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介護と仕事の両立に悩んだ私の体験談|介護離職の前に考えたいこと

介護と仕事の両立に悩んだ私の体験談|介護離職の前に考えたいこと

介護と仕事の両立。

この言葉だけを見ると、「制度を使えば何とかなる」「家族で協力すれば乗り越えられる」と思われるかもしれません。
けれど実際にその渦中に入ると、そんなに簡単に割り切れるものではありませんでした。

私の場合、母の難病が悪化し、入院が長期化したことが始まりでした。
歩くことが難しくなり、せん妄の症状も見られるようになり、遠方で一人暮らしを続けることは難しいと病院から言われました。

当時の私は、娘2人と3人暮らし。
コールセンターでフルタイム勤務をしながら、日々の生活を何とか回している状態でした。

そこに突然、母を自宅に迎える準備、通院の付き添い、介護の手続き、仕事への影響が一気に重なってきました。

「これはもう、仕事を辞めるしかないのかな」

何度もそう考えました。

でも同時に、仕事を辞めたら生活はどうなるのか。
子どもたちとの暮らしを守れるのか。
母のことも、仕事のことも、家のことも、全部私が何とかしなければいけないのではないか。

そんな思いが頭の中をぐるぐる回り、夜になってもなかなか眠れない日が続きました。

今振り返ると、あの頃の私は答えを急ぎすぎていたのだと思います。
本当は、すぐに結論を出す前に、自分の不安や焦りをそのまま受け止める時間が必要でした。

話がまとまっていなくてもいい。
弱音になってもいい。
沈黙してしまう時間があってもいい。

そんなふうに、自分の心の声を急かさずに聴くことができていたら、もう少し早く「一人で抱え込まなくていい」と気づけたのかもしれません。

この記事では、私が親の介護と仕事、子育ての間で悩みながら、介護離職の前に立ち止まり、周りの力を借りながら新しい家族の形を見つけていった体験をお話しします。

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投稿者プロフィール

佐藤 公俊
佐藤 公俊心理カウンセラー
■ 一言キャッチコピー

「ストレス・人間関係・自己肯定感の悩みに寄り添い、“考え方のクセ”を整える心理カウンセラー」

■ 経歴・実績

・心理カウンセラーとして活動
・ストレス、不安、うつ傾向、人間関係の悩みなど幅広く対応
・オンラインを中心にカウンセリングを提供
・人材紹介会社にてキャリアコンサルタントとして転職相談に従事

■ 保有資格

・産業カウンセラー

■ 主な相談内容

・ストレス・メンタル不調(不安・うつ・気分の落ち込み)
・人間関係の悩み(職場・家族・恋愛)
・自己肯定感の低さ・自己否定
・HSP気質・繊細さによる生きづらさ
・仕事の悩み・キャリアの迷い

■ カウンセリングの特徴(強み)

・安心して話せる「否定しないカウンセリング」
・ストレスや不安の原因を一緒に整理
・自分でも気づきにくい“考え方のクセ(認知の歪み)”に気づくサポート
・日常で実践できる具体的な対処法の提案

■ アプローチ方法

・クライアント中心療法(来談者中心療法)
・認知行動療法(CBT)をベースに、思考の偏り(認知の歪み)に気づき、整理するサポート
・感情・思考・行動のつながりを一緒に見える化

■ カウンセラーになったきっかけ

子どもの頃から、自分の気持ちや「嫌だ」という思いをうまく言えない環境で育ちました。
その影響もあり、大人になってからも、自分の考えを伝えることに難しさを感じることがありました。

人材紹介会社でキャリアコンサルタントとして転職相談に関わる中で、
さまざまな悩みを抱える方のお話を聴く機会が増えていきました。

その中で、自分がこれまで感じてきた以上に、深い苦しさや生きづらさを抱えている方が多くいることを実感しました。

「一人で抱え込んでいる方の力になりたい」
そう思うようになったことが、心理カウンセラーを目指すきっかけです。

■ 大切にしていること

・安心して本音を話せる場づくり
・否定せず、そのままを受け止めること
・一人ひとりの価値観やペースを尊重すること

■ メッセージ

ストレスや不安、人間関係の悩みの多くは、
自分でも気づかない“考え方のクセ”が影響していることがあります。

一緒にそのパターンに気づき、少しずつ整理していくことで、
気持ちは確実に楽になっていきます。

「こんなことで相談していいのかな?」という段階でも大丈夫です。
安心して話せる場所としてご利用ください。

目次

突然始まった親の介護。仕事を辞めるしかないと思った日

母の難病が悪化したと聞いたとき、最初は「入院して治療すれば、また元の生活に戻れるのではないか」と、どこかで思っていました。

けれど、入院は長くなり、歩くことが難しくなり、せん妄の症状も出るようになりました。遠方で一人暮らしを続けていた母にとって、これまで通りの生活を続けることは難しい。病院からも、今後は一人暮らしの継続は厳しいと言われました。

その言葉を聞いたとき、頭では状況を理解しようとしているのに、心が追いついていきませんでした。

当時の私は、娘2人と3人暮らし。コールセンターでフルタイム勤務をしていて、毎日の生活を回すだけでも精いっぱいでした。

そこに、母の退院後の生活、引っ越し、通院、介護の準備、仕事の調整が一気に重なりました。

「私が何とかしなければ」

そう思う一方で、仕事を休む日が増え、職場にも迷惑をかけているような気がしていました。家族を守るためには収入も必要です。でも、母の安全を考えると、これまで通り働き続けることも難しい。

その板挟みの中で、私は何度も「仕事を辞めるしかないのかもしれない」と考えるようになりました。

今振り返ると、あの時の私は、まだ誰にも十分に話せないまま、ひとりで答えを出そうとしていたのだと思います。

母の入院が長引き、生活が一気に変わり始めた

母の入院が長引くにつれて、私の中には少しずつ現実味のある不安が増えていきました。

最初は、病院にいてくれることに安心する気持ちもありました。専門の人たちが見守ってくれている。治療を受けられている。だから、今はきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせていました。

でも、時間が経つにつれて、母の状態はすぐに元に戻るものではないのだと分かってきました。

歩行が難しくなり、日常生活の中で見守りが必要になっていく。せん妄の症状もあり、本人の言葉や行動に戸惑うこともありました。以前の母を知っているからこそ、「どうしてこんなふうに」と思ってしまう瞬間もありました。

そして、遠方で一人暮らしをしていた母が、もうそのまま生活を続けることは難しいと分かったとき、私の生活も大きく変わることになりました。

母を自宅に迎える。

言葉にすると短いですが、実際には簡単なことではありません。家の中の環境を整えること、必要なものを準備すること、病院や関係機関とのやり取り、引っ越しの段取り。考えることは次から次へと出てきました。

それでも私は、立ち止まるより先に動こうとしていました。

「早く決めなきゃ」
「ちゃんと準備しなきゃ」
「母が困らないようにしなきゃ」

そんな思いばかりが強くなって、自分の気持ちを置き去りにしていたように思います。

本当は、驚きも不安もありました。怖さもありました。けれど、その気持ちをゆっくり感じる余裕がありませんでした。

子育てと仕事の毎日に、介護の準備が重なった

当時の私は、娘2人と暮らしながら、フルタイムで働いていました。

仕事が終われば家のことがあり、子どもたちのことがあり、翌日の準備があります。特別なことをしていなくても、毎日はあっという間に過ぎていきます。

そんな日常の中に、母の介護の準備が入ってきました。

病院からの連絡を受ける。今後の生活について考える。必要な手続きを調べる。仕事の休みを調整する。母を迎えるために家の中を見直す。

ひとつひとつは必要なことです。けれど、それが積み重なると、心も体も休まる時間が少なくなっていきました。

仕事中も、ふと母のことが頭に浮かびます。
家にいても、仕事のことが気になります。
子どもたちと過ごしていても、「この先どうなるんだろう」と考えてしまいます。

どこにいても、何かを置き忘れているような感覚がありました。

そして、仕事を休むことが増えてくると、職場への申し訳なさも強くなりました。自分ではどうにもできない事情だと分かっていても、「迷惑をかけているのではないか」と思ってしまうのです。

でも、仕事を辞めることを考えると、それはそれで大きな不安がありました。

収入がなくなったら生活はどうなるのか。
子どもたちとの暮らしは守れるのか。
母の介護を続けるためのお金はどうするのか。

どちらを向いても、不安がありました。

この頃の私は、誰かに相談する前に、まず自分の中で何とか答えを出そうとしていました。けれど、今なら分かります。生活が大きく変わるときほど、ひとりで考え続けるだけでは苦しくなってしまうのだと思います。

「私が何とかしなきゃ」が自分を追い込んでいた

母のことを考えるたびに、私の中には「私が何とかしなきゃ」という言葉がありました。

母は遠方で一人暮らし。状態はすぐに良くなるわけではない。これからの生活を考えるなら、家族である私が動くしかない。そう思っていました。

もちろん、母を大切に思う気持ちは本当です。できることをしたいという思いもありました。

けれど、その気持ちがいつの間にか、自分を追い込む言葉になっていたのだと思います。

「私が決めなきゃ」
「私が準備しなきゃ」
「私が仕事も家も介護も何とかしなきゃ」

そう考えれば考えるほど、周りに頼る選択肢が見えにくくなっていきました。

本当は、分からないことだらけでした。介護の制度も、使えるサービスも、仕事を続けるための方法も、最初から知っていたわけではありません。

でも、分からないと言うことさえ、当時の私には少し怖かったのかもしれません。

しっかりしなければ。
母を不安にさせてはいけない。
子どもたちの前でも弱音を吐いてはいけない。

そんなふうに思って、気づけば自分の不安を後回しにしていました。

夜になると、考えごとが止まらず、なかなか眠れない日もありました。体は疲れているのに、頭だけがずっと動いているような感覚でした。

今思うと、あの時に必要だったのは、すぐに完璧な答えを出すことではありませんでした。

まずは、「不安だよね」「ひとりで抱えるには大きすぎるよね」と、自分の気持ちをそのまま受け止めることだったのだと思います。

仕事も介護も中途半端になる気がして、眠れなくなっていった

母を自宅に迎える準備が進むにつれて、私の中には安心よりも不安の方が大きくなっていきました。

もちろん、母がひとりで遠方にいるよりは、近くで見守れる方がいい。そう頭では分かっていました。
けれど実際には、仕事、子育て、家事、介護の準備が一気に重なり、毎日がぎゅうぎゅうに詰まっていくような感覚がありました。

職場には急な休みや調整をお願いすることが増えました。
家では子どもたちとの生活を守りながら、母を迎えるための環境づくりも必要でした。

どれも大切なことなのに、どれも十分にできていない気がする。

その思いが、私を少しずつ苦しくさせていきました。

仕事をしていても母のことが気になり、母のことを考えていると仕事への申し訳なさが出てくる。子どもたちと過ごしていても、これからの生活やお金のことが頭から離れない。

「このままでは全部だめになってしまうかもしれない」

そんな不安が、夜になると強くなりました。

布団に入っても、頭の中では次の日にやることや、これから起こるかもしれないことばかり考えてしまいます。体は疲れているのに、気持ちが休まらない。眠らなければと思うほど、余計に眠れなくなっていきました。

今思えば、あの頃の私は「ちゃんとしなければ」という気持ちで、自分の限界に気づかないふりをしていたのだと思います。

休みが増えるたびに、職場への申し訳なさが大きくなった

母の状態が変わっていく中で、仕事を休まなければならない日が増えていきました。

病院とのやり取り、今後の生活についての相談、引っ越しの準備、介護に必要な手続き。
どれも後回しにできるものではありませんでした。

それでも、仕事を休む連絡をするたびに、胸の奥が重くなるような感覚がありました。

「また迷惑をかけてしまう」
「周りの人に負担をかけているかもしれない」
「私だけ特別扱いしてもらっているように思われないかな」

そんなことを考えてしまい、必要な休みであっても、素直に休むことができませんでした。

本当は、家族の状況が大きく変わっているのだから、仕事の調整が必要になるのは自然なことです。
でも当時の私は、休むことを「申し訳ないこと」として受け止めていました。

職場で働いている時間も、どこか落ち着きませんでした。
母のことが気になる一方で、仕事に集中しきれていない自分にも焦りを感じていました。

そして、そういう焦りがあると、小さなミスや遅れにも敏感になります。
いつもなら流せることでも、「やっぱり今の私はちゃんとできていない」と感じてしまうのです。

仕事を続けたい気持ちはありました。生活のためにも、子どもたちのためにも、収入は必要でした。
でも、母の介護を考えると、これまでと同じ働き方を続けるのは難しい。

その間で気持ちが揺れ続けていました。

今振り返ると、あの時の私は「迷惑をかけないこと」ばかり考えていました。
でも本当に必要だったのは、迷惑をかけずに全部抱えることではなく、今の状況を正直に伝えて、できる形を一緒に考えることだったのだと思います。

子育て中の不安と、介護の不安が重なっていった

私は当時、娘2人と暮らしていました。

子どもたちとの毎日は、楽しいこともたくさんあります。
でも同時に、食事、学校や生活の準備、家のこと、体調管理など、気にかけることはたくさんあります。

そこに母の介護が加わったことで、私の中の不安は一気に大きくなっていきました。

母を自宅に迎えるということは、家族の形が変わるということでもあります。
部屋の使い方、生活リズム、食事、移動、見守り。これまでの暮らしをそのまま続けることはできません。

「子どもたちは、この変化をどう感じるだろう」
「母は安心して暮らせるだろうか」
「私ひとりで、みんなの生活を守れるのだろうか」

そんなことを何度も考えました。

母のことも大切です。
子どもたちの生活も大切です。
そして、自分自身の仕事や生活も大切です。

でも、その全部を同じように大切にしようとすると、何から手をつければいいのか分からなくなっていきました。

当時の私は、どこかで「家族のことは自分が何とかするもの」と思っていたのだと思います。
だから、誰かに頼るより先に、自分がもっと頑張ればいいと考えていました。

けれど、頑張れば頑張るほど、心の余裕はなくなっていきました。

子どもたちに普通に接したいのに、頭の中は介護のことでいっぱい。
母に優しくしたいのに、先の見えない不安で気持ちが張りつめている。

そんな自分に気づくたびに、また落ち込んでいました。

今なら、家族を大切にしたい気持ちがあるからこそ、不安になるのだと分かります。
不安があることは、弱さではありません。大切なものが多いからこそ、心が揺れるのだと思います。

「辞めるしかない」と思うほど、視野が狭くなっていた

母の介護が現実になっていく中で、私は何度も「仕事を辞めるしかないのかもしれない」と考えました。

自宅での介護、通院の付き添い、遠方からの引っ越し、見守りが必要な生活。
ひとつひとつを考えると、今まで通り働くことは無理に思えました。

仕事を続けたい気持ちはありました。
生活のためにも、収入は必要です。
子どもたちとの暮らしを守るためにも、簡単に手放せるものではありません。

それでも、母の状況がすぐに改善するわけではないと分かるほど、「続ける」という選択肢が遠く感じられました。

この頃の私は、答えを早く出さなければいけないと思っていました。
辞めるのか、続けるのか。
介護を優先するのか、仕事を優先するのか。

まるで、どちらかひとつを選ばなければいけないような気持ちになっていました。

でも本当は、その間にも選択肢はあったのだと思います。

休む。
相談する。
制度を調べる。
介護サービスを使う。
働き方を一時的に見直す。
周りの人に状況を伝える。

当時の私は、その選択肢にまだ十分気づけていませんでした。

焦っているときほど、人は「これしかない」と思いやすくなります。
私もまさにそうでした。

仕事を辞めることが悪いわけではありません。転職が必要な場合もあります。
ただ、追い詰められた状態で大きな決断をすると、あとから「もっと他の方法もあったのかもしれない」と感じることもあります。

だからこそ、あの時の私に伝えられるなら、こう言いたいです。

すぐに答えを出さなくてもいい。
立ち止まることは、逃げることではない。
まずは今の苦しさを誰かに話して、一緒に整理してもらってもいいのだと。

立ち止まってみたら、仕事を辞める以外の選択肢が見えてきた

母を自宅に迎える準備を進め、短期の介護休暇を使いながら、看護や介護、引っ越しの手続きを何とか終えました。

ひとつ終われば少し落ち着くと思っていましたが、実際にはそう簡単ではありませんでした。
母との新しい生活は始まったばかりで、見守りや通院、家の中での動き方など、考えることはまだたくさんありました。

職場復帰についても、すぐに「大丈夫です」と言える状態ではありませんでした。

仕事に戻りたい気持ちはありました。
生活のためにも、働き続けることは必要でした。

でも、母の状態が安定していない中で、以前と同じように働けるのかと考えると、不安の方が大きかったのです。

そんなとき、介護休業を使って状況が改善した場合には復職できる、という話をいただきました。

その言葉を聞いたとき、張りつめていた気持ちが少しゆるんだのを覚えています。

「今すぐ辞めるか続けるかを決めなくてもいいんだ」
「一度立ち止まって考える時間を持ってもいいんだ」

そう思えたことは、私にとって大きな転機でした。

焦って決めようとしていたときは、仕事を辞めることしか見えていませんでした。
でも、少し時間を置いて考えられるようになると、制度を使うこと、周りに相談すること、介護サービスを取り入れることなど、他にもできることがあると気づいていきました。

立ち止まることは、逃げることではありませんでした。
むしろ、これからの生活を守るために必要な時間だったのだと思います。

介護休業という選択肢が、私の心に余白をくれた

介護休業という言葉は知っていても、実際に自分が使うことになるとは思っていませんでした。

それまでは、母の介護が必要になった時点で、「仕事を辞めるしかない」と考えていました。
通院の付き添い、生活の見守り、家の中の準備、遠方からの引っ越し。どれも簡単に人任せにできるものではなく、働きながら全部をこなすのは無理だと感じていたからです。

でも、介護休業を使えば、すぐに退職という結論を出さずに、一定期間立ち止まることができる。
その間に母の状態を見て、介護サービスを整えて、自分の働き方も考え直せる。

そう分かったとき、少しだけ息がしやすくなりました。

もちろん、休業を取ることにも不安はありました。
収入のこと、職場への申し訳なさ、復帰できるのかという心配。考え始めると、また不安は出てきます。

それでも、「辞める」か「無理して続ける」かの二択ではないと知れたことは、とても大きかったです。

あの頃の私は、焦れば焦るほど視野が狭くなっていました。
今すぐ決めなければ。私が全部何とかしなければ。そんな思いでいっぱいでした。

でも、制度を使うことは甘えではありません。
家族の状況が大きく変わったとき、自分の生活を守りながら対応するための大切な選択肢です。

介護休業は、私に「考える時間」をくれました。
その時間があったからこそ、母のことだけでなく、自分のこれからの働き方や家族の暮らし方についても、少しずつ整理できるようになっていきました。

介護サービスを使い始めて、一人で抱えなくていいと気づいた

母との生活が始まると、想像していた以上に気を張る場面が多くありました。

転ばないだろうか。
夜に混乱しないだろうか。
通院はどうするか。
家の中で安全に過ごせるだろうか。

母を大切に思っているからこそ、少しのことでも気になりました。

でも、全部を私だけで見守ろうとすると、心も体もすぐにいっぱいになってしまいます。
母のことを考えながら、子どもたちの生活を整え、自分の仕事のことも考える。どれも大事だからこそ、優先順位が分からなくなることもありました。

そんな中で、介護サービスを利用し始めたことは大きな助けになりました。

最初は、サービスを使うことに少し戸惑いもありました。
家族なのに、人に頼っていいのだろうか。私がもっと頑張るべきではないのか。そんな気持ちもありました。

けれど、ケアマネージャーさんとの出会いをきっかけに、少しずつ考え方が変わっていきました。

介護は、家族だけで抱え込むものではない。
母が安心して暮らすためにも、私が倒れないためにも、周りの力を借りることは必要なことなのだと感じるようになりました。

誰かに話すことで、自分では見えていなかった選択肢に気づくことがあります。
困っていることを言葉にするだけで、頭の中が少し整理されることもあります。

私はこの経験を通して、「話すこと」は問題をすぐに解決するためだけのものではないと感じました。

不安な気持ちをそのまま出してもいい。
まとまっていないまま話してもいい。
答えが出ていなくても、誰かと一緒に考えていけばいい。

そう思えるようになったことで、少しずつ肩の力が抜けていきました。

完璧な介護を目指すより、失敗しながら整えていくことにした

母との同居が始まったばかりの頃、私は「うまくやらなければ」と思いすぎていました。

母が安心できるように。
子どもたちが不安にならないように。
家の中がスムーズに回るように。
仕事のことも、これからの生活のことも、ちゃんと考えられるように。

新しい生活を良い形でスタートさせたいという責任感がありました。

でも、その責任感が強すぎて、母も私もお互いに気を使いすぎてしまいました。
親子なのに、どこか遠慮している。言いたいことを飲み込んでしまう。無理に明るくしようとして、かえって疲れてしまう。

そんな時間もありました。

最初からうまくいく生活なんて、なかなかありません。
頭では分かっていても、当時の私は「失敗してはいけない」と思っていました。

けれど、少しずつ気づいていきました。

今も昔も、私たちは親子です。
介護が始まったからといって、急に完璧な支える側、支えられる側になれるわけではありません。

気を使いすぎる日もある。
言い方を間違える日もある。
思ったようにできずに落ち込む日もある。

それでも、そのたびに少しずつ直していけばいいのだと思えるようになりました。

完璧な生活には、きっと正解がありません。
家族の数だけ形があり、その時の体調や状況によっても変わっていきます。

だから私は、完璧を目指すよりも、失敗しながら整えていくことを選ぶようになりました。

母の状態を見ながら、使えるサービスを考える。
私自身の疲れにも気づく。
子どもたちの生活も大切にする。
全部を一度に整えようとせず、今できることを一つずつ見直していく。

そう考えられるようになってから、介護生活は少しだけ柔らかいものになっていきました。

介護も仕事も、変化に合わせて形を変えていけばいい

母との生活が始まった頃は、目の前のことで精いっぱいでした。

転ばないように、通院に行けるように、家の中で安心して過ごせるように。
そして、子どもたちの生活も守れるように。

考えることが多すぎて、「この生活はいつ落ち着くのだろう」と思う日もありました。

けれど、介護サービスを利用し、ケアマネージャーさんと相談しながら整えていく中で、少しずつ生活の形が見えてきました。母の病状も落ち着き、要介護3から要介護2に改善しました。リハビリも進み、歩行器を使って歩けるようになったことは、私にとっても大きな喜びでした。

もちろん、すべてが思い通りになったわけではありません。

私はその後、資格を取得し、お世話になった職場を退職しました。そして、介護と両立しやすい職場へ転職しました。時間的な余裕はできましたが、給与は以前より減りました。今はWワークも検討しています。

さらに、母には難病とは別の病気も見つかり、介護生活は今も日々変化しています。

それでも私は、以前のように「私が全部何とかしなければ」と思い詰めることは少なくなりました。

介護も仕事も、一度決めた形をずっと続けなければいけないわけではありません。
家族の状態が変われば、働き方も暮らし方も見直していい。

完璧な正解を探すより、今の生活に合う形をその都度考えていくことが大切なのだと感じています。

要介護3から要介護2へ。少しずつ戻ってきた母の安心

母を自宅に迎えたばかりの頃は、先のことを考える余裕がほとんどありませんでした。

歩くことが難しく、見守りが必要で、せん妄の症状もありました。これからどこまで回復するのか、どんな生活になるのか、私には分からないことばかりでした。

それでも、介護サービスを利用し、リハビリを続け、生活の環境を少しずつ整えていく中で、母の状態は少しずつ落ち着いていきました。

要介護3だった母は、要介護2に改善しました。
歩行器を使いながら、自分の足で歩ける場面も増えていきました。

その姿を見たとき、私はとても安心しました。

もちろん、以前とまったく同じ生活に戻ったわけではありません。できることと、手助けが必要なことはあります。体調によっても、日によっても違います。

それでも、母が「自分でできること」を少しずつ取り戻していく姿は、家族にとって大きな希望でした。

母自身も、安心できる環境の中で、少しずつチャレンジできるようになっていきました。

介護というと、どうしても「支える側が頑張るもの」と考えがちです。
でも実際には、支える側だけでなく、支えられる側もまた、新しい生活に慣れようとしています。

母もきっと、不安だったと思います。
できなくなったことに戸惑い、家族に気を使い、自分の居場所を探していたのだと思います。

だからこそ、急がなくていいのだと感じました。

できる日もあれば、できない日もある。
進んだように見える日もあれば、戻ったように感じる日もある。

それでも、少しずつ積み重ねていけば、生活は変わっていきます。

母の変化を通して、私は「介護は一方的に支えるものではなく、一緒に生活を作り直していくもの」なのだと感じるようになりました。

転職を選んで、家族に合う働き方を考え直した

介護休業を取り、母との生活を整えていく中で、私は自分の働き方についても考えるようになりました。

生活のために仕事は必要です。
そして、私自身にとっても、働くことは大切なことでした。

けれど、以前と同じ働き方を続けることが、今の家族の状況に合っているのか。そこは、何度も考えました。

母の通院や体調の変化、家での見守り。
子どもたちとの生活。
自分自身の体力や気持ち。

すべてを考えたとき、これまでとまったく同じペースで働き続けることは、難しいと感じるようになりました。

その後、私は資格を取得しました。
そして、お世話になった職場を退職し、介護と両立しやすい職場へ転職しました。

退職を決めることには迷いもありました。職場には感謝もありましたし、収入面の不安もありました。実際、転職後は以前より給与が減り、今はWワークも検討しています。

だから、転職したことがすべての解決だったとは思っていません。

ただ、時間的な余裕ができたことで、母のこと、子どもたちのこと、自分のことを少し落ち着いて考えられるようになりました。

仕事を辞めることも、続けることも、転職することも、それぞれに不安があります。
どれが正解かは、その人の生活や家族の状況によって変わるのだと思います。

大切なのは、追い詰められたまま一人で決めないこと。

今の生活に何が必要なのか。
どこを助けてもらえるのか。
どんな働き方なら続けられそうなのか。

そうやって少しずつ整理していくことで、自分に合う選択が見えやすくなるのだと思います。

私にとって転職は、キャリアをあきらめることではありませんでした。
家族の変化に合わせて、自分の働き方を組み直すための選択でした。

ひとりで抱え込まず、新しい家族の形を一緒に考えていく

介護生活は、今も続いています。

母の状態は落ち着いた部分もありますが、新たな病気が見つかるなど、また別の心配も出てきました。介護は、一度整えたら終わりというものではありません。

体調、家族の状況、仕事、お金、気持ち。
いろいろなものが少しずつ変化していきます。

だからこそ、私は「その時々で見直していい」と思うようになりました。

最初の頃の私は、家族のことは自分が何とかしなければと思っていました。
でも今は、周りの人を巻き込んで、一緒に考えることの大切さを感じています。

ケアマネージャーさんに相談する。
職場に状況を伝える。
家族の中で話す。
自分の疲れや不安も、なかったことにしない。

そうやって言葉にしていくことで、ひとりでは見えなかった道が見えてくることがあります。

もちろん、話したからといって、すぐに全部が解決するわけではありません。
でも、誰かに話すことで、心の中に少し余白が生まれることがあります。

私はこの経験から、話を聴いてもらう時間の大切さを改めて感じました。

まとまっていない気持ちでもいい。
弱音が混ざっていてもいい。
何から話せばいいか分からなくてもいい。

言葉にしながら、自分の本音に気づいていくことがあります。

介護もキャリアも、どちらかを完全にあきらめなければいけないわけではありません。
生活が変われば、選び方も変わっていい。

もし今、親の介護と仕事の間で悩んでいるなら、どうか一人で背負いすぎないでほしいです。

あなたの生活を大切にしながら、あなたらしい新しい家族の形を、少しずつ一緒に見つけていけたらと思います。

介護も仕事も、一人で抱え込まないために

介護と仕事の両立は、頭で考えている以上に心も体も使います。

「仕事を辞めるしかないのかな」
「家族のことは私が何とかしなきゃ」
「でも、このままでは自分の生活も苦しくなってしまう」

そんなふうに、答えの出ない不安を抱えながら毎日を過ごしている方もいるかもしれません。

私自身も、母の介護が始まったとき、すぐに正解を出そうとして苦しくなりました。
けれど、立ち止まって考える時間を持つこと、周りの人に相談すること、制度やサービスを使うことは、決して逃げではありませんでした。

介護も仕事も、家族の形も、状況に合わせて変えていっていいのだと思います。

今の悩みを一度整理したい方、これからの働き方や家族との向き合い方を考えたい方は、LINE公式アカウントの友だち追加から、予約の手続きができます。

難しく考えすぎず、「少し話を整理してみようかな」と思ったタイミングでご利用ください。

あなたの生活を大切にしながら、無理のない一歩を一緒に見つけていけたらと思います。

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