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在宅介護がつらいと感じたときに知ってほしいこと|認知症の祖母を10年支えた家族の体験談

在宅介護がつらいと感じたときに知ってほしいこと|認知症の祖母を10年支えた家族の体験談

私が祖母の変化に気づいたのは、中学生のころでした。

月に何度も美容院に行ったり、外出すると家に帰れなくなったり、散歩中によく転ぶようになったり…。
「なんだか様子がおかしいな」と感じる出来事が少しずつ増えていきました。

そのころはまだ「認知症」という言葉を深く理解していたわけではありません。
でも、祖母の様子が少しずつ変わっていくことは、子どもながらに感じていました。

やがて祖母は、食べたことを忘れてしまったり、家の中を何度も行き来したりするようになりました。
そして一番長い時間を一緒に過ごしていた母にだけ、きつい言葉を向けることも増えていきました。

家族で支えるのが当たり前。
当時の私は、どこかでそう思っていた気がします。

でも、実際の在宅介護は、想像していたよりもずっと大変でした。
特に主に世話をしていた母の負担は、とても大きかったと思います。

私は大学で福祉を学んでいたこともあり、できるだけ実家に帰って手伝うようにしていました。
その中で感じたのは、介護の大変さだけではありません。

「誰かに話すこと」の大切さでした。

気持ちがまとまっていなくても大丈夫。
怒りや悲しみが混ざっていても大丈夫。

そんなふうに、相手の言葉を否定せずにそのまま受け止めて聴く。
ただそれだけでも、人は少し呼吸がしやすくなるのだと感じる場面が何度もありました。

この体験は、私の中で今でも大切な記憶になっています。

今回は、認知症の祖母と約10年向き合った家族としての体験を、少しだけお話ししてみようと思います。

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投稿者プロフィール

mug(まぐ)えみい
mug(まぐ)えみいよりびと
■待機時間:月・火・木・金の10時30分~16時30分(水曜日は不定期)
※祝日は基本お休みです
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。

■年齢:40代

■ キャッチコピー:わたしの経験を誰かの力に。「大丈夫だよ」に根拠を持たせます。


■ 得意なテーマ

– 不安障害、パニック障害、適応障害の症状について
– 不登校、登校拒否の相談。(保護者さん、お子さんどちらからでも大丈夫です。)
– 育児のお悩み全般
– 介護負担感
– 不妊治療の辛さ
– 家族との関係
– 人との関わり方

■ 聴き方・スタイル

– ご相談者様のペースに合わせて聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– ご希望があればアドバイスします
– 我慢せず素直に感情を表してください

■ 経験

– 社会福祉士 精神保健福祉士 保育士取得。
– 回復期リハビリテーション病棟と介護保険病棟の医療ソーシャルワーカーとして5年、市役所障がい福祉課障がい認定調査員として5年の経験あります。
– 現在、保育士として骨盤サロンにて託児スタッフをしています。子育て支援センター臨時スタッフ経験あります。
– 不安障害、パニック障害、適応障害の経験あります。現在完治。
– アルツハイマー型認知症になった祖母の在宅介護経験、家族として施設入所支援経験があります。
– 自身の娘が聴覚過敏。HSP。不登校、登校拒否傾向にて心療内科通院中。不登校に対する学校とのやり取り経験あります。
– 自身も高校中退、大学入学資格検定試験を経験。心療内科通院・カウンセリング経験あります。
– 6年間の不妊治療を経験しました。体外受精にて妊娠。帝王切開にて出産。
–不妊治療ピアサポーター研修講義受講。
– 転勤帯同10年経験。
– 幼稚園、小学校で絵本の読み聞かせ6年目。
– アクセスバーズプラクティショナー取得。

■ 大切にしていること

– 自分の言葉で語ってもらえるように質問を工夫します。
– 素直に気持ちを表現していただけるようにします。
– 泣いても怒っても受け止めます。
– 調べられることがあれば調べます。

■ 人柄・ユニークポイント

– 好きなもの:宮古島の海/ 柴犬 / ウミガメ/耳そうじ/そのぎ茶/娘と美術館に行くこと/ピアノを弾くこと
– よく言われる性格:社交的。明るい。話しやすい。面倒見がよい。でも繊細。嫌いなことは努力しない(笑)。
– ちょっとしたこだわり:家の中の芳香剤をアロマオイルにしている。ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作る。焼き芋も家で作ります。
– 聴き手としての密かな強み:医療ソーシャルワーカーとして染みついた面接技法。自分の経験。たくさんの辛い経験をしたからこそ、大丈夫という言葉に重りを付けることができます。


■ メッセージ

プロフィールをみていただいてありがとうございます。

一人で悩まず一緒に考えさせてくださいね。少しでも明日に変化が出るように、少しでも気持ちが軽くなるようにお手伝いします。お話しできることを楽しみにしております。

目次

認知症の祖母と暮らした日々のはじまり

祖母の様子に「何かおかしい」と感じるようになったのは、私が中学生のころでした。
それまでは、ごく普通の祖母でした。家族のことを気にかけ、家の中のことをこまめにしてくれる人でした。

ところが、あるころから小さな違和感が増えていきました。
同じ美容院に何度も行ったり、外出すると帰り道がわからなくなったり、散歩中によく転ぶようになったり…。

最初は「年齢のせいかな」と思っていました。
でも、その違和感は少しずつはっきりした変化になっていきました。

家の中を何度も行き来したり、食事をしたことを忘れて「まだ食べていない」と言ったりすることもありました。
一緒に暮らしていた家族は、戸惑いながらも日常を続けていくしかありませんでした。

当時は「認知症」という言葉は知っていても、どんな病気なのか深く理解していたわけではありません。
だからこそ、祖母の行動の意味がわからず、どう対応すればよいのか迷うことが多かったように思います。

それでも、家族だから支えるのは当たり前。
そんな思いを持ちながら、祖母との生活はゆっくりと変わっていきました。

今振り返ると、あの頃の出来事は在宅介護の始まりだったのだと思います。
ただ、その時の私たちは、まだそれが長い時間になるとは想像していませんでした。

少しずつ増えていった「いつもと違う出来事」

祖母の変化は、ある日突然大きく現れたわけではありませんでした。
むしろ、日常の中の小さな違和感として少しずつ現れていきました。

たとえば、美容院に行ったばかりなのに、また数日後に同じ美容院へ行こうとしたりすることがありました。
家族が「この前行ったよ」と伝えても、祖母はそのことを覚えていません。

また、外出したあとに自宅の場所がわからなくなり、帰って来られなくなることもありました。
近所の方に声をかけてもらって、ようやく帰宅できたこともあります。

当時はまだ症状の意味がよくわからず、「どうしてこんなことが起きるんだろう」と不思議に感じていました。

けれども、同じような出来事が何度も続くうちに、家族の中にも少しずつ不安が広がっていきました。

祖母自身も、どこか落ち着かない様子でした。
自分でも物忘れが増えていることに気づいていたのかもしれません。

今思えば、その頃が認知症の初期の段階だったのだと思います。
ただ当時の私たちは、その変化をうまく言葉にすることができませんでした。

家の中で起こる出来事に戸惑い始めた家族

祖母の変化は、家の中の生活にも少しずつ影響していきました。

食事を終えたばかりなのに、「まだ食べていない」と言って何度も食事をしようとすることがありました。
また、家の中を何度も行き来して落ち着かない様子になることも増えていきました。

一緒に暮らしている家族は、最初はどう対応していいのかわかりませんでした。

「さっき食べたよ」と説明しても納得してもらえないこともあります。
同じことを何度も繰り返すやり取りの中で、家族のほうも戸惑いや疲れを感じるようになりました。

特に祖母と長い時間を過ごしていた母は、精神的にも大きな負担を抱えていたと思います。

それでも、当時の私たちは「家族だから支えるのは当たり前」と思っていました。
誰かに相談するという発想は、まだあまりありませんでした。

今振り返ると、あの頃の家族は、わからないことばかりの中で一生懸命向き合っていたのだと思います。

戸惑いながらも日々を過ごしていく中で、祖母の症状はゆっくりと進んでいきました。

祖母自身も抱えていた不安と苦しさ

祖母の行動は、家族にとって大変なことも多くありました。
でも後になって思うのは、祖母自身もとても不安だったのではないかということです。

祖母が亡くなったあと、部屋を片づけていると、一冊の手帳が見つかりました。

そこには、その日に起きた出来事が小さな文字でびっしりと書かれていました。
最初のページはきれいな文字で書かれていましたが、後のほうになると文字は少しずつ乱れていき、読みにくくなっていました。

その手帳を見たとき、祖母も自分の変化に戸惑っていたのではないかと感じました。

忘れてしまうことへの不安。
自分の記憶があいまいになっていく怖さ。

祖母はきっと、その不安をどうにかして整理しようとしていたのかもしれません。

当時の私は、祖母の行動に戸惑うことが多くありました。
でも今は、祖母の気持ちにも思いを向けることができます。

認知症は、本人も周りの家族も、どちらにとっても大きな変化をもたらすものなのだと感じています。

家族だけで支える在宅介護の大変さを実感した日々

祖母の症状が少しずつ進んでいくにつれて、家の中の生活も大きく変わっていきました。
最初は「少し物忘れが増えたかな」という程度だったものが、やがて日常生活のあちこちに影響するようになっていったのです。

食事のこと、トイレのこと、夜の時間のこと。
一つひとつは小さな出来事のように見えても、それが毎日続くことで家族の負担は少しずつ大きくなっていきました。

特に祖母と長い時間を一緒に過ごしていた母は、ほとんど休む時間がありませんでした。
食事の準備や片付け、通院の付き添い、排せつの介助など、生活のほとんどを祖母の世話に費やしていたと思います。

私自身は大学に通っていたため、実家を離れて暮らしていました。
それでも、できるだけ実家に帰って手伝うようにしていました。

ただ、少し手伝っただけでは本当の大変さはわかりません。
母が毎日どれだけ気を張りながら生活していたのか、完全に理解することはできなかったと思います。

それでも、家族の様子を見ていると「このままでは大変だな」と感じる場面が増えていきました。
在宅介護は、想像していたよりもずっと長く、そして心にも体にも負担がかかるものだと実感するようになっていったのです。

昼も夜も続く介護で疲れがたまっていく

祖母の症状が進んでくると、昼間だけでなく夜の時間も落ち着かないことが増えていきました。

夜中に突然起きて家の中を歩き回ったり、廊下で倒れてしまったりすることもありました。
睡眠薬が体に合わなかった時には、廊下で失神してしまったこともあります。

朝起きると、廊下が濡れてしまっていたこともありました。
そのたびに母は掃除をして、祖母の着替えをして、またいつもの生活を始めていました。

こうした出来事は、特別なことではなく日常の一部になっていきました。

夜にゆっくり眠れない日が続くと、人はどうしても疲れてしまいます。
母も眠れない日が続き、涙が止まらなくなることもありました。

それでも、祖母の世話をやめるわけにはいきません。
「自分がやらないといけない」という思いが、母を支えていたのだと思います。

在宅介護は、身体の疲れだけではなく心の疲れも積み重なっていくものです。
当時の母の姿を思い出すと、その大変さがよくわかります。

家族だからこそ難しい人間関係もあった

介護が続くと、家族の関係にも少しずつ変化が出てきます。

祖母は、なぜか母に対してだけ強い言葉を向けることがありました。
嫌がらせのような言動が続くこともあり、母の心はかなり疲れていたと思います。

祖母にとって、母は一番近くにいる存在でした。
だからこそ、感情が向きやすかったのかもしれません。

ただ、毎日その言葉を受け止める側の母にとっては、とてもつらいことだったはずです。

また、親戚に介護をお願いすることもありました。
けれども、数日間だけ一緒に過ごした場合、祖母は頑張ってしまうことがありました。

その結果、「思っていたより大丈夫そうだね」と言われてしまうこともありました。

本当の大変さがなかなか伝わらない。
それも、家族介護の難しいところの一つだと感じました。

介護は目に見えにくい苦労が多く、当事者でなければ理解しにくい部分もあるのだと思います。

それでも家族で続けていた毎日の生活

大変なことが増えても、私たちの生活は毎日続いていきました。

母は祖母の世話をしながら家のことをこなし、父は仕事をしながら家族を支えていました。
私は大学生活と実家の手伝いを両立しながら過ごしていました。

家族それぞれができることをしながら、日々を乗り越えていたように思います。

父は、眠れない母を車に乗せて夜のドライブに連れて行くこともありました。
車の中で少し眠るだけでも、母の気持ちは少し落ち着いたようでした。

また、祖母から少し離れる時間を作るために外出することもありました。
ほんの短い時間でも、気分転換になることがあります。

大きな解決策があったわけではありません。
それでも、家族なりに工夫しながら生活を続けていました。

振り返ると、あの頃は「どうすればいいのか」を考えながら手探りで進んでいた時間だったように思います。

そして、その日々の中で少しずつ、家族だけで抱える介護の難しさを感じるようになっていったのです。

家族だけで抱え込まなくてもいいと気づいた出来事

祖母の介護が続く中で、私たち家族は少しずつ疲れを感じるようになっていました。
毎日の生活の中で起こる出来事に対応するだけでも精一杯で、「これがいつまで続くのだろう」と思うこともありました。

特に母は、ほとんどの時間を祖母と一緒に過ごしていました。
昼間も夜も気を張った生活が続き、心身ともにかなり疲れていたと思います。

それでも当時の私たちは、「家族で何とかするしかない」と思っていました。
周りに頼ることを考えていなかったわけではありませんが、どうすればよいのか具体的にはわからなかったのです。

そんな中で状況が少し変わり始めたのは、祖母が通所サービスを利用するようになってからでした。
そこで関わってくれた支援者の方たちの存在は、私たち家族にとって大きな助けになりました。

また、私自身も福祉を学ぶ大学に進学していたため、先生や周囲の人に相談する機会が増えました。
さまざまな情報を知ることで、「家族だけで抱えなくてもいい」という考え方を少しずつ持てるようになっていきました。

それまでは、目の前の出来事に対応するだけで精一杯でした。
けれども誰かに話を聞いてもらったり、状況を共有したりすることで、少しだけ気持ちが軽くなることがありました。

この頃から、私たち家族の中でも少しずつ考え方が変わり始めていったように思います。

通所サービスの利用で少しだけ生まれた余裕

祖母が通所サービスを利用するようになったことで、家族の生活には少し変化がありました。

それまでは、ほぼ一日中祖母と同じ空間で過ごす生活でした。
特に母は祖母のそばを離れる時間がほとんどありませんでした。

通所の日は、祖母が日中外出するため、母が一人で過ごせる時間ができました。
ほんの数時間ではありましたが、その時間は母にとってとても大切なものだったと思います。

家事をゆっくりする時間。
少し休む時間。
気持ちを整える時間。

それまでは常に祖母の様子を気にしていた母にとって、そうした時間はとても貴重でした。

もちろん、通所サービスを利用したからといって、すべての問題が解決するわけではありません。
夜間の介護は続いていましたし、祖母の症状がなくなるわけでもありません。

それでも、少しでも距離を取る時間があることで、心の余裕が生まれることがあります。

当時の私たちは、そのことを少しずつ実感するようになっていきました。

誰かに話すことで見えてきた新しい視点

私が大学で福祉を学ぶようになったことも、大きなきっかけの一つでした。

授業の中で学んだことや、先生から教えてもらった情報は、祖母の介護を考える上でとても参考になりました。

わからないことがあれば相談し、状況を説明しながらアドバイスをもらうこともありました。

その中で感じたのは、「話すこと」の大切さでした。

自分の中だけで考えていると、どうしても視野が狭くなってしまいます。
けれども誰かに状況を話してみると、「そんな方法もあるんだ」と気づくことがあります。

また、話すことで気持ちが整理されることもあります。

当時の私は、母の話を聞くことも多くありました。
不安や疲れ、時には怒りの気持ちもありました。

そんなときは、無理に答えを出そうとせず、ただその話を聞くようにしていました。

すると、母の表情が少し柔らぐことがありました。

人は、誰かに話を聞いてもらうだけでも気持ちが軽くなることがあるのだと、そのとき感じたのです。

在宅介護の形を見直すことも大切だと知った

祖母の介護を続けていく中で、「家で支えることだけがすべてではない」という考え方にも少しずつ触れるようになりました。

当時は、「家族が家で世話をするのが当然」という考え方を持っている人も多かったように思います。

実際、祖母が施設に入ることについて、親族の間で意見が分かれることもありました。
父と親族の間で大きな言い合いになったこともあります。

それだけ、介護の形についての考え方は人それぞれなのだと思います。

ただ、家族の生活や体調も大切です。
無理を続けてしまうと、家族の方が倒れてしまうこともあります。

祖母が安心して過ごせる場所を考えること。
そして家族が安心して生活できる環境を整えること。

その両方を大切にすることが必要なのだと、私たちは少しずつ考えるようになりました。

在宅介護は決して簡単なものではありません。
だからこそ、状況に合わせて支え方を見直していくことも大切なのだと感じています。

10年の介護を振り返って今感じていること

祖母の介護は、気がつけば10年以上の時間になっていました。
当時は目の前の出来事に対応することに必死で、長い時間になるとは想像していなかったように思います。

祖母は最終的に施設で生活することになり、その後亡くなりました。
祖母が亡くなったことで、私たち家族の在宅介護は本当の意味で終わりました。

振り返ると、決して楽な時間ではありませんでした。
大変だと感じることもたくさんありましたし、どうしていいのかわからないことも何度もありました。

それでも、不思議と「やりきった」という気持ちが残っています。
祖母と向き合った時間は、家族にとって大きな経験だったのだと思います。

祖母が亡くなったあと、部屋を片づけていると一冊の手帳が見つかりました。
そこには祖母が毎日の出来事を書き続けていた記録が残っていました。

その手帳を見たとき、祖母自身も不安や戸惑いを抱えながら過ごしていたのだと感じました。

介護は、家族にとっても大変な経験ですが、本人にとっても決して楽なものではありません。
だからこそ、最後まで寄り添うことができたことは、私たち家族にとって大切な思い出になっています。

この経験を通して、私が一番感じているのは「一人で抱え込まないこと」の大切さです。

最後まで祖母と向き合えたという思い

祖母が施設に入所してからは、在宅介護の負担は大きく減りました。
それまでの生活とは大きく変わり、家族の時間にも少し余裕が生まれました。

それでも、祖母との関わりがなくなったわけではありません。
私たちはできるだけ面会に行き、施設の行事にも参加していました。

祖母は少しずつ記憶を失っていきましたが、不思議なことに母や私のことは最後まで覚えていてくれました。

祖母が亡くなったときは、とても静かな時間でした。
施設の個室の窓からは太陽の光が差し込み、外からはうぐいすの声が聞こえていました。

家族みんなで祖母のそばにいて、穏やかな時間の中で見送ることができました。

あの時間を思い出すと、「最後まで寄り添うことができてよかった」と心から思います。

介護は決して楽なことではありません。
それでも、向き合った時間は家族にとってかけがえのないものになりました。

介護を経験して気づいた家族の変化

祖母の介護を経験したことで、私自身の考え方にも大きな変化がありました。

それまでは、介護というものをどこか遠い世界の出来事のように感じていたところがあったと思います。

けれども実際に家族の中で起こると、その大変さや難しさを身近に感じるようになりました。

特に感じたのは、介護は身体的な負担だけではないということです。
精神的な疲れや孤独感も、とても大きなものがあります。

介護をしている人は、「自分が頑張らないといけない」と思ってしまうことが多いように感じます。

私の母も、限界に近い状態でも頑張り続けていました。

でも、人は一人で抱え続けると疲れてしまいます。
だからこそ、周囲の人に気持ちを話すことが大切なのだと思います。

誰かに話を聞いてもらうだけでも、気持ちが少し軽くなることがあります。

祖母の介護を通して、そうしたことを実感する機会が何度もありました。

同じように悩んでいる人へ伝えたいこと

在宅介護をしていると、「終わりが見えない」と感じることがあります。

いつまで続くのか分からない生活の中で、不安や疲れを感じることもあると思います。

また、家族のことを外に話すのは恥ずかしいと感じる方もいるかもしれません。
「自分たちだけで何とかしなければ」と思ってしまうこともあると思います。

でも、私はその気持ちを一人で抱え込まなくてもいいと思っています。

誰かに話すことは、とても大切なことです。
身近な人でも、支援に関わる人でも、話を聞いてくれる相手はきっといます。

初めて会う人だからこそ話せることもあります。

気持ちを言葉にすることで、自分の心の整理ができることもあります。

もし今、在宅介護で悩んでいる方がいるなら、どうか一人で抱え込まないでください。

誰かに話してみること。
それが、少し気持ちを軽くするきっかけになることもあると思います。

読者の方へ|一人で抱え込まなくても大丈夫です

ここまで読んでくださってありがとうございます。

在宅介護は、経験した人でないと分かりにくい大変さがあります。
体力的な負担ももちろんありますが、それ以上に心の負担が大きいと感じる方も多いのではないでしょうか。

認知症の症状は人によってさまざまです。
同じことを何度も聞かれたり、突然怒ったり、夜に眠れなくなったり…。

頭では「病気の影響だ」と分かっていても、毎日向き合っていると疲れてしまうこともあると思います。
優しく接しようと思っていても、ついきつい言葉を言ってしまうこともあるかもしれません。

それでも、それは決して特別なことではありません。
介護をしている多くの人が、同じような気持ちを経験しています。

そしてもう一つ、私が強く感じていることがあります。
それは 「家族だけで抱え込まなくてもいい」ということです。

介護をしていると、どうしても「自分が頑張らないと」と思ってしまうものです。
でも、気持ちを誰かに話すだけでも心が少し軽くなることがあります。

私自身、家族の話を聞いたり、誰かに状況を話したりする中で、
「話すことって大事なんだな」と感じる場面が何度もありました。

もし今、在宅介護のことで悩んでいる方がいたら、
どうか一人で抱え込まないでください。

そんな時に、安心して気持ちを話せる場所の一つとして
**傾聴ラウンジ「ここより」**があります。

ここでは、誰かの話を否定せず、そのまま受け止めて聞くことを大切にしています。
介護のこと、家族のこと、誰にも言えなかった気持ちなど、まとまっていなくても大丈夫です。

「ちょっと誰かに聞いてほしい」
そんな時に思い出してもらえる場所になれたら嬉しいです。

あなたの気持ちを話せる場所が、きっとどこかにあります。
その一歩が、少し心を軽くするきっかけになるかもしれません。

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