60代夫婦のペットロス|愛犬を亡くした悲しみとこれからの暮らしを考えた相談事例

家族の一員として長い時間を一緒に過ごしてきた愛犬を亡くしたとき、その悲しみは簡単に言葉にできるものではありません。
今回ご相談くださったのは、関東にお住まいの60代女性、Cさんです。対面でお話をお聴きし、担当は田中はるが務めました。相談テーマは、愛犬を亡くしたことによるペットロスです。
Cさんは、ご夫婦と息子さん、そして愛犬と暮らしていました。しかし、愛犬を病気で亡くし、さらに息子さんが地方の会社へ就職して実家を離れるタイミングも重なりました。
愛犬がいない寂しさ。息子さんが独立したあとの静かな家。朝起きたときに、その現実を突きつけられるようで、何をしていても涙が出て止まらなくなってしまったそうです。
「泣かずに穏やかに暮らしたい」
「仕事もあるから、早く元気にならないといけない」
そう思う一方で、心の中では「悲しい」「寂しい」「つらい」「もう一度会いたい」という気持ちが何度も繰り返されていました。
お話の中では、悲しみを急いで整理しようとするのではなく、まずはCさんの中にある後悔や寂しさを、そのまま大切にお聴きしました。話がまとまっていなくても、涙が出ても大丈夫。大切な存在を失ったあとに揺れる気持ちは、無理に消そうとしなくてもいいものです。
この記事では、60代夫婦のペットロスと、息子さんの独立が重なったCさんの相談事例をもとに、悲しみとの向き合い方や、これからの夫婦の暮らしを少しずつ考えていった過程をご紹介します。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■ 待機時間:月・火・水・木・金 11時~15時/19時~21時(月曜は隔週)
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■ 年齢:40代
■ キャッチコピー:安心できる雰囲気でゆっくり丁寧にお聴きします。
■ 得意なテーマ
- ペットロス・グリーフケア(死別や離別による悲嘆反応)
- 身近な人間関係の悩み(親子・配偶者やパートナー・女性同士など)
- とにかく話を聴いてほしいとき
■ 聴き方・スタイル
- お相手のペースに合わせてゆっくり聴きます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- 否定せず、穏やかに受け止めます
- 沈黙も気まずくしないスタイルです
■ 経験
- 自分自身のペットロスとグリーフの経験によりグリーフケアを学び、対象別自助グループ傾聴ボランティアに参加(ペット・配偶者やパートナー・子ども・親・きょうだいを亡くされた方々が参加する会)
- 死別経験(妊娠後期流産・義父・義母・父・愛犬)
- 病気で介護状態になった父の身元引受人の経験
- 結婚生活20年以上
- 犬の飼育経験
- 子育て経験
- 両親の離婚や母の再婚により複雑な家庭環境で過ごした経験
- 資格・認定:認定傾聴カウンセラー/グリーフケア心理カウンセラー/ペットロス専門士/グリーフ専門士/グリーフケア・アドバイザー/心のサポーター/かかわり愛サポーター
■ 大切にしていること
- どんなお話も否定しません
- 話したくないことは無理に聞きません
- 気持ちが整理されていなくてもそのままで大丈夫
- 泣いても沈黙してもOK
■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:犬/お花/映画やドラマ鑑賞
- よく言われる性格:「やさしい」「落ち着いている」「話しやすい」「頼もしい」
- ちょっとしたこだわり:自分時間を大切にしてコーピングを増やすこと
- 聴き手としての密かな強み:「お相手の気持ちを受け止め共感すること」
■ メッセージ
今おひとりで抱えているつらいお気持ちや社会では理解されにくいことなど、どのようなお話でも大丈夫です。うまく言葉にならなくても泣いてしまっても問題ありません。あなたのペースで、安心してお話しくださいね。
目次
- ○ 愛犬を亡くして涙が止まらない日々。息子の独立も重なった60代女性のご相談
- ・朝起きた瞬間に押し寄せる「いない現実」
- ・「もっとしてあげたかった」という後悔が心に残る
- ・早く元気にならなければと思うほど、悲しみが苦しくなる
- ○ 悲しみの奥にあった「これから夫婦二人でどう暮らすのか」という不安
- ・愛犬の存在は、家族の中心にあった
- ・息子の独立を喜びたいのに、心が寂しさでいっぱいになる
- ・夫婦二人の生活に戻ることへの戸惑い
- ○ 変えられない現実を抱えながら、これからの暮らしに目を向ける
- ・悲しみを無理に消そうとしないことから始める
- ・夫婦二人の時間を「寂しさ」だけで終わらせない
- ・「一度考えてみます」に表れた小さな変化
- ○ 保護犬を迎える選択と、悲しみを抱えながら続いていく暮らし
- ・新しい子を迎えることは、亡くなった愛犬を忘れることではない
- ・夫婦二人だからこそできる、新しい暮らしの形
- ・何歳でも、素直に悲しんでいい
- ○ 読者へのメッセージ|悲しみを急いで手放さなくても大丈夫です
愛犬を亡くして涙が止まらない日々。息子の独立も重なった60代女性のご相談
家族の一員として長い時間を一緒に過ごしてきた愛犬を亡くすことは、ただ「ペットがいなくなった」という言葉だけでは表せないほど、大きな喪失です。
今回ご相談くださったCさんは、関東にお住まいの60代女性です。ご夫婦と息子さん、そして愛犬と一緒に暮らしてこられました。けれど、愛犬を病気で亡くされたことに加えて、息子さんも地方の会社へ就職し、実家を離れることになりました。
愛犬がいない家。息子さんもいない家。
朝起きた瞬間に、その現実が一気に押し寄せてくるようで、Cさんは何をしていても涙が出て止まらなかったそうです。
「泣かずに穏やかに暮らしたい」
「仕事もあるから、早く元気にならないといけない」
そう思っているのに、心はなかなか追いつきません。悲しい、寂しい、つらい、会いたい。そんな言葉が頭の中を何度もめぐり、「あの時もっとこうしてあげたかった」という後悔も強く残っていました。
私はまず、Cさんの悲しみを急いで変えようとはせず、そのままの想いをお聴きしました。涙が出ることも、後悔が浮かぶことも、大切な存在を失ったあとには自然な反応です。無理に前を向こうとしなくても、まずは「それだけ大切だったんだ」と受け止めるところから、Cさんのお話は始まりました。
朝起きた瞬間に押し寄せる「いない現実」
Cさんが特につらいと話されていたのは、朝起きたときでした。
以前なら、目が覚めると愛犬の気配があったのかもしれません。足音や息づかい、いつもの場所にいる姿、何気なく交わしていた日常の一つひとつ。そうした当たり前が、突然なくなってしまう。頭では亡くなったことを分かっていても、体や心はまだその存在を探してしまいます。
さらに息子さんも独立され、家の中の静けさがより強く感じられるようになっていました。息子さんの就職や独立は、本来であれば喜ばしいことです。けれど、喜ばしい出来事であっても、親として寂しさを感じてはいけないわけではありません。
Cさんは「息子が独立することは良いことなのに」と思う一方で、家族が少しずつ離れていくような感覚に戸惑っておられました。愛犬を失った悲しみと、息子さんが家を離れる寂しさ。その二つが重なったことで、心の置き場がなくなっていたのだと思います。
私はそのお話を聴きながら、Cさんが感じている寂しさを否定しないことを大切にしました。大人だから、60代だから、親だから、しっかりしなければならない。そんなふうに自分を追い込んでしまうと、悲しみは行き場を失ってしまいます。
まずは「朝がつらい」と言えること。
「いないことが苦しい」と言えること。
そこから少しずつ、Cさんの心の中にある本当のつらさが見えてきました。
「もっとしてあげたかった」という後悔が心に残る
愛犬を亡くしたあと、Cさんの中には強い後悔も残っていました。
「あの時もっとこうしてあげたかった」
「もっと一緒にいてあげればよかった」
「何かできることがあったのではないか」
大切な存在を失ったあと、このような思いが浮かぶ方は少なくありません。どれだけ大事にしていても、どれだけ愛情を注いでいても、別れのあとには「足りなかったこと」ばかりが目についてしまうことがあります。
Cさんも、愛犬をとても大切にされていたからこそ、後悔が強くなっていたのだと思います。けれど、その後悔は「愛情がなかったから」ではなく、「それだけ大切だったから」生まれているものでもあります。
お話の中で私は、Cさんの後悔をすぐに打ち消すような言葉は使わないようにしました。「そんなことないですよ」「十分やりましたよ」と励ましたくなる場面でも、Cさんの中にある痛みを置き去りにしないことを大切にしました。
まずは、Cさんがどんな場面を思い出しているのか。どんなことを悔やんでいるのか。どんな愛犬の姿が心に残っているのか。その一つひとつを、ゆっくりお聴きしました。
後悔の言葉の奥には、愛犬への深い愛情があります。
そして、会いたいという素直な気持ちがあります。
悲しみをきれいに整理するより先に、「それほど大切な存在だったんですね」と一緒に受け止めることが、Cさんにとって必要な時間だったのだと思います。
早く元気にならなければと思うほど、悲しみが苦しくなる
Cさんは「仕事もあるため、早く元気にならないといけない」と感じておられました。
日常生活は待ってくれません。仕事もありますし、家のこともあります。周りから見ると、いつも通りに過ごしているように見えるかもしれません。だからこそ、「いつまでも泣いていてはいけない」「早く切り替えないと」と、自分に言い聞かせてしまうことがあります。
でも、悲しみは気合いだけで消えるものではありません。
特に、家族のように過ごしてきた愛犬との別れは、時間をかけて心になじませていくものです。
Cさんも「泣かずに穏やかに暮らしたい」と願っていました。けれど、その願いの裏には「泣いてしまう自分はだめなのではないか」という自己否定のような思いも見え隠れしていました。
私は、Cさんにとって大切なのは「早く元気になること」だけではなく、「悲しんでいる自分を責めすぎないこと」だと感じました。涙が出るのは、弱いからではありません。年齢に関係なく、大切な存在を失えば悲しいものです。
無理に明るくしようとしなくてもいい。
話しながら涙が出てもいい。
まとまらないまま言葉にしてもいい。
そうした安心感の中で、Cさんは少しずつ、ご自身の気持ちを言葉にされていきました。悲しみをなくすためではなく、悲しみと一緒に今の自分を見つめるための時間になっていったのだと思います。
悲しみの奥にあった「これから夫婦二人でどう暮らすのか」という不安
Cさんのお話をお聴きしていく中で、愛犬を亡くした悲しみだけでなく、これからの暮らしへの不安も少しずつ見えてきました。
「愛犬も亡くなり、息子も独立し、この先夫婦二人でどう暮らしたらいいんでしょう……」
この言葉には、Cさんの寂しさがとてもよく表れていました。
愛犬がいなくなった悲しみ。息子さんが家を離れた寂しさ。そして、ご夫婦二人だけになった生活をどう受け止めていけばいいのか分からない戸惑い。
これまで家の中には、愛犬の存在があり、息子さんの生活音がありました。忙しさや心配ごともあったかもしれませんが、それも含めてCさんの日常だったのだと思います。
その日常が一度に大きく変わってしまったとき、心が追いつかなくなるのは自然なことです。悲しみは、ただ「愛犬がいない」ことだけに向いているのではなく、「これまでの暮らしが変わってしまった」ことにも向いていました。
私はCさんの言葉を急いで前向きに変えようとはせず、「何が一番寂しく感じるのか」「どんな場面で不安が強くなるのか」を丁寧にお聴きしました。気持ちを一つひとつ言葉にしていくことで、Cさんご自身も、ただ悲しいだけではなく、これからの生活への不安を抱えていることに少しずつ気づいていかれました。
愛犬の存在は、家族の中心にあった
Cさんにとって愛犬は、ただ一緒に暮らしていた動物ではありませんでした。
家族3人と愛犬で過ごす日々の中で、愛犬は自然と家族の中心にいたのだと思います。ごはんの時間、散歩の時間、体調を気にかける時間、名前を呼ぶ声。そうした何気ない毎日が、Cさんの暮らしのリズムになっていました。
愛犬が病気で亡くなったあと、そのリズムが突然なくなってしまいました。いつもの場所にいない。世話をする必要がない。呼んでも返ってこない。その一つひとつが、Cさんにとっては現実を突きつけられる場面だったのだと思います。
ペットロスのつらさは、「悲しい」という一言では収まりません。日常の中に何度も小さな喪失が現れます。朝起きたとき、帰宅したとき、ふとした物音がしたとき、いつもの癖で愛犬の姿を探してしまうこともあります。
私はCさんのお話を聴きながら、愛犬がどれほど大切な存在だったのかを感じました。だからこそ、「早く忘れましょう」ではなく、「それだけ大切だったから、今こんなに悲しいんですね」という受け止め方を大事にしました。
悲しみを無理に薄めようとすると、かえって孤独が深くなることがあります。まずは、愛犬がCさんの人生の中で大きな存在だったことを、そのまま認めること。そこからでないと、次の暮らしを考えることは難しいのだと思います。
息子の独立を喜びたいのに、心が寂しさでいっぱいになる
Cさんのつらさを大きくしていたもう一つの出来事が、息子さんの独立でした。
息子さんが地方の会社へ就職し、実家を離れることは、親として喜ばしいことでもあります。無事に社会へ出て、自分の生活を始めていく。それは成長の証でもあり、本来なら「よかったね」と送り出したい出来事です。
けれど、頭でそう分かっていても、心がすぐについていくとは限りません。Cさんは、息子さんの独立を喜びたい気持ちと、家の中が急に静かになってしまう寂しさの間で揺れていました。
「喜ばしいことなのに、こんなに寂しくなるなんて」
「母親として、もっとしっかりしないといけないのでは」
そんなふうに感じてしまう方もいるかもしれません。けれど、子どもの独立に寂しさを感じることは、おかしなことではありません。長い時間をかけて育ててきた存在が、自分の手元から少し離れていく。その変化に心が揺れるのは、とても自然なことです。
私は、Cさんが息子さんの独立を寂しく思う気持ちを否定しないようにしました。喜びと寂しさは、同時にあっていいものです。
「息子さんの独立を応援したい気持ち」と「家にいない寂しさ」は、どちらか一つに決めなくてもいい。そうやって気持ちを分けて見ていくことで、Cさんは少しずつ自分を責めすぎずに、今の心の状態を見つめられるようになっていきました。
夫婦二人の生活に戻ることへの戸惑い
愛犬がいなくなり、息子さんも独立する。
その先に残ったのは、ご夫婦二人での暮らしでした。
もちろん、ご夫婦でいる時間が悪いわけではありません。けれど、これまで家族や愛犬を中心に回っていた生活が急に変わると、「夫婦二人で何を話せばいいのか」「どんなふうに過ごせばいいのか」と戸惑うことがあります。
Cさんも、「この先夫婦二人でどう暮らしたらいいんでしょう」と話されていました。その言葉には、寂しさだけでなく、これからの人生の形が見えなくなった不安も含まれていたように感じます。
長く家族のために時間を使ってきた方ほど、自分たち夫婦の時間に戻ったとき、何を楽しめばいいのか分からなくなることがあります。愛犬の世話、息子さんのこと、家族としての役割。それらが少しずつ変わったとき、自分の立ち位置まで分からなくなるような感覚になるのかもしれません。
私はCさんに、すぐに答えを出さなくてもいいことを大切にお伝えしました。いきなり「これからの楽しみを見つけましょう」と言われても、悲しみの中にいるときには苦しく感じることがあります。
まずは、今までの暮らしが大きく変わったことを認める。
寂しいと感じる自分を責めない。
夫婦二人の生活に戸惑っていることも、そのまま言葉にしてみる。
そうして少しずつ気持ちを整理していく中で、Cさんは「悲しみ」だけでなく、「これからどう暮らしたいのか」というテーマにも向き合い始めていかれました。
変えられない現実を抱えながら、これからの暮らしに目を向ける
Cさんのお話をお聴きしていく中で、私は「悲しみをなくすこと」を急がないようにしました。
愛犬を亡くした事実も、息子さんが独立されたことも、今すぐ元に戻せるものではありません。だからこそ、「前向きになりましょう」「新しい楽しみを見つけましょう」と急に言われても、心が置いていかれてしまうことがあります。
Cさんにとって必要だったのは、悲しみを否定されずに話せる時間でした。
「寂しい」「つらい」「会いたい」「もっとしてあげたかった」
そうした言葉を、無理にまとめようとせず、そのまま出していただくことを大切にしました。
そのうえで少しずつ、これから夫婦二人でどんな時間を過ごしていけるのか、一緒に考えていきました。愛犬や息子さんがいた頃には、やりたくてもなかなかできなかったこと。夫婦で行ってみたかった場所。外食や旅行、それぞれの趣味など、思いつくことを紙に書き出してみることをご提案しました。
悲しみを忘れるためではありません。
大切な存在を想いながらも、今ここにある生活を少しずつ取り戻していくためです。
悲しみを無理に消そうとしないことから始める
Cさんは「泣かずに穏やかに暮らしたい」と話されていました。
その言葉には、これ以上つらい思いをしたくないという願いと、「早く元気にならなければ」という焦りが混ざっていたように感じます。仕事もあり、日常生活も続いていく中で、いつまでも泣いていてはいけないと思ってしまうのは自然なことです。
でも、悲しみはスイッチのように切れるものではありません。
大切な存在を亡くしたあと、ふとした瞬間に涙が出たり、何も手につかなくなったりすることはあります。
私はCさんに、涙が出ること自体を悪いものとして扱わないように関わりました。泣いてしまうのは、弱いからではありません。それだけ愛犬との時間が大切で、心の中にしっかり残っているからです。
悲しみを無理に消そうとすると、「まだ泣いている私はだめだ」と自分を責めてしまうことがあります。そうなると、悲しみだけでなく、自己否定まで重なってしまいます。
まずは、悲しいと感じている自分を責めないこと。
会いたいと思う気持ちを否定しないこと。
後悔が出てきたときも、「それほど大事に思っていたんだ」と受け止めること。
Cさんが安心して気持ちを話せるように、私は言葉にならない沈黙や涙も含めて、そのまま大切にお聴きしました。そこから少しずつ、Cさんの中にあった張りつめた気持ちがゆるんでいったように感じます。
夫婦二人の時間を「寂しさ」だけで終わらせない
愛犬がいなくなり、息子さんも独立されたことで、Cさんの暮らしは大きく変わりました。
家の中が静かになると、どうしても「いなくなった存在」に意識が向きます。以前は当たり前にあった声や気配、世話をする時間がなくなることで、ぽっかり穴が空いたように感じることもあります。
その一方で、これからはご夫婦二人の時間が増えていく時期でもありました。
私はCさんに、愛犬や息子さんがいた頃には「やりたくてもできなかったこと」を紙に書き出してみることをご提案しました。たとえば、夫婦で旅行に行くこと。少し遠くまで外食に出かけること。それぞれの趣味に時間を使うこと。家の中を少し模様替えしてみること。
もちろん、すぐに楽しめなくてもいいのです。
悲しみの中にいるときに、急に予定を立てるのは難しいこともあります。
大切なのは、「夫婦二人になってしまった」とだけ見るのではなく、「夫婦二人だからできることもあるかもしれない」と、ほんの少し視点を広げてみることでした。
Cさんも最初は、これからの生活が不安でいっぱいだったと思います。けれど、書き出すという形にすることで、頭の中だけでぐるぐるしていた不安が少し整理されていきます。
寂しさをなかったことにするのではなく、寂しさを抱えたまま、これからの暮らしに小さな余白を見つけていく。そんな時間を、Cさんと一緒に少しずつ作っていきました。
「一度考えてみます」に表れた小さな変化
お話の終わりに近づいた頃、Cさんから「そうですね、一度考えてみます」という言葉がありました。
とても大きな変化に見えないかもしれません。けれど、深い悲しみの中にいる方にとって、「考えてみよう」と思えることは、とても大切な一歩です。
最初のCさんは、愛犬を亡くした悲しみと、息子さんの独立による寂しさの中で、これからどう暮らしていけばいいのか分からない状態でした。朝起きるたびに現実を突きつけられ、仕事もあるから早く元気にならなければと、自分を追い込んでおられました。
でも、お話を重ねる中で、Cさんは少しずつ「悲しんでいる自分」を責めるだけではなく、「これからの自分たち夫婦の時間」にも目を向け始めていかれました。
私は、その変化を急がせないようにしました。
無理に結論を出す必要はありません。
今すぐ元気になる必要もありません。
ただ、悲しみを話し、寂しさを言葉にし、これからできることを少しだけ考えてみる。その積み重ねが、心を少しずつ動かしていくことがあります。
「一度考えてみます」という言葉には、Cさんがご自身のペースで前を向こうとしている気配がありました。悲しみが消えたわけではありません。それでも、悲しみに飲み込まれたままではなく、これからの暮らしを少し見つめてみようとする力が、Cさんの中に戻り始めていたのだと思います。
保護犬を迎える選択と、悲しみを抱えながら続いていく暮らし
Cさんはその後、ご夫婦で保護犬を迎えることにされました。
保護犬活動をしているお知り合いから紹介を受け、「私たち夫婦には、やっぱり犬が必要なんだ」と感じられたそうです。愛犬を亡くした悲しみが完全になくなったわけではありません。けれど、犬と一緒に暮らす時間が、Cさんご夫婦にとって大切な支えだったことに、改めて気づかれたのだと思います。
新しい子を迎えることに、迷いや不安がまったくなかったわけではありません。
「亡くなった愛犬の代わりにしているのではないか」
「またいつか別れの日が来ると思うと怖い」
そんな思いが出てくることもあります。
でも、新しく迎える子は、亡くなった愛犬の代わりではありません。亡くなった愛犬との思い出はそのまま大切にしながら、これから出会う命とも、新しい関係を育てていくことができます。
私は、Cさんの選択を「悲しみを忘れるため」とは捉えませんでした。大切な存在を失った悲しみを抱えたまま、それでももう一度、命と向き合ってみようとする選択だったのだと思います。
ペットロスは、無理に乗り越えるものというより、時間をかけて付き合っていくものなのかもしれません。Cさんが持ち帰られた「何歳でも素直に悲しんでもいい」という気づきは、同じように愛犬や愛猫との別れに苦しむ方にも届いてほしい言葉です。
新しい子を迎えることは、亡くなった愛犬を忘れることではない
ペットロスのあとに新しい子を迎えると聞くと、「もう次に進んでいいのかな」と迷う方もいます。
Cさんも、保護犬を迎えることを決めるまでには、いろいろな気持ちがあったのではないかと思います。亡くなった愛犬への申し訳なさ、新しい子をちゃんと愛せるのかという不安、また別れを経験するかもしれない怖さ。どれも自然な気持ちです。
でも、新しい子を迎えることは、前の子を忘れることではありません。
思い出を上書きすることでもありません。
亡くなった愛犬との日々は、Cさんご夫婦の中に残り続けます。名前を呼んだこと、世話をしたこと、病気のときに心配したこと、もっとしてあげたかったと悔やんだこと。そのすべてが、愛犬と過ごした時間の証です。
そのうえで、また犬と暮らしたいと思うのは、Cさんご夫婦にとって犬との生活が大きな意味を持っていたからだと思います。
私は、新しい子を迎える選択を「悲しみから逃げること」とは考えていません。むしろ、悲しみを知っているからこそ、目の前の命を大切にしようとする気持ちが育つこともあります。
亡くなった愛犬は特別な存在。
これから迎える保護犬も、また別の特別な存在。
どちらかを選ぶ必要はありません。どちらも大切にしていいのです。Cさんの選択には、悲しみの奥にある深い愛情と、もう一度あたたかい時間を作っていきたいという願いが込められていたように感じます。
夫婦二人だからこそできる、新しい暮らしの形
息子さんが独立し、愛犬も亡くなったあと、Cさんは「この先夫婦二人でどう暮らしたらいいんでしょう」と話されていました。
その言葉には、これまでの家族の形が変わってしまった寂しさがありました。けれど、保護犬を迎えるという選択を通して、ご夫婦二人の暮らしにも新しい役割やリズムが生まれていったのだと思います。
犬がいる生活には、手間も時間もかかります。ごはん、散歩、体調管理、日々の声かけ。けれど、その一つひとつが、暮らしにあたたかい動きを戻してくれることもあります。
朝起きたときに気配がある。
「散歩に行こうか」と夫婦で声をかけ合う。
今日はよく食べたね、少し慣れてきたね、と小さな変化を一緒に喜ぶ。
そうした日常の積み重ねが、Cさんご夫婦にとって新しい支えになっていったのではないでしょうか。
もちろん、新しい子を迎えたからといって、悲しみがすべて消えるわけではありません。亡くなった愛犬を思い出して涙が出る日もあると思います。けれど、その涙があるままでも、新しい暮らしは少しずつ作っていけます。
私は、Cさんにとって大切だったのは「寂しさをなくすこと」ではなく、「寂しさだけで終わらない暮らしを見つけること」だったのだと感じています。
夫婦二人になったからこそできること。
もう一度、犬と暮らすことで見えてくること。
悲しみのあとにも、あたたかい時間を育てていけること。
Cさんの相談事例は、人生の形が変わる時期に、もう一度自分たちらしい暮らしを考えるきっかけにもなるのだと思います。
何歳でも、素直に悲しんでいい
Cさんが持ち帰られた大切なメッセージは、「何歳でも素直に悲しんでもいい」ということでした。
60代だから落ち着いていなければならない。
大人だから泣いてばかりではいけない。
仕事があるから早く元気にならなければならない。
そんなふうに、自分に厳しい言葉をかけてしまう方は少なくありません。でも、大切な存在を亡くした悲しみに、年齢は関係ありません。若くても、年齢を重ねていても、家族のように過ごした存在を失えば、胸が痛むのは自然なことです。
涙が出るのは、弱いからではありません。
悲しみが長引くのは、おかしいからではありません。
それだけ大切に想ってきた証でもあります。
私はCさんのお話をお聴きする中で、悲しみを急いで整理するよりも、まずは「悲しい」と言える場所が必要だと感じました。人は、気持ちを否定されずに受け止めてもらえると、少しずつ自分の心に触れられるようになります。
ペットロスは、「もう大丈夫」ときれいに終わるものではないのかもしれません。ふとした日に思い出し、また寂しくなることもあります。それでも、そのたびに自分を責める必要はありません。
悲しみと一緒に暮らしながら、少しずつ日常を取り戻していく。
思い出を大切にしながら、新しい時間も受け取っていく。
Cさんの姿は、ペットロスに悩む方へ「無理に乗り越えなくてもいい」「自分のペースで悲しんでいい」と伝えてくれているように感じます。
読者へのメッセージ|悲しみを急いで手放さなくても大丈夫です
大切な愛犬や愛猫を亡くしたあと、涙が止まらなかったり、何をしていても思い出してしまったりすることがあります。
「もう大人なんだから、しっかりしないと」
「仕事もあるし、早く元気にならないと」
「いつまでも悲しんでいたら、周りに迷惑をかけるかもしれない」
そんなふうに、自分の気持ちを急いで立て直そうとしてしまう方もいるかもしれません。
でも、家族のように過ごしてきた存在を失った悲しみは、簡単に整理できるものではありません。何歳であっても、寂しいものは寂しいですし、会いたいと思う気持ちが出てくるのも自然なことです。
ペットロスは、無理に「乗り越える」ものというより、思い出や後悔、愛情と一緒に、少しずつ付き合い方を見つけていくものなのだと思います。
ひとりで抱えていると、悲しみだけでなく「こんなに落ち込む自分はおかしいのかな」という不安まで大きくなることがあります。そんなときは、まとまっていない気持ちのままで大丈夫です。
「まだ涙が出る」
「朝がつらい」
「これからどう暮らしたらいいかわからない」
そんな今の気持ちを、少しずつ言葉にしてみませんか。
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