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親になったプレッシャーがつらいあなたへ|完璧な母親を手放した私の体験談

親になったプレッシャーがつらいあなたへ|完璧な母親を手放した私の体験談

子どもが生まれた瞬間、胸いっぱいに広がった愛おしさ。

小さな手、やわらかな頬、すやすや眠る姿。

「やっと会えた」という幸せな気持ちでいっぱいになる一方で、私の心の中には、言葉にしきれない大きな不安も静かに押し寄せていました。

ちゃんと育てられるかな。

いいお母さんになれるかな。

この子を幸せにしてあげられるかな。

元々、子どもが好きで、いつかお母さんになりたいと思っていた私。
それなのに、いざ母親になった途端、「嬉しい」だけでは抱えきれないほどのプレッシャーを感じている自分がいました。

保育士として子どもと関わってきた経験があるからこそ、「私はちゃんとできるはず」「しっかりしなきゃ」と、自分で自分を追い込んでいたのだと思います。

でも今振り返ると、あの頃の私に必要だったのは、完璧な答えを探すことではなく、まずは不安でいっぱいの自分の気持ちを、ゆっくり聴いてあげることだったのかもしれません。

「怖かったよね」
「大切に育てたいから、不安になったんだよね」

そんなふうに、自分の心に少しずつ寄り添えるようになってから、私は少しずつ“完璧な親”という思い込みを手放していきました。

この記事では、親になったプレッシャーに押しつぶされそうだった私が、「まぁ、いっか」と思えるようになるまでの体験をお話しします。

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投稿者プロフィール

綾瀬うみ
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■ 待機時間:10時~24時(シフト制)
※土日祝対応(枠が埋まりやすいため、事前予約をお勧めします)
※シフトは2週間単位で掲載します、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■ 年齢:30代

■ キャッチコピー:心ほぐれる、ひとときを

■ 得意なテーマ

- 気軽に誰かと話したいとき
- 子育て全般(子どもの発達、関わり方、ママ友関係、保育園や学校に対するお悩み)
- 家族との関係(パートナー、両親、子ども)
- お仕事のお悩み(ワーママとして、保育者として、職場の人間関係)
- 自身や家族の病気
- 恋愛相談

■ 聴き方・スタイル

- あなたのペースに合わせてゆっくり聴きます

■ 経験

- これまで10年以上、保育士として働いてきました。クラス運営、人間関係に関する悩みを多数受け、時には上司と後輩のコミュニケーションを繋ぐ役割を担っていました。
- クラス担任(一人、複数どちらも)、保育補助、加配の経験があります。
- 公的機関にて、育児相談の経験が多数あります。
- 癌サバイバーです。
- 家族の闘病。そして、家族・友人の死を経験しました。
- 保育士資格、幼稚園教諭免許を持っています。
- 現在、心理学を学んでいます。
- 恋愛相談を受けることも多くありました。

■ 大切にしていること

- “温度”が伝わるような会話を心がけています。

■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:Cafe / 旅行 /芸術鑑賞 /海を眺める/ファッション/フレグランス
- よく言われる性格:丁寧、安心感がある、物事を深く考える
- ちょっとしたこだわり:ナイトフレグランス
- 聴き手としての密かな強み: 声を褒められることが多いです。

■ メッセージ

慌ただしく過ぎる日々の中で、ふと“感情”が揺れること、ありませんか?

少しでも、あなたの気持ちが軽くなるなら。
少しでも、微笑んでくれたら。
少しでも、肩の力を抜いてくれたら。

そんなことを願いながら、「あなた」からのお電話をお待ちしています。

目次

親になった瞬間、幸せと一緒に不安が押し寄せてきた

子どもが生まれた瞬間、私はきっと、ただただ幸せな気持ちでいっぱいになるのだと思っていました。

元々子どもが好きで、「いつかお母さんになりたい」「子どもは複数人ほしい」と思っていた私にとって、妊娠は本当に待ち望んでいた出来事でした。

妊娠初期は、嬉しさや期待で心がふわっと明るくなるような日々でした。
お腹の中に新しい命がいることが嬉しくて、これから始まる生活を想像しては、幸せな気持ちになっていました。

でも、妊娠中期を過ぎた頃から、少しずつ心の中に別の感情が生まれてきました。

「ちゃんと育てられるかな」
「いいお母さんになれるかな」
「この子に悲しい思いをさせたくない」

そんな思いが、日に日に大きくなっていったのです。

出産後、我が子に会えた幸せと愛しさはもちろんありました。
けれど同時に、大きな不安が一気に押し寄せてきて、涙が止まらなくなったこともありました。

母親になったのだから、頑張らないと。
ちゃんとしないと。
しっかりしないと。

そんな言葉を、私は自分の中で何度も繰り返していました。

今思えば、あの頃の私は「親になった喜び」と「親になる責任」の間で、心が追いつかなくなっていたのだと思います。

そして、その不安を誰かにうまく説明することもできず、まずは自分自身の中で抱え込んでいました。

待ち望んでいた妊娠なのに、なぜか不安も大きくなっていった

妊娠が分かった時、私はとても嬉しかったです。

「お母さんになれるんだ」
そう思うだけで、胸の奥があたたかくなるような気持ちがありました。

元々子どもが好きだったこともあり、子どもとの暮らしには前向きなイメージを持っていました。家族が増えること、赤ちゃんを迎えること、その一つひとつが楽しみで、妊娠初期は幸せな気持ちの方が大きかったと思います。

けれど、時間が経つにつれて、少しずつ現実味が増していきました。

赤ちゃん用品を準備したり、出産後の生活を考えたり、育児について調べたりする中で、私はだんだん「楽しみ」だけではいられなくなっていきました。

特に、衛生面や赤ちゃんの安全に関することが気になり始めると、どんどん神経質になっていきました。

これで大丈夫かな。
ちゃんと清潔にできているかな。
何か見落としていないかな。

小さなことまで気になってしまい、頭の中はいつも「失敗しないように」という気持ちでいっぱいでした。

本当は、もっとゆったり赤ちゃんを迎える準備を楽しみたかったのだと思います。
でもその頃の私は、楽しむよりも先に「ちゃんとしなきゃ」が出てきてしまっていました。

今振り返ると、それは赤ちゃんを大切に思っていたからこその不安でもありました。
ただ、その大切にしたい気持ちが強すぎて、自分自身を追い詰める方向に向かっていたのだと思います。

「いいお母さんにならなきゃ」が私を苦しくさせていた

私は昔から、物事を真面目に考えやすいところがありました。

何かを始める時も、できるだけ失敗しないように準備したい。
人に迷惑をかけないようにしたい。
ちゃんと期待に応えたい。

そんな気持ちが、子育てに対しても強く出ていたのだと思います。

さらに私は、保育士として子どもと関わってきた経験がありました。
だからこそ、心のどこかで「子どものことを分かっていて当然」「保育の仕事をしてきたのだから、母親としてもちゃんとできるはず」と思っていました。

周りからそう言われたわけではなくても、私は自分で自分にプレッシャーをかけていました。

「保育士なんだから、しっかりしなきゃ」
「子どもに迷惑をかけたらダメ」
「ちゃんとした母親にならなきゃ」

そんな思いが重なって、気づけば私は“いいお母さん”という見えない正解を追いかけていました。

でも、実際の子育ては思い通りにいかないことばかりです。

本で読んだ通りにいかない。
準備していたはずなのに戸惑う。
少しうまくいかないだけで、ひどく落ち込んでしまう。

そのたびに私は、「こんなことで悩むなんてダメだな」と自分を責めていました。

今なら少し違う見方ができます。
あの頃の私は、ダメだったのではなく、それだけ一生懸命だったのだと思います。

大切に育てたい。
悲しい思いをさせたくない。
温かい家庭をつくりたい。

その願いが強かったからこそ、「いいお母さんにならなきゃ」と自分を追い込んでいたのだと思います。

幸せなはずなのに涙が出る自分を責めていた

出産直後、我が子を見た時の愛しさは、今でもよく覚えています。

小さくて、やわらかくて、守ってあげたい存在。
やっと会えたという喜びもありました。

でもその一方で、急に大きな不安が押し寄せてきました。

この子をちゃんと育てられるのかな。
私が母親で大丈夫なのかな。
これから先、ちゃんと守っていけるのかな。

そんな思いが次々に湧いてきて、涙があふれました。

本当なら、幸せだけを感じていたい場面だったのかもしれません。
でも私の中には、幸せと不安が同時にありました。

そして私は、そのことにも戸惑っていました。

子どもが生まれて嬉しいはずなのに、どうしてこんなに不安なんだろう。
母親になったのに、どうしてこんなに弱いんだろう。
もっとしっかりしなきゃいけないのに。

そんなふうに、自分の感情にまでダメ出しをしていました。

眠れなかったり、疲れが取れなかったり、涙が出たり。
体も心もいっぱいいっぱいだったのに、私はそれを「頑張りが足りないから」と受け取っていたのだと思います。

でも今なら、あの時の自分にこう声をかけたいです。

「不安になってもいいよ」
「涙が出るくらい、大きな変化の中にいたんだよ」
「ちゃんと大切に思っているから、怖くなったんだよ」

親になった瞬間から、完璧な母親になれる人なんて、きっといないのだと思います。

私もまた、喜びと不安の間で揺れながら、少しずつ親になっていった一人でした。

「ちゃんとしなきゃ」が増えるほど、私らしさが見えなくなっていった

子どもが生まれてからの私は、毎日が初めての連続でした。

授乳、おむつ替え、寝かしつけ、泣いている理由を考えること。
ひとつひとつは小さなことのように見えても、当時の私にはどれも大きな責任に感じられました。

元々真面目に考えやすい性格だったこともあり、「これで合っているのかな」「もっと良いやり方があるのかな」と、いつも頭の中で答えを探していました。

育児本を読んだり、情報を調べたり、赤ちゃんのためにできることを増やそうとしたり。
一見すると前向きな行動のようですが、その根っこには「失敗したくない」「ダメな母親だと思われたくない」という不安がありました。

そして気づけば、私は自分の感覚よりも、“正しい母親像”のようなものを優先するようになっていました。

本当は疲れているのに休めない。
本当は不安なのに「大丈夫」と思い込もうとする。
本当は誰かに話を聴いてほしいのに、「母親なんだから頑張らないと」と自分に言い聞かせる。

そうやって過ごしているうちに、私の中の余裕は少しずつ減っていきました。

子どもを大切に思っているからこそ、ちゃんとしたい。
でも、ちゃんとしようとすればするほど、心が苦しくなっていく。

その矛盾に、私はなかなか気づけませんでした。

育児本を読むほど安心するはずが、逆に不安が増えていた

出産後の私は、少しでも不安を減らしたくて、育児本をたくさん読みました。

赤ちゃんの発達、授乳のこと、睡眠のこと、関わり方、声かけ、生活リズム。
知れば知るほど安心できるはずだと思っていました。

でも実際には、知識が増えるほど「ちゃんとできていないこと」ばかりが目につくようになっていきました。

本には理想的な流れが書いてあります。
けれど、目の前の赤ちゃんは本の通りにはいきません。

寝るはずの時間に寝ない。
泣き止むはずの方法で泣き止まない。
昨日うまくいったことが、今日はまったく通用しない。

そんなことがあるたびに、私は「私のやり方が悪いのかな」と落ち込んでいました。

本当は、育児本は困った時に助けてくれるもののはずです。
でもその頃の私は、そこに書かれていることを“守るべき正解”のように受け取っていました。

少しでも違うと不安になる。
うまくできないと、自分を責める。
もっと調べなきゃ、もっと頑張らなきゃと思う。

今思えば、私は安心するために情報を集めていたのに、いつの間にか情報に追い立てられていたのだと思います。

赤ちゃんを大切にしたい気持ちがあるからこそ、知ろうとする。
それ自体は悪いことではありません。

ただ、知識で不安を全部消そうとすると、かえって苦しくなることもあるのだと、後になって気づきました。

大事なのは、本に書かれた通りに完璧にこなすことではなく、目の前の子どもと自分の状態を見ながら、その時のちょうどいい形を探していくことだったのだと思います。

「普通の家庭」がわからないことへの引け目があった

私の中には、子育てそのものへの不安だけではなく、「温かな家庭をつくれるのかな」という不安もありました。

自分が育ってきた環境を振り返ると、私はどこかで「普通の家庭」というものがよくわからないと感じていました。

家族とはこういうもの。
親とはこうあるべき。
子どもにはこう接するべき。

そうした感覚に、自信が持てなかったのです。

だからこそ、母親になった私は余計に「ちゃんとしなきゃ」と思っていました。

子どもには寂しい思いをさせたくない。
安心できる家庭にしてあげたい。
温かい場所をつくってあげたい。

その思いは、私にとってとても大切な願いでした。

けれど同時に、「私にそれができるのかな」という不安も強くありました。

自分が経験してこなかったものを、自分の家庭でつくっていけるのだろうか。
私は親として間違えてしまわないだろうか。
知らないうちに、子どもに悲しい思いをさせてしまわないだろうか。

そんな思いが、心の奥にずっとありました。

今なら、その不安は私の弱さではなく、それだけ真剣に家庭を大切にしたかった証拠だったのだと思えます。

「普通」がわからないからこそ、私は必死に探していました。
どうしたら安心できる家庭になるのか。
どうしたら子どもがのびのび過ごせるのか。
どうしたら家族みんなが笑っていられるのか。

ただ、その答えを外側にばかり求めていた時期は、どうしても苦しくなってしまいました。

本当に必要だったのは、誰かが決めた普通に合わせることではなく、私たちらしい温かさを少しずつ見つけていくことだったのかもしれません。

不安を隠して頑張るほど、心の声が聞こえにくくなった

当時の私は、不安を感じている自分をあまり認めたくありませんでした。

母親になったのだから、しっかりしなきゃ。
子どもがいるのだから、弱音を吐いている場合じゃない。
保育の仕事をしてきたのだから、これくらいできて当然。

そんなふうに、自分の中で何度も言い聞かせていました。

でも、不安は「ないこと」にしようとしても、消えてくれるわけではありませんでした。

眠れなかったり、涙が出たり、疲れがたまったり。
体はちゃんとサインを出していたのに、私はそれを見ないようにしていたのだと思います。

少しでもうまくいかないことがあると、必要以上に落ち込みました。
張り切りすぎて空回りして、あとから自己嫌悪になることもありました。

それでも私は、「もっと頑張れば大丈夫」と思おうとしていました。

今振り返ると、あの頃の私に必要だったのは、さらに頑張ることではなかったのだと思います。

「怖いよね」
「不安だよね」
「ちゃんとしたい気持ちが強いんだよね」

そんなふうに、まず自分の心の声を静かに聴いてあげる時間が必要でした。

人は、不安を責められると、もっと苦しくなります。
でも、不安をそのまま受け止めてもらえると、少しずつ落ち着いていけることがあります。

それは、誰かに対してだけではなく、自分自身にも同じなのだと思います。

私はずっと、“ちゃんとした母親”になろうとしていました。
でも本当は、“不安な自分の声を聴ける私”になることも、子育ての中でとても大切なことだったのだと、少しずつ気づいていきました。

完璧な親を目指すより、私たちらしい温かさを大切にしたいと思えた日

子育ての不安を抱えながら過ごしていた私にとって、少しずつ心の向きが変わるきっかけになったのは、身近な家族の存在でした。

私は「ちゃんとしなきゃ」「失敗しちゃいけない」と、いつも肩に力が入っていました。
赤ちゃんのこと、家のこと、自分の体調のこと。
どれも大切だからこそ、気を抜いてはいけないような気がしていたのです。

でも、夫や義両親は、私よりもずっとおおらかに構えてくれていました。

「そんなに気にしなくても大丈夫」
「できる時にやればいいよ」
「赤ちゃんも、ちゃんと育っているよ」

そんな言葉や空気に触れるたび、私は少しずつ安心していきました。

最初は、そのおおらかさに戸惑うこともありました。
「本当にそんな感じでいいのかな」と思う自分もいました。

けれど、家族が笑っていたり、赤ちゃんが安心して眠っていたりする姿を見るうちに、私は少しずつ気づいていきました。

家庭に必要なのは、完璧なルールや正解ばかりではないのかもしれない。
多少うまくいかない日があっても、笑い合えること。
疲れた日は休めること。
「まぁ、いっか」と言える余白があること。

そういうものが、私の求めていた温かな家庭に近いのかもしれないと思うようになりました。

家族のおおらかさが、張りつめていた心をゆるめてくれた

私が不安でいっぱいだった頃、夫や義両親の存在はとても大きかったです。

自分では「もっと頑張らなきゃ」と思っているのに、周りの家族は思っていたよりもずっと穏やかに、赤ちゃんとの生活を受け止めてくれていました。

少し部屋が片づいていなくても、誰かが責めるわけではありませんでした。
予定通りに進まない日があっても、「そんな日もあるよね」と言ってくれる空気がありました。

私はそのたびに、少し拍子抜けするような気持ちになりました。

なぜなら、それまでの私は、失敗したら責められるような気がしていたからです。
ちゃんとしていないと、母親としてダメだと思われるような気がしていました。

でも実際には、家族は私の完璧さを求めていたわけではありませんでした。
むしろ、私が少しでも休めること、笑えること、無理をしすぎないことを大切にしてくれていたのだと思います。

そのおおらかさに触れるうちに、私は少しずつ肩の力が抜けていきました。

「こんなに頑張り続けなくてもいいのかな」
「少しできない日があっても、家族は壊れないのかな」
「完璧じゃなくても、温かい時間はつくれるのかな」

そんなふうに思える瞬間が増えていきました。

もちろん、すぐに不安がなくなったわけではありません。
長年身についた「ちゃんとしなきゃ」という考え方は、簡単には消えませんでした。

それでも、身近な人たちがゆるやかに支えてくれたことで、私は少しずつ「頑張りすぎなくても大丈夫」という感覚を取り戻していきました。

心理学を学ぶ中で、自分の本音に気づいていった

もうひとつ大きなきっかけになったのが、心理学を学び始めたことでした。

子育てのために何か正解を探したかったのかもしれません。
自分の不安を少しでも理解したかったのかもしれません。

学びを深めていく中で、私は少しずつ、自分の心の奥にあった本音に気づいていきました。

私はずっと、「普通の家庭」がわからないことに引け目を感じていました。
自分の育った家庭環境を振り返った時に、安心できる家庭や温かな親子関係というものに、強い憧れを持っていたのだと思います。

だから私は、子どもが生まれた時に必要以上に力が入っていたのかもしれません。

この子には寂しい思いをさせたくない。
安心できる場所をつくってあげたい。
私はちゃんとした親にならなきゃいけない。

そう思っていたけれど、その奥には、「私自身も温かな家庭を求めていた」という本音がありました。

そのことに気づいた時、少し胸がぎゅっとしました。
不安の正体が、ただの弱さではなかったと感じたからです。

私は怖かったのだと思います。
自分が知らないものを、子どもに与えられるのか。
自分が経験できなかった温かさを、これからつくっていけるのか。

でも同時に、気づいたこともありました。

過去に経験できなかったことがあっても、これから先の未来まで同じとは限らない。
私はもう、小さかった頃の私ではありません。
これからの家庭の形は、私たちで選び、つくっていくことができるのだと思えるようになっていきました。

正解を探すより、目の前の気持ちを聴くことを大切にしたい

それまでの私は、子育てにも家庭にも、どこかに正解があるような気がしていました。

いい母親とはこういうもの。
普通の家庭とはこういうもの。
子どもにはこう接するべき。

そんなふうに考えて、外側に答えを探していたのだと思います。

でも、家族のおおらかさや心理学の学びを通して、少しずつ考え方が変わっていきました。

大切なのは、誰かが決めた正解通りに生きることではなく、今ここにいる自分や家族の気持ちをちゃんと見つめることなのかもしれない。

子どもが泣いている時、私は何を感じているのか。
うまくいかなくて落ち込んだ時、本当は何が怖かったのか。
家族と過ごす中で、どんな時間を大切にしたいのか。

そうやって、自分の心に問いかけるようになりました。

以前の私は、不安を感じる自分に対して「まだ足りない」「もっと頑張らなきゃ」と言っていました。
でも少しずつ、「不安なんだね」「大切にしたいから怖いんだね」と、やわらかく受け止めることを意識するようになりました。

これは、私が人の話を聴く時にも大切にしている感覚と似ています。

すぐに答えを出そうとするのではなく、まずはその人の中にある気持ちを丁寧に受け止める。
言葉にならない思いにも、急かさず寄り添う。

それを、自分自身にも向けてあげることが必要だったのだと思います。

完璧な親になろうとするより、今の自分の気持ちを聴きながら、家族と一緒に少しずつ進んでいく。
その方が、私にはずっと自然で、あたたかい子育ての形に感じられるようになりました。

完璧な親じゃなくても、笑って過ごせる時間を大切にしたい

今でも、子育てに対するプレッシャーがまったくなくなったわけではありません。

子どもが生まれてから数年経った今も、「これでよかったのかな」「もっと違う関わり方ができたかな」と考えることはあります。

長年しみついていた完璧主義や、人からどう見られるかを気にする癖は、急に消えるものではありませんでした。

それでも以前の私と大きく違うのは、不安になった時に、すぐ自分を責めるだけではなくなったことです。

「また気にしすぎているな」
「大切にしたいから、こんなに考えているんだな」
「今日はうまくいかない日だっただけかもしれない」

そんなふうに、少し距離を置いて自分の気持ちを見られるようになってきました。

そして何より、自分や家族の笑顔を一番に考えたいと思うようになりました。

きれいに整った毎日ではなくてもいい。
予定通りにいかない日があってもいい。
完璧な対応ができない時があっても、それだけで親として失格になるわけではない。

「まぁ、いっか」
「いろんな時があるよね」

そう思える余白が、今の私にとってはとても大切です。

子育ては、正解を積み重ねるものではなく、家族で少しずつ形をつくっていくものなのだと思います。

私はこれからも、自分が大切にしたい軸を忘れずに、子どもと一緒に、家族と一緒に、ゆっくり進んでいきたいです。

「まぁ、いっか」と思える余白が、私を少し楽にしてくれた

以前の私は、何かうまくいかないことがあると、すぐに自分を責めていました。

今日は思ったように動けなかった。
子どもに優しくできない瞬間があった。
張り切りすぎて疲れてしまった。

そんな時、「私はまだまだダメだな」と落ち込んでいました。

でも今は、少しずつ「まぁ、いっか」と思える場面が増えてきました。

もちろん、投げやりになるという意味ではありません。
大切にしたいことまで手放すわけでもありません。

ただ、毎日すべてを完璧にしようとしなくてもいいのだと、自分に許可を出せるようになってきたのです。

部屋が少し散らかっていても、家族で笑えたならいい。
予定通りに進まなくても、子どもが安心して眠れたならいい。
うまく関われなかった日があっても、また次に向き合えばいい。

そう思えるようになると、心の中に少し空気が通るような感覚がありました。

完璧を目指していた頃の私は、いつも自分の足りないところばかり見ていました。
でも「まぁ、いっか」と思えるようになってからは、できなかったことだけでなく、できていることにも目を向けられるようになりました。

子どもを大切に思っていること。
家族の笑顔を願っていること。
不器用でも、毎日向き合おうとしていること。

それだけでも、ちゃんと積み重なっているのだと思います。

自分の気持ちを聴くことで、家族への向き合い方も変わっていった

親になってから、私は子どもの気持ちを大切にしたいと強く思っていました。

でもその一方で、自分自身の気持ちには、とても厳しかったように思います。

不安になってはいけない。
疲れたと言ってはいけない。
ちゃんとできない自分を見せてはいけない。

そんなふうに、自分の心の声を後回しにしていました。

けれど、自分の気持ちを少しずつ聴くようになってから、家族との向き合い方も変わっていきました。

「今、私は疲れているんだな」
「本当は不安だったんだな」
「ちゃんとしたい気持ちが強くなりすぎていたんだな」

そうやって自分の状態に気づけると、無理をしすぎる前に少し立ち止まれるようになりました。

そして、自分を責め続けるよりも、自分にやさしくした方が、結果的に家族にもやさしく向き合いやすくなるのだと感じました。

私が人の話を聴く時に大切にしているのは、すぐに良い悪いを決めつけず、その人の中にある気持ちをゆっくり受け止めることです。

その姿勢は、自分自身にも必要でした。

「そんなふうに思ったらダメ」と押し込めるのではなく、
「そう感じるくらい、頑張っていたんだね」と受け止める。

それだけで、張りつめていた心が少しゆるむことがあります。

自分の心に耳を傾けることは、わがままではありません。
家族を大切にするためにも、自分の気持ちを置き去りにしないことが必要なのだと、今は思っています。

私たちらしい温かな家庭を、これからも少しずつ育てていきたい

私がずっと求めていたのは、完璧な家庭ではなく、温かな家庭だったのだと思います。

子どもが安心して過ごせる場所。
失敗しても戻ってこられる場所。
疲れた時に、少しほっとできる場所。

そんな家庭をつくりたいという思いが、私の中にはずっとありました。

ただ以前の私は、その温かさをつくるためには、私がちゃんとした母親にならなければいけないと思っていました。

でも今は、少し違うように感じています。

温かな家庭は、誰か一人が完璧に頑張ってつくるものではないのだと思います。
家族で笑ったり、助け合ったり、時にはぶつかったりしながら、少しずつ育っていくものなのかもしれません。

私にはまだ、完璧主義や他人軸が顔を出す時があります。

人からどう見られるかが気になったり、必要以上に頑張りすぎたり、あとから自己嫌悪になることもあります。

それでも、以前よりは自分の軸に戻ってこられるようになりました。

「私は何を大切にしたいんだろう」
「この子に、どんな時間を手渡したいんだろう」
「家族でどんなふうに過ごせたら幸せなんだろう」

そう問いかけながら、これからも進んでいきたいです。

親になったプレッシャーに苦しくなった経験は、決して簡単なものではありませんでした。
けれどその経験があったからこそ、私は自分の心の声や、家族との温かな時間を大切にしたいと思えるようになりました。

完璧な親ではなくてもいい。
私たちらしい形で、笑ったり、迷ったり、また立ち止まったりしながら、これからも家庭を育てていきたいです。

親になったプレッシャーをひとりで抱えすぎないで

親になったからといって、最初から何でもできるようになるわけではありません。

子どもを大切に思うからこそ不安になることもありますし、「ちゃんとしなきゃ」と思うほど、心が苦しくなることもあると思います。

私自身も、我が子への愛しさと同時に、大きなプレッシャーを感じていました。
幸せなはずなのに涙が出たり、少しうまくいかないだけで落ち込んだり、「私は母親として大丈夫なのかな」と何度も考えたりしていました。

でも今は、完璧な親を目指すよりも、家族で笑える時間や、自分たちらしい温かさを大切にしていきたいと思っています。

もし今、同じように子育ての不安や親になったプレッシャーを抱えているなら、まずはその気持ちを責めないでほしいです。

「不安になるくらい、大切にしたいんだな」
「ちゃんと向き合おうとしているから、苦しくなっているんだな」

そんなふうに、自分の心に少しやさしく声をかけてあげるだけでも、張りつめた気持ちが少しゆるむことがあります。

それでも、ひとりで考え続けると苦しくなってしまう時は、誰かに話してみることも大切です。

子育てのこと、親としての不安、自分の中にある完璧主義や「ちゃんとしなきゃ」という思い。
言葉にしてみることで、少しずつ気持ちが整理されていくこともあります。

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「今の気持ちを少し整理したい」と思った時に、無理のないタイミングでご利用ください。

完璧な親になろうとしなくても大丈夫です。
あなたとご家族にとっての、あたたかい形を一緒に見つけていけたらと思います。

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