ブログ(こころの不思議)

Blog

共同親権で離婚はどうなる?別居しながら子育てした私のリアル体験

共同親権で離婚はどうなる?別居しながら子育てした私のリアル体験

こんにちは、たんべさやかです。

「共同親権」という言葉をニュースで見かけるようになり、
離婚や子育てについて考え直している方も多いのではないでしょうか。

私自身も、まさにその渦中にいました。

夫とは現在、3年間の別居状態にあります。
そして6歳になる娘は、「別居共同養育」という形で、
週の前半は私、後半は夫と、それぞれの家を行き来しながら暮らしています。

離婚を考えたとき、私の前にあった選択肢は決して多くありませんでした。

相手を否定し合いながら争うのか。
娘を連れて逃げるのか。
それとも親権を手放して、早く終わらせるのか。

どれも、簡単に選べるものではありませんでした。

けれど同時に、ひとつだけ強く思っていたことがあります。
それは、「この子にとって大切なものを奪いたくない」という気持ちでした。

夫婦としてはうまくいかなくても、
父親として娘に向ける愛情は、確かにそこにあったからです。

今回は、そんな私が
「別居」という形を選ぶまでの経緯と、
その出発点でもある夫との出会いについて、
体験談としてお話ししていきます。

よりびと待機カレンダーバナー
傾聴ラウンジ「ここより」ブログバナー

投稿者プロフィール

たんべさやか
たんべさやかよりびと
■ 待機基本シフト:水曜10時~13時、木曜19時~24時、土曜・日曜10時~12時
※祝日は基本お休みです
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■ 年齢:30代

■ キャッチコピー:「言葉にならない気持ちを、いっしょにほどく。」

■ 得意なテーマ

- もやもやしている気持ちの整理
- 優しく温かい傾聴
- 恋愛・結婚・離婚などパートナーとの悩み
- 複雑な感情の言語化
- ペット(おもに犬)の悩み
- 勉強や進学の悩み
- 子育ての悩み
- 職場での悩み

■ 聴き方・スタイル

- 優しく愛情深く相槌を打ちます
- 話がまとまっていなくても大丈夫
- どんな話も落ち着いて受け止めます
- 気持ちに寄り添い、共感するスタイルです

■ 経験

- 大手結婚情報誌の編集として、数多くのカップルの話に耳を傾けてきました。
- 自身は、夫と3年前に別居。共同親権法の施行を待って、離婚を見据え、子どもを夫と交代で協力して養育しています。
- 離婚が決まり、苦しかった時にオンラインカウンセリングに出会い、自分も人の力になりたいとメンタルケア心理士の資格を取得しました。
- 恋愛・婚活・結婚の悩みやパートナーとの関係、離婚や子育てなどのお悩みにお力になれたらと思っています。
- また、ペット(犬)情報誌の編集経験から、ペットの悩みにもお答えしていきたいです。
- 東京大学文学部卒。

■ 大切にしていること

- あなたの気持ちを否定せず、前向きになるお手伝いをします。
- 気持ちが整理されていなくても、そのまま話して大丈夫です。
- 悲しい気持ちや怒り、行き場のない悩みも受け止めます。
- 相談者のあなたと一緒に悩み、共感して受け止めます。

■ 人柄・ユニークポイント
- 好きなもの:ミュージカル /読書 / 料理/歌うこと/サイクリング
- よく言われる性格:「落ち着いている」「優しそう」「愛情深い」「発想力豊か」「博識」
- ちょっとしたこだわり:国産米が高い時期、ジャスミンライスを買ったらはまった
- 聴き手としての密かな強み:「声が優しく、安心できるといわれます」

■ メッセージ

人と人とのつながりが希薄になってさみしさを抱えるあなたに、少しでも温かい気持ちになってもらえるようなよりびとを目指します。どんな些細な事でも、口に出すことで気持ちが楽になるはず。一緒に少しでも前を向ける温かい時間を過ごしましょう!

目次

共同親権で離婚はどうなる?私が別居という形を選ぶまで

離婚を考え始めたとき、私の中にあったのは「どうやって別れるか」ではなく、「この先、娘がどう生きていくか」という視点でした。

夫婦としての関係は、少しずつズレを感じるようになっていました。
会話のすれ違い、価値観の違い、日々の積み重ねの中で、同じ方向を向き続けることが難しくなっていったのです。

けれど同時に、夫は娘にとってかけがえのない存在でもありました。
父親としての関わりは決して悪いものではなく、むしろ愛情深く関わっている姿を何度も見てきました。

だからこそ、「離婚=どちらかが親でなくなる」という形にはどうしても違和感がありました。

当時の日本の制度では、親権はどちらか一方。
そのためには相手の問題点を挙げて争う必要があります。

でも、良い思い出もあった相手を否定し続けることが、
本当に子どものためになるのか――

何度も自分に問いかけながら、私は「すぐに離婚する」という選択を一度立ち止まり、
別居という形で関係を見直すことを選びました。

ここからは、その決断に至るまでに感じていた迷いや、現実的な選択肢について、少しずつお話ししていきます。

離婚を考えたときに直面した3つの現実的な選択肢

離婚を現実的に考え始めたとき、私の前にあった選択肢は、驚くほど限られていました。

ひとつは、法廷で争うこと。
お金も時間もかけて、お互いの「親としての問題点」を挙げていく方法です。
これは一見、公平に見えるかもしれません。

けれど実際には、相手を傷つける言葉を積み重ねることになります。
そしてそれは、かつて一緒に過ごした時間や、信頼していた記憶まで壊していく感覚がありました。

ふたつめは、子どもを連れて距離を置く方法。
いわゆる「実子連れ去り」と呼ばれるものです。

これも現実には多くの人が選んでいる方法ですが、
私はどうしてもその選択を受け入れることができませんでした。

娘にとって大切な父親との関係を、
私の判断だけで断ち切ることに強い抵抗があったからです。

そして最後は、親権を相手に渡すこと。
これは一番早く離婚できる方法でもありました。

けれど、「母親として関わり続けたい」という気持ちがある中で、
完全に手放すこともまた、自分の中では納得できませんでした。

どの選択肢にも、正解はありませんでした。
だからこそ、すぐに結論を出すのではなく、立ち止まるという選択を取ることになったのです。

「どちらが正しいか」ではなく「子どもにとって何が大切か」で考えた

離婚を考えるとき、どうしても「どちらが悪いのか」「どちらが正しいのか」という視点に引っ張られがちになります。

私も最初は、そうでした。
相手の言動に傷ついたことや、不満に思っていたことを思い返しては、
「やっぱりこの人とは無理かもしれない」と考える日もありました。

けれど、あるときふと立ち止まったのです。

このまま相手の欠点ばかりを見続けていくと、
自分の中に残っていたはずの「良かった記憶」まで、
すべて否定してしまうことになるのではないか、と。

そしてそれは、娘にとっても同じことだと気づきました。

父親のことを悪く言い続けることは、
娘の中にある大切な存在を否定することにもつながります。

だから私は、「どちらが正しいか」ではなく、
「この子にとって何が残るといいか」という視点で考えるようにしました。

すると、不思議と感情だけで判断することが減り、
少しずつ現実的な選択が見えてくるようになったのです。

すぐに離婚しないという選択がくれた時間と余白

周囲から見ると、「別居」という選択は中途半端に見えるかもしれません。

実際に、「早く決めたほうがいいのでは」と言われることもありました。

けれど私にとっては、この時間がとても大切でした。

一度距離を置くことで、
感情的に反応していた部分が少しずつ落ち着いていきました。

同時に、夫との関係だけでなく、
自分自身の考え方や感じ方にも目を向ける余裕が生まれました。

また、娘にとっても急激な環境の変化ではなく、
少しずつ新しい生活に慣れていく時間になったと感じています。

結果として、別居は「逃げ」ではなく、
それぞれが冷静に次の形を考えるための準備期間でした。

すぐに結論を出さないことは、不安でもあります。
けれどその不安の中にこそ、見えてくるものもある。

そう実感したことが、今の「共同養育」という形につながっていきました。

ASD傾向の夫との出会いと、惹かれていった理由

別居という選択に至るまでの背景には、
そもそも「どんな人と出会い、どう関係が始まったのか」という土台があります。

夫と出会った当初、私は正直、戸惑いながらも強く惹かれていました。
彼は大学教授という立場で、落ち着いた雰囲気と自信のある言動を持っていました。

一方で、その関わり方はどこか独特でもありました。
距離の縮め方がとても早く、迷いがなく、まっすぐすぎるほど一直線。
その姿勢に、安心感を覚えた部分もあれば、少し圧倒される感覚もありました。

振り返ると、それは「個性」や「魅力」と感じていた部分と、
後に困難として現れてくる部分が、同じ場所にあったように思います。

当時の私は、その違和感にしっかり言葉を与えることができず、
「こういう人なのかもしれない」と受け止めながら関係を深めていきました。

ここでは、そんな出会いの頃の様子と、
なぜ私はその関係に入っていったのかを、少し丁寧に振り返ってみたいと思います。

一気に距離を縮めてくる関わり方に戸惑いながらも惹かれた

夫との出会いは、マッチングアプリでした。

初めて会ったその日に、「付き合ってほしい」と言われたとき、
私は驚きと同時に、どう返していいか分からない感覚になりました。

普通なら、もう少し時間をかけて関係を築くものだと思っていたからです。

一度はやんわり断り、「もう少しゆっくり知りたい」と伝えました。
すると彼は、その言葉をそのまま受け取る形で、すぐに次の行動に移しました。

連続してデートの予定を組み、
まるで一直線にゴールへ向かうように関係を進めようとしてきたのです。

その勢いに戸惑いながらも、
私はどこかで「ここまで真剣に向き合ってくれる人はいないかもしれない」と感じていました。

迷いなく気持ちを伝えてくる姿は、
不安定になりがちな自分にとって、安心材料のようにも思えたのです。

違和感と魅力が同時に存在している状態。
それが、当時の私の正直な感覚でした。

相手のペースに飲み込まれていった10日間の出来事

関係が動き始めてからの展開は、とても早いものでした。

彼は、私の職場の最寄り駅まで毎日のように来るようになり、
仕事終わりに一緒に食事をする日々が続きました。

それが10日間、ほぼ連続で続いたのです。

最初は「すごい行動力だな」と感じていましたが、
次第に、少しずつ疲れも出てきました。

自分の時間がなくなっていく感覚や、
断るタイミングを見失ってしまう状況に、戸惑いもありました。

そして10日目、思い切って
「さすがに毎日はしんどい」と本音を伝えたとき、
彼は突然涙を流しました。

その姿を見たとき、私は驚きと同時に、
どこかで「ここまで想ってくれているんだ」と受け取ってしまいました。

結果として、その出来事がきっかけで、
私は関係を受け入れる方向に気持ちが傾いていったのです。

今振り返ると、自分の違和感よりも、
相手の気持ちを優先してしまっていた部分があったように思います。

「ひたむきさ」と「違和感」が同時に存在していた理由

彼の行動は、とても分かりやすく、まっすぐでした。

思ったことをそのまま言葉にし、
やりたいことを迷いなく行動に移す。

その姿勢は、嘘がなく誠実にも見え、
私にとっては魅力的に映っていました。

一方で、相手の反応を読み取ることや、
距離感を調整するような関わりは、あまり得意ではないように感じていました。

たとえば、私が少し困っている様子や、
戸惑っている表情を見せても、それに気づかないまま進んでしまう場面もありました。

当時はそれを「不器用さ」と受け止めていましたが、
後から考えると、それは彼の特性のひとつでもあったのだと思います。

ひたむきさは魅力でもあり、同時に難しさにもなりうる。

どちらか一方だけではなく、
両方が同時に存在していたからこそ、
私は戸惑いながらも惹かれていったのだと感じています。

そしてこの「最初に感じていた違和感」が、
後の関係にどう影響していくのかは、
当時の私にはまだ想像できていませんでした。

関係のズレがはっきりしてきた結婚後の現実と、すれ違いの積み重ね

出会った頃には「魅力」や「個性」と感じていた部分は、
結婚し、一緒に生活を始める中で少しずつ違う形で見えてくるようになりました。

恋人関係のときは、限られた時間の中で相手と関わります。
けれど結婚生活は、日常の連続です。

生活のリズム、家事の分担、子育ての考え方。
ひとつひとつの積み重ねの中で、これまで見えていなかった違いが浮かび上がってきました。

「どうして分かってくれないんだろう」
「どうしてそこを気にしないんだろう」

そんな思いが増えていく一方で、
うまく言葉にできないまま飲み込んでしまうことも多くなっていきました。

そして気づけば、話し合いをしても平行線のまま終わることが増え、
お互いに少しずつ距離ができていったのです。

ここでは、結婚後に感じた違和感や、
すれ違いがどのように積み重なっていったのかを振り返っていきます。

日常生活の中で感じた小さな違和感の積み重ね

結婚生活が始まって最初に感じたのは、
「小さな違和感」の連続でした。

たとえば、家事のやり方ひとつをとっても、
私はその場その場で柔軟に対応したいタイプ。
一方で彼は、決まった手順やルールを大切にするタイプでした。

そのため、やり方が少しでも違うと指摘されたり、
「こうするべきだ」と強く言われることもありました。

最初は「こだわりがある人なんだな」と受け止めていましたが、
次第にそれが重なっていくと、
自分のやり方を否定されているように感じる場面も増えていきました。

また、私が疲れているときや余裕がないときでも、
彼はいつもと同じペースで物事を進めようとします。

そのズレをうまく伝えられず、
「私が我慢すればいい」と思ってしまうことも多くなっていきました。

大きな衝突ではないけれど、
少しずつ心の中に引っかかるものが増えていったのです。

気持ちが伝わらないもどかしさと、言葉のすれ違い

関係が苦しくなっていった一番の理由は、
「気持ちがうまく伝わらない」という感覚でした。

私は、出来事そのものよりも、
そのときに感じた気持ちを共有したいタイプです。

「こう言われて悲しかった」
「こうしてくれると安心する」

そういった感情の部分を分かち合うことで、
関係が深まっていくと感じていました。

けれど彼は、事実や正しさを重視する傾向があり、
私の話を「どうすれば解決できるか」という視点で受け取ることが多かったのです。

そのため、私が気持ちを伝えようとしても、
「それはこうすればいい」「それは違う」と返されることがありました。

悪気がないことは分かっていても、
「わかってもらえなかった」という感覚だけが残ります。

話せば話すほど、距離が広がっていくような感覚。
それが次第に、会話そのものへの苦手意識にもつながっていきました。

子どもが生まれてから見えてきた価値観の違い

娘が生まれてから、関係のズレはさらにはっきりしていきました。

子育てには正解がなく、
それぞれの価値観が強く反映されるものです。

私は、そのときの状況や子どもの様子を見ながら、
柔軟に対応していきたいと考えていました。

一方で彼は、一定のルールや基準に基づいて、
一貫した関わりをしようとするタイプでした。

どちらが正しいというわけではありません。
けれど、その違いがぶつかる場面は少なくありませんでした。

たとえば、娘の行動に対する声かけや、
生活リズムの整え方など、
日々の小さな選択の中で意見が分かれることが増えていきました。

そして、そのたびに「どちらのやり方が正しいのか」という形になり、
お互いに譲れない部分が浮き彫りになっていきました。

子どもを大切に思っているからこそ、
簡単に折り合いがつかない。

その現実に向き合う中で、
私は「このまま同じ形で生活を続けることが、本当にいいのか」と考えるようになっていったのです。

子どもとの関係を守るためにたどり着いた「別居共同養育」という選択

結婚生活の中で感じてきた違和感やすれ違いは、
時間とともに自然に解消されるものではありませんでした。

話し合いを重ねても、理解し合えた実感は持てず、
むしろ「これ以上同じ環境で過ごすことがお互いにとって負担なのではないか」と感じるようになっていきました。

それでも、ひとつだけ変わらなかった想いがあります。

それは、娘にとっての「父親」と「母親」という存在を、
できるだけそのまま残したいという気持ちでした。

夫婦としての関係は難しくても、
親としての関係まで切り離してしまう必要があるのか。

何度も考えた末に、私は「離婚を急がない」という選択と同時に、
「別居しながら子育てを続ける」という形を選びました。

すぐに答えを出さないことは、不安でもありました。
けれどその時間があったからこそ、
自分にとっても、娘にとっても納得できる形に少しずつ近づけたと感じています。

ここでは、その選択の中で感じたことや、
実際に始めてみて見えてきた変化についてお話ししていきます。

「関係を終わらせる」ではなく「形を変える」という発想

離婚を考えたとき、最初はどうしても
「終わらせる」というイメージが強くありました。

関係を断ち切ること。
距離を完全に置くこと。

そうしなければ前に進めないのではないか、と感じていたのです。

けれど実際には、子どもがいる限り、
関係は完全に終わるわけではありません。

むしろ、親としての関わりは続いていきます。

そう考えたときに、
「終わらせるか続けるか」ではなく、
「どんな形なら続けられるのか」という視点に変わっていきました。

夫婦として無理に一緒にいるよりも、
距離を取ることでお互いの負担を減らし、
親としての役割に集中できる形のほうがいいのではないか。

そう考えたことが、別居という選択につながりました。

形を変えることで守れるものもある。
そう気づけたことは、自分の中で大きな転換でした。

実際に始めて感じた「距離があるからこそできる関わり」

別居を始めた当初は、不安も大きくありました。

生活が二つに分かれることへの戸惑い。
娘が混乱しないかという心配。
そして、自分自身の気持ちの揺れ。

さまざまな感情が入り混じっていました。

けれど、実際に生活を始めてみると、
少しずつ変化を感じるようになりました。

同じ空間にいないことで、
日常的な衝突が減り、
相手に対するストレスが軽くなっていったのです。

また、娘と過ごす時間も、
それぞれがより意識的に向き合うようになりました。

一緒にいられる時間が限られているからこそ、
その時間を大切にしようという気持ちが自然と生まれてきます。

距離があることは、決してマイナスだけではない。
そう感じられるようになったことで、
この形に少しずつ安心感を持てるようになっていきました。

正解ではなく「納得できる選択」を重ねていくということ

ここまでの選択に、明確な正解があったわけではありません。

今でも、「これでよかったのか」と考えることはあります。

けれど、そのときそのときで
自分なりに考え、迷い、選んできたことには、
少しずつ納得が積み重なっている感覚があります。

大切にしていたのは、
感情だけで決めないことと、
一度立ち止まって考える余白を持つことでした。

そしてもうひとつ、
「誰かを完全に否定しない」ということも意識してきました。

相手にも事情があり、
自分にも限界がある。

その両方を見ながら、
どうすれば無理なく続けていけるのかを考える。

その積み重ねが、今の形につながっています。

もし今、同じように悩んでいる方がいたら、
すぐに答えを出さなくても大丈夫だと思います。

少しずつ、自分にとって納得できる形を探していくこと。
その過程そのものが、きっと大切な時間になるはずです。

読者へのメッセージ

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

離婚や子育ての形について考えるとき、
「こうするべき」「普通はこう」という言葉に、心が揺れることもあると思います。

私自身も、何度も迷いながら、
そのたびに立ち止まって考えてきました。

大切なのは、誰かの正解に合わせることではなく、
自分や大切な人にとって「無理のない形」を探していくことなのかもしれません。

すぐに答えが出なくても大丈夫です。
迷っている時間も、きっと意味のあるものだと感じています。

もし今、
「どうしたらいいか分からない」
「気持ちをうまく言葉にできない」
そんな状態にいるときは、ひとりで抱えなくても大丈夫です。

誰かに話すことで、
考えが整理されたり、
自分でも気づいていなかった気持ちに出会えることもあります。

傾聴ラウンジ「ここより」では、
あなたの気持ちを否定せずに、そのまま受け止める時間を大切にしています。

うまく話せなくても大丈夫です。
まとまっていなくても大丈夫です。

少しずつ、自分のペースで言葉にしていく中で、
「これでいいかもしれない」と思える感覚が見えてくることもあります。

必要なときに、そっと立ち寄れる場所として。
あなたの中にある想いを、そのまま置ける場所として。

よければ一度、のぞいてみてください。

よりびと待機カレンダーバナー

SHARE
シェアする

ブログ(こころの不思議)一覧

ページの先頭へ