仕事中に涙が出てしまう人へ|30代女性の相談事例に学ぶ気持ちの整え方

ずっと我慢してきたのに、ある日突然、涙が止まらなくなった。
そんな経験はありませんか。
今回ご紹介するのは、30代女性・ともみさん(仮名)のご相談です。
九州にお住まいで、Zoomを通してお話を伺いました。
ともみさんはこれまで、職場で文句を言われやすい立場にありながらも、
感情を抑えて、なんとかやり過ごしてきました。
けれどある日、いつものように指摘を受けた瞬間、
込み上げてくるものを止めることができず、
人前で涙があふれてしまったといいます。
「なんで泣いてしまったんだろう」
「こんな姿、見せたくなかったのに」
そうやって自分を責めながらも、
これまで通り働けるのか不安でいっぱいになっていました。
人前で泣いてしまった自分が情けない。
弱い人間なのではないか。
そんな思いに押しつぶされそうになりながら、
ともみさんはお話しに来てくださいました。


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・頭の中のモヤモヤを整理したい
・誰にも言えない気持ちを話したい
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■ メッセージ
ここは、批判や評価をされることなく、安心して話せる場所です。
話すことで少し気持ちが軽くなったり、
言葉にすることで自分の本音に気づけることもあります。
うまく話そうとしなくても大丈夫です。
そのままの気持ちで、安心して話しにきてください。
目次
- ○ 職場で突然涙が止まらない…それは心が限界を迎えたサインかもしれません
- ・「なんで泣いてしまったのか」と自分を責めてしまうとき
- ・これまで我慢してきたことに気づきにくい理由
- ・涙は「弱さ」ではなく、気づいてほしいサイン
- ○ 「泣いてしまった自分が恥ずかしい」その気持ちの正体とは
- ・「ちゃんとしていなければいけない」という思い込み
- ・周りの目が気になってしまうのは自然なこと
- ・「弱い自分を見せてはいけない」と思ってしまう理由
- ○ 5年間の我慢があふれた瞬間|涙の本当の理由に気づいたとき
- ・「突然じゃなかった」と気づいたときに見えてくるもの
- ・涙の裏にあった「本当の気持ち」
- ・「我慢するしかない」から少し離れてみる
- ○ 涙を止めるより大切なこと|無理をため込まないための向き合い方
- ・「泣かない自分」より「無理をしない自分」を目指す
- ・日常の中でできる「ため込まない工夫」
- ・一人で抱えなくていいと気づけたとき
- ○ 読者へのメッセージ
職場で突然涙が止まらない…それは心が限界を迎えたサインかもしれません
ずっと頑張ってきたのに、ある日ふとした瞬間に涙があふれてしまう。
自分でも理由がよく分からないまま、「どうしてこんなことに」と戸惑うことはありませんか。
今回お話を伺ったともみさん(仮名・30代女性)も、まさにそんな状態でした。
これまで職場では、文句や指摘を受ける場面が多く、そのたびに気持ちをぐっと飲み込みながら、なんとかやり過ごしてきたそうです。
けれどある日、いつものように言葉を受けた瞬間、胸の奥にたまっていたものが一気にあふれ出し、涙が止まらなくなってしまいました。
さらにその後も同じようなやり取りが続き、電話口でも感情を抑えきれず、泣いてしまったといいます。
「泣きたくなかったのに」
「こんな姿、見せたくなかったのに」
そう思えば思うほど、自分を責める気持ちは強くなり、これから職場でどう振る舞えばいいのか分からなくなっていきました。
ただ、この“突然の涙”は、本当に突然起きたものなのでしょうか。
お話を丁寧にたどっていくと、そこには見過ごされてきた心のサインが隠れていました。
ここでは、ともみさんの体験を通して、「なぜ涙が止まらなくなるのか」、そしてその背景にあるものについて、ゆっくり見ていきたいと思います。
「なんで泣いてしまったのか」と自分を責めてしまうとき
人前で涙が出てしまうと、多くの人がまず感じるのは「恥ずかしさ」や「情けなさ」です。
ともみさんも、「どうしてあの場面で泣いてしまったのか」と、何度も頭の中で繰り返していました。
本当は冷静に対応したかった。
いつも通りの自分でいたかった。
そんな思いがあるからこそ、感情があふれてしまった自分を「弱い」「未熟だ」と感じてしまいやすいのです。
でも、ここで少し立ち止まってみたいのは、「泣いてしまった理由」をその一瞬だけで判断していないか、という視点です。
涙は、その場の出来事だけで出てくるものではなく、これまで積み重なってきた感情があふれた結果であることも少なくありません。
それでも私たちは、「あの一瞬」にばかり注目してしまいがちです。
だからこそ、「あのとき我慢できなかった自分が悪い」と、自分を責める方向に気持ちが向いてしまうのです。
ともみさんも同じように、自分の反応だけを切り取って考え、「ちゃんとできなかった自分」に意識が向いていました。
その背景にある積み重ねには、まだ目を向けられていなかったのです。
これまで我慢してきたことに気づきにくい理由
お話を伺っていく中で印象的だったのは、ともみさん自身が「自分はそこまで無理をしていない」と感じていたことでした。
長い間、文句を言われる立場に立ち続けても、
「仕事だから仕方ない」
「自分が対応しないといけない」
そう思いながらやってきたため、それが“当たり前”になっていたのです。
人は、続けてきたことほど「普通」と感じやすくなります。
たとえそれが負担の大きい状況であっても、「これくらいはみんなやっている」と思い込むことで、自分のしんどさに気づきにくくなるのです。
ともみさんもまた、「耐えている自分」を特別なことだとは思っていませんでした。
だからこそ、今回の涙が「突然の異変」に感じられたのです。
でも実際には、日々の小さな我慢や緊張が少しずつ積み重なっていました。
その積み重ねは、目には見えにくいけれど、確実に心の中に残っていきます。
そしてあるタイミングで、その限界を超えたときに、涙という形で表に出てくることがあるのです。
涙は「弱さ」ではなく、気づいてほしいサイン
ともみさんは当初、「泣いてしまった=弱い」と感じていました。
ですが、お話を重ねる中で少しずつ見えてきたのは、涙の意味の捉え方でした。
今回の出来事は、「感情をコントロールできなかった失敗」ではなく、
これまで無理を続けてきた心が、「もう限界だよ」と伝えてくれたサインとも考えられます。
もしこのサインがなかったら、どうなっていたでしょうか。
さらに我慢を重ねて、もっとつらい状態になっていたかもしれません。
そう考えると、涙はただの“崩れた反応”ではなく、
自分を守ろうとする働きの一つとも言えます。
もちろん、人前で泣いてしまったことに戸惑う気持ちは自然なものです。
ただ、その出来事だけを切り取って自分を評価してしまうと、本当に大切な部分を見落としてしまいます。
ともみさんも、「泣いてしまった自分」ではなく、「そこまで頑張ってきた自分」に少しずつ目を向けられるようになっていきました。
そうやって見方が変わっていくことで、張りつめていた気持ちが少しずつゆるんでいったのです。
「泣いてしまった自分が恥ずかしい」その気持ちの正体とは
涙が出てしまったあと、いちばん苦しくなるのは「その瞬間」よりも、その後かもしれません。
「どうしてあんなことになったんだろう」
「周りにどう思われたんだろう」
そんなふうに考え始めると、出来事が何度も頭の中で繰り返されて、気持ちがどんどん重くなっていきます。
ともみさんも同じでした。
涙が止まらなかった出来事そのものよりも、「人前で泣いてしまった自分」に対する恥ずかしさや情けなさが強く残っていたのです。
本当は、あの場を冷静にやり過ごしたかった。
いつも通り、何事もなかったように振る舞いたかった。
そう思っていたからこそ、「できなかった自分」が許せなくなってしまう。
そして、「こんな自分はダメだ」と評価してしまう流れに入っていきます。
でも、このとき起きているのは、単なる「感情の暴走」ではありません。
そこには、「こうあるべき」という強い思い込みや、自分に対する厳しさが関係していることが多いのです。
ここでは、その気持ちの裏側にあるものを、少しずつひも解いていきます。
「ちゃんとしていなければいけない」という思い込み
ともみさんのお話を伺っていると、何度も出てきたのが「ちゃんとしなきゃ」という言葉でした。
仕事では、感情を見せずに冷静に対応するべき。
クレームを受けても、落ち着いて処理できる人でありたい。
そんなふうに、「こうあるべき自分」のイメージがしっかりとありました。
この考え方自体は、決して悪いものではありません。
むしろ責任感があり、仕事に真剣に向き合ってきた証でもあります。
ただ、その基準が厳しくなりすぎると、「少しでもできなかった自分」を強く責める方向に働いてしまいます。
今回の涙も、「一度でも崩れてしまった」という事実だけで、
「私はちゃんとしていない」
「社会人としてダメなのではないか」
と、一気に評価が下がってしまったのです。
でも実際には、ずっと耐えてきた中で起きた一度の出来事です。
その一点だけで、自分全体を否定する必要は本来ありません。
それでもそう感じてしまうのは、「ちゃんとできて当たり前」という前提が強くなりすぎているからかもしれません。
周りの目が気になってしまうのは自然なこと
涙が出てしまったあと、多くの人が気にするのが「周りからどう見られたか」です。
ともみさんも、「迷惑をかけてしまったのではないか」「気を遣わせてしまったのではないか」と、周囲の反応を気にしていました。
人は社会の中で生きている以上、周りの目を意識するのはとても自然なことです。
むしろそれは、人との関係を大切にしている証でもあります。
ただ、その意識が強くなりすぎると、「自分の感情」よりも「周りの評価」が優先されてしまいます。
本当はつらかった。
苦しかった。
そういう気持ちよりも、「どう見られたか」が気になってしまうことで、自分の内側にあるしんどさを後回しにしてしまうのです。
ともみさんも、涙の理由よりも「周りにどう思われたか」に意識が向いていました。
その結果、自分の気持ちを整理する前に、さらに自分を責める流れに入ってしまっていたのです。
まず大切なのは、「周りの目が気になる自分」を否定しないこと。
そのうえで、「自分は本当はどう感じていたのか」に少しずつ目を向けていくことが、心を整える第一歩になります。
「弱い自分を見せてはいけない」と思ってしまう理由
ともみさんは、「泣いてしまったこと」そのもの以上に、「弱い姿を見せてしまったこと」がつらいと話していました。
これまでずっと、感情を抑えて頑張ってきたからこそ、「弱さ=見せてはいけないもの」という感覚が強くなっていたのです。
でも、この「弱さを見せてはいけない」という考えは、どこから来ているのでしょうか。
多くの場合、それはこれまでの経験の中で身についたものです。
「泣くと困らせる」
「弱音を吐くと迷惑をかける」
そんな経験を重ねることで、「感情は抑えるべきもの」という認識が強くなっていきます。
そして気づかないうちに、「弱い自分は出してはいけない」というルールを、自分の中に作ってしまうのです。
ともみさんも同じように、「耐えること」が当たり前になっていました。
だからこそ、今回の涙は「ルールを破ってしまった感覚」に近く、それが強い自己否定につながっていたのです。
ただ、本来感情は抑え込むためのものではなく、気づくためのものでもあります。
涙が出たこと自体を否定するのではなく、「そこまでの状態だったんだな」と受け止めていくこと。
その視点が少しずつ持てるようになると、「弱さ」に対する見方も変わっていきます。
5年間の我慢があふれた瞬間|涙の本当の理由に気づいたとき
ここまでお話を整理していく中で、ともみさんの中に少しずつ変化が生まれていきました。
それは、「なぜ泣いてしまったのか」という問いの向き先が変わっていったことです。
最初は、「あの場で我慢できなかった自分」に意識が向いていました。
けれど、お話を丁寧にたどっていくと見えてきたのは、その一瞬ではなく、これまでの積み重ねでした。
文句を言われても言い返せずに飲み込んできたこと。
理不尽に感じる場面でも、その場を収めるために自分を抑えてきたこと。
「仕方ない」と思いながら、何度も気持ちを押し込めてきた日々。
そうした時間が、実は5年ほど続いていたのです。
その一つひとつは小さな出来事に見えるかもしれません。
けれど、それが積み重なることで、気づかないうちに心は張りつめていきます。
そしてある日、そのバランスが崩れたとき、涙という形であふれ出ることがあります。
ともみさんの涙は、「突然起きた出来事」ではなく、
これまでの我慢や緊張が限界に達した結果だったのです。
この視点に気づけたとき、ともみさんの中で「泣いてしまった自分」に対する見方が、少しずつ変わっていきました。
「突然じゃなかった」と気づいたときに見えてくるもの
最初は、「あの日だけがおかしかった」と感じていたさやかさん。
でも、これまでの出来事を一緒に振り返っていく中で、「あれは突然ではなかった」と気づいていきました。
思い返してみると、これまでもしんどい場面は何度もありました。
ただ、そのたびに「大丈夫」「これくらい平気」と自分に言い聞かせて、乗り越えてきただけだったのです。
人は、不調が少しずつ積み重なっているときほど、それを見過ごしてしまいがちです。
目の前のことをこなすのに精一杯で、自分の状態を振り返る余裕がなくなっているからです。
ともみさんも、「まだ大丈夫」と思い続けてきた結果、自分の限界に気づくタイミングが遅れてしまっていました。
でも、「突然じゃなかった」と気づけたことで、「自分はおかしくなったわけではない」と受け止められるようになっていきました。
それは、自分を責める流れから少し離れて、「これまでの自分の頑張り」に目を向けるきっかけにもなっていきます。
涙の裏にあった「本当の気持ち」
ともみさんの言葉の中で印象的だったのが、
「今までの頑張りを全否定された気がした」という一言でした。
表面的には、クレーム対応のやり取り。
でも、その奥には「認められたかった」「ちゃんとやってきたことを分かってほしかった」という思いがありました。
ただ、その気持ちは普段あまり意識されていませんでした。
むしろ、「仕事だから仕方ない」と割り切ることで、感じないようにしていた部分もあったのです。
でも、今回の出来事をきっかけに、その奥にあった感情が一気に表に出てきました。
悔しさ。
みじめさ。
報われなさ。
そうした気持ちは、これまで押し込められていただけで、確かに存在していたものです。
涙は、その気持ちに気づくための入り口になることがあります。
無理に抑えていたものが、やっと外に出てきたとも言えるのです。
ともみさんも、「泣いてしまった理由」を探る中で、「自分はこんなふうに感じていたんだ」と、少しずつ本音に触れていきました。
「我慢するしかない」から少し離れてみる
これまでのともみさんは、「自分が我慢すればうまく回る」と思っていました。
実際、そのやり方で乗り越えてきた場面も多かったと思います。
ただ、その方法は長く続けるほど、心への負担が大きくなっていきます。
今回の出来事を通して見えてきたのは、「我慢し続けること」が限界に近づいていたということでした。
だからといって、すぐに環境を変えることが難しい場合もあります。
ともみさんも、仕事を簡単に辞められる状況ではありませんでした。
そんな中で大切になってくるのは、「我慢するしかない」という考え方を少しだけゆるめてみることです。
たとえば、
その場で深呼吸をする時間を取る。
気持ちを言葉にして整理する。
信頼できる人に少しだけ本音を話してみる。
ほんの小さなことでも、「ため込まない工夫」を取り入れていくことで、心の負担は少しずつ軽くなっていきます。
ともみさんも、「泣かないようにする」のではなく、「無理をため込まないようにする」という視点に変わっていきました。
それは、これまでとは違う形で、自分を守る選択でもあったのです。
涙を止めるより大切なこと|無理をため込まないための向き合い方
ここまでお話を整理してきて、ともみさんの中で少しずつ変わっていったのは、「どうすれば泣かないか」ではなく、「どうすれば無理をため込まないか」という視点でした。
最初は、「人前で泣かない自分でいたい」という思いが強くありました。
それはとても自然なことですし、誰しも同じように感じるものだと思います。
ただ、その背景には「泣いてしまう自分はよくない」という前提がありました。
だからこそ、「涙を止めること」に意識が向いていたのです。
けれど、お話を重ねていく中で見えてきたのは、涙そのものをどうにかするよりも、その前にある「ため込んでいる状態」に気づくことの大切さでした。
涙は、限界を超えたときに出てくるサインです。
つまり、そこまで無理をしてきた過程があるということでもあります。
だからこそ大切なのは、「どうすれば崩れないか」ではなく、「崩れる前に気づけるか」という視点です。
ともみさんも、「泣かないように頑張る」のではなく、「無理をしている自分に気づいてあげる」という方向に意識が変わっていきました。
その変化は、とても小さなものかもしれません。
でも、自分との向き合い方をやわらかくしていく、大きな一歩でもあります。
「泣かない自分」より「無理をしない自分」を目指す
これまでともみさんは、「どんなときも冷静でいること」を大切にしてきました。
それは仕事をするうえで必要な場面も多く、決して間違った考えではありません。
ただ、その理想が強くなりすぎると、「感情が出てしまう自分」を否定する方向に働いてしまいます。
でも本来、人は常に一定の状態でいられるものではありません。
疲れているときもあれば、余裕がないときもあります。
そんな中で、「いつでも完璧に振る舞うこと」を目指し続けると、どこかで無理が生まれてしまいます。
だからこそ、「泣かない自分」を目指すのではなく、「無理をしているときに気づける自分」でいることが大切になってきます。
ともみさんも、「もう少し早く自分のしんどさに気づけていたらよかったのかもしれない」と話していました。
この気づきは、自分を責めるためのものではなく、これからの自分を守るための視点です。
完璧にできなくてもいい。
少し余裕がないと感じたときに立ち止まれること。
それが、心を整えていくうえでとても大切な力になります。
日常の中でできる「ため込まない工夫」
では実際に、どうすればため込まずにいられるのでしょうか。
特別なことをする必要はありません。
むしろ、日常の中でできる小さな工夫の積み重ねが大きな支えになります。
たとえば、
クレーム対応のあとに数分だけ一人になる時間をつくる。
その場でゆっくり呼吸を整える。
帰宅後にその日の気持ちを書き出してみる。
こうしたシンプルな行動でも、感情を外に出すきっかけになります。
ともみさんも、まずは「一人で深呼吸する時間を取ること」から始めました。
そして少しずつ、信頼できる同僚に気持ちを話してみたり、帰宅後に感じたことを書き出す習慣を取り入れていきました。
大切なのは、「一気に変えようとしないこと」です。
できる範囲で、少しずつ。
その積み重ねが、「もう限界になるまで我慢するしかない」という状態から、少しずつ距離を取る助けになります。
一人で抱えなくていいと気づけたとき
ともみさんはこれまで、「自分が耐えればいい」と思ってきました。
そのほうが周りに迷惑をかけずに済むと感じていたからです。
でも今回、「少し話してみる」という選択をしたことで、ひとつ変化がありました。
自分の気持ちを言葉にすることで、頭の中が整理されていったこと。
そして、「一人で抱えなくてもいいかもしれない」と、少しだけ思えたことです。
もちろん、すぐにすべてが解決するわけではありません。
職場環境そのもののストレスがなくなるわけでもありません。
それでも、「抱え込み続けるしかない」という状態から、「少し外に出してもいい」という状態に変わることは、とても大きな変化です。
誰かに話すことは、弱さではありません。
むしろ、自分を守るための大切な行動のひとつです。
ともみさんも、「泣いてしまった自分」を否定するのではなく、「そこまで頑張ってきた自分」を少しずつ受け止められるようになっていきました。
そして今は、「無理をしない自分でいたい」と、やわらかく言葉にできるようになっています。
同じように、もし今つらさを抱えているとしたら、
一人でなんとかしようとしなくて大丈夫です。
少しずつでも、自分の気持ちを外に出せる場所を持ちながら、整えていくことができれば、それで十分です。
読者へのメッセージ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もし今、「人前で涙が出てしまった自分」を責め続けているなら、少しだけ立ち止まってみてほしいのです。
あなたは弱くなったのではなく、それだけ長い時間、無理を重ねてきただけかもしれません。
涙は、コントロールできなかった失敗ではなく、
「もうこれ以上は頑張りすぎなくていいよ」と教えてくれるサインでもあります。
それでも、「こんなことでつらいなんて」と思ってしまったり、
誰にも話せずに抱え込んでしまうこともありますよね。
そんなときは、一人で整理しようとしなくて大丈夫です。
言葉にならない気持ちでも、そのまま話していい場所があります。
傾聴ラウンジ「ここより」では、
答えを出すことよりも、あなたの気持ちをそのまま受けとめることを大切にしています。
うまく話そうとしなくても大丈夫。
まとまっていなくても大丈夫。
「ちょっと聞いてほしい」
その気持ちだけでも、十分です。
もし、「少し話してみようかな」と思えたタイミングがあれば、
その気持ちを大切にしてみてください。
あなたが無理をしすぎてしまう前に、
安心して立ち止まれる場所として、ここよりでお待ちしています。
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