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クラス替えが不安な子どもに親ができること|新学期前に私が感じた不安と、心が軽くなった話

クラス替えが不安な子どもに親ができること|新学期前に私が感じた不安と、心が軽くなった話

新学期が近づくと、わくわくする子もいれば、不安でいっぱいになる子もいますよね。

わが家の娘も、クラス替えが近づくころから少しずつ様子が変わっていきました。

夜なかなか眠れなくなったり、ため息が増えたり、何かを考え込むようにぼーっとしていたり。

そんな姿をそばで見ている私は、娘以上に心がざわざわしていたかもしれません。

「新しいクラスで大丈夫かな」
「先生は娘のことをわかってくれるかな」
「また一から説明しないといけないのかな」

そんな不安が頭の中をぐるぐるしていました。

前年度、娘の体調や過敏なところについて学校にいろいろ伝えてきたこともあり、「先生方から面倒な親だと思われていないかな」「言いすぎてしまったかな」と、親としての自分を責める気持ちもありました。

子どもの不安を代わってあげることはできません。

でも、見守る親もしんどいんですよね。

今回は、クラス替えを前に不安でいっぱいだった娘と、それを見守る私自身の体験を通して、親の不安との向き合い方や、誰かに気持ちを話すことの大切さについて書いてみたいと思います。

うまく整理できない気持ちも、そのままで大丈夫です。

同じように新学期やクラス替えに不安を感じているお母さんの心が、少しでもゆるむ時間になればうれしいです。

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医療・福祉・行政・子育て支援など、さまざまな現場で多くの方と関わってきました。
日常の中で感じる不安やしんどさに寄り添う経験を積み重ねています。

■ こんな方におすすめ

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・家族のことで誰かに話を聴いてほしい
・気持ちを整理したい
・安心して話せる場所を探している

■ メッセージ

毎日の中で感じる小さな不安や、言葉にしにくい気持ちも、
そのまま大切にしていいものだと思っています。

うまく話そうとしなくても大丈夫です。
安心できる時間の中で、ゆっくり気持ちをほどいていけたらと思います。

目次

クラス替えが近づくと、子ども以上に親の心も落ち着かなくなる

新学期が近づいてくると、「どんなクラスになるのかな」「仲の良い子と一緒になれるかな」「先生はどんな人かな」と、子どもなりにいろいろなことを考えますよね。

わが家の娘も、クラス替えが近づくにつれて、少しずつ不安が表に出るようになりました。

夜なかなか眠れなくなったり、ため息が増えたり、ぼーっと考え込む時間が増えたり。

その姿を見ていると、親の私まで胸がぎゅっと苦しくなりました。

「大丈夫だよ」と声をかけたいけれど、実際に新しいクラスで過ごすのは娘です。

私が代わってあげられるわけではありません。

だからこそ、何もしてあげられないようなもどかしさがありました。

さらに、前年度に娘の体調や過敏なところについて学校に何度も伝えてきたこともあり、「また一から説明しないといけないのかな」「先生方に面倒な親だと思われていないかな」と、私自身の不安も大きくなっていきました。

子どもの不安を見守る親も、実はたくさんの気持ちを抱えています。

今回は、クラス替えを前に不安そうな娘を見守りながら、私自身が感じていた親としての不安についてお話しします。

新学期前、娘の小さな変化に胸がざわざわした

新学期が近づくころ、娘の様子がいつもと少し違うことに気づきました。

はっきり「学校が不安」と言うわけではありません。

でも、夜になってもなかなか眠れなかったり、ふとした時にため息をついたり、何かを考えているようにぼーっとしていたり。

そういう小さな変化が重なるたびに、私の心も落ち着かなくなっていきました。

親って、子どものちょっとした表情や声のトーンに敏感になりますよね。

「今のため息は何だろう」
「何か言いたいことがあるのかな」
「無理していないかな」

そんなふうに、つい先回りして考えてしまいます。

もちろん、子どもには子どもの世界があります。

全部を親がわかることはできません。

それでも、つらそうな姿を見ると、放っておくこともできない。

声をかけすぎても負担になるかもしれないし、何も言わないのも心配。

その間で、私自身も揺れていました。

クラス替えは、子どもにとって大きな環境の変化です。

大人から見ると「毎年あること」と思えるかもしれません。

でも、子どもにとっては、安心できる場所が変わるかもしれない大きな出来事です。

その不安をそばで見ている親も、同じように心が不安定になるのだと思います。

「また説明しなきゃ」と思うだけで苦しくなった

娘には、体調面や過敏なところなど、学校生活の中で少し配慮してもらいたいことがありました。

前年度も、必要なことは学校に伝えてきました。

娘が安心して過ごせるように。

困った時に、先生に少しでも理解してもらえるように。

その時は必死でした。

でも新学期が近づき、先生が変わるかもしれないと思った時、また同じことを一から説明しなければいけないのかもしれないと考えて、気持ちが重くなりました。

「ちゃんと伝えなきゃ」と思う一方で、「また言いすぎてしまうんじゃないか」という不安もありました。

親として必要なことを伝えているつもりでも、学校側から見たらどう思われているのだろう。

面倒な親だと思われていないかな。

毒親みたいに見えていないかな。

そんな言葉まで頭に浮かんできて、自分で自分を責めるような気持ちになりました。

子どもを守りたい気持ちと、学校にどう見られているかを気にしてしまう気持ち。

その両方があって、とても苦しかったです。

本当は、親だって迷いながら動いています。

正解がわかっているわけではありません。

でも、子どもが困らないようにと思うと、黙っていることもできない。

その葛藤を抱えたまま新学期を迎えるのは、思っていた以上にしんどいことでした。

「大丈夫」と言いながら、私自身が大丈夫ではなかった

娘に対しては、できるだけ安心できる言葉をかけたいと思っていました。

「きっと大丈夫だよ」
「何かあったら一緒に考えようね」
「無理しなくていいよ」

そう言いながら、本当は私自身の心も不安でいっぱいでした。

子どもを励ます立場でいなければと思うほど、自分の気持ちは後回しになっていきます。

親だからしっかりしなきゃ。

私が不安そうにしたら、娘がもっと不安になる。

そんなふうに思って、なるべく平気な顔をしていました。

でも、心の中ではいろいろなことを考えていました。

担任の先生は誰になるのか。

仲の良い友達とは同じクラスになれるのか。

新しい先生に娘のことをわかってもらえるのか。

もし娘の調子が崩れたら、私はどう対応すればいいのか。

考えても答えが出ないことばかりなのに、頭の中ではぐるぐる止まりませんでした。

子どもの不安を受け止めようとする時、親の不安も一緒に大きくなることがあります。

でも、その親の不安はなかなか口にしづらいものです。

「子どもが一番つらいんだから」と思うと、自分の気持ちを我慢してしまう。

私もそうでした。

けれど今思うと、親の気持ちも大切にしてよかったのだと思います。

子どもを支えるためにも、まず親自身が「不安だよね」と自分の気持ちに気づいてあげることが必要だったのかもしれません。

学校のことになると、親として「どう動くのが正解なのか」わからなくなる

娘の不安そうな姿を見ていると、私の中にもいろいろな気持ちが出てきました。

「先生にどこまで伝えたらいいんだろう」
「また細かい親だと思われないかな」
「でも、伝えなかったことで娘が困ったらどうしよう」

そんな考えが、頭の中をぐるぐる回っていました。

前年度も、娘の体調や過敏なところについて、学校にはいろいろと伝えてきました。

娘が安心して学校生活を送れるようにと思ってのことでしたが、あとから振り返ると「言いすぎてしまったかな」と気になることもありました。

本当は先生に謝りたい気持ちもあったのに、そのまま年度が終わってしまったことも、心の中に引っかかっていました。

子どものために動いているはずなのに、学校との関わり方を考えるたびに、自分が悪いことをしているような気持ちになってしまう。

親として守りたい気持ちと、周りからどう見られているかを気にしてしまう気持ち。

その両方の間で、私はかなり揺れていたのだと思います。

クラス替えの不安は、娘だけのものではありませんでした。

新しい先生、新しいクラス、新しい環境。

そのすべてに対して、親の私も見えない不安を抱えていました。

娘のために伝えてきたことが、正しかったのか不安になった

前年度、私は娘の体調や過敏なところについて、学校に何度も話をしてきました。

娘が困らないように。

先生に少しでも理解してもらえるように。

何かあった時に、娘がひとりで抱え込まなくてすむように。

そう思って、その時の私は必死でした。

でも、年度が終わりに近づくころから、少しずつ別の不安が出てきました。

「私は言いすぎていなかったかな」
「先生に負担をかけてしまったかな」
「面倒な保護者だと思われていないかな」

娘を守るためにしてきた行動なのに、いつの間にか自分を責める材料になっていました。

親として学校に伝えることは、とても勇気がいります。

本当は穏やかに話したい。

でも、子どものことになると感情が入ってしまうこともあります。

冷静に伝えたつもりでも、あとから「あの言い方でよかったのかな」と何度も思い返してしまう。

私もそうでした。

娘のことを思って動いてきたはずなのに、学校とのやり取りを思い出すたびに、胸が重たくなることがありました。

「親としてちゃんとできているのかな」と考え出すと、答えが出ません。

誰かがはっきり正解を教えてくれるわけでもありません。

だからこそ、自分の中で何度も反省会をしてしまうんですよね。

でも今思えば、その迷いも含めて、娘を大切に思っていたからこそ出てきた気持ちだったのだと思います。

担任の先生が変わるかもしれないことが、とても怖かった

新学期前、私が特に不安だったのは、担任の先生が変わるかもしれないことでした。

前年度の先生がそのまま持ち上がってくれたら、娘のことをある程度わかってもらえている安心感があります。

でも、もし新しい先生になったら、また一から説明しなければいけません。

娘の体調のこと。

苦手なこと。

不安が強く出やすいこと。

刺激に敏感なところ。

どこまで話せば伝わるのか、どこまで話すと重たく受け取られるのか。

考えるだけで、気持ちがぐったりしていました。

もちろん、新しい先生が悪いということではありません。

ただ、娘のことをわかってもらうまでの道のりを、また最初から始めることに不安があったのです。

親として説明する時、「大げさに思われないかな」と気になることがあります。

でも、軽く伝えすぎると、本当に困った時に伝わらないかもしれない。

その加減がとても難しいんですよね。

さらに、頼りにしていた先生が異動してしまったこともあり、私の中の安心材料が少なくなっていました。

「次は誰に相談したらいいんだろう」
「娘がつらくなった時、ちゃんと受け止めてもらえるかな」

そんな不安が、始業式前からずっと心の中にありました。

子どもの学校生活は、親がすべて見られるわけではありません。

だからこそ、先生との信頼関係はとても大きいものです。

その関係がまたゼロからになるかもしれないと思うと、親の私も怖かったのだと思います。

「普通なら悩まないのかな」と比べて、さらに苦しくなった

娘のクラス替えのことで悩んでいる時、私はふと「他のお母さんは、こんなに悩まないのかな」と考えることがありました。

新学期なんて、毎年やってくるもの。

クラス替えも、学校ではよくあること。

そう頭ではわかっています。

でも、娘の不安そうな姿を見ていると、そんなふうに簡単には受け止められませんでした。

「普通なら、もっと気楽に新学期を迎えられるのかな」
「私が心配しすぎなのかな」
「娘の不安を大きくしているのは、私なのかな」

そんなふうに、だんだん自分を責める方向に考えてしまいました。

周りと比べると、苦しくなることってありますよね。

同じ出来事でも、家庭によって感じ方は違います。

子どもの性格も、これまでの経験も、親が抱えている不安も違います。

それなのに、「普通はこうだよね」と比べてしまうと、自分だけがうまくできていないように感じてしまいます。

私も、まさにそうでした。

娘のために心配しているはずなのに、その心配さえも「しすぎなのでは」と思ってしまう。

親としての気持ちに、さらに自分でダメ出しをしていました。

でも、本当は不安になるのは自然なことだったのだと思います。

子どもがつらそうにしていたら、親の心も揺れます。

変わってあげられないからこそ、何とかしてあげたいと思います。

その気持ちは、決しておかしいものではありません。

誰かと比べて「私は心配しすぎ」と押し込めるよりも、「それだけ娘のことを大切に思っているんだな」と受け止めてあげることが、あの時の私には必要だったのかもしれません。

誰かに話したことで、「私は間違っていなかったのかもしれない」と思えた

不安でいっぱいだった時、私は信頼できるママ友に今の気持ちを話してみました。

娘のクラス替えが不安なこと。

先生が変わったら、また一から娘のことを説明しなければいけないかもしれないこと。

前年度、学校にいろいろ伝えてきた自分のことを「言いすぎだったのかな」「毒親みたいに思われていないかな」と責めてしまっていること。

話しながら、自分でも思っていた以上に、いろいろな気持ちを抱えていたんだなと気づきました。

するとそのママ友が、「それは娘さんを思うからこそしてきたことで、毒親じゃないよ」と言ってくれたんです。

その言葉を聞いた瞬間、張りつめていた気持ちが少しゆるみました。

私はずっと、自分の行動を反省することばかりしていました。

でも、外から見てくれている人の言葉で、「私は娘を困らせたかったわけじゃない。守りたかったんだ」と、ようやく思い出せた気がします。

ひとりで考えていると、不安はどんどん大きくなります。

でも、誰かに話して受け止めてもらうことで、自分の気持ちを少し離れた場所から見られることがあります。

この出来事は、私にとって大きな支えになりました。

「毒親じゃないよ」の一言に、救われた気がした

私の中で一番引っかかっていたのは、「学校にいろいろ言いすぎてしまったのではないか」という不安でした。

娘の体調や過敏なところを理解してもらいたくて、必要だと思うことは伝えてきました。

でも、あとから思い返すと、「あの時の言い方は強すぎたかな」「先生に迷惑をかけてしまったかな」と気になってしまうことがありました。

子どものために動いたはずなのに、いつの間にか自分の中で「私は面倒な親なのかもしれない」という思いに変わっていたんです。

そんな気持ちをママ友に話した時、「それは娘さんを思うからこそしてきた発言や行動であって、毒親じゃないよ」と言ってくれました。

その言葉は、私の心にすっと入ってきました。

大丈夫だよ、と軽く流されたわけではありません。

私が娘を思って悩んできたことを、ちゃんと見てくれた上で言ってくれた言葉だったから、安心できたのだと思います。

親は、子どものことで必死になると、自分の姿が見えなくなることがあります。

守りたい気持ちが強いほど、あとから「やりすぎたかな」と不安になることもあります。

でも、その根っこにあるのは、子どもを大切に思う気持ちなんですよね。

私はその一言で、自分を責める気持ちから少し離れることができました。

誰かに否定せずに聴いてもらうことは、こんなにも心を軽くしてくれるのだと感じました。

ひとりで抱えていると、不安はどんどん大きくなる

クラス替えのことも、先生のことも、始業式が来るまで答えはわかりません。

だからこそ、考え始めると止まらなくなっていました。

「もし新しい先生だったらどうしよう」
「娘が学校でつらくなったらどうしよう」
「私がまたうまく伝えられなかったらどうしよう」

まだ起きてもいないことなのに、頭の中ではどんどん悪い方向に想像が広がっていきました。

不安な時って、心の中で何度も同じ場面を繰り返してしまいますよね。

そして、考えれば考えるほど、何か対策をしなければいけないような気持ちになります。

でも今回は、事前に担任の先生やクラスの名簿を見られるわけでもありません。

娘の不安をすぐに解消できるような行動が、何もできませんでした。

その「何もできない感じ」が、私にはとてもつらかったです。

けれど、ママ友に話してみて気づいたことがあります。

私は、答えを出したかったというより、まずこの不安を誰かにわかってほしかったのかもしれません。

「それは心配になるよね」
「お母さんもつらいよね」
「また一緒に考えよう」

そんなふうに言ってもらえただけで、ひとりで抱えていた重さが少し軽くなりました。

不安は、ひとりで抱えていると大きくなりやすいものです。

でも、誰かに話すことで、少し形が見えてくることがあります。

そして、形が見えると、「今できること」と「今は考えなくてもいいこと」を分けやすくなるのだと思います。

「また一緒に考えよう」と言ってもらえた安心感

ママ友は、ただ励ましてくれただけではありませんでした。

「担任が持ち上がってくれたら、改めて気持ちを伝えたらいいし、もし他の先生に変わって娘ちゃんの様子がおかしくなってきたら、また一緒に考えようよ」と言ってくれました。

この言葉が、私にはとても心強かったです。

不安な時に「大丈夫、大丈夫」と言われても、正直あまり入ってこないことがあります。

大丈夫かどうかは、まだわからないからです。

でも、「何かあったら一緒に考えよう」と言ってもらえると、未来の不安をひとりで背負わなくていい気がしました。

新学期がどうなるかは、誰にもわかりません。

先生が誰になるかも、クラスがどうなるかも、始まってみないとわからないことばかりです。

でも、もし困ったことが起きた時に、話せる人がいる。

一緒に考えてくれる人がいる。

それだけで、心の支えになります。

私はその時、「全部を今すぐ解決しなくてもいいんだ」と思えました。

今わからないことまで先回りして苦しまなくても、実際に何か起きた時に、その時の娘の様子を見ながら考えていけばいい。

そう思えたことで、少し呼吸がしやすくなりました。

子どもの不安に向き合う時、親はついひとりで何とかしようとしてしまいます。

でも、本当は親だって支えてもらっていいんですよね。

話を聴いてもらいながら、自分の気持ちを整理していく。

その時間があったからこそ、私はまた娘の不安にも落ち着いて向き合えるようになったのだと思います。

不安が消えなくても、ひとりで抱え込まなくていいと思えた

クラス替えの不安が、すっかりなくなったわけではありません。

新学期が近づけば、やっぱり心配になります。

娘は新しい環境で大丈夫かな。
先生は娘のことをわかってくれるかな。
困った時に、ちゃんと助けを求められるかな。

親として考え出したら、心配は本当にきりがありません。

でも、ママ友に話を聴いてもらったことで、私は少しずつ「今、全部を解決しようとしなくてもいいんだ」と思えるようになりました。

未来のことを何度も考えて不安になるよりも、まずは今の娘の様子を見ること。

そして、私自身の気持ちも我慢しすぎないこと。

それが大事なのだと感じました。

子どもの不安をそばで見ている親も、実はとても頑張っています。

変わってあげられないからこそ、苦しい。
何もできないように感じるからこそ、焦ってしまう。
でも、その気持ちは決しておかしいものではありません。

子どもが戦っているように、親も親なりに戦っています。

だからこそ、苦しい時は誰かに話していい。

うまく言葉にできなくても、「不安なんです」と言っていい。

私自身、話を聴いてもらうことで心が少し軽くなったからこそ、同じように悩んでいるお母さんの気持ちも、急かさず、否定せず、まずはそのまま受け止めたいと思っています。

未来のことを考えすぎず、今できることに目を向ける

不安が強い時ほど、まだ起きていない未来のことを考えてしまいます。

「もし新しい先生だったら」
「もし娘がクラスになじめなかったら」
「もしまた体調を崩してしまったら」

そんなふうに、頭の中でいくつもの「もしも」が広がっていきます。

私もそうでした。

考えれば考えるほど、何か準備しなければいけない気がして、でも実際には始業式までクラスも担任の先生もわからない。

動きたくても動けない。

その状態が、余計に苦しかったのだと思います。

でも、誰かに話して少し落ち着いてからは、「今わからないことは、今決めなくてもいい」と思うようにしました。

もちろん、心配がゼロになったわけではありません。

ただ、まだ起きていないことを何度も想像して、自分を追い込む時間は少しずつ減っていきました。

その代わりに、今の娘の様子を見るようにしました。

今日は眠れそうかな。
食欲はあるかな。
話したそうにしているかな。
それとも、そっとしておいた方がよさそうかな。

先のことを完璧に予測するより、目の前の娘の小さなサインに気づくこと。

それが、私にできる大切なことだったのだと思います。

親はつい、先回りして守りたくなります。

でも、全部を先に整えてあげることはできません。

だからこそ、今できることをひとつずつ。

そう思えた時、私の心も少し落ち着いていきました。

考え込みそうな時は、体を動かして気持ちを切り替える

不安な時、私はじっとしているとどんどん考え込んでしまうタイプです。

頭の中で同じことを何度も考えて、まだ起きていないことまで心配して、気づけばため息ばかり。

そんな状態になることがありました。

だから、考えすぎそうな時は、なるべく体を動かすようにしました。

大げさなことではありません。

家の中を片づける。
洗濯物をたたむ。
少し外に出て歩く。
買い物に行く。

そんな日常の小さな動きです。

でも、体を動かしていると、頭の中だけでぐるぐるしていた不安が少しゆるむことがありました。

もちろん、動いたからといって不安が全部消えるわけではありません。

でも、考え込む時間が少し短くなるだけでも、心の負担は違います。

不安な時に必要なのは、完璧な解決策ではないのかもしれません。

今の自分を少し楽にしてあげる工夫。

それだけでも十分なのだと思います。

また、娘と不安について話しすぎて、お互いにつらくなってしまったこともありました。

心配だから聞きたい。

安心させたいから話したい。

でも、話せば話すほど不安が大きくなる時もあります。

そんな時は、無理に言葉で解決しようとしなくてもいい。

一緒にお茶を飲む。
少し違う話をする。
同じ空間で静かに過ごす。

それも、親子にとって大事な安心の時間だったのだと思います。

親の不安も、誰かに聴いてもらっていい

子どものことになると、親はつい自分の気持ちを後回しにしてしまいます。

「つらいのは子どもだから」
「私がしっかりしなきゃ」
「親が不安になっていたらだめだ」

そんなふうに思って、平気なふりをしてしまうことがあります。

私もそうでした。

娘には「大丈夫だよ」と言いながら、心の中では全然大丈夫ではありませんでした。

でも、ママ友に話してみて気づいたんです。

親の不安も、ちゃんと聴いてもらっていいのだと。

誰かに話したからといって、すぐに問題が解決するわけではありません。

クラス替えがなくなるわけでも、担任の先生が事前にわかるわけでもありません。

それでも、「それは不安になるよね」と受け止めてもらえるだけで、心は少し軽くなります。

自分の気持ちを否定されずに聴いてもらうと、「私はこんなに不安だったんだな」と気づくことができます。

そして、自分の気持ちに気づけると、少しだけ落ち着いて子どもにも向き合いやすくなります。

私自身、この経験を通して、話を聴いてもらうことの大切さを改めて感じました。

だからこそ、同じように新学期やクラス替えで不安を抱えているお母さんの気持ちも、私はまずそのまま聴きたいと思っています。

うまく話せなくても大丈夫です。

「何が不安なのかわからないけれど、苦しい」

そんな言葉にならない気持ちも、無理に整えなくていいんです。

子どもが頑張っている時、親も頑張っています。

その気持ちを、ひとりで抱え込まなくていい。

誰かに聴いてもらうことは、弱さではなく、また前を向くための大切な時間なのだと思います。

クラス替えの不安を、ひとりで抱え込まないでください

クラス替えや新学期の不安は、子どもだけのものではありません。

子どもの様子を近くで見ているお母さんも、同じように心が揺れたり、眠れなくなったり、「私の関わり方でよかったのかな」と自分を責めてしまうことがありますよね。

子どもに「大丈夫だよ」と声をかけながら、本当は自分の方が泣きたくなる日もあると思います。

でも、その気持ちは決しておかしいものではありません。

子どもが新しい環境の中で頑張っているように、お母さんも見えないところでたくさん頑張っています。

だからこそ、不安な気持ちを無理に隠さなくても大丈夫です。

うまく話そうとしなくても大丈夫です。

「何が不安なのか、自分でもよくわからない」
「子どものことになると、心配が止まらない」
「学校にどう伝えたらいいのか迷っている」

そんな気持ちを、まずはそのまま言葉にしてみませんか。

私自身も、誰かに話を聴いてもらったことで、張りつめていた心が少しゆるんだ経験があります。

だからこそ、同じように悩んでいる方のお話も、急かさず、否定せず、ゆっくりお聴きしたいと思っています。

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新学期の不安を、ひとりで抱え込まなくて大丈夫です。
あなたとお子さんが少しでも安心して過ごせるように、一緒に考えていきましょう。

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