親に本音が言えなかった私が、親子の距離感に悩まなくなるまで|比べられる苦しさを手放した体験談

こんにちは。渡辺桜(わたなべ さくら)です。今日は、「親に本音が言えない」「言いたいことを言うと怒られそうで怖い」「家の空気がピリピリしていて、つい黙ってしまう」——そんな親子関係の悩みを抱えるあなたへ、私自身の体験談を通してお話しします。
子どもの頃の私は、両親に何かを伝えるだけで不機嫌になられる気がして、言葉を飲み込むのが当たり前でした。気づけば「いい子」でいることや「期待に応えること」が癖になり、姉と比べられるたびに、自分の好きなことまで手放していたんです。
でも大人になって、少しずつ見え方が変わりました。親も一人の人間で、事情や弱さを抱えていたのだと知ったとき、私の中の“怖さ”がほどけていった感覚がありました。ここでは結論を急がず、当時の気持ちをそのまま丁寧に言葉にしていきます。あなたの中にもある「言えなかった本音」を、一緒にそっと拾い上げていけたら嬉しいです。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■ キャッチコピー:あなたの心の声をそのまま受け止める、安心の止まり木です。
■ 得意なテーマ
– もやもやしている気持ちの整理
– 誰にも言えない話の受け止め
– 人間関係の悩み・恋愛相談
– とにかく話を聴いてほしいとき
– 感情の吐き出し
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– 言葉の裏にある感情を丁寧に拾い上げます。
– 否定的な判断を挟まず、お話を丸ごと受け入れます。
– 解決策は求められるまで出しません。聴くことに徹します。
■ 経験
– 臨床心理学を学び、人格特性やストレスの対処法について研究していました。
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– 守秘義務を徹底し、年間40件以上の相談を継続的に担当していました。
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– 否定ゼロ。あなたの全てを受け入れます。
– 話したくないことは無理に聞きません。
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■ 人柄・ユニークポイント
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– 聴き手としての密かな強み:言葉の温度から、微細な感情の変化を読み取ります。
■ メッセージ
感情が溢れたり、話が前後しても気にしないでください。あなたの伝えたい気持ちを丁寧に見つけ出します。まずは気持ちの全てを預けて、心をそっと休ませてあげましょう。
目次
- ○ 親に本音が言えない私が、「距離感」を考え始めた話
- ・家の空気が怖くて、言葉を飲み込むのが当たり前になっていた
- ・「姉と比べられる」が積み重なると、自分の好きが分からなくなる
- ・「いい子」をやめたかったわけじゃない。安心したかっただけだった
- ○ 「いい子」でいるほど苦しくなる…親の期待に合わせてしまった日々
- ・「怒られないため」に身についた、空気を読むクセ
- ・比べられるほど、「自分の好き」を手放してしまった
- ・「期待に応える」がクセになると、断れなくなる・緊張が増える
- ○ 大人になって気づいた。「親の言葉=絶対」じゃなかったんだ
- ・大事な決断のときだけ親が口を出す…そのたびに揺らいだ私の気持ち
- ・母の涙で見えた「親も一人の人間だった」という事実
- ・「伝えてもいい」を小さく練習したら、人生のハンドルが戻ってきた
- ○ 親子の距離感は「近い=正解」じゃない。私が本音を取り戻していくまで
- ・今の私は「毎日連絡」でも、無理しない境界線を持っている
- ・比べられたときは「それって比べてる?」と“責めずに止める”が効いた
- ・親が変わらなくてもいい。「自分が自分を認める」が回復の軸になる
- ○ 読者へのメッセージ
親に本音が言えない私が、「距離感」を考え始めた話
「言いたいことがあるのに、口にした瞬間に空気が変わりそうで怖い」
「どうせ不機嫌になるんじゃないか、怒られるんじゃないか」
そんなふうに感じて、家の中では“言わない選択”が増えていくことってありませんか。私も子どもの頃、両親に何かを伝えようとすると胸がギュッとなって、結局飲み込むことが多かったです。
当時の家は、厳しさも放任も混ざっていて、ピリピリする日もありました。口癖みたいに「お姉ちゃんのほうが何でもできるよね」と比べられるたびに、私は“自分らしさ”を小さく畳んでいった気がします。
その場をやり過ごすために「いい子」でいる。期待に応える。空気を読む。そうしているうちに、本音ってどこに置いたっけ?と分からなくなるんですよね。
この記事の最初は、結論を急がずに「当時の空気感」と「言えなかった気持ち」をそのまま言葉にしていきます。あなたの中にもある“飲み込んできた本音”を、いったん机の上にそっと並べるところから始めてみませんか。
家の空気が怖くて、言葉を飲み込むのが当たり前になっていた
私がいちばん苦しかったのは、何か大きな事件が毎日ある…というより、「言わないほうが安全」という空気が日常に溶けていたことでした。両親に話しかける前に、頭の中で何パターンもシミュレーションしてしまうんです。これを言ったら不機嫌になるかな、また怒られるかな、変な空気になって家の中が息苦しくなるかな…って。
そうなると、自然と“無難な話だけ”を選ぶようになります。学校のことも、友だちのことも、悩みも、ほんとは聞いてほしいのに、わざわざ言わない。結果、親から見た私は「手がかからない子」になっていったと思います。だけど内側は、寂しさと怖さと不安でいっぱいでした。
ここでややこしいのが、沈黙って外からは「平和」に見えることなんですよね。でも、言えないまま積み重なると、だんだん自分の気持ちに自分で気づけなくなってきます。私はその感覚がすごくありました。「本当はどうしたい?」と聞かれても、答えが出てこない。言葉にする練習をしていないから、当然なんです。だからまずは、“言えなかった自分”を責めずに、「怖かったんだよね」って認めるところからで大丈夫だと思っています。
「姉と比べられる」が積み重なると、自分の好きが分からなくなる
「お姉ちゃんのほうが…」って言葉、言われたことがある人には分かると思うんですが、あれって一言で心の芯が冷えるんですよね。頑張っても、見てもらえる基準が“自分”じゃない。私は比べられるたびに、少しずつ「どうせ私じゃダメなんだ」が増えていきました。
最初は反発したい気持ちもあるのに、反発するともっと面倒になる気がして、結局「期待に応える」ほうに舵を切る。すると、親の望むルートに乗るのが上手くなっていきます。だけどその裏で、自分の好きなことを手放してしまったり、「私の人生のレールって誰のため?」って感覚が出てきたりするんですよね。
そして大人になって振り返ると、この“比べられ体験”って、恋愛や仕事にも影響しやすいです。頼まれると断れない、期待されると過度に緊張する、人の顔色を見すぎる…。私はまさにそれで、無意識に「失望させない自分」を作っていました。
だからこそ、ここで大事なのは「比べられた事実」よりも、そのとき自分が何を感じていたか。悔しさ、悲しさ、寂しさ、怖さ。どれも自然な反応です。気持ちに名前をつけるだけで、心の中のモヤが少し輪郭を持ちはじめます。そこからやっと、「私は本当はどう扱われたかった?」が見えてくるんです。
「いい子」をやめたかったわけじゃない。安心したかっただけだった
よく「いい子をやめよう」って言うけれど、私はそれを聞くたびにちょっと複雑でした。だって、いい子でいることには理由があったから。親の反応が怖い、見放されそうで不安、家の中で波風を立てたくない。子どもの自分なりに、必死に生きるための工夫だったんです。
だから、過去の自分に対しては「よく頑張ってたね」でいいと思っています。問題は、“その工夫が今の自分を苦しめているかもしれない”ってところ。大人になった今は、あの頃より選択肢が増えています。言い方を変える、距離を取る、境界線を引く、第三者に相談する。できることが増えているのに、心だけが子どもの頃のルール(黙る=安全)を握りしめたままになっていることがあるんですよね。
私がこの先の記事で大事にしたいのは、「正しい親子関係」を押しつけることではありません。親子の距離感って、近ければ近いほど良い…とも限らないからです。
まずは、あなたが安心できる距離を探すこと。言えなかった本音を、いきなり親にぶつける必要はないです。最初はノートでも、信頼できる人でも、カウンセラーでもいい。気持ちを“外に出す練習”を重ねると、自然と「伝え方」も「守り方」も上手くなっていきます。
「いい子」でいるほど苦しくなる…親の期待に合わせてしまった日々
子どもの頃の私は、家の中で“波風を立てない”ことが最優先でした。両親に何かを言うだけで不機嫌になりそう、怒られそう…そんな予感があると、言葉を飲み込むのが当たり前になっていきます。
しかも、家の雰囲気は「厳しい」と「放任」が混ざっていて、ピリピリする日もある。
だから余計に、“正解っぽい振る舞い”を探してしまうんですよね。
そんな中で何度も刺さったのが、「お姉ちゃんのほうが何でもできるよね」という比較の言葉でした。
直接怒鳴られたわけじゃなくても、比べられるたびに「私はこのままじゃダメなんだ」と心の奥がしゅん…と縮む感じがして。気づけば私は、反発よりも“期待に応える”方を選ぶようになりました。
でもね、ここがしんどいところで。「いい子」でいればいるほど、家は一見うまく回るんです。大きな衝突も減るし、親も機嫌がいい日が増える。だけどその分、自分の気持ちは置き去りになっていく。自分の人生のレールが、いつの間にか“自分のため”じゃなく“認められるため”になっていた。
ここでは、その“置き去りになった気持ち”が、どんな形で積み重なっていったのかを書いていきます。
「怒られないため」に身についた、空気を読むクセ
私の場合、いちばん根っこにあったのは「親の反応が怖い」「見放されるのが不安」という気持ちでした。
だから、言いたいことがあってもまず“安全確認”をするんです。今この話題いける?機嫌はどう?この言い方なら怒られない?…って、頭の中で高速チェックが始まる。
このクセ、子どもの自分にとっては結構“役に立つ”んですよね。家の中での生存戦略というか。刺激を減らして、怒られるリスクを下げて、なんとか毎日を回すための工夫。だから当時の自分を責める必要は全然ないと思っています。むしろ「よくやってたな」って言ってあげたい。
ただ、困るのはその工夫が大人になっても残るとき。たとえば職場でも友人関係でも、相手の顔色を優先してしまって、自分の希望は後回しになる。頼まれると断れない。ちょっと期待されると、必要以上に緊張する。
本人は“気を遣ってるだけ”のつもりなのに、心はじわじわ疲れていくんですよね。「私、何のために頑張ってるんだっけ?」って。
ここで大事なのは、「空気を読むのが悪い」じゃなくて、「空気を読み続けないと安心できない状態」になっていないか、って視点です。安心の土台が薄いと、気持ちを言う前に体が固まってしまう。だからまずは、“怖い”の存在をちゃんと認めるところからでいい。そこが整ってくると、少しずつ「言っても大丈夫な場面」が見えてきます。
比べられるほど、「自分の好き」を手放してしまった
「お姉ちゃんのほうが何でもできるよね」
この一言って、表面は軽くても、受け取る側にはズシンと残ります。私の場合、比べられるたびに“勝負の土俵”が自分じゃないところにある感じがしました。どれだけ頑張っても、評価の基準が「姉」だから、いつも追いつけない。追いつけないなら、せめて嫌われないようにしよう…って、気持ちがそっちに流れていくんです。
そうすると何が起きるかというと、選択の基準が「自分が好きか」じゃなく「親が納得するか」になります。結果、自分の好きなことまで手放してしまう。
本当はやりたいことがあるのに、「それって将来役に立つの?」と言われるのが怖くて言えない。言えないから、最初から選ばない。…この積み重ねで、だんだん“自分の本音”が見えにくくなるんですよね。
しかも厄介なのが、外から見ると「ちゃんとしてる子」に見えるところ。進路も行動も、無難で正しそう。だから周りは心配しない。けど本人の中では、「私の人生って、私のものなのに…」って小さな違和感がずっと残る。これが積もると、大人になってから一気にしんどくなったりします。
だからここで伝えたいのは、比べられた経験を“根性で乗り越える話”じゃなくて、「比べられる環境で、心がどう守ろうとしたか」を丁寧に見ること。自分を守るために選んだ行動には、ちゃんと理由がある。そこが見えると、やっと次の一手(手放し方)が選べるようになります。
「期待に応える」がクセになると、断れなくなる・緊張が増える
私はいつの間にか、“期待される=応えなきゃ”のスイッチが強く入るようになっていました。
たとえば誰かに頼られたとき、本当はしんどくても「断ったらがっかりされるかも」が先に立ってしまう。だから引き受ける。引き受けたあとで、心の中はずっとピリピリしてる。「ちゃんとやらなきゃ」「失敗したら終わり」って。
この状態って、周りから見ると責任感がある人に見えたりします。でも実際は、“安心を得るために頑張ってる”だけだったりするんですよね。親との関係で「期待に応えると居場所が保てる」みたいな感覚が育つと、他の人間関係でも同じルールで動いてしまう。だから、頼まれると断れない。期待されると過度に緊張する。
そして一番しんどいのは、自分の中に「私はこれでいい」が育ちにくいこと。誰かのOKがないと落ち着かない。反対に言うと、誰かの不機嫌があると一気に不安になる。これ、心がずっと他人のリモコンで操作されてるみたいな感じで、疲れます。
だからこそ、ここから先(転)で大事になってくるのが、「親に意見を言うのは悪いことじゃない」「自分の決断を自分で守っていい」という感覚です。実際に私は、大人になってから“伝えてもいい”を少しずつ練習して、ようやく自分の意思を貫けるようになっていきました。
ここはその前段階として、「なぜ言えなくなったのか」「なぜ期待に合わせ続けたのか」を、優しくほどいていくパートにします。
大人になって気づいた。「親の言葉=絶対」じゃなかったんだ
子どもの頃は、親の言葉って“ルール”みたいなものですよね。正しい・間違い以前に、逆らう発想すら持てないことも多いと思います。私もまさにそうで、両親が言うことは絶対、家の空気を乱さないことが最優先でした。だから本音は飲み込むし、姉と比べられても笑って受け流す。そうやって「いい子」でいることで、なんとか安心を保っていたんだと思います。
でも、成人して家を離れたり、自分で選択して生きる場面が増えたりすると、少しずつ違和感が出てきました。放任っぽい親なのに、いざ大事な決断のときだけ急に口を出されて、せっかく固めた気持ちがグラつく。
そのたびに「私はどうしたい?」より「親が納得するかな?」が先に出る自分に気づいて、なんだか悔しくなったんです。
そして、ある瞬間に視点がひっくり返りました。親も“正しさの塊”じゃなくて、迷いながら生きてきた一人の人間だった、という事実です。母が、知らない土地で相談相手もいないまま必死に子育てしていた話を涙ながらに語ったとき、私は初めて「私が怖かったのと同じくらい、親も余裕がなかったのかもしれない」と思いました。
この【転】では、親を許すとか、仲良くするべきとか、そういう“正解探し”は一旦置いておきます。大事なのは、親の言葉に振り回されていた自分が、どうやって「自分の人生のハンドル」を取り戻していったか。そこを丁寧に書いていきます。
大事な決断のときだけ親が口を出す…そのたびに揺らいだ私の気持ち
不思議なんですけど、普段はわりと放任というか、「勝手にしたら?」みたいなスタンスなのに、こちらが本気で決めようとした瞬間だけ、急に意見が飛んでくることってありませんか。私の家はまさにそれでした。普段は干渉しないのに、進路とか仕事とか、人生の大事な場面になると急に「それでいいの?」「こっちの方が安定じゃない?」みたいに口を出される。
その一言で、私の中の“怖さスイッチ”がすぐ入るんです。せっかく考えて、決めて、よし行こうって思ったのに、親の表情やトーンを想像しただけで心がザワザワする。「反対されたらどうしよう」「期待を裏切ったらどうしよう」って、また昔の自分に戻る感じがして。
でもね、ここで一つ気づいたのは、「揺らぐ=意志が弱い」じゃないってことでした。私が揺らぐのは、親の言葉が強いからというより、“親の評価に自分の価値を預けてきた期間が長かったから”なんですよね。子どもの頃からの積み重ねって、そんなに簡単に消えない。だから揺れて当然なんだと思います。
ただ、揺れたまま進むと、あとで後悔しやすい。だから私は、揺れたらいったん立ち止まって「親の意見」と「私の希望」を分けて考える練習を始めました。親の言葉は“参考意見”。最終決定は私。そうやって線引きを覚えていくと、少しずつ心の中の主導権が戻ってきました。
母の涙で見えた「親も一人の人間だった」という事実
親って、子どもの目から見ると大きい存在ですよね。強くて、正しくて、全部分かってる人みたいに見える。だからこそ、親に否定されると「私そのものが否定された」みたいに感じやすい。私もずっと、親の言葉の重さを“絶対”として受け取っていました。
でも、あるとき母がぽつりぽつりと話してくれたんです。父の地元に嫁いで、周りに友人もできない中で、子ども二人を育てるのに必死だったこと。相談できる相手もいなくて、心細かったこと。
そして涙ながらに語る母を見た瞬間、私の中で何かがほどけました。あ、親も“余裕のない時期”があったんだ。親も一人で抱えていたんだ、って。
もちろん、だからといって「比べられてよかった」にはならないし、過去の痛みが消えるわけでもありません。ここで大事なのは、親を美化することじゃなくて、「親の言葉=真実」じゃないと理解できたこと。親の言葉も、親の不安や価値観や余裕のなさから出ていた可能性がある。そう思えたら、私は初めて“親の言葉を一歩引いて受け取る”ことができました。
この距離感が持てるようになると、自分の気持ちが見えやすくなります。「私はどうしたい?」が戻ってくる。親の都合と、自分の人生は別物。そうやって分けて考えられるようになったのが、私にとって大きな転換点でした。
「伝えてもいい」を小さく練習したら、人生のハンドルが戻ってきた
「親に意見を言う」って、慣れていない人にとってはすごくハードルが高いです。私も最初は、言い返すとか説得するとか、そんな強いことはできませんでした。だから“いきなり戦わない”方法を選びました。
たとえば、親が姉と比べる発言をしたとき。昔の私なら黙って飲み込んで終わりです。でも大人になってからは、言い方を変えてみました。
「それって比べてるってこと?」
「私は私として見てほしいな」
“責める”じゃなく、“確認する”とか“お願いする”に寄せる。すると親も、無意識に言っていたことに気づく瞬間があるんですよね。
それでもうまくいかない日もあります。親が変わらないことだって普通にある。でも、ここで大事なのは「親が変わるか」より「私が自分の気持ちを守れるか」なんです。
私は少しずつ、“自分の決断は自分で守る”を繰り返しました。その結果、なりたい職業を選んで自立することができたし、「認められなくてもいい」という安心感も育っていきました。
この練習を続けると、不思議と他の人間関係でも楽になります。頼まれごとを断るのが少しラクになる。期待されても緊張しすぎない。自分のペースで決められる。親子関係の変化って、人生全体の呼吸をラクにしてくれることがあるんだな、と今は感じています。
親子の距離感は「近い=正解」じゃない。私が本音を取り戻していくまで
ここまで書いてきたように、私は長い間「親に本音を言う=怒られる」「空気が悪くなる」「否定されるかもしれない」と感じて、言葉を飲み込むのが当たり前になっていました。
でも大人になって、親の言葉を“絶対”として受け取らなくてもいいと分かったとき、少しずつ呼吸がラクになっていったんです。親も一人の人間で、余裕がない時期があったのかもしれない。そう思えたことで、私は親の一言に振り回されすぎず、「私はどうしたい?」に戻れるようになりました。
そして今、私が強く思うのはこれです。
親子関係って、近ければ近いほど良いわけじゃない。むしろ“ちょうどいい距離感”は人それぞれで、近づくことより「自分がラクでいられる関係」に整えることのほうが大事なときもあります。
私は現在、ほぼ毎日LINEで連絡を取るくらいの距離感に落ち着きました。 ただし「姉と比べられる」のは今でもしんどい。だから境界線も持ちます。
ここでは、私が実際にやっている“小さな工夫”と、「本音を守る」ための考え方を、できるだけ親しみやすくまとめます。ここまで読んでくれたあなたが、少しでも「私もやってみようかな」と思える形で手渡せたら嬉しいです。
今の私は「毎日連絡」でも、無理しない境界線を持っている
「距離を取る」って聞くと、連絡を断つとか、冷たくするみたいに感じる人もいるかもしれません。でも私が実感しているのは、距離って“量”だけじゃなく“質”なんですよね。たとえば私は、今はほぼ毎日LINEで連絡を取っています。 だから一見、すごく近い関係に見えると思います。
でも、近いからこそ“線引き”がないとしんどくなる。私にとってのしんどさは、姉と比べられることでした。 これって、言われた瞬間に心が昔に引き戻されるような感覚があるんですよね。だから私は、そこは曖昧にせずに「比べられるのは辛い」と自分の中でちゃんと認めました。
境界線って、相手を拒絶するための壁じゃなくて、自分を守るための柵みたいなものだと思います。たとえば、疲れている日は返信を遅らせる。話したくない話題には深く乗らない。会話が比べる方向に行ったら、そこで一度止める。こういう小さな線引きを積み重ねると、「親と関わる=消耗」になりにくくなります。
もしあなたが「距離感が分からない」と悩んでいるなら、いきなり正解を決めなくても大丈夫。まずは“自分がしんどくなるポイント”を一つだけ見つけて、そこに小さな柵を立てる。親子関係は白黒じゃなくて、グレーの調整がほとんどだなって、私は今も感じています。
比べられたときは「それって比べてる?」と“責めずに止める”が効いた
親に何かを言うとき、昔の私は「言い返したら怒られる」「険悪になる」と思い込んでいました。だから黙るか、笑って流すか。でも大人になってからは、別のやり方を試しました。それが、“責めずに止める”です。
たとえば姉と比べるような言い方が出てきたとき、いきなり「やめて!」と強く言うのが難しい日もありますよね。そんなとき私は、少し柔らかくこう言うようにしました。
「それって、比べてるってこと?」
これ、相手を攻撃するというより、相手に“気づかせる”言い方なんです。
実際、親って無意識で言っていることが多いです。言葉の癖みたいなもの。だからこそ、こちらが苦しさを抱え込むより、軽くでも「今の言い方、比べてるかもよ」と照らしてあげると、会話の流れが変わることがあります。
もちろん、毎回うまくいくわけじゃありません。親が「そんなつもりじゃない」と否定する日もあるし、逆にムッとされることもある。でも、それでも良いと思っています。大事なのは“親を完璧に理解させる”ことじゃなくて、“私はそれが辛い”を自分の中で握っておくこと。
言葉に出せない日があっても大丈夫です。まずは心の中で「今のは比べられて辛かった」とラベリングするだけでも、自分の気持ちを見失いにくくなります。その上で、言える日に少しずつ言えばいい。私はその積み重ねで、少しずつ本音を守れるようになっていきました。
親が変わらなくてもいい。「自分が自分を認める」が回復の軸になる
親子関係の悩みって、どこかで「親が分かってくれたら終わるのに」と思いやすいですよね。私もそうでした。比べないでほしい、認めてほしい、私の気持ちを分かってほしい。もちろん、それを望むのは自然なことです。
でも、現実として親がすぐに変わるとは限りません。むしろ、価値観の癖ってそう簡単には変わらないことも多い。そんなときに支えになるのが、「自分は自分で認めてあげられる。誰かに認められなくてもいい」という視点でした。
これは強がりじゃなくて、心の主導権を取り戻す感覚に近いです。親の評価を“人生の採点係”にしない。親がどう言おうと、私が私の味方でいる。ここが育ってくると、親の一言で心が折れにくくなります。
そして、辛い気持ちが出てきたときは「すぐ相談してほしい」と、私は自分の経験から本気で思っています。 相談って、問題を解決するためだけじゃなくて、気持ちを整理して“自分の本音”を取り戻すためにも役立つからです。
もしあなたが今、親子関係でモヤモヤしているなら、まずは「私が悪いのかな」と抱え込まないでほしい。親子の距離感は本当に難しいし、試行錯誤して当たり前。離れてみるのも方法の一つだし、自分がラクな距離を見つけられたとき、関係が少しずつ好転していくこともあります。
あなたがあなたの気持ちを大事にできる関係へ、少しずつ整えていけますように。
読者へのメッセージ
親子関係って、近いぶんだけ「言えない」「分かってもらえない」が刺さりやすいですよね。ここまで読んでくれたあなたも、きっと我慢してきた気持ちがあるはずです。まず伝えたいのは、うまくできなかった自分を責めなくて大丈夫ということ。言えなかったのは、あなたが弱いからじゃなくて、そのときのあなたなりに必死に自分を守っていたからです。
そして、親がすぐ変わらなくても、関係は少しずつ整えられます。ポイントは「正解の親子」になることより、あなたがラクに呼吸できる距離感を作ること。小さな境界線を置く、言い方を変える、気持ちを整理してから伝える…できることは意外とあります。
もし今、「頭では分かるけど、気持ちが追いつかない」「本音を言おうとすると怖くなる」「誰かに一度、否定されずに話を聴いてほしい」と感じているなら、傾聴ラウンジ**『ここより』**を思い出してみてください。ここよりは、アドバイスで急かす場所ではなく、あなたの言葉になりきらない気持ちを、そのまま置ける場所でありたいと思っています。話すことで気持ちが整理されて、「私は本当はどうしたい?」が少しずつ見えてくることも多いです。
ひとりで抱えていると、同じところをぐるぐる回ってしまう日もあります。そんなときは、立ち止まって深呼吸する感覚で、ここよりを使ってもらえたら嬉しいです。あなたのペースで、あなたの本音を取り戻していきましょう。





