ワンオペ育児に限界…更年期と反抗期が重なった40代母親のリアル体験談【相談事例】

最近、毎日の子育てがひとりで限界に感じられる…そんな声をよく聞きます。
特に、発達特性のあるお子さんを育てながら、家のこと・仕事のこと・夫婦の関係まで全部自分で抱え込んでしまっているあなたへ。
今回は、40代のあるお母さんのリアルな体験談を紹介します。
「私が全部やらないと…」
そう強く思ってしまう一方で、体調も気持ちも追いつかなくなっていたYさん。
発達特性のある息子さんのケア、夫とのすれ違い、不安と責任感の重さが日々重なっていきました。
あなたの悩みも、つらさも、決して“弱さ”ではありません。
むしろ、頑張ってきたからこそ限界を感じているのです。
この体験談では、
・どうしてこんなに苦しく感じてしまうのか
・どんな見えないプレッシャーが積み重なっていたのか
・そして少しずつ視点が変わったきっかけ
について、そのままの言葉で綴っていきます。
「ひとりじゃない」と、最初の一歩を踏み出すためのヒントになれば嬉しいです。


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■ こんな話をよく聴いています
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・小学校教諭(特別支援学級)
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■ これまでの経験
学校現場において、特別支援教育に関わりながら、
子ども一人ひとりの特性や背景に寄り添ってきました。
また、保護者の方の悩みや不安に触れる中で、
子育ての中で感じる孤独や葛藤にも向き合ってきました。
さらに、私自身も特性のある子どもの親として、日々子育てに向き合っています。
■ こんな方におすすめ
・子どもの発達について悩んでいる
・発達グレーや特性について不安がある
・育児や家庭のことで気持ちがしんどい
・人間関係(夫婦・ママ友)に疲れている
・安心して話を聴いてほしい
■ メッセージ
子育ての中で感じる悩みや不安は、
まわりにうまく話せず、一人で抱えてしまうことも多いと思います。
どんな気持ちも、そのままで大丈夫です。
少しでも安心できる時間の中で、一緒に気持ちを整理していけたらと思います。
目次
- ○ ワンオペ育児と更年期が重なったとき、母親はどこまで頑張ればいいの?
- ・子どもの困りごとが、いつの間にか母親ひとりの役目になる理由
- ・更年期と子育てが重なる40代のリアル
- ・「私が倒れたら終わり」という思い込みが心を追い詰める
- ○ 夫はいるのに孤独を感じるのはなぜ?すれ違いが深まった理由
- ・「分かってほしい」が言えなくなる瞬間
- ・悪意はないのに傷ついてしまう理由
- ・「私が我慢すればいい」という思考の落とし穴
- ○ 問題は「子ども」だけじゃなかった――見えてきた家庭の構造
- ・子どもの課題と「全部背負う」はイコールではない
- ・体調不良は「甘え」ではなく「条件」
- ・「お願い」ではなく「現状共有」へ
- ○ 「私が倒れないことも子育て」そう思えたとき、景色が少し変わった
- ・完璧な分担よりも「話せる空気」をつくる
- ・休むことはサボりじゃない
- ・「ひとりで抱えなくていい」と思えたことが一番の変化
- ○ 最後に、いま読んでくださっているあなたへ
ワンオペ育児と更年期が重なったとき、母親はどこまで頑張ればいいの?
「夫はいるのに、なぜか私ひとりで回している気がする」
そんな言葉を、Yさんは何度も飲み込んできました。
40代、関東在住。小学校中学年の息子さんを育てながら、仕事と家事をこなす毎日。
ここ半年ほどで体の不調が目立ち始めました。疲れやすい、眠れない、イライラが止まらない。いわゆる更年期のような症状です。
そのタイミングで、息子さんの反抗的な態度や癇癪が増えました。学校とのやり取り、家でのフォロー、感情の受け止め役――気づけばすべてYさんに集中していました。
夫は「様子を見よう」「反抗期ってそんなものじゃない?」と言います。悪気はない。でも、その一言でどっと力が抜けるのです。
「私がやらなきゃ、この家は回らない」
そう思い続けた結果、心の中には疲労と孤独と怒りが混ざり合い、「もう無理かもしれない」という感覚が広がっていました。
これは特別な人の話ではありません。
頑張り屋の母親ほど、静かに限界へ近づいていくのです。
子どもの困りごとが、いつの間にか母親ひとりの役目になる理由
発達特性のある子どもを育てていると、日常の中で判断の連続になります。
今日は学校に行けそうか、先生にどう説明するか、どこまで寄り添いどこで線を引くか。
こうした細かな調整役は、気づくと母親に集まりやすい傾向があります。
「お母さんのほうが分かっているから」
「いつも見ているのはあなたでしょ」
そんな無意識の前提が、家の中にできあがっていくのです。
Yさんも同じでした。最初は自然な流れだったはずが、いつしか“自分しか分かっていない状態”になっていました。共有しようとしても、説明するエネルギーが足りない。だからまた自分で抱える。
こうして役割は固定され、母親の負担は静かに積み上がっていきます。
更年期と子育てが重なる40代のリアル
40代は、体の変化が出やすい時期です。
疲れが抜けない、気持ちが不安定になる、眠りが浅くなる。頭では分かっていても、「まだ頑張れるはず」と無理をしてしまう人も少なくありません。
Yさんも、「母親なんだから」「みんなやっている」と自分に言い聞かせていました。
でも、体は正直です。回復しないまま動き続けると、ため息が増え、笑顔が減り、自分を責める時間が増えていきます。
ここで大切なのは、不調を“気の持ちよう”にしないこと。
体調の変化は甘えではなく、現実の条件です。条件が変われば、やり方も変えていい。
それを自分に許せないと、苦しさは倍になります。
「私が倒れたら終わり」という思い込みが心を追い詰める
Yさんの口から出た言葉があります。
「私が倒れたら、この家は本当に回らないんです」
この一言には、責任感と不安がぎゅっと詰まっていました。
でも同時に、“自分しかいない”という孤独も含まれていたのです。
家族を大切に思うからこそ、背負ってしまう。
頼ることは迷惑をかけることだと感じてしまう。
けれど本当は、倒れないように調整することも大事な役割です。
全部を完璧にこなすことではなく、長く続けられる形を探すこと。
限界を感じるのは、愛が足りないからではありません。
むしろ、ずっと本気で向き合ってきた証拠なのです。
ここから、少しずつ視点を変えていくことになります。
「ひとりで抱えなくていい形」を、一緒に探し始めました。
夫はいるのに孤独を感じるのはなぜ?すれ違いが深まった理由
体も気持ちも限界に近づいていたYさん。
それでも一番こたえたのは、実は息子さんの反抗よりも「夫との温度差」でした。
夫は決して無関心ではありません。
仕事も忙しい中、「協力しているつもり」ではいました。
でも、日々の細かな出来事や、学校とのやり取り、息子さんの感情の揺れまでを具体的に把握しているわけではなかったのです。
「かまいすぎなんじゃない?」
「反抗期ってそんなものだよ」
その言葉に悪意はありません。
けれどYさんにとっては、「大変さが伝わっていない」というサインのように感じられました。
分かってほしいのに、うまく説明できない。
説明する元気もない。
だからまた一人で抱える。
こうして、家の中に“目に見えない孤独”が広がっていきました。
「分かってほしい」が言えなくなる瞬間
本当は、「しんどい」と言いたい。
「少し代わってほしい」と伝えたい。
でも、何からどう説明すればいいのか分からなくなることがあります。
一日の出来事を細かく話すのは想像以上にエネルギーが要ります。
息子さんの言動、その背景、学校とのやり取り、自分の体調。
全部を言葉にしようとすると、途中で疲れてしまうのです。
そしてふと、「どうせ伝わらないかもしれない」という思いがよぎる。
そうなると、話す前からあきらめてしまいます。
Yさんも、「もう説明する気力がない」と感じることが増えていました。
結果として、夫は“知らないまま”。
Yさんは“分かってもらえないまま”。
このすれ違いは、どちらかが悪いわけではありません。
でも、放っておくと距離はじわじわ広がっていきます。
悪意はないのに傷ついてしまう理由
夫の言葉は、正論に聞こえる部分もありました。
「反抗期なんてそんなもの」
確かに一般論としては間違っていないかもしれません。
でも、Yさんが求めていたのは分析や評価ではなく、
「それは大変だね」という共感でした。
人は、つらさを受け止めてもらえると少しだけ楽になります。
逆に、正しいことを言われても、気持ちが置き去りにされると余計に孤独を感じてしまうのです。
Yさんは、「私が弱いのかな」と自分を疑い始めていました。
でも本当は、弱いのではなく、ただ共感が足りなかっただけ。
“分かってもらえない感覚”は、じわじわと心を消耗させます。
だからこそ、この部分を丁寧に整理することが大切でした。
「私が我慢すればいい」という思考の落とし穴
責任感の強い人ほど、「波風を立てたくない」と思います。
夫を責めたくない。
家の空気を悪くしたくない。
だから、自分が我慢すればいいと考えてしまう。
Yさんも、「母親なんだから」と自分に言い聞かせていました。
でも我慢は、静かに心のエネルギーを奪います。
最初は小さな違和感でも、積み重なると「もう無理」という感覚に変わります。
怒りが爆発するか、何も感じなくなるか。
どちらに転んでも苦しくなってしまうのです。
大切なのは、我慢をやめる=責めること、ではないという視点。
状況を共有することと、相手を攻撃することは違います。
ここから少しずつ、
「お願い」ではなく「現状を伝える」という方向へと、視点を整えていくことになります。
問題は「子ども」だけじゃなかった――見えてきた家庭の構造
話を重ねていく中で、少しずつ輪郭がはっきりしてきたものがありました。
Yさんを追い詰めていたのは、息子さんの反抗や更年期の不調だけではなかったのです。
もちろん、子どもの癇癪や学校とのやり取りは大きな負担です。
でも、それ以上に重くのしかかっていたのは、「母親が全部を把握し、全部を調整する構造」でした。
・子どもの課題
・母親に集中している役割
・夫が悪気なく見えていない現実
この3つが絡まり合い、Yさんひとりにプレッシャーが集まっていたのです。
「私が頑張れば回る」という状態は、一見うまくいっているように見えます。
でもそれは、誰か一人の無理の上に成り立っていることもあります。
ここからは、“誰が悪いか”ではなく、“どういう構造になっているか”を一緒に整理していきました。
子どもの課題と「全部背負う」はイコールではない
息子さんに発達特性があり、反抗期も重なっている。
それは確かに簡単な状況ではありません。
学校との連携、感情のフォロー、日々の声かけ。
母親が中心になる場面が多いのも事実です。
でも、「中心になること」と「全部を背負うこと」は違います。
Yさんはいつの間にか、
・学校との連絡
・家庭内での調整
・夫への説明
・自分の体調管理
これらをすべて一人で抱えていました。
本来なら分けられるはずの役割まで、自分の担当になっていたのです。
子どもに課題があるからといって、母親が24時間責任を持たなければならないわけではありません。
そこを切り分けるだけでも、心の負担は少し軽くなります。
体調不良は「甘え」ではなく「条件」
Yさんは何度もこう言いました。
「体調が悪いのは分かっているんです。でも、だからって止まれないですよね」
ここに、大きな思い込みが隠れていました。
体の不調を“気合いでなんとかするもの”と扱うと、無理が前提になります。
でも本当は、体調は「今の自分の条件」です。
雨の日は傘を持つように、
体がしんどい日はペースを変えていい。
条件が変われば、やり方も変えていい。
それは甘えではなく、現実的な調整です。
「私が弱いわけじゃないんですね」
そう言葉にできたとき、Yさんの声は少し落ち着いていました。
自分を責める視点から、状況を見る視点へ。
この小さな変化が、次の一歩につながっていきます。
「お願い」ではなく「現状共有」へ
これまでYさんは、夫に何かを頼むとき、どこかで遠慮していました。
「悪いけどお願いできる?」
そんな言い方になっていたのです。
でも本来、子育てはどちらかの“手伝い”ではありません。
そこで試したのは、「お願い」ではなく「現状をそのまま伝える」ことでした。
・今、自分が抱えているタスクの量
・体調の状態
・息子さんへの対応にかかっている時間
感情の説明よりも、まず“事実”を共有する。
責めるのではなく、状況を見せる。
すると、話し合いの空気が少し変わります。
完全に分担が進んだわけではありません。
でも、「私が全部やらないと」という前提は、少しずつ揺らぎ始めました。
問題を人の性格に結びつけると、出口は見えにくくなります。
でも、構造として整理すると、動かせる部分が見えてきます。
ここから、Yさんの中で「限界=失格ではない」という感覚が芽生え始めていきました。
「私が倒れないことも子育て」そう思えたとき、景色が少し変わった
何か劇的な出来事があったわけではありません。
夫が急に完璧に理解してくれたわけでも、息子さんの反抗がピタリと止まったわけでもない。
それでも、Yさんの中で確実に変わったものがありました。
それは、「限界を感じる私は失格だ」という思い込みが、ゆるんだことです。
これまでは、しんどい=自分の努力不足。
うまく回らない=母親として足りない。
そんなふうに、すべてを自分の責任にしていました。
でも、状況を整理し、自分の体調や役割の偏りを言葉にしていく中で、
「私は弱いわけじゃない。ただ、背負いすぎていただけなんだ」と少しずつ受け止められるようになったのです。
子どもを守ることと、自分を守ることは対立しません。
むしろ、自分が倒れないことは、家族を守るための大切な土台。
その視点に立てたとき、Yさんの呼吸はほんの少し深くなりました。
完璧な分担よりも「話せる空気」をつくる
その後、Yさんは夫に改めて現状を伝えました。
「もっと手伝ってほしい」という言い方ではなく、
「今こういう状態なんだ」と、事実を共有する形で。
すぐに理想的な分担ができたわけではありません。
理解も、まだ道半ばです。
それでも、「言ってもいいんだ」と思えたことが大きな変化でした。
家の中に、しんどさを言葉にしてもいい空気が少しずつ生まれる。
それだけで、孤独は和らぎます。
完璧に分かり合うことよりも、
少しずつ調整できる関係のほうが、長く続きます。
すぐに100点を目指さなくていい。
50点でも、昨日より少し楽なら、それは前進です。
休むことはサボりじゃない
これまでのYさんは、休むことに強い罪悪感がありました。
横になる時間があれば家事をする。
時間があれば子どもの様子を見る。
そうやって、常に“何かしている状態”で自分を保ってきました。
でも今は、「今日はここまで」と線を引く日もあります。
全部を片づけなくても、命に関わるわけではない。
少しくらい家が散らかっても、家族の関係は壊れない。
自分の体を整える時間も、立派な役割のひとつ。
それを意識してから、心の余白がほんの少し戻ってきました。
休むことは、怠けることではありません。
次の日も笑顔でいるための準備です。
「ひとりで抱えなくていい」と思えたことが一番の変化
振り返ってYさんが言った言葉があります。
「全部を一人でやらなくていいって、やっと思えました」
状況そのものは、まだ続いています。
息子さんの成長も、夫との調整も、これからです。
それでも、“ひとりで抱えるしかない”という思い込みから少し離れられたこと。
それが何よりの変化でした。
子育ては長距離走です。
一瞬の頑張りよりも、続けられる形が大切。
もし今、「もう無理かもしれない」と感じているなら、
それはあなたが真剣に向き合ってきた証拠です。
自分を守ることも、家族を守ること。
その視点を持てたとき、少しだけ景色は変わります。
そして、その小さな変化が、次の一歩を支えてくれます。
最後に、いま読んでくださっているあなたへ
「もう無理かもしれない」
そう思いながらも、今日も家のことを回しているあなたへ。
うまくできていないわけではありません。
足りないわけでも、弱いわけでもありません。
ただ、それだけ真剣に向き合ってきたから、心と体が「少し立ち止まって」とサインを出しているだけなのです。
母親だから頑張れる。
でも、母親だからこそ限界もあります。
誰かに話したからといって、すぐに問題が全部解決するわけではありません。
けれど、「分かろうとしてくれる人がいる」という感覚は、思っている以上に心を軽くします。
傾聴ラウンジ「ここより」では、
正しさよりも、まずあなたの“しんどさ”を大切にしています。
アドバイスを急がず、
否定せず、
整理を一緒にゆっくり行う。
「私が弱いわけじゃなかったんですね」
Yさんがそう言えたように、あなたの中にもきっと、まだ整えられていない思いがあるはずです。
ひとりで抱え続けなくていい場所があってもいい。
もし今、誰にも言えない気持ちを持て余しているなら、
一度、ここよりの扉をのぞいてみてください。
あなたの話を、あなたのペースで。
まずはそこからで大丈夫です。
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