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友達の愚痴を聞くのがつらい…頼られすぎる関係に境界線を引けた相談事例

友達の愚痴を聞くのがつらい…頼られすぎる関係に境界線を引けた相談事例

友達だから、力になりたい。
困っているなら、話を聞いてあげたい。

そんな優しさから始まった関わりが、気づけば少しずつ自分の心を疲れさせてしまうことがあります。

今回ご紹介するのは、20代女性・モエさんの友人関係に関する相談事例です。

モエさんは、学生時代の友人から交際相手との関係について相談されるようになりました。
最初は「少しでも支えになれたら」という気持ちで、友人の愚痴や涙ながらの電話に耳を傾けていました。

けれど、電話を切りたくてもなかなか切れない。
自分にも予定や生活があるのに、相手の気持ちを優先してしまう。
そんな日々が続くうちに、モエさんの中には疲労感とモヤモヤが積もっていきました。

それでも頭の中では、
「友達だから、私が何とかしなきゃ」
という思いが何度も浮かんでいたそうです。

この記事では、頼られすぎる友人関係の中で自分を責めていたモエさんが、どのように自分の気持ちに気づき、罪悪感があっても境界線を引いていいと思えるようになったのかを、綾瀬うみの相談事例としてご紹介します。

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投稿者プロフィール

綾瀬うみ
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■ 待機時間:10時~24時(シフト制)
※土日祝対応(枠が埋まりやすいため、事前予約をお勧めします)
※シフトは2週間単位で掲載します、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■ 年齢:30代

■ キャッチコピー:心ほぐれる、ひとときを

■ 得意なテーマ

- 気軽に誰かと話したいとき
- 子育て全般(子どもの発達、関わり方、ママ友関係、保育園や学校に対するお悩み)
- 家族との関係(パートナー、両親、子ども)
- お仕事のお悩み(ワーママとして、保育者として、職場の人間関係)
- 自身や家族の病気
- 恋愛相談

■ 聴き方・スタイル

- あなたのペースに合わせてゆっくり聴きます

■ 経験

- これまで10年以上、保育士として働いてきました。クラス運営、人間関係に関する悩みを多数受け、時には上司と後輩のコミュニケーションを繋ぐ役割を担っていました。
- クラス担任(一人、複数どちらも)、保育補助、加配の経験があります。
- 公的機関にて、育児相談の経験が多数あります。
- 癌サバイバーです。
- 家族の闘病。そして、家族・友人の死を経験しました。
- 保育士資格、幼稚園教諭免許を持っています。
- 現在、心理学を学んでいます。
- 恋愛相談を受けることも多くありました。

■ 大切にしていること

- “温度”が伝わるような会話を心がけています。

■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:Cafe / 旅行 /芸術鑑賞 /海を眺める/ファッション/フレグランス
- よく言われる性格:丁寧、安心感がある、物事を深く考える
- ちょっとしたこだわり:ナイトフレグランス
- 聴き手としての密かな強み: 声を褒められることが多いです。

■ メッセージ

慌ただしく過ぎる日々の中で、ふと“感情”が揺れること、ありませんか?

少しでも、あなたの気持ちが軽くなるなら。
少しでも、微笑んでくれたら。
少しでも、肩の力を抜いてくれたら。

そんなことを願いながら、「あなた」からのお電話をお待ちしています。

目次

友達だから助けたい。その優しさが、少しずつ自分を苦しくしていた

モエさんは、20代の女性です。
日本国内にお住まいで、今回は電話で友人関係について相談してくださいました。

悩みが始まったのは、一年ほど前のことです。学生時代の友人から、交際している男性との関係について相談されるようになったのがきっかけでした。最初のモエさんには、「友達が困っているなら力になりたい」という自然な思いがありました。

けれど、話を聞く時間は少しずつ長くなっていきました。友人からは泣きながら電話がかかってくるようになり、「この後、用事があるから……」と伝えても、なかなか電話を切らせてもらえないこともありました。

モエさんにも、自分の生活があります。予定もあれば、休みたい時間もあります。それでも「友達だから、私が何とかしなきゃ」と思い、自分の時間を削って話を聞き続けていました。

やがて、モエさんの中には疲労感とモヤモヤが積もっていきます。友人の力になりたい気持ちと、頼られすぎてつらい気持ち。その両方があることに、モエさん自身も戸惑っていたのです。

友人の愚痴を聞き続けるうちに、自分の時間が削られていった

最初は、友人の話を聞くことにそこまで大きな負担はなかったのかもしれません。

学生時代からの友人であれば、相手のことを大切に思う気持ちもあります。恋愛でつらい思いをしている友人から相談されたら、「何かできることがあるなら支えたい」と感じるのは、とても自然なことです。

モエさんも、友人を突き放したかったわけではありません。むしろ、困っている時には力になりたいと思っていました。だからこそ、友人の愚痴や悩みに耳を傾け、泣きながら電話がかかってきた時にも、できる限り受け止めようとしていたのだと思います。

ただ、関係が続く中で、少しずつバランスが崩れていきました。

電話を切りたいタイミングで切れない。
自分の予定があっても、相手の気持ちを優先してしまう。
本当は疲れているのに、「今切ったら冷たいと思われるかもしれない」と考えてしまう。

こうした小さな我慢が重なると、いつの間にか自分の時間や気力が削られていきます。

友人を大切にすることと、自分を後回しにし続けることは、本来同じではありません。けれど、優しい人ほどその境目が見えにくくなります。

モエさんもまさに、友人を思う気持ちがあるからこそ、自分のしんどさに気づきにくくなっていたのかもしれません。

「友達だから私が何とかしなきゃ」という思いが重荷になっていた

モエさんの頭の中には、何度も繰り返していた言葉がありました。

「友達だから、私が何とかしなきゃ」

この言葉には、モエさんの優しさや責任感が表れています。友人を見捨てたくない。困っている人を放っておけない。自分が支えになれるなら、できるだけ応えたい。そんな気持ちがあったのだと思います。

でも、「私が何とかしなきゃ」という思いは、だんだんモエさん自身を苦しめるものにもなっていきました。

本来、友人の恋愛の問題は、友人自身が向き合っていくものです。もちろん、話を聞いたり、気持ちに寄り添ったりすることはできます。けれど、友人の代わりに相手へ気持ちを伝えることも、友人の人生を代わりに決めることもできません。

それなのに、相談される側が「自分が何とかしなければ」と背負いすぎてしまうと、関係は苦しくなっていきます。

モエさんは、友人のために一生懸命でした。けれどその一方で、愚痴ばかりが続き、友人がなかなか行動しようとしないことに疑問も感じ始めていました。

この「疑問を持つこと」自体に、モエさんは申し訳なさを感じていたのかもしれません。

でも、違和感は冷たさではありません。
心が「ちょっと苦しいよ」と知らせてくれているサインであることもあります。

力になりたい気持ちと、つらい気持ちの間で揺れていた

モエさんが一番しんどかったのは、友人から頼られすぎて重荷になっていたことだけではありません。

その後、友人と連絡が取れなくなったことで、「自分が悪かったのかもしれない」と自分を責めてしまったことも、大きな苦しさにつながっていました。

きっかけは、モエさんが友人に「彼に自分の気持ちを伝えてみては?」とアドバイスしたことでした。すると友人から、「モエは私の味方だと思っていたのに……!」と言われ、電話を切られてしまいます。それ以降、友人からの連絡は返ってこなくなりました。

モエさんとしては、友人を責めたかったわけではありません。むしろ、少しでも状況が良くなるようにと思って伝えた言葉だったはずです。

それなのに、相手から拒絶されたように感じてしまうと、「あの時、言わなければよかったのかな」「もっと違う言い方をすればよかったのかな」と考えてしまうことがあります。

友人の力になりたい。
でも、頼られすぎるとつらい。
距離を置きたい気持ちもある。
でも、連絡が途絶えると自分が悪い気がする。

このように、モエさんの心の中にはいくつもの気持ちが混ざっていました。

だからこそ、まず必要だったのは「どちらが正しいか」を急いで決めることではなく、モエさんがこれまで友人に丁寧に向き合ってきたこと、そして今しんどさを感じていること、その両方をそのまま言葉にしていくことだったのだと思います。

アドバイスしただけなのに連絡が途絶えた。「私が悪かったのかも」と自分を責めてしまう

モエさんの中で大きく気持ちが揺れたのは、友人に自分なりの考えを伝えたあとでした。

交際相手との関係について、友人は何度もつらさを話していました。モエさんはそのたびに耳を傾け、できる限り受け止めようとしていました。けれど、同じような愚痴が続き、友人がなかなか行動に移そうとしない様子を見ているうちに、モエさんの中には少しずつ疑問が生まれていきました。

そこでモエさんは、「彼に自分の気持ちを伝えてみては……?」と声をかけました。友人を責めるためではなく、状況が少しでも変わればという思いから出た言葉でした。

ところが友人から返ってきたのは、「モエは私の味方だと思っていたのに……!」という言葉でした。そのまま電話は切られ、それ以降、連絡が返ってこなくなってしまいました。

モエさんは、友人を傷つけたかったわけではありません。けれど、相手の反応を思い返すたびに、「私の言い方が悪かったのかな」「もっと聞いてあげればよかったのかな」と、自分を責める気持ちが強くなっていきました。

「味方でいてほしかった」と言われたようで、心がざわついた

友人から「味方だと思っていたのに」と言われたとき、モエさんはとても戸惑ったのではないかと思います。

モエさんは、友人を否定したかったわけではありません。むしろ、それまで何度も電話に出て、泣きながら話す友人の気持ちを受け止めてきました。用事があってもなかなか電話を切れず、自分の時間を削りながら向き合ってきたのです。

それなのに、自分なりに考えて伝えた一言が「味方ではない」と受け取られてしまった。これは、モエさんにとってかなりつらい出来事だったと思います。

人は、大切な相手から「わかってくれない」と言われると、自分の中にある善意まで否定されたように感じることがあります。

「私はずっと話を聞いてきたのに」
「力になりたいと思っていたのに」
「どうしてそんなふうに受け取られてしまったんだろう」

そんな思いが、ぐるぐると頭の中を回っていたかもしれません。

特に、友人関係では「味方でいること」と「相手の言うことをすべて受け入れること」が混ざってしまうことがあります。でも、本当の意味で相手を大切に思うからこそ、時には違う視点を伝えることもあります。

ただ、その言葉を相手が受け取れる状態かどうかは、また別の話です。

モエさんが悪意を持って伝えたわけではないことと、友人が傷ついたように反応したこと。
この二つは、どちらか一方だけが正しいというより、すれ違いとして起きてしまったことなのだと思います。

連絡が返ってこない時間が、罪悪感を大きくしていった

友人から連絡が返ってこなくなったことも、モエさんの心には大きく残りました。

言い合いになったあとでも、相手から何か反応があれば、まだ気持ちの整理がしやすいことがあります。けれど、急に連絡が途絶えてしまうと、こちらは相手の本心を確かめることができません。

すると、空白の時間の中で、自分の想像ばかりがふくらんでいきます。

「怒っているのかな」
「もう友達だと思われていないのかな」
「あの一言がいけなかったのかな」
「私がもっと我慢していれば、こんなことにならなかったのかな」

モエさんも、頼られすぎることに重荷を感じていた一方で、友人と連絡が取れなくなったことで「自分が悪かったのかもしれない」と責めてしまっていました。

ここで苦しいのは、モエさんの中に「友人の力になりたかった」という気持ちがちゃんと残っていることです。

本当にどうでもいい相手なら、ここまで悩まなかったかもしれません。
大切に思っていたからこそ、相手を傷つけたかもしれないという可能性が、胸に刺さってしまったのだと思います。

けれど、連絡が返ってこないことのすべてを、モエさん一人の責任として抱える必要はありません。

人間関係は、どちらか一人だけで作られるものではありません。話す側の状態、受け取る側の心の余裕、これまで積み重なってきた関係性。そのいろいろなものが重なって、反応が生まれます。

だからこそ、返事がない時間に自分を責め続けるよりも、まずは「私は何を感じていたのか」を丁寧に見ていくことが大切でした。

「友達なら我慢するべき?」という思い込みが苦しさを深めていた

モエさんの苦しさの奥には、「友達なら我慢するべきなのでは」という思い込みもあったように感じます。

友達が困っているなら助ける。
つらそうなら話を聞く。
泣いているなら途中で電話を切らない。
相手が不安定なら、自分が受け止める。

こうした考えは、一見するととても優しく、正しいことのようにも見えます。実際、モエさんの中にある思いやりは本物だったと思います。

でも、友達だからといって、自分の限界を超えてまで支え続けなければならないわけではありません。

自分にも生活があります。予定もあります。体力も心の余裕も、その日によって違います。どれだけ大切な友人でも、相手の要求すべてに応えることはできません。

それでもモエさんは、「断ったら冷たいと思われるかもしれない」「私が聞いてあげなきゃ」と感じ、自分の時間を削って友人の悩みを聞いていました。

その結果、モエさんの中には疲労感がたまっていきました。
そして、疲れている自分に気づいても、「こんなふうに思うなんて、私はひどいのかな」と、さらに自分を責めてしまったのかもしれません。

けれど、負担に感じることは、相手を嫌いになったという意味ではありません。
「もう少し距離が必要だよ」と、自分の心が教えてくれている場合もあります。

友達を大切にすることと、自分を大切にすること。
そのどちらかを選ばなければいけないわけではありません。

モエさんに必要だったのは、友人を責めることではなく、自分の中にある「しんどい」「つらい」「少し休みたい」という正直な気持ちを、責めずに受け止めることだったのだと思います。

頼られすぎてつらい気持ちは、冷たさではなく「心のサイン」だった

モエさんのお話を聴いていく中で大切にしたのは、まず「友人に対して、これまで本当に丁寧に向き合ってきた」という部分でした。

モエさんは、友人を突き放したかったわけではありません。学生時代からの大切な友人が恋愛で悩んでいるからこそ、泣きながら電話がかかってきた時も、自分の予定や休む時間を削って話を聴いてきました。

けれど、その一方で、モエさんの中には「つらい」「重い」「もう少し距離を置きたい」という正直な気持ちもありました。
そして、その気持ちを抱くことに対して、どこか申し訳なさも感じていたようでした。

「友達なのに、こんなふうに思っていいのかな」
「私が冷たいだけなのかな」
「もっと受け止めてあげるべきだったのかな」

そんなふうに、自分の中に湧いてきた違和感まで責めてしまうと、心はどんどん苦しくなっていきます。

でも、違和感は相手を嫌いになった証拠とは限りません。
むしろ「このままだと、私が無理をしすぎてしまうよ」と教えてくれる、心からの大切なサインであることもあります。

モエさんも、話していく中で少しずつ、自分の感じていたモヤモヤが単なるわがままではなく、無理をしていたからこそ出てきた心の声だったのだと気づいていきました。

まずは「ちゃんと向き合ってきた自分」を責めないことから始めた

モエさんは、友人と連絡が取れなくなったことで、「自分が悪かったのかもしれない」と強く責めていました。

たしかに、友人から「味方だと思っていたのに」と言われて電話を切られたら、心はかなり揺れます。
自分なりに考えて伝えた言葉だったとしても、相手が傷ついたように見えたら、「言わなければよかったのかな」と後悔してしまうのも自然です。

でも、そこで最初に見つめたかったのは、モエさんがこれまでどれだけ友人に向き合ってきたかということでした。

泣きながら電話がかかってきた時も、すぐに突き放したわけではありません。
用事がある時でも、なかなか切れない電話に付き合っていました。
友人の愚痴を何度も聴きながら、「どうしたら少しでも楽になるだろう」と考えていました。

それは、冷たい人の行動ではありません。
むしろ、とても誠実に関わろうとしてきたからこそ、限界が近づいていたのだと思います。

人は、自分が頑張った部分よりも、「うまくできなかったかもしれない部分」に目が向きやすいものです。特に、人間関係で相手の反応が悪かった時ほど、自分の言葉や態度ばかりを細かく振り返ってしまいます。

けれど、モエさんの場合も、たった一つの言葉だけでこれまでの関わりすべてが否定されるわけではありません。

まずは「私は友人に対して、できる限り丁寧に向き合ってきた」と認めること。
そこから、少しずつ自分を責める気持ちをほどいていくことが必要でした。

「違和感」は、相手を責めるためではなく自分を守るためにある

モエさんは、友人の話を聴き続ける中で、だんだん疑問を抱くようになっていました。

何度も愚痴を聴いている。
でも、友人はなかなか行動しようとしない。
「彼に気持ちを伝えてみては?」と声をかけると、拒絶されたような反応が返ってくる。

この流れの中で、モエさんの中には「私は何を求められているんだろう」「どこまで応えればいいんだろう」というモヤモヤが生まれていたのではないかと思います。

ここで大切なのは、その違和感を「友人を悪く思っている自分」と決めつけないことです。

違和感は、相手を裁くためだけにあるものではありません。
自分の心や生活が、少しずつ圧迫されている時にも出てきます。

たとえば、電話を切りたいのに切れない。
本当は休みたいのに、相手の話を優先してしまう。
アドバイスを求められているように感じたのに、実際に意見を言うと責められたようになる。

こうした状態が続けば、誰でもしんどくなります。

モエさんが感じていた「つらい」「負担」「このままでいいのかな」という気持ちは、友人を大切にしていないから出てきたものではありません。
むしろ、自分の限界を超え始めていることに、心が気づいていたのだと思います。

優しい人ほど、相手に対する違和感を持った瞬間に「こんなことを思う私はひどい」と感じてしまいます。
でも、その声をなかったことにし続けると、最後には関係そのものが苦しくなってしまいます。

だからこそ、モエさんには「その違和感は、責めるためではなく、自分を守るためのサインとして見てもいい」とお伝えしていきました。

友人との間に「境界線」があると知って、少し心が軽くなった

モエさんのお話の中で大きな転機になったのは、「境界線」という考え方でした。

境界線というと、少し冷たい言葉に聞こえるかもしれません。
「距離を置く」「線を引く」と聞くと、相手を拒絶することのように感じる人もいます。

でも、本来の境界線は、相手を傷つけるためのものではありません。
自分と相手の気持ち、役割、責任を分けるためのものです。

モエさんは、友人の力になりたいと思っていました。
その気持ちは、とても大切なものです。

ただ、友人の恋愛の悩みをすべて解決することは、モエさんの役割ではありません。
友人が彼に気持ちを伝えるかどうか。
関係を続けるかどうか。
同じ悩みを何度も繰り返すかどうか。
それは最終的には、友人自身が向き合っていく部分です。

モエさんにできるのは、話を聴くことや、必要な時に自分なりの考えを伝えること。
でも、自分の生活を削り続けてまで、友人の不安を全部受け止める必要はありません。

この「私にできること」と「相手が向き合うこと」を分けて考えた時、モエさんは少しホッとした表情をされていました。

それまでモエさんは、友人のつらさまで自分が背負わなければいけないように感じていたのかもしれません。

でも、境界線があると知ることで、
「友達の力になりたくても、無理はしなくてもいいんですね」
という気づきにつながっていきました。

友人を大切にすることと、自分を大切にすることは、どちらか一つしか選べないものではありません。
むしろ、自分の心を守れる距離感があるからこそ、相手との関係を無理なく続けられることもあるのです。

罪悪感があっても線を引いていい。友人関係に必要なのは、我慢ではなく心の距離

モエさんは、友人と連絡が取れなくなったことで、「自分が悪かったのかもしれない」と自分を責めていました。
けれど、お話を整理していく中で、少しずつ見えてきたのは、モエさんが友人を大切にしていなかったわけではないということでした。

むしろ、モエさんは友人のためにたくさん時間を使い、何度も話を聴き、自分なりに力になろうとしていました。だからこそ、頼られすぎることが重荷になっていたのです。

「友達の力になりたい」
「でも、全部を受け止め続けるのはつらい」

この二つの気持ちは、どちらかが間違いなのではありません。どちらもモエさんの正直な気持ちでした。

境界線を意識するようになったことで、モエさんは「今は、私たちにとって距離を置く時期なのかもしれない。ご縁があれば、また仲良くすることができるだろう」と考えられるようになっていきました。

距離を置くことは、友達を嫌いになることではない

友人関係で距離を置くというと、「もう関係を終わらせる」というイメージを持つ方もいるかもしれません。

でも、距離を置くことは、必ずしも相手を嫌いになることではありません。
むしろ、これ以上無理をして関係が壊れてしまわないように、自分の心を守るための選択になることもあります。

モエさんの場合も、友人を突き放したいわけではありませんでした。友人が困っている時には力になりたい。話も聴いてあげたい。そう思っていたからこそ、一年ほど悩みを抱えながら向き合ってきたのだと思います。

けれど、自分の生活や休む時間を削り続けると、どれだけ大切な相手でも苦しくなってしまいます。

「また電話が長くなるかもしれない」
「今度も切れないかもしれない」
「また私が悪いように感じてしまうかもしれない」

そんな緊張が続く関係は、心に大きな負担をかけます。

だからこそ、今は少し離れる時期だと考えることも、自分を守る大切な方法です。
無理に元通りにしようとしなくてもいい。急いで仲直りしようとしなくてもいい。

人との関係には、近づく時期もあれば、少し離れる時期もあります。
その距離があるからこそ、後からまた落ち着いて向き合えることもあるのです。

罪悪感があっても、自分の限界を大切にしていい

モエさんが持ち帰った大切なメッセージは、「罪悪感があっても線を引いていい」ということでした。

これは、友人関係で悩む方にとって、とても大切な視点だと思います。

優しい人ほど、断ることに罪悪感を持ちやすいものです。
「ここで電話を切ったら冷たいかな」
「私が聴いてあげないと、相手がもっと傷つくかもしれない」
「友達なのに、負担に感じるなんてひどいのかな」

そんなふうに考えてしまうと、自分のしんどさを後回しにしてしまいます。

でも、罪悪感があるからといって、必ず相手の希望に応えなければいけないわけではありません。

疲れている時は、疲れている。
予定がある時は、予定がある。
話を聴く余裕がない時は、余裕がない。

それは冷たさではなく、今の自分の状態です。

相手の気持ちを大切にすることと、自分の限界を無視することは違います。
むしろ、自分の限界を知っておくことで、無理のない関わり方を選びやすくなります。

モエさんも、「無理はしなくてもいいんですね」と気づいたことで、少し肩の力が抜けていきました。

友達だからこそ、全部を背負わない。
友達だからこそ、自分を失うほど頑張りすぎない。

そんな距離感があっても、関係を大切にする気持ちはなくならないのです。

自分を守る境界線が、これからの人間関係を楽にしてくれる

今回のモエさんの相談事例で大きなテーマになったのは、友人との境界線でした。

境界線とは、「ここから先は私が背負わなくていい」と自分の中で確認するための線です。

たとえば、友人の話を聴くことはできる。
でも、友人の恋愛を代わりに解決することはできない。

困っている時に寄り添うことはできる。
でも、自分の生活を削り続けてまで応え続ける必要はない。

相手を大切に思うことはできる。
でも、相手の機嫌や反応をすべて自分の責任にしなくていい。

このように分けて考えられるようになると、人間関係の苦しさは少し軽くなります。

モエさんは、友人と連絡が取れなくなった現実をすぐに明るく受け止められたわけではありません。
それでも、「今は距離を置く時期かもしれない」と思えるようになったことは、大きな変化でした。

関係を続けるために、我慢し続ける必要はありません。
むしろ、自分の気持ちを大切にできるようになると、これから出会う人との関わり方も少しずつ変わっていきます。

誰かの相談に乗る時も、自分の時間を守る。
相手の気持ちを聴きながら、自分の気持ちも置き去りにしない。
「できること」と「できないこと」を分けて考える。

そうした小さな積み重ねが、モエさん自身の心を守り、これからの友人関係を楽にしてくれるのだと思います。

友達との距離感に悩んだら。ひとりで抱え込まなくて大丈夫です

友達の力になりたい。
困っているなら、できるだけ支えたい。

その気持ちは、とても優しいものです。

でも、相手の話を聞き続けるうちに、自分の時間や心の余裕が削られていくこともあります。
「友達なのに、負担に感じるなんて冷たいのかな」
「断ったら嫌われるかもしれない」
そんなふうに、自分を責めてしまう方も少なくありません。

今回のモエさんも、友人に丁寧に向き合ってきたからこそ、頼られすぎる関係に疲れ、罪悪感を抱えていました。けれど、自分の中にある「つらい」「少し距離を置きたい」という気持ちは、決して悪いものではありません。心が無理をしていることを知らせてくれる、大切なサインでもあります。

人間関係は、近ければ近いほど悩みやすいものです。
だからこそ、ひとりで答えを出そうとしなくても大丈夫です。

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