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夫婦関係が壊れた理由|発達特性のある夫とのセックスレス・不眠・孤独のリアル体験

夫婦関係が壊れた理由|発達特性のある夫とのセックスレス・不眠・孤独のリアル体験

こんにちは、たんべさやかです。

気づいたときには、夫婦の距離はもう簡単には戻らないところまで離れていました。
大きな出来事があったわけではありません。
けれど、産後の生活の中で少しずつ積み重なっていった違和感やすれ違いが、気づかないうちに心を削っていったのだと思います。

夫は悪い人ではありません。
むしろ真面目で、仕事にも誠実に向き合う人です。
ただ、一緒に生活していく中で、「どうしても分かり合えない」と感じる瞬間が増えていきました。

話しかけても、どこか噛み合わない。
気持ちを伝えようとしても、意図とは違う形で受け取られてしまう。
そのたびに私は、自分の伝え方が悪いのかと悩み、何度も言葉を選び直してきました。

でも、何度試しても同じようなすれ違いが続くと、次第に「どうせ伝わらない」という感覚が心の中に広がっていきます。
そして気づけば、言葉にすること自体をあきらめるようになっていました。

本当は、特別なことを望んでいたわけではありません。
つらいときに少し話を聞いてほしい。
ほんの少し、気持ちに寄り添ってほしい。

それだけのことが、どうしてこんなにも遠いものになってしまったのか。

これは、発達特性のような傾向を持つ夫との生活の中で、
セックスレスや孤独、不眠といった問題に直面しながら、
少しずつ自分自身の限界に気づいていった、私の体験です。

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投稿者プロフィール

たんべさやか
たんべさやかよりびと
■ 待機基本シフト:水曜10時~13時、木曜19時~24時、土曜・日曜10時~12時
※祝日は基本お休みです
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■ 年齢:30代

■ キャッチコピー:「言葉にならない気持ちを、いっしょにほどく。」

■ 得意なテーマ

- もやもやしている気持ちの整理
- 優しく温かい傾聴
- 恋愛・結婚・離婚などパートナーとの悩み
- 複雑な感情の言語化
- ペット(おもに犬)の悩み
- 勉強や進学の悩み
- 子育ての悩み
- 職場での悩み

■ 聴き方・スタイル

- 優しく愛情深く相槌を打ちます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- どんな話も落ち着いて受け止めます
- 気持ちに寄り添い、共感するスタイルです

■ 経験

- 大手結婚情報誌の編集として、数多くのカップルの話に耳を傾けてきました。
- 自身は、夫と3年前に別居。共同親権法の施行を待って、離婚を見据え、子どもを夫と交代で協力して養育しています。
- 離婚が決まり、苦しかった時にオンラインカウンセリングに出会い、自分も人の力になりたいとメンタルケア心理士の資格を取得しました。
- 恋愛・婚活・結婚の悩みやパートナーとの関係、離婚や子育てなどのお悩みにお力になれたらと思っています。
- また、ペット(犬)情報誌の編集経験から、ペットの悩みにもお答えしていきたいです。
- 東京大学文学部卒。

■ 大切にしていること

- あなたの気持ちを否定せず、前向きになるお手伝いをします。
- 気持ちが整理されていなくても、そのまま話して大丈夫です。
- 悲しい気持ちや怒り、行き場のない悩みも受け止めます。
- 相談者のあなたと一緒に悩み、共感して受け止めます。

■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:ミュージカル /読書 / 料理/歌うこと/サイクリング
- よく言われる性格:「落ち着いている」「優しそう」「愛情深い」「発想力豊か」「博識」
- ちょっとしたこだわり:国産米が高い時期、ジャスミンライスを買ったらはまった
- 聴き手としての密かな強み:「声が優しく、安心できるといわれます」

■ メッセージ

人と人とのつながりが希薄になってさみしさを抱えるあなたに、少しでも温かい気持ちになってもらえるようなよりびとを目指します。どんな些細な事でも、口に出すことで気持ちが楽になるはず。一緒に少しでも前を向ける温かい時間を過ごしましょう!

目次

産後から少しずつ崩れていった夫婦関係|違和感の正体に気づけなかった頃

子どもが生まれてから、生活は一気に変わりました。
慣れない育児に追われる日々の中で、余裕がなくなるのは当然のことだと思っていましたし、夫婦のすれ違いも「よくあること」として受け止めようとしていました。

でも、どこか引っかかる感覚がずっとありました。
会話がうまく噛み合わない。こちらが何気なく言った一言に対して、思ってもいなかった返しがくる。
説明を重ねても、なぜか意図が伝わらない。

最初は「疲れているからかな」「私の伝え方が悪いのかも」と、自分の中で理由を探していました。
けれど、その違和感は一時的なものではなく、むしろ時間が経つほどに大きくなっていったのです。

本当は、夫に完璧を求めていたわけではありません。
ただ、少し話を聞いてほしいとか、同じ方向を向いていると感じたかっただけでした。

それなのに、日常の小さな場面で「分かり合えない」と感じる瞬間が積み重なり、
気づけば、心の距離は静かに広がっていきました。

この頃の私は、まだ「何が起きているのか」をうまく言葉にできていませんでした。
ただ、どこかで「このままではいけない」と感じながらも、その正体が分からずに立ち止まっていたのだと思います。

会話がかみ合わない違和感|小さなズレが積み重なる

日常の中で一番しんどかったのは、やはり会話のズレでした。
こちらは気持ちを共有したくて話しているのに、返ってくるのは事実の訂正や正論ばかり。

例えば「今日は大変だった」と伝えても、「それは〇〇だからでしょ」と分析されたり、
「こうすればいいんじゃない?」とすぐに解決策を提示されたりする。

もちろん、悪気がないのは分かっています。
でも、私が欲しかったのはアドバイスではなく、「大変だったね」という一言でした。

こうしたズレが続くと、「どう話せば伝わるんだろう」と考えること自体が疲れてきます。
言葉を選んで、慎重に伝えても、結局違う形で受け取られてしまう。

そのうちに、「もういいや」と思う瞬間が増えていきました。
話すことをやめると一時的には楽になりますが、その分だけ心の距離は広がっていきます。

今振り返ると、この時点ですでに「分かり合えなさ」に対する小さなあきらめが、心の中に芽生え始めていたのだと思います。

「普通」が通じない感覚|価値観の違いでは片づけられない

最初は「価値観の違い」だと思っていました。
育ってきた環境も違うし、考え方が違うのは当然だと。

でも、時間が経つにつれて、それだけでは説明できない感覚が強くなっていきました。
例えば、人が悲しんでいるときの受け止め方や、距離の取り方。
「こういうときはこうするよね」という感覚が、どうしても共有できないのです。

私にとって自然な行動が、夫にとっては理解できないものになる。
逆に、夫の反応が私にはどうしても冷たく感じてしまう。

どちらが正しい・間違っているという話ではなく、そもそも見えている世界が違うような感覚でした。

この「普通が通じない」という感覚は、じわじわと心を消耗させます。
説明しても埋まらない距離に、どう向き合えばいいのか分からなくなっていくのです。

そして、「分かってもらえないかもしれない」という前提ができたとき、
人は少しずつ、自分の気持ちを引っ込めるようになっていくのだと感じました。

頼りたいのに頼れない|孤独が静かに広がっていく

育児や日々の生活の中で、本当は一番近くにいるはずのパートナーに頼れない。
この感覚は、想像以上にしんどいものでした。

物理的には同じ空間にいるのに、心の距離は遠い。
何かあっても「話しても伝わらないかもしれない」と思うと、自然と頼ることをためらうようになります。

すると、どんなに小さな悩みでも一人で抱えることになり、気づかないうちに負担が積み重なっていきます。
外から見れば普通の家庭でも、内側では孤独を感じ続けている状態でした。

それでも最初は、「自分が頑張ればなんとかなる」と思っていました。
もう少し工夫すれば、もっと分かりやすく伝えれば、関係は良くなるかもしれないと。

でも、その努力が報われないと感じたとき、
心のどこかで「一人でやるしかない」という諦めに変わっていきます。

この頃から私は、「夫婦で支え合う」というイメージが少しずつ崩れていくのを感じていました。

スキンシップのすれ違いと心の距離|触れ合えない関係が残したもの

夫婦関係の中で、言葉以上に大きな意味を持つのがスキンシップだと、私は後から気づきました。
一緒に暮らしていると、何気ない触れ合いや距離の近さが、安心感につながることがあります。

けれど私たちの場合、その「当たり前」がうまく機能しませんでした。
むしろ、近づこうとするほど、関係はぎこちなくなっていったのです。

最初は、ただタイミングが合わないだけだと思っていました。
疲れている日もあるし、気分が乗らないこともある。
そうやって理由をつけて、違和感を見ないようにしていました。

でも、何度か同じことが続くうちに、「たまたまではない」と感じるようになります。
触れようとすると避けられる。
近づくと、どこか警戒されるような反応が返ってくる。

そのたびに、心が少しずつ削られていきました。

スキンシップは、ただの行動ではなく、「受け入れられている」という感覚と強く結びついているものです。
それが拒まれる経験が続くと、「自分は必要とされていないのではないか」という気持ちに変わっていきます。

そして気づけば、私は「触れたい」という気持ちそのものを押し込めるようになっていました。
関係を壊さないために距離を取るという、どこか矛盾した選択をしながら、心の距離はさらに広がっていったのだと思います。

触れようとすると拒まれる|身体的な距離が心に与える影響

最初に違和感を覚えたのは、ふとした瞬間に体を寄せたときの反応でした。
特別な意図があったわけではなく、ただ自然に近づいただけ。

それなのに、夫はびくっと体を震わせ、まるで驚いたように身を引くのです。
その反応は一度だけではなく、何度も繰り返されました。

「嫌がられているのかもしれない」と思うと、次からは近づくこと自体にためらいが生まれます。
何気ない行動だったはずのスキンシップが、どこか気を使うものに変わっていきました。

相手にとっては無意識の反応だったのかもしれません。
でも受け取る側にとっては、「拒絶された」という感覚として残ります。

この積み重ねは、思っている以上に大きな影響を与えます。
触れられない関係は、言葉以上に距離を感じさせるものだからです。

そして私は、「これ以上傷つきたくない」という気持ちから、自分から近づくことをやめていきました。

セックスレスの背景にあったもの|求める気持ちが消えていく過程

もともと夫は、性欲が強いタイプではありませんでした。
交際していた頃から、どこか淡白な印象はありましたが、そのときは大きな問題だとは感じていませんでした。

けれど、結婚し、子どもが生まれてからは、その傾向がよりはっきりと表れるようになります。
気づけば、夫婦の間でそうした関わりはほとんどなくなっていました。

最初のうちは、「いつか戻るかもしれない」と思っていました。
忙しさが落ち着けば、関係も自然と変わるのではないかと。

でも、何も変わらない時間が続く中で、期待すること自体がつらくなっていきます。
期待して、何も起きないという経験は、思っている以上に消耗するものです。

やがて私は、「求めても意味がない」と感じるようになり、
気持ちそのものを閉じていくようになりました。

セックスレスは単なる行為の問題ではなく、
「お互いを求め合えているか」という感覚にも大きく関わっていると感じています。

それが失われていく過程で、私は少しずつ「夫婦でいる意味」を見失い始めていました。

近づきたいのに近づけない|関係を守るためのあきらめ

本当は、関係を壊したかったわけではありません。
むしろ、できることなら元に戻したいと思っていました。

だからこそ、何度も歩み寄ろうとしました。
けんかの後に近づいてみたり、少し距離を縮めようとしてみたり。

でも、そのたびに返ってくるのは、戸惑いや拒絶のような反応でした。
その積み重ねが、「もうやめた方がいいのかもしれない」という気持ちに変わっていきます。

無理に近づいて関係が悪くなるくらいなら、最初から距離を取った方がいい。
そんなふうに考えるようになったとき、心のどこかであきらめが生まれていました。

あきらめることで、一時的には楽になります。
傷つく機会が減るからです。

でもその代わりに、「本当はこうしたかった」という気持ちも、一緒に押し込めることになります。

こうして私は、「近づきたい」という自然な感情を手放しながら、
表面的には穏やかでも、内側では静かに孤独が広がっていく関係の中にいたのだと思います。

「わかってほしい」が届かない日々|心と体が限界に近づいたとき

それでも私は、完全にあきらめきれずにいました。
どこかで「伝え方を変えれば届くかもしれない」と思っていたからです。

つらいときは「つらい」と言葉にしてみる。
抱きしめてほしいときは、素直にお願いしてみる。

自分の気持ちをちゃんと伝えれば、きっと少しは変わるはず。
そんなふうに信じて、何度も声をかけてきました。

でも、その願いは思っていた形では返ってきませんでした。
むしろ、伝えれば伝えるほど、関係は苦しくなっていったのです。

悲しみや不安を伝えているつもりなのに、なぜか「責められている」と受け取られてしまう。
その結果、夫は混乱し、怒りとして反応することが増えていきました。

私はただ寄り添ってほしかっただけなのに、
その気持ちがうまく伝わらないどころか、関係を悪化させてしまう。

その繰り返しの中で、心はどんどん追い詰められていきました。

気づいたときには、眠れない日が続き、食事も喉を通らなくなっていました。
日常生活をこなすことすら難しくなり、「これ以上は持たないかもしれない」と感じるところまで来ていたのです。

この頃の私は、「どうすれば関係がよくなるか」ではなく、
「どうすれば自分が壊れずにいられるか」を考えるようになっていました。

感情がすれ違う瞬間|悲しみが怒りとして返ってくる

私が一番戸惑ったのは、感情の受け取られ方でした。
悲しくて泣いているときや、不安でいっぱいのとき。
本来なら、少しでも気持ちに寄り添ってほしい場面で、まったく違う反応が返ってくるのです。

夫は、私の涙や落ち込みを「不快なもの」として受け取っているようでした。
その結果、怒鳴ったり、強い言葉で跳ね返したりすることが増えていきます。

私にとっては「助けてほしい」というサインだったのに、
夫にとっては「責められている」「どうしていいか分からない」という混乱だったのかもしれません。

でも、そのズレをその場で理解する余裕は、当時の私にはありませんでした。
ただ、「こんなに苦しいのに、どうして分かってもらえないんだろう」と感じるばかりでした。

感情が通じないという経験は、言葉が通じない以上に孤独を感じさせます。
そしてその孤独は、少しずつ心のエネルギーを奪っていきました。

助けを求めたはずなのに|さらに深まる孤独感

あるとき私は、思い切って「抱きしめてほしい」と伝えました。
ほんの数秒でいいから、そばにいてほしいと。

それは特別なお願いではなく、私にとってはとても自然な感覚でした。
でも、その願いもまた、思っていた形では届きませんでした。

夫は戸惑いながら近づいてきましたが、どこか無理をしている様子で、
体は固く、すぐに離れていってしまいました。

その瞬間、「ああ、この人にとってはこれも負担なんだ」と感じました。
そして同時に、自分の存在がどこか拒まれているような感覚にもなりました。

助けてほしいと伝えたことで、かえって距離を感じてしまう。
その体験は、言葉にできないほどの虚しさを残します。

それ以降、私は「求めること」自体を控えるようになっていきました。
期待しなければ、傷つかずに済む。

そうやって、自分の気持ちに蓋をすることで、なんとか日常を保とうとしていたのだと思います。

眠れない日々と体の変化|限界が見え始めたサイン

心の負担が大きくなるにつれて、体にも変化が現れ始めました。
夜になっても眠れない。
横になっても、頭の中で考えがぐるぐると回り続ける。

やっと眠れたと思っても、すぐに目が覚めてしまう。
そんな状態が続くうちに、日中の生活にも影響が出てきました。

食欲も落ちていき、食べることがしんどくなります。
それでも無理に食べようとすると、体が受け付けない。

かと思えば、少し回復したときには反動のように食べ続けてしまう。
体重も大きく変動し、体調も安定しなくなっていきました。

「これはただの疲れではない」と、どこかで感じていました。
でも同時に、「まだ大丈夫」と思おうとしていた自分もいました。

限界は、ある日突然やってくるわけではなく、
こうした小さなサインの積み重ねで近づいてくるのだと、今は感じています。

そしてこの頃の私は、ようやく「自分を守る必要がある」ということに、少しずつ気づき始めていました。

自分を守る選択を少しずつ|心と体を立て直していくために

心も体も限界に近づいたとき、ようやく私は「このままではいけない」と思うようになりました。
それまではずっと、「どうすれば関係がよくなるか」を考えてきましたが、
その時期から少しずつ、「どうすれば自分が壊れずにいられるか」に視点が変わっていったのです。

誰かに分かってもらうことや、関係を元に戻すことは大切なことです。
でも、それ以上に「自分がちゃんと生活できる状態を保つこと」が必要でした。

眠れない、食べられないという状態が続く中で、
私ははじめて「自分のケア」を優先しなければいけないと感じました。

それは決して大げさなことではなく、
そのときの自分にとっては「今日をなんとか過ごす」ために必要な選択でした。

すぐに何かが劇的に変わったわけではありません。
でも、小さな選択を重ねることで、少しずつ呼吸がしやすくなっていった感覚があります。

そして今は、あのときの経験を通して、
「無理を続けることだけが頑張りではない」と思えるようになりました。

誰かに寄り添うことと同じくらい、自分に寄り添うことも大切なのだと、
ようやく実感できるようになったのだと思います。

睡眠薬が合わなかった私の感覚|無理に整えることへの違和感

眠れない状態が続いたとき、私は医療機関で処方された睡眠薬を使うことになりました。
正直なところ、「これでやっと楽になれるかもしれない」と少し期待していました。

でも実際に使ってみると、眠りに落ちる感覚はとても自然なものとは言えませんでした。
まるで強い力で引きずり込まれるような、不思議な怖さを感じたのです。

確かに眠ることはできるのですが、
翌朝には体の重さやだるさが残り、すっきりした感覚とは程遠いものでした。

「眠れているはずなのに回復していない」
そんな違和感が積み重なり、私は次第にこの方法に頼り続けることに不安を感じるようになりました。

もちろん、必要な場面では助けになるものだと思います。
ただ私にとっては、「無理に整えている感覚」がどうしても合わなかったのです。

この経験を通して、自分に合う方法は人それぞれ違うということを、実感しました。

漢方という選択|自分のペースで整えていく安心感

その後、私は別の方法として漢方を取り入れるようになりました。
きっかけは、「もう少し穏やかに整えられる方法はないか」と思ったことでした。

漢方は即効性があるわけではありませんが、
体の状態に合わせて少しずつ整えていく感覚があります。

不安が強いとき、イライラが続くとき、眠りにくいとき。
そのときの状態に応じて選べることも、私にとっては安心材料でした。

「今の自分に合うものを使っていい」
そう思えたことで、気持ちの面でも少し余裕が生まれたように感じています。

また、必要なときに始めて、落ち着いたらやめることもできる。
その自由さも、負担を感じにくい理由の一つでした。

完璧に整えることを目指すのではなく、
「少し楽になる」ことを積み重ねていく。

そんな関わり方が、自分には合っていたのだと思います。

関係を変えるより自分を守る|少しずつ見えてきた選択肢

これまでの私は、どこかで「関係をどうにかしなければ」と思い続けていました。
でも実際には、相手を変えることはとても難しいことです。

だからこそ、「自分をどう守るか」に目を向けることが大切だったのだと、今は感じています。

距離を取ることも、頼る場所を変えることも、
決して逃げではなく、自分を守るための選択のひとつです。

当時の私は、それに気づくまでに時間がかかりました。
でも、一度「無理をし続けなくていい」と思えたとき、
少しだけ肩の力が抜けたような感覚がありました。

すぐに答えが出るものではありませんし、
今でも迷うことはあります。

それでも、「自分がどう感じているか」を大切にしながら選択していくことが、
少しずつ自分を立て直すことにつながっていると感じています。

同じように悩んでいる方がいたら、
まずは「今の自分が無理をしていないか」を、そっと見てあげてほしいと思います。

読者へのメッセージ

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もしかしたら今、
「わかってほしいのに伝わらない」
「一番近いはずの人なのに孤独を感じる」
そんな気持ちを抱えている方もいるかもしれません。

あの頃の私は、「もっと頑張れば変わるはず」と思い続けていました。
でも実際には、頑張り続けることで、自分の心や体を後回しにしてしまっていたのだと思います。

誰かに寄り添いたいと思う気持ちは、とても大切なものです。
でも同じくらい、「自分がどう感じているか」に気づいてあげることも大切です。

すぐに答えが出なくても大丈夫です。
無理に前向きにならなくてもいいし、うまく言葉にできなくてもいい。

ただ、「しんどい」と感じている自分を、そのまま認めてあげること。
それだけでも、少しずつ心の負担は変わっていきます。

もし一人で抱えるのがつらいと感じたときは、
誰かに話してみるという選択も、あっていいと思います。

傾聴ラウンジ「ここより」では、
アドバイスや正しさを押しつけるのではなく、
今感じていることをそのまま言葉にしていく時間を大切にしています。

うまく話そうとしなくて大丈夫です。
まとまっていなくても大丈夫です。

ただ少し、安心して話せる場所として、
「ここより」という選択肢を思い出してもらえたら嬉しいです。

あなたが少しでも、自分の気持ちに優しくなれる時間がありますように。

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