親を施設に入れる罪悪感|在宅介護を続けるか迷うときの考え方

親の介護を続けていると、一度は「このまま家で介護を続けられるだろうか」と考えることがあるかもしれません。
夜中の見守りや通院の付き添い、食事や排せつの介助、仕事や家事との両立。最初は「できるだけ自宅で過ごさせてあげたい」と思っていても、介護が長くなるにつれて、私たち自身の体力や気持ちが追いつかなくなることがあります。
そんなときに施設への入所を考え始めると、
「親を施設に入れるなんて、見捨てるようで申し訳ない」
「もう少し私が頑張れば、家で暮らせるのではないか」
「本人は施設に行きたくないと思っているかもしれない」
と、強い罪悪感を抱くこともあるでしょう。
一方で、「このまま在宅介護を続けたら、自分のほうが倒れてしまうかもしれない」「最近、親に優しくできなくなっている」と感じている方もいます。
施設を考えることと、親を大切に思うことは反対ではありません。むしろ、親の安全や生活を考えているからこそ、自宅で支え続けることだけが本当に良いのか迷うのではないでしょうか。
この記事では、親を施設に入れることへの罪悪感を抱えている方に向けて、「在宅介護を続けるか」「施設という選択肢を考えるか」を、正解・不正解だけで決めるのではなく、親と介護する私たちの両方が無理なく暮らしていくために、どのように整理していけばよいのかを一緒に考えていきます。

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投稿者プロフィール

- 心理カウンセラー
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■ 一言キャッチコピー
ストレス・人間関係・自己肯定感の悩みに寄り添い、“話を聴いてもらえる安心”から考え方のクセを整える心理カウンセラー
■ 経歴・実績
心理カウンセラーとして、ストレス、不安、うつ傾向、人間関係、自己肯定感の低さ、仕事やキャリアの悩みなど、幅広いご相談に対応しています。
オンラインを中心にカウンセリングを提供し、安心して本音を話せる時間を大切にしています。
また、人材紹介会社にてキャリアコンサルタントとして転職相談に従事してきた経験もあり、仕事の悩みやキャリアの迷い、職場での人間関係についても、現実的な視点を持ちながらサポートしています。
■ 保有資格
産業カウンセラー
■ 主な相談内容
ストレス・メンタル不調
不安・うつ・気分の落ち込み
職場・家族・恋愛などの人間関係の悩み
自己肯定感の低さ・自己否定
HSP気質・繊細さによる生きづらさ
仕事の悩み・キャリアの迷い
本音が言えない・自分の気持ちが分からない悩み
誰かに話を聴いてほしい時の気持ちの整理
■ カウンセリングの特徴・強み
私が大切にしているのは、まず安心して話せることです。
悩みを抱えている時、人はすぐに答えがほしいとは限りません。アドバイスよりも先に、「まずは話を聴いてほしい」「分かってほしい」と感じていることがあります。
そのため、否定せず、急かさず、話がまとまっていなくても受け止めることを大切にしています。
そのうえで、ストレスや不安の背景にある気持ちを一緒に整理し、自分でも気づきにくい“考え方のクセ”や“認知の歪み”に気づけるようサポートします。
ただ聴くだけで終わるのではなく、話すことで心を整え、必要に応じて日常で実践できる具体的な対処法も一緒に考えていきます。
■ アプローチ方法
クライアント中心療法、来談者中心療法を大切にしながら、認知行動療法、CBTの考え方も取り入れています。
特に、感情・思考・行動のつながりを一緒に見える化し、ストレスや不安が強くなるパターンを整理していきます。
「なぜ同じことで悩みやすいのか」
「どうして自分を責めてしまうのか」
「人間関係で疲れやすい理由は何か」
そういった部分を、無理に決めつけるのではなく、対話を通して一緒に見つけていきます。
■ カウンセラーになったきっかけ
子どもの頃から、自分の気持ちや「嫌だ」という思いをうまく言えない環境で育ちました。
本当はつらいと感じていても、それを言葉にすることが難しく、気持ちを飲み込んでしまうことが多くありました。
その経験から、「自分の気持ちを安心して話せる場所があること」「否定されずに話を聴いてもらえること」が、人にとってどれほど大切なのかを、身をもって感じるようになりました。
大人になってからは、人材紹介会社でキャリアコンサルタントとして転職相談に携わりました。
そこでは、仕事の悩みやキャリアの迷いだけでなく、職場の人間関係、将来への不安、自信のなさなど、さまざまな思いを抱えた方のお話を聴く機会が多くありました。
相談を受ける中で感じたのは、多くの方が「答え」だけを求めているわけではないということです。
まずは自分の気持ちを整理したい。誰にも言えなかった不安を聴いてほしい。否定されずに、今の思いを受け止めてほしい。
そういった気持ちを抱えながら、一人で頑張っている方がたくさんいることを実感しました。
話を聴いてもらうことで、表情が少し和らいだり、自分の本音に気づいたり、次の一歩を考えられるようになったりする姿を見て、傾聴には人の心を支える力があると感じました。
子どもの頃に感じていた「うまく言えない苦しさ」と、キャリア相談の現場で出会った「誰かに聴いてほしい思い」。
その両方の経験が重なり、安心して本音を話せる場所をつくりたい、一人で抱え込んでいる方の力になりたいと思うようになったことが、心理カウンセラーを目指したきっかけです。
■ 大切にしていること
安心して本音を話せる場づくり
否定せず、そのままを受け止めること
一人ひとりの価値観やペースを尊重すること
話すことで心を整える時間を大切にすること
「話してもいいんだ」と感じられる経験を積み重ねること
■ メッセージ
ストレスや不安、人間関係の悩みの多くは、自分でも気づかない“考え方のクセ”が影響していることがあります。
ただ、そのクセに気づくためには、まず安心して話せることが大切です。
整体で身体を整えるように、心もまた、話すことで少しずつ整っていくことがあります。
「こんなことで相談していいのかな」
「うまく話せるか分からない」
「誰かに聴いてほしいけれど、身近な人には話しにくい」
そんな段階でも大丈夫です。
話がまとまっていなくても、同じ話を繰り返しても、途中で言葉に詰まってもかまいません。
安心して話せる場所として、そして自分の本音に気づき、少しずつ自分らしく生きるための時間としてご利用ください。
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目次
- ○ 「施設に入れる=見捨てる」と感じてしまうのは、それだけ親を大切に思っているからです
- ・「家族なら家で介護するべき」という思いが、自分を追い込むことがあります
- ・親への愛情があるほど、「もっとできたのでは」と考えてしまいます
- ・罪悪感があるからこそ、すぐに結論を出さなくても大丈夫です
- ○ 在宅介護を続けることだけが、親を大切にする方法ではありません
- ・在宅介護で増えている負担を、一度書き出してみましょう
- ・親の安全と、介護する私たちの生活を両方考えていいのです
- ・施設を利用することは、「支え方を変える」という選択でもあります
- ○ 「まだ頑張れるか」ではなく、「この生活をこの先も続けられるか」で考えてみましょう
- ・睡眠や仕事、家族との時間にどんな変化が出ているか振り返ってみましょう
- ・イライラや「もう嫌だ」という気持ちも、介護の形を見直すきっかけになります
- ・入所を決める前から、施設について調べておいてもいいのです
- ○ 施設を選んでも、親との関係が終わるわけではありません
- ・「介護する人」から、「家族として会う人」に戻れる時間があります
- ・任せる部分と、自分が関わりたい部分を分けて考えてみましょう
- ・施設を選んだあとの迷いや罪悪感も、一人で抱え込まなくていいのです
- ○ 施設に入れるか迷っている気持ちも、そのまま「ここより」でお話しいただけます
「施設に入れる=見捨てる」と感じてしまうのは、それだけ親を大切に思っているからです

親の施設入所を考え始めたとき、「これで本当にいいのだろうか」と気持ちが揺れるのは、とても自然なことです。
在宅介護が大変になってきたから施設を検討しているはずなのに、いざ具体的に考え始めると、「親を家から追い出すようで申し訳ない」「最後まで自分で介護するべきなのでは」と罪悪感が出てくることがあります。
特に、親から「家にいたい」「施設には行きたくない」と言われている場合は、その気持ちを裏切るように感じてしまうこともあるでしょう。
私たちは、親を大切にしたいと思っているからこそ迷います。だから、施設を考えた自分を「冷たい」「親不孝だ」と決めつける必要はありません。
大切なのは、罪悪感を無理になくすことではなく、その奥にどんな思いがあるのかを確かめることです。
「できるだけ安心して暮らしてほしい」
「自分ができる限り支えたい」
「でも、このままでは自分も苦しい」
こうした気持ちは、どれか一つだけが本音なのではありません。すべてが同時にあってもおかしくないのです。
まずは「施設に入れるべきか」という答えを急ぐ前に、私たちが何を大切にしたくて、何に限界を感じているのかを少しずつ整理してみましょう。
「家族なら家で介護するべき」という思いが、自分を追い込むことがあります
介護について考えるとき、私たちの中には知らないうちに「家族なのだから最後まで面倒を見るべき」「親にしてもらった分、自分が返さなければ」という思いが入り込むことがあります。
周囲から直接言われたわけではなくても、「施設に入れるのはかわいそう」という言葉を聞いた経験や、以前の家族観が心に残っていることもあります。
そのため、在宅介護が限界に近づいていても、「まだ私が頑張れる」「人に頼るのは申し訳ない」と、自分の負担を小さく見積もってしまうことがあります。
でも、「家族だから」という言葉だけで、介護する人の生活や体力まで無視してしまうと、どこかで無理が続かなくなります。
仕事を続けながら介護している人もいれば、子育てや自分自身の体調と両立している人もいます。兄弟姉妹との協力が難しい場合もあるでしょう。
家庭によって状況はまったく違います。
「家族ならこうするべき」と考えるより、「私たちの家族にとって、今どんな支え方なら続けられるだろう」と考えるほうが現実的です。
施設を利用することは、家族としての役割を手放すことではありません。介護のすべてを自分で担う形から、専門的な支援を借りながら家族として関わる形へ変える、という見方もできます。
親への愛情があるほど、「もっとできたのでは」と考えてしまいます
親を施設に入れることを考えたとき、「もう少し工夫すれば家で暮らせるのでは」「私が仕事を減らせば何とかなるかもしれない」と考えることがあります。
それは、親を大切に思っているからこそ生まれる気持ちです。
しかし、この「もう少し」が続くと、私たちは自分の限界をどんどん先へ延ばしてしまいます。
睡眠時間が減っていても「まだ大丈夫」。
自由な時間がなくても「介護だから仕方ない」。
親にイライラすることが増えても「もっと優しくしなければ」。
そうやって自分に言い聞かせ続けるうちに、本当はかなり疲れていることに気づきにくくなることがあります。
愛情があることと、すべてを自分で引き受けられることは別です。
どれだけ大切な人であっても、私たちの体力や時間には限りがあります。その限界を認めることは、愛情が足りないということではありません。
むしろ、「このまま続けたら、親に優しく接する余裕までなくなってしまう」と気づくことも、大切な判断材料になります。
「もっとできたのでは」と考え始めたときは、「これまで何をしてきたか」にも目を向けてみてください。
通院に付き添ったこと、毎日の食事を用意したこと、何度も話を聞いたこと。その積み重ねを無かったことにせず、「ここまで十分に頑張ってきた」と認めることも必要です。
罪悪感があるからこそ、すぐに結論を出さなくても大丈夫です
施設を検討し始めると、「入れるか、入れないか」をすぐに決めなければならないように感じることがあります。
けれど、今の段階で答えが出ていなくても大丈夫です。
施設について調べることと、すぐ入所を決めることは同じではありません。見学へ行ったり、費用を確認したり、どのような生活になるのかを知ったりするだけでも、選択肢は広がります。
また、「施設に入れるのはかわいそう」という気持ちがあるなら、何が一番心配なのかを具体的にしてみることも役立ちます。
知らない場所で寂しくならないか。
きちんと接してもらえるのか。
自分が会いに行けなくなるのではないか。
不安の中身が分かると、施設選びの際に確認したいことも見えてきます。
私たちは、罪悪感があると「施設を選ぶのは間違い」という結論へ一気に進みやすくなります。でも、本当は「大切な親だから慎重に選びたい」という気持ちなのかもしれません。
迷っている時間そのものにも意味があります。
今すぐ白黒をつけるのではなく、親の状態、自分たちの生活、利用できる支援を一つずつ確認していく。
その過程で、「家で続ける」「施設を利用する」「まず短期的な支援を使う」など、最初には見えていなかった選択肢が見つかることもあります。
罪悪感を抱えたままでも構いません。その気持ちも含めながら、親と私たち双方にとって無理の少ない形を考えていくことが大切です。
在宅介護を続けることだけが、親を大切にする方法ではありません

「できるだけ家で過ごさせてあげたい」という気持ちは、とても自然です。長年暮らしてきた家には、親にとって安心できる景色や生活のリズムがあります。そのため、施設を考えると「住み慣れた場所から離してしまっていいのだろうか」と迷うこともあるでしょう。
一方で、在宅介護を続けるためには、食事や服薬、通院、見守り、夜間の対応など、日々たくさんの支えが必要になります。介護する私たちの体力や生活にも限界があり、「家で暮らせること」と「安心して暮らせること」が、いつも同じとは限りません。
大切なのは、在宅介護を続けることそのものを目的にするのではなく、親と私たち双方が、できるだけ安心して生活できる形を考えることです。
施設を利用することも、親との関係を手放すことではありません。毎日の介助を専門職に任せることで、私たちは「介護する人」としてだけではなく、「家族」として親と向き合える時間を取り戻せることもあります。
ここからは、「家で介護するか、施設に入れるか」という二択だけではなく、今の生活で何が負担になっているのかを一つずつ整理してみましょう。
在宅介護で増えている負担を、一度書き出してみましょう
毎日の介護を続けていると、どのくらい負担が増えているのか、自分では分かりにくくなることがあります。
朝の着替えを手伝い、食事を用意し、薬を確認し、通院に付き添う。夜は何度も様子を見に行く。その一つひとつが生活の一部になっていると、「介護だから当然」と受け止めてしまい、疲れていることに気づきにくくなります。
そこで一度、今行っている介護を紙に書き出してみるのも一つの方法です。
「夜中に何回起きているか」
「一週間に何時間くらい介護に使っているか」
「仕事や家事にどんな影響が出ているか」
こうして見える形にすると、「思っていた以上に負担が大きかった」と気づくことがあります。
さらに、「自分で続けたいこと」と「誰かに任せたいこと」を分けてみてもよいでしょう。
たとえば、親との食事の時間は大切にしたいけれど、入浴介助は負担が大きい。通院には付き添いたいけれど、毎日の見守りまでは難しい。そんなふうに考えていくと、「全部自分でやるか、全部施設に任せるか」という考え方から少し離れられます。
負担を書き出すことは、親を施設に入れる理由を探すためではありません。今の生活がどのくらい続けられる状態なのかを、私たち自身が正しく知るための作業です。
親の安全と、介護する私たちの生活を両方考えていいのです
施設を考え始めると、「自分が楽をしたいだけなのでは」と感じることがあります。
けれど、介護では、親の安全だけでなく、介護する私たちの生活も同じように大切です。
たとえば、夜間の見守りが続いて睡眠不足になっている場合、私たちが疲れて判断力を失えば、かえって事故につながることもあります。介護のために仕事を休むことが増えれば、生活費への不安も大きくなるでしょう。
また、疲れ切った状態で介護を続けると、親に対して強い言葉が出たり、少しのことでもイライラしたりすることがあります。
そのたびに「優しくできない自分が悪い」と責めてしまうかもしれませんが、本当は、介護の量が今の私たちの余裕を超えているのかもしれません。
親に安心して生活してほしい。
同時に、私たちも眠りたいし、働きたいし、自分の家族との時間も守りたい。
この二つは、どちらかを諦めなければならないものではありません。
「親を優先するか、自分を優先するか」ではなく、「双方が無理を重ねずに暮らすには、どんな支えが必要だろう」と考えてみることが大切です。
施設という選択肢も、そのための一つの方法です。親の安全を守りながら、私たちが少し余裕を取り戻すことは、長く親との関係を続けるためにも意味があります。
施設を利用することは、「支え方を変える」という選択でもあります
施設への入所を考えると、「自分が介護をやめる」と感じてしまうことがあります。
けれど、実際には、家族としてできることがなくなるわけではありません。
食事や入浴、服薬、夜間の見守りなどを施設の方に任せることで、私たちはこれまで介助に使っていた時間を、親と話したり、一緒に過ごしたりする時間へ変えられることがあります。
在宅介護では、親の顔を見ると「薬を飲ませなければ」「着替えを手伝わなければ」と、どうしても介護の役割が先に立ちます。
施設を利用することで、「今日は何を食べたの?」「昔こんなことがあったよね」と、家族らしい会話をする余裕が戻ってくる場合もあります。
もちろん、施設に入ればすべての心配がなくなるわけではありません。新しい環境に慣れるまで時間がかかることもありますし、「本当にこの選択でよかったのかな」と迷う日もあるでしょう。
それでも、施設を選ぶことを「親を手放す」と考えるのではなく、「介護を専門の人と分け合う」と捉えると、少し見え方が変わります。
私たちが担う役割を減らすことは、親への愛情を減らすことではありません。
毎日の介助を誰かに任せても、親を気にかけること、会いに行くこと、声をかけることは続けられます。
支え方が変わっても、家族であることは変わりません。在宅介護だけにこだわらず、その時々の状況に合った支え方を選び直していくことも、親を大切にする方法の一つです。
「まだ頑張れるか」ではなく、「この生活をこの先も続けられるか」で考えてみましょう

在宅介護を続けていると、「まだ動けているから大丈夫」「もう少しなら頑張れる」と考えてしまうことがあります。毎日何とかこなせていると、今の生活が限界に近づいていることにも気づきにくくなるものです。
けれど、施設への入所を考えるときに大切なのは、今日一日を乗り切れるかどうかだけではありません。今と同じ介護が一か月、半年、一年と続いたとして、私たちの生活や心身を守りながら続けていけるかという視点も必要です。
睡眠が削られている。仕事を休むことが増えた。家族との時間がなくなった。以前より親にイライラすることが多くなった。こうした変化は、「もっと我慢しなければ」と押さえ込むものではなく、今の介護の形を見直すための大切な情報です。
施設を検討することは、今すぐ入所を決めることではありません。
むしろ、まだ少し余裕があるうちに情報を集めておくことで、本当に必要になったときに慌てず選びやすくなります。
「限界になったら考える」のではなく、限界になる前に選択肢を持っておく。そんな考え方も、親と私たち自身の生活を守るためには大切です。
睡眠や仕事、家族との時間にどんな変化が出ているか振り返ってみましょう
介護の負担は、「何時間介護しているか」だけでは測れません。
夜中に何度か様子を確認するため熟睡できない、仕事中も親から連絡が来ないか気になる、休日も通院や買い物で終わる。こうした状態が続くと、介護をしていない時間まで心が休まらなくなることがあります。
それでも私たちは、「仕事には行けているから」「倒れてはいないから」と、自分はまだ大丈夫だと考えがちです。
そこで、一度以前の生活と比べてみてください。
「朝まで眠れる日はどのくらいあるだろう」
「自分の予定を入れられる日はあるだろう」
「仕事への影響は増えていないだろうか」
「自分の家族と落ち着いて過ごす時間は残っているだろうか」
こうした問いに答えていくと、目の前の介護だけを見ていたときには気づかなかった負担が見えてくることがあります。
介護を続けるために、自分の生活をすべて後回しにし続ける必要はありません。
親の暮らしを支えることと同時に、私たちの睡眠、仕事、人間関係、日常生活も守っていいのです。
「まだできるか」だけではなく、「この状態を続けても自分の生活が保てるか」と考えることが、施設を含めた支援を検討する一つの目安になります。
イライラや「もう嫌だ」という気持ちも、介護の形を見直すきっかけになります
親に対して以前よりイライラすることが増えたり、「今日は話しかけられたくない」「少し離れたい」と感じたりすると、自分を責めてしまうことがあります。
「親なのに、こんなことを思ってはいけない」
「もっと優しくしなければ」
そう思うほど、気持ちを誰にも言えなくなることもあるでしょう。
けれど、怒りや「もう嫌だ」という気持ちは、親への愛情がなくなったという意味とは限りません。毎日気を張りながら介護を続けてきた結果、私たちの心に残っている余裕が少なくなっていることもあります。
もし以前なら受け流せていたことで強く腹が立つようになったり、親の声を聞いただけで緊張したりするようになったなら、「自分の性格が悪くなった」と考えるのではなく、「今の負担は少し大きすぎないだろうか」と立ち止まってみてください。
施設を検討する理由は、「介護ができなくなったから」だけではありません。
親との関係をこれ以上苦しいものにしないために、介護の一部を誰かへ任せるという考え方もあります。
毎日の介助から少し距離ができることで、親と会う時間に笑顔が戻ったり、「介護する相手」ではなく「自分の親」として向き合えるようになったりすることもあります。
つらい気持ちが出てきたときこそ、それを押し込めるのではなく、今の介護方法を見直すサインとして受け止めてみることが大切です。
入所を決める前から、施設について調べておいてもいいのです
施設について調べることにさえ、罪悪感を覚える方がいます。
資料を取り寄せたり見学を申し込んだりすると、「もう親を施設に入れると決めたような気がする」と感じてしまうからです。
でも、情報を集めることと、入所を決定することはまったく別です。
どんな施設があるのか、費用はいくらくらいなのか、どのような生活をしているのか、面会はどの程度できるのか。こうしたことを事前に知っておくだけでも、「施設=よく分からない怖い場所」というイメージが少し具体的になります。
実際に見学をして、「ここなら安心できそう」と思う場合もあれば、「今は在宅介護を続けよう」と判断する場合もあるでしょう。どちらになっても、知ったことが無駄になるわけではありません。
また、施設だけではなく、ショートステイやデイサービスなど、在宅生活を続けながら利用できる支援について確認しておくこともできます。
「家で介護するか、施設へ入れるか」と一度に結論を出そうとすると、気持ちは苦しくなります。
まずは情報を知る。次に見学してみる。そして家族や支援者と話してみる。
そんなふうに、小さく進めていけば大丈夫です。
選択肢を持つことは、親を見捨てる準備ではありません。もし今の介護が難しくなったときにも、親と私たちが安心できる道を用意しておくことだと考えてみてください。
施設を選んでも、親との関係が終わるわけではありません

施設への入所を決めたあとも、「本当にこれでよかったのかな」「家で介護を続けられたのではないか」と、気持ちが揺れることがあります。入所の日が近づくほど寂しさが強くなったり、親の表情を見て申し訳ない気持ちになったりすることもあるでしょう。
けれど、施設を利用することは、親との関係を手放すことではありません。食事や入浴、服薬、夜間の見守りなど、毎日の介助を専門の方に任せることで、私たちの役割が少し変わるだけです。
これまで「ちゃんと食べた?」「薬は飲んだ?」「着替えよう」と介護のための声かけばかりになっていた時間が、「今日はどうだった?」「また会いに来るね」と、家族として向き合う時間に変わっていくこともあります。
もちろん、入所した瞬間に罪悪感がなくなるわけではありません。寂しさや迷いを抱えながら、新しい関係をつくっていく時間が必要なこともあります。
大切なのは、「施設を選んだから終わり」と考えないことです。親を支える方法が変わっただけで、家族としてできることはこれからも残っています。
「介護する人」から、「家族として会う人」に戻れる時間があります
在宅介護が長くなると、親との時間のほとんどが「介護」に変わってしまうことがあります。
朝起こす、着替えを手伝う、食事を用意する、薬を確認する、通院に付き添う。親と顔を合わせるたびに、「次にやること」が頭に浮かび、ただ一緒に過ごす時間が少なくなってしまうこともあるでしょう。
その状態が続くと、私たち自身も知らないうちに、親を「介護しなければならない相手」として見る時間が増えていきます。
施設を利用すると、日常的な介助の多くを任せられるため、面会したときに介護のことを少し脇へ置けるようになることがあります。
「最近どう?」
「このお菓子好きだったよね」
「昔、ここへ旅行に行ったよね」
そんな何気ない会話が戻ってくるかもしれません。
もちろん、施設に入ったあとも必要な確認や手続きはあります。それでも、24時間介護を担っていた頃と比べれば、「介護すること」以外の形で親と関われる余白が生まれることがあります。
支え方が変わることで、失うものだけではなく、取り戻せるものもあります。
親の子どもとして、家族として、ただ一緒にいる時間を持つことも、これからの大切な関わり方の一つです。
任せる部分と、自分が関わりたい部分を分けて考えてみましょう
施設に入所すると、「あとはすべて施設に任せることになる」と感じる方もいるかもしれません。
けれど、施設を利用しても、私たちが関われることはたくさんあります。
日常的な食事や入浴、服薬、夜間の見守りは施設にお願いする。一方で、定期的に会いに行く、好きなものを持っていく、季節の行事を一緒に過ごす、話を聞く。そんなふうに、役割を分けて考えることができます。
すべてを自分で担っていた頃は、「何をしてあげたいか」よりも「何をしなければならないか」が優先されていたかもしれません。
施設を利用することで、義務としての介護を少し減らし、「私は親とどんな時間を過ごしたいのだろう」と考えられるようになることもあります。
たとえば、身体介助は任せたいけれど、誕生日は一緒に過ごしたい。通院の付き添いはお願いしたいけれど、好きなお菓子を持って会いに行きたい。
そのような関わり方でもいいのです。
介護を誰かに任せることと、親を大切にすることは両立できます。
「全部やる」から「自分が大切にしたい部分に関わる」へ。そう考えることで、私たち自身も無理を減らしながら、親との関係を続けやすくなります。
施設を選んだあとの迷いや罪悪感も、一人で抱え込まなくていいのです
施設への入所が決まったあと、「これで少し楽になれる」とほっとする気持ちが出てくることがあります。
その直後に、「親が施設に入るのに、自分だけほっとしていいのだろうか」と罪悪感を覚えることもあるでしょう。
安心した気持ちと、寂しい気持ち。これでよかったと思う日と、やはり家で介護したほうがよかったのではと思う日。その両方があっても不思議ではありません。
大きな決断をしたあとだからこそ、気持ちは簡単に一つにはまとまりません。
そんなとき、「もう決めたことだから考えても仕方がない」と無理に気持ちへ蓋をする必要はありません。
「本当は寂しい」
「少し楽になってほっとしている」
「それでも申し訳ないと思ってしまう」
そこまで含めて、私たちの正直な気持ちです。
誰かに話してみると、「施設に入れたことを後悔している」という一言の奥に、「もっと一緒にいたかった」「これまで頑張ってきた分、急に役割がなくなったようで寂しい」といった別の思いが隠れていたことに気づくこともあります。
施設を選ぶことは、親を大切にすることをやめる決断ではありません。
親の暮らしを支える方法を変えながら、私たち自身の暮らしも守っていく。その選択に迷いや寂しさが伴ったとしても、それまで親を大切にしてきた時間まで否定されるわけではありません。
これからも家族として関わっていくために、私たち自身の気持ちにも、少しずつ居場所をつくっていきましょう。
施設に入れるか迷っている気持ちも、そのまま「ここより」でお話しいただけます

親を施設に入れることを考えていると、
「本当にこれでいいのだろうか」
「もう少し私が頑張れば、家で暮らせるのではないか」
「親を見捨てるようで申し訳ない」
「正直、少し楽になりたいと思っている自分にも罪悪感がある」
そんな、簡単には整理できない気持ちが何度も浮かんでくることがあります。
施設に入れるか、在宅介護を続けるか。大きな選択だからこそ、すぐに答えを出せなくても不思議ではありません。
傾聴ラウンジ「ここより」は、結論を出すためだけの場所ではなく、今抱えている迷いや罪悪感を、そのまま言葉にできる場所です。
「施設に入れたい」と言い切れなくても、
「まだ家で頑張りたい」と決めていなくても大丈夫です。
親への申し訳なさ、介護から少し離れたい気持ち、自分の生活も大切にしたいという思いなど、相反する気持ちが混ざったままでもお話しいただけます。
誰かに話していく中で、
「私は施設に入れること自体が嫌なのではなく、親を裏切るように感じることがつらかった」
「もう少し頑張れるかではなく、この生活を続けることに不安があった」
と、自分でも気づかなかった思いが見えてくることもあります。
うまくまとめてから話す必要はありません。
「どうしたらいいか分からない」というところからでも大丈夫です。
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「まだ決められない」
「誰にも本音を言えない」
「一度、気持ちだけでも聞いてほしい」
そんなときは、一人で答えを出そうとせず、傾聴ラウンジ「ここより」で今の気持ちをそのままお話しください。
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