談に対応してきました。
現在はオンラインを中心に、ストレス、不安、人間関係、自己肯定感、自己否定、HSP、仕事やキャリア、本音を言えない悩みなどの相談を受けています。
■得意な相談
・ストレス・不安・気分の落ち込み
・職場・家族・恋愛などの人間関係
・自己肯定感の低さ・自己否定
・HSP・繊細さによる生きづらさ
・仕事・キャリアの悩み
・本音が言えない、自分の気持ちが分からない悩み
■大切にしていること
まずは、否定されず安心して本音を話せることを大切にしています。
話を聴くだけで終わるのではなく、対話を通して気持ちを整理し、自分では気づきにくい「考え方のクセ」や、ストレス・不安が強くなるパターンを一緒に見つけていきます。
来談者中心療法の考え方を大切にしながら、必要に応じて認知行動療法(CBT)の考え方も取り入れています。
「こんなことで相談していいのかな」「うまく話せるか分からない」という段階でも大丈夫です。話がまとまっていなくても、安心してお話しください。
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目次
- ○ 一人になると、寂しさが急に大きくなるとき
- ・楽しい時間のあとほど、部屋の静けさが寂しく感じる
- ・「誰かと話したい」のに、連絡する理由が見つからない
- ・SNSを見ているうちに「自分だけ一人」に見えてしまう
- ○ 「一人を楽しもう」と無理をしなくていい
- ・一人時間を楽しめない自分を責めなくていい
- ・寂しさを早く消そうとすると、かえって疲れてしまう
- ・「誰かと話したい」という気持ちを、そのまま認めてみる
- ○ 誰かに話すことで、寂しさの感じ方が少し変わることがある
- ・声に出してみると、頭の中で絡まっていた気持ちが見えてくる
- ・アドバイスより「そう感じていたんだね」が欲しい夜もある
- ・「話せる相手がいる」と思えるだけで、一人の時間は少し違って見える
- ○ 話す内容がまとまっていなくても、そのままで大丈夫
- ・「相談するほどではない」と思うことほど、心に残っていることがある
- ・うまく説明できなくても、話しながら見つけていけばいい
- ・「また話せる場所がある」と思えることが安心につながる
- ○ 一人でいるのがつらい夜は、傾聴ラウンジ「ここより」へ
一人になると、寂しさが急に大きくなるとき

昼間は仕事や家事で忙しくしていて、特に寂しいとは思っていなかった。それなのに、夜になって部屋が静かになると、急に心細くなる。そんなことがあります。
友人と楽しく食事をして帰ってきた日でさえ、玄関のドアを閉めた瞬間に「また一人になった」と感じることもあります。テレビをつけたり、動画を流したりして気を紛らわせても、どこか気持ちが落ち着かない。スマートフォンを手に取って、誰かから連絡が来ていないか何度も確認してしまうこともあるでしょう。
こうした寂しさは、「一人で過ごすのが苦手だから」という一言だけでは説明できません。人と過ごしたあとの静けさとのギャップや、その日に言えなかった気持ち、誰かとつながっていたいという自然な思いが重なって、急に大きく感じられることがあります。
まずは、その寂しさを無理に追い払うのではなく、「今、私は誰かと話したいんだな」と気づくところから考えてみましょう。
楽しい時間のあとほど、部屋の静けさが寂しく感じる
友人と食事をして、たくさん笑って、「今日は楽しかった」と思いながら帰宅する。
ところが、部屋に入って電気をつけると、急に静かになります。さっきまで隣にいた人の声も、店内の音もありません。
その瞬間、「あんなに楽しかったのに、どうして寂しいんだろう」と自分でも不思議に感じることがあります。
これは、楽しい時間が嘘だったわけでも、気分が急におかしくなったわけでもありません。人とつながっている時間と、一人になった時間の差が大きいほど、静けさを強く感じることがあります。
そして、その静けさの中で「明日は誰とも会わないな」「また一人の時間が始まるな」と考え始めると、寂しさはさらに広がっていきます。
そんな夜に必要なのは、無理に予定を埋めたり、「一人でも楽しめるようにならなきゃ」と頑張ったりすることだけではありません。
「今日は楽しかった。でも今はちょっと寂しい」
その二つの気持ちが同時にあってもいいのです。楽しかったからこそ、その後の静けさが寂しく感じられることもあります。
「誰かと話したい」のに、連絡する理由が見つからない
スマートフォンを開いて、友人の名前を眺める。
「何て送ろう」
「特に用事もないしな」
「急に連絡したら迷惑かな」
そう考えて、結局スマートフォンを閉じてしまうことがあります。
本当は何か相談したいわけではない。ただ少し誰かの声を聞きたい。今日あったことを話したい。「今日は疲れた」と言いたい。それだけなのに、話すためには何かちゃんとした理由が必要なように感じてしまうのです。
すると、話したい気持ちを自分の中に戻してしまいます。
そして一人で考えているうちに、「こんなことで寂しいと思うのは変なのかな」「もっと一人で過ごせるようにならなきゃ」と、自分を責め始めることもあります。
でも、人と話したいと思うことに、立派な理由は必要ありません。
「なんとなく誰かと話したい」
「今日はちょっと寂しい」
それだけでも、十分に今の気持ちです。
私たちは、話す内容が決まってから誰かを頼るのではなく、話しながら自分の気持ちに気づいていく時間があってもいいと考えています。
SNSを見ているうちに「自分だけ一人」に見えてしまう
寂しい夜ほど、何となくSNSを開いてしまうことがあります。
すると、友人同士で食事をしている写真や、恋人と出かけている投稿、家族で過ごしている様子が次々と流れてきます。
最初は暇つぶしだったはずなのに、「みんな楽しそうだな」「自分だけ一人なのかな」と、だんだん気持ちが沈んでいく。
もちろん、SNSに映っているのはその人の生活の一部分です。その人にも一人で過ごす夜がありますし、悩んでいる時間があるかもしれません。
それでも寂しいときには、他人の楽しそうな場面ばかりが目につきます。
「みんなには誰かがいる」
「自分にはいない」
そんなふうに感じると、最初は小さかった寂しさが、いつの間にか「私は一人なんだ」という大きな孤独感に変わってしまうことがあります。
そんなときは、SNSを閉じて無理に気持ちを切り替えるだけでなく、「今、私は誰かとつながりたいんだな」と自分の気持ちを認めてみるのも一つです。
寂しさは、消さなければいけない感情ではありません。誰かと話したいという気持ちに気づいたとき、それを言葉にできる場所があるだけでも、一人の夜の感じ方は少し変わっていきます。
「一人を楽しもう」と無理をしなくていい

「一人の時間を楽しめる人になりたい」「誰かがいなくても平気でいられるようになりたい」。寂しさを感じるたびに、そんな目標を自分に課してしまうことがあります。
休日には一人でカフェへ行ってみる。映画を観たり、本を読んだり、好きなものを買ってみる。それでも家に帰ると、やっぱり誰かと話したくなる。すると今度は、「こんなに自分の時間を充実させようとしているのに、どうして寂しいんだろう」と落ち込んでしまうこともあります。
でも、一人の時間を楽しめることと、誰かとつながりたいと感じることは反対ではありません。一人で過ごすのが好きな人でも、誰かに今日の出来事を話したくなる夜があります。
寂しさをなくそうと頑張るより、「今日は誰かと話したい日なんだ」と、そのまま受け止めてみる。そこから気持ちが少し動き始めることがあります。
一人時間を楽しめない自分を責めなくていい
休日の午後。「今日は自分のためにゆっくり過ごそう」と決めて、好きなカフェに行き、買い物をして帰ってくる。
それなりに楽しかったはずなのに、夕方になって部屋に戻ると、急に静けさが気になってくる。
「せっかく好きなことをしたのに、まだ寂しい」
「一人の時間を楽しめない私は、自立できていないのかな」
そんなふうに考えてしまうことがあります。
でも、好きなことをして過ごす時間と、人と気持ちを共有する時間は、少し役割が違います。
おいしいものを食べたときに「これ、おいしかったよ」と誰かに言いたくなる。きれいな景色を見たときに、「一緒に見られたらよかったな」と思う。それは、一人で過ごせないという意味ではありません。
人には、自分だけで満たされる時間もあれば、誰かとのやり取りによって満たされる時間もあります。
「一人で楽しめないからダメ」ではなく、「今は誰かと気持ちを分け合いたいんだな」と考えてみると、寂しさの見え方も少し変わってきます。
寂しさを早く消そうとすると、かえって疲れてしまう
寂しくなった瞬間、何とか気を紛らわせようとすることがあります。
動画を次々と見る。SNSをずっと眺める。ゲームをする。予定を詰め込む。眠くないのに早く寝ようとする。
一時的に寂しさを忘れられることもありますが、スマートフォンを置いた途端、また同じ気持ちが戻ってくることがあります。
すると、「まだ寂しい」「もっと何かしなきゃ」と、今度は寂しさそのものと戦うようになってしまいます。
気持ちは、スイッチのように簡単に消せるものではありません。
「今日は少し寂しいな」
「人の声を聞きたいな」
そう思う日があってもいいのです。
私たちは、寂しさを感じたときに必ず前向きにならなければいけないとは考えていません。
無理に元気になるより、まずは「そう感じている自分がいる」と気づく。それだけでも、自分の気持ちと少し距離を取れることがあります。
寂しさは追い払うものではなく、自分が今何を求めているのかを教えてくれる気持ちの一つなのかもしれません。
「誰かと話したい」という気持ちを、そのまま認めてみる
夜になって、何となく誰かと話したくなる。
でも、「相談するほどの悩みじゃないし」「友人に突然連絡するのも悪いかな」と思って、その気持ちを引っ込めてしまう。
そんな経験がある人もいるでしょう。
話したいことは、必ずしも大きな悩みである必要はありません。
「今日、仕事でちょっと疲れた」
「なんとなく気分が落ちている」
「特に理由はないけれど、一人でいると寂しい」
それくらいでも、人に話してみると、「自分はこんなことを感じていたんだ」と初めて気づくことがあります。
言葉にする前は、ただ胸のあたりがモヤモヤしていただけだった気持ちが、話しているうちに少しずつ形になっていくのです。
「寂しいから誰かと話したい」という気持ちは、無理に克服するものではありません。
誰かとつながりたいと思う自分を否定せず、その気持ちに少し居場所をつくってあげる。
そうすると、一人の時間を無理に好きにならなくても、「今日は少し誰かに話してみようかな」と、自分に合った過ごし方を選びやすくなっていきます。
誰かに話すことで、寂しさの感じ方が少し変わることがある

「誰かと話したい」と思っていても、実際に話すとなると「何を話せばいいんだろう」と迷うことがあります。特別な出来事があったわけでもない。明確な悩みがあるわけでもない。ただ、一人でいると気持ちが沈んで、誰かの声を聞きたくなる。そんな状態です。
けれど、気持ちは頭の中だけに置いていると、同じところを何度も回りやすくなります。「寂しい」「でも連絡するほどではない」「こんなことで誰かを頼るのも悪い」と考えているうちに、さらに一人で抱えることになってしまいます。
そんなとき、誰かに向かって「今日はなんとなく寂しくて」と言葉にしてみるだけで、気持ちの見え方が変わることがあります。答えを出してもらわなくてもいい。励ましてもらわなくてもいい。ただ、自分の言葉を遮らずに聞いてもらう。その時間が、張りつめていた気持ちを少しゆるめてくれることがあります。
声に出してみると、頭の中で絡まっていた気持ちが見えてくる
夜、一人で過ごしていると、「なんとなくつらい」という感覚だけが残ることがあります。
自分でも理由がわからないので、頭の中で考え始めます。「仕事で疲れたからかな」「最近友人と会っていないからかな」「この先のことが不安なのかな」。考えれば考えるほど、いろいろな出来事がつながって、余計にわからなくなることもあります。
ところが誰かに「今日はちょっと寂しいんだよね」と話し始めると、不思議とその続きが出てくることがあります。
「そういえば、最近誰ともゆっくり話していなかった」
「仕事では人と話しているけど、自分の話はしていなかった」
「本当は少し疲れていたのかもしれない」
最初から答えがわかっていたわけではありません。話している途中で、自分の気持ちに自分が気づいていくのです。
私たちは、話すことには「相手に伝える」だけでなく、自分の気持ちを自分で知るという役割もあると考えています。まとまってから話すのではなく、まとまっていないからこそ話してみる。そんな順番があってもいいのです。
アドバイスより「そう感じていたんだね」が欲しい夜もある
勇気を出して人に話したのに、「気にしすぎだよ」「もっと外に出たら?」「趣味を見つければいいよ」と言われて、少し寂しくなった経験はないでしょうか。
相手に悪気があるわけではありません。何とか元気になってほしくて、解決策を考えてくれたのでしょう。
それでも、その瞬間に求めていたのは答えではなく、「そんなふうに感じていたんだね」と受け止めてもらうことだった、という場合があります。
たとえば、「休日、一人でいると寂しい」と話したときに、「じゃあ予定を入れればいい」と返されるのと、「休日になると特に寂しさが強くなるんだね」と返されるのでは、感じ方が違います。
後者のように気持ちをそのまま受け取ってもらえると、「わかってもらえた」と感じ、もう少し話してみようと思えることがあります。
寂しいときには、すぐに状況を変えなくてもいい夜があります。まず気持ちを置ける場所がある。その安心感が生まれてから、自分なりに次のことを考えられるようになることもあります。
「話せる相手がいる」と思えるだけで、一人の時間は少し違って見える
部屋に一人でいるという状況は、誰かと話したあとも変わらないかもしれません。
それでも、「さっき話を聞いてもらえた」「また話したくなったら話せる」と感じられると、同じ静かな部屋でも、先ほどまでとは少し違って感じることがあります。
孤独がつらくなるのは、物理的に一人だからだけではありません。「この気持ちを誰にも言えない」「誰にもわかってもらえない」と感じたときに、より強くなることがあります。
逆に言えば、実際に隣に誰かがいなくても、「自分の話を聞いてくれる人がいる」という感覚があるだけで、心細さがやわらぐこともあります。
家族や友人には心配をかけたくない。身近な相手だからこそ、言いにくいこともあるでしょう。
そんなときに、普段の人間関係とは少し離れた場所で話せることには意味があります。
「こんなことを話していいのかな」と内容を選びすぎず、今ある気持ちをそのまま言葉にできる。その経験を重ねていくことで、寂しさを一人で抱え込む時間も、少しずつ変わっていくことがあります。
話す内容がまとまっていなくても、そのままで大丈夫

「誰かに話してみたい」と思っても、いざ話そうとすると、「何から話せばいいんだろう」「こんなことを話してもいいのかな」と迷うことがあります。頭の中にはいろいろな気持ちがあるのに、うまく言葉にならない。寂しいのか、疲れているのか、誰かにわかってほしいのか、自分でもはっきりしないこともあるでしょう。
でも、話す前に気持ちをきれいに整理しておく必要はありません。「なんとなくモヤモヤする」「今日は誰かと話したい」「理由はわからないけれど、一人でいるのがつらい」。そんなところから始めてもいいのです。
話しているうちに、「本当はあの出来事が引っかかっていたんだ」「寂しいというより、誰にも気持ちをわかってもらえない感じがつらかったんだ」と、自分でも気づいていなかった気持ちが見えてくることがあります。
大きな悩みがあるときだけ、人に話すわけではありません。少し疲れたとき、なんとなく心細いとき、誰かの声が聞きたいとき。そんな日にも、自分の気持ちを言葉にできる時間があっていいのではないでしょうか。
「相談するほどではない」と思うことほど、心に残っていることがある
「こんなことで話を聞いてもらうのは大げさかな」
そう思って、気持ちを飲み込んだことはないでしょうか。
仕事で少し嫌なことがあった。でも大きなトラブルではない。友人の言葉が少し引っかかった。でも怒るほどのことではない。一人でいると寂しい。でも生活に困っているわけではない。
一つひとつを見ると、「たいしたことではない」と思えるかもしれません。
けれど、小さな引っかかりが何日も重なると、理由がわからないまま気持ちが重くなることがあります。夜になって急に寂しくなったり、いつもなら気にならないことに落ち込んだりすることもあります。
そんなとき、「もっと大変な人もいるから」と比べる必要はありません。
心の負担は、出来事の大きさだけでは決まりません。その人がどう感じたのかが大切です。
「少し聞いてほしい」と思ったときが、話していいタイミングです。話してみて初めて、「思っていたより疲れていたんだな」と気づくこともあります。
うまく説明できなくても、話しながら見つけていけばいい
「どうしましたか?」と聞かれても、すぐに答えが出ないことがあります。
「うーん……自分でもよくわからないんです」
そこから始まる話もあります。
昨日あったことを話してみたり、最近の生活について話してみたり、「夜になると妙に寂しくなる」と口にしてみたりする。話が前後してもいいですし、途中で「やっぱり違うかも」と言い直してもかまいません。
気持ちは、最初から整理された文章のように頭の中に並んでいるわけではありません。
話している途中で、「あ、これが嫌だったんだ」と気づいたり、「本当は誰かに寂しいと言いたかったのかもしれない」と思ったりすることがあります。
私たちは、話す時間には、答えを伝えるだけではなく、まだ名前のついていない気持ちを一緒に見つけていく時間もあると考えています。
だから、「ちゃんと説明できるようになってから話そう」と待たなくても大丈夫です。
まとまっていないまま話し始めること自体が、気持ちを整理していく最初の一歩になることがあります。
「また話せる場所がある」と思えることが安心につながる
一度誰かに話したからといって、寂しさが二度と出てこなくなるわけではありません。
次の日の夜、また一人になって、「今日はちょっと寂しいな」と感じることもあります。
でも以前と少し違うのは、「この気持ちは話していい」「もしつらくなったら、また誰かに聞いてもらえる」と思えることです。
その感覚があるだけで、一人の時間が以前ほど怖くなくなることがあります。
たとえば、雨の日に傘を持っていると、雨そのものは止んでいなくても少し安心して歩けます。話せる場所があることも、それに少し似ているのかもしれません。
寂しくならない人になる必要はありません。
誰かと話したくなる日があってもいいし、一人でゆっくりしたい日があってもいい。その日の自分に合わせて過ごし方を選べることのほうが大切です。
家族や友人には話しにくいことや、特に結論を求めていない話もあります。
そんなとき、「ただ聞いてほしい」から始められる場所があることは、一人で抱え込み続けないための一つの選択肢になります。
寂しさをなくそうと頑張るのではなく、寂しくなったときにどう過ごすか。その選択肢の中に「誰かに話してみる」を入れておくことで、一人の夜との付き合い方も少しやさしいものになっていくのではないでしょうか。
一人でいるのがつらい夜は、傾聴ラウンジ「ここより」へ

「誰かと話したい。でも、友人に連絡するほどのことでもない」
「特に相談したいことはないけれど、今日は一人でいるのが寂しい」
「うまく説明できないけれど、少しだけ話を聞いてほしい」
そんなときは、無理に話す内容をまとめなくても大丈夫です。
傾聴ラウンジ「ここより」は、答えを出すことを急がず、今感じていることをそのまま話せる場所です。
「今日はこんなことがあった」
「なんとなく気持ちが沈んでいる」
「理由はわからないけれど寂しい」
そんな何気ない話から始めていただけます。
話しているうちに、「本当はこれが引っかかっていたんだ」「思っていたより疲れていたのかもしれない」と、自分でも気づいていなかった気持ちが見えてくることもあります。
ここよりで話を聴く「よりびと」は女性のみ。30分から利用できるので、**「少しだけ誰かと話したい」**という夜にもご利用いただけます。
一人でいることを無理に好きになる必要はありません。
寂しいときに「話せる場所がある」という選択肢を持っておくことも、自分を大切にする方法の一つです。
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一人で抱えているのが少しつらい夜は、まとまっていないままでも「ここより」でお話しください。
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