発達特性のある子どもの親が感じる周囲の視線のつらさ|「あの子のお母さん」と見られる苦しさを整理した相談事例

子どもの特性を受け入れて、理解しようとして、できることを一つずつ積み重ねていく。
それだけでも、親にとってはとても大きなエネルギーが必要なことですよね。
それなのに、外に出たときに感じてしまう周囲の視線。
保護者同士の何気ない会話や、ちょっとした空気の変化。
「ちゃんと向き合っているはずなのに、どうしてこんなに居心地が悪いんだろう」
そんな思いを抱えたことはありませんか。
今回ご紹介するのは、関東にお住まいの30代後半のKさんのお話です。
年中の息子さんには特性があり、園での集団生活の中で行動が目立つこともありました。
Kさんは息子さんのことを理解しようと努力を重ねてきました。
それでも、園での出来事や保護者同士の空気の中で
「あの子のお母さん」という距離感を感じることが増えていったといいます。談事例_ヒアリングシート_齋藤2_26
話を聴いていくと、Kさんの口から出てきたのはこんな言葉でした。
「息子のことは大丈夫なんです。でも…私がきつくて」
私はまず、Kさんがこれまでどれだけ息子さんと向き合ってきたのか、
どんな思いで毎日を過ごしてきたのかを、急がずにゆっくり言葉にしてもらいました。
話すペースも、話の順番も、まとまっていなくても大丈夫。
そのとき感じている気持ちを、そのまま置いていくように話してもらう時間です。
そうしていくうちに、Kさん自身も気づいていなかった
「本当につらかった部分」が少しずつ見えてきました。
今回は、そんなKさんとのやり取りの中で見えてきた
“あの子のお母さん”として見られることのしんどさについてのエピソードをご紹介します。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■待機時間:月・火・水・木・金の10時~13時
※祝日は基本お休みです
※待機日時が変更されるケースがありますので、詳しくは待機カレンダーを確認ください。
■年齢:30代
■ キャッチコピー:「あなたの気持ちにそっと寄り添う、優しい居場所」
■ 得意なテーマ
– 人間関係・子育ての悩み(家族/夫婦/友達/職場/子どもの発達/ママ友づきあいなど)
– 発達グレー&発達特性のある子の子育てのリアル
– ママ・パパのメンタル/気持ちのアップダウン
– 夫婦関係の悩みや心のモヤモヤ
– 自分の気持ちがわからない/整理したい
– ひとりで抱えられないときの聞き役
■ 聴き方・スタイル
– あなたが今どんな気持ちになっているのかを大切にします
– 話すペースも内容も、思ったままで大丈夫です
– 気持ちが軽くなるような穏やかな雰囲気作りはお任せください
■ 経験
– 元教員として10年間、発達特性のある子たちを含め多くの子どもたちや保護者の 相談に乗ってきました。
– 現在は私自身も発達特性のある子の母として日々奮闘中です!
– 「どうしてうちの子が…」という悩みは孤独もたくさん経験してきました。
– 夫婦関係でも日々悩み、家族の大切さや難しさを実感しています。
– 友人や家族からは「いつも話を聞いてもらえるからつい長話をしちゃう」とよく言われます。
■ 大切にしていること
– 何よりあなたの気持ちが軽くなることを一番に考えます
– 「ひとりじゃない」と感じてもらうことを意識します
– 話しやすく安心できる雰囲気を大切にします
– 上手く言葉が出なくても、涙が出てしまっても大丈夫です
■ 人柄・ユニークポイント
– 好きなもの:犬 / 韓国ドラマ / 甘いもの
– よく言われる性格:「優しい」「おもしろい」「話しやすい」「たまにぬけてる」 ※MBTI性格診断はISFJ(擁護者)です
– ちょっとしたこだわり: 1日1回は自分と子どもを甘やかす
– 聴き手としての密かな強み:当事者ママとしてのリアルな共感力
■ メッセージ
たくさん頑張っているからこそ悩むし苦しいんですよね。
リハートカウンセリング.comの傾聴ラウンジにたどり着いて下さったこのご縁を大切に、今ここから少しでも気持ちを軽くできるようお手伝いしていきます。
あなたからのお電話をお待ちしています。
目次
- ○ 周囲の視線が気になり始めたとき、親の心に起こる変化
- ・周囲の空気を読みすぎてしまうようになった
- ・「説明する母親」になってしまっていた
- ・「ちゃんとやっているのに」という思いが消えない
- ○ 話していくうちに見えてきた、本当につらかった部分
- ・息子のことより、自分の心が限界に近づいていた
- ・「しんどい」と感じる自分を責めてしまう
- ・話すことで、少しずつ気持ちが整理されていく
- ○ 見えてきたのは「子どもの問題」ではなく親の心の重さだった
- ・子どもの行動と、親の人格は本来別のもの
- ・「説明役」と「謝る役」を引き受けてしまっていた
- ・母親という役割を背負いすぎていたことに気づく
- ○ 「母親」である前に、一人の人としての自分を取り戻していく
- ・すべて説明しなくてもいいと気づいた
- ・自分の疲れを認めることも大切
- ・親だって、一人の人間
- ○ 同じようにしんどさを感じている方へ
周囲の視線が気になり始めたとき、親の心に起こる変化
子どもの特性に気づいたとき、多くの親はまず「どうすればこの子が過ごしやすくなるだろう」と考えます。
環境を整えたり、園の先生と話をしたり、家での関わり方を工夫したり。
できることを一つずつ試しながら、子どもと向き合っていく。
それは決して簡単なことではありません。
関東にお住まいの30代後半のKさんも、そんな日々を過ごしていました。
年中の息子さんには特性があり、園の集団生活の中で行動が目立つこともありました。
Kさん自身は、息子さんのことを理解しようと努力を重ねてきました。
「この子にはこの子のペースがある」
そう思いながら、できるだけ穏やかに関わってきたそうです。
ただ、園という場所はどうしても人の目が集まりやすい環境です。
保護者同士の会話や先生とのやり取りの中で、Kさんは少しずつ違和感を感じるようになりました。
「もしかして、私のことを見られているのかな」
「ちゃんと子育てできていないと思われているのかな」
そんな思いが、少しずつ心の中に積み重なっていったといいます。
最初は小さな違和感でした。
けれど、それが続いていくと、人と会うこと自体が疲れるようになっていきます。
外に出る前から気が重くなったり、保護者同士の場に行くと胃が痛くなったり。
子どものことを大切に思っているからこそ、
「自分の振る舞いがこの子の評価につながるのではないか」
そんな不安が強くなっていったのでした。
こうした感覚は、決して珍しいものではありません。
子どもに特性がある場合、親が無意識のうちに「説明する役」や「謝る役」を引き受けてしまうことは、実はよくあることです。
Kさんもまた、その役割をいつの間にか背負っていました。
そしてそのことが、少しずつ心を疲れさせていったのです。
周囲の空気を読みすぎてしまうようになった
Kさんの話を聞いていると、ある特徴が見えてきました。
それは「人の反応をとても敏感に感じ取る」ということでした。
園の行事や保護者の集まりでは、常に周囲の様子を気にしてしまう。
誰かが何かを言ったわけではないのに、空気の変化を感じてしまうこともあるそうです。
「今の会話、私のことかな」
「息子のことを言われているのかな」
そんな考えが頭に浮かび、気づけばその場にいるだけで疲れてしまう。
本来であれば、子どもが楽しく過ごせているかを見る場所のはずなのに、
いつの間にかKさん自身が緊張してしまう場所になっていました。
こうした状態になると、人は自然と周囲に気を遣いすぎてしまいます。
Kさんも、息子さんより先に場の空気を読もうとするようになっていました。
「迷惑をかけないように」
「変に思われないように」
そんな思いから、常に周囲を気にするようになっていったのです。
でも、こうした状態が続くと、心はどんどん疲れてしまいます。
何も起きていない時間でさえ、ずっと緊張している状態になるからです。
Kさんも、人と会った後はどっと疲れることが増えていきました。
「説明する母親」になってしまっていた
Kさんが話してくれたエピソードの中で、印象的なものがありました。
それは、息子さんの行動について「自分から説明しようとしてしまう」ということでした。
例えば、息子さんが少し落ち着かない様子を見せたとき。
誰かに何かを言われる前に、
「この子、ちょっとこういうところがあって…」
と、自分から話し始めてしまうことがあったそうです。
また、周囲に迷惑をかけたのではないかと感じたときは、
必要以上に謝ってしまうこともありました。
もちろん、周囲に配慮することは大切なことです。
ただ、Kさんの場合はそれが「自動的な反応」になっていました。
何か起きたら、まず説明する。
何かあれば、まず謝る。
その役割を、誰かに頼まれたわけでもないのに、自然と引き受けていたのです。
こうした状態が続くと、親自身がとても疲れてしまいます。
常に「どう見られているか」を意識して行動することになるからです。
Kさんも、「普通の親子として過ごしたい」という気持ちがありながら、
現実ではなかなかそうできないことに苦しさを感じていました。
「ちゃんとやっているのに」という思いが消えない
話を聞いていると、Kさんの中には繰り返し浮かぶ言葉がありました。
「私はちゃんとやっているはずなのに」
息子さんの特性を理解しようとしている。
向き合おうと努力もしている。
それでも周囲の空気の中で、どこか責められているような感覚がある。
そのたびに、Kさんは自分に問いかけていました。
「まだ足りないのかな」
「もっと頑張らないといけないのかな」
こうして人は、自分を責める方向に考えが向かってしまうことがあります。
特に子育ての場合、
「子どものこと=親の評価」
のように感じてしまう場面も少なくありません。
そのため、子どもの行動に対して
「私のせいかもしれない」と思ってしまうこともあるのです。
Kさんもまた、そうした思いの中で過ごしていました。
そしてその気持ちを誰にも話せないまま、
「しんどいと感じている自分」をさらに責めてしまっていたのです。
このときのKさんに必要だったのは、
頑張り方を増やすことではありませんでした。
まずは、今感じているしんどさを、そのまま言葉にしていくこと。
そこから少しずつ、Kさん自身の心の整理が始まっていったのです。
話していくうちに見えてきた、本当につらかった部分
最初にKさんが話してくれたのは、園で感じる周囲の視線や空気のことでした。
保護者同士の会話や、ちょっとした場面で感じる距離感。
「もしかして私のことを見られているのかな」
「ちゃんと子育てできていないと思われているのかな」
そんな不安が、少しずつ積み重なっていったと話してくれました。
ただ、こうした話を聞いているとき、私はすぐに結論を出そうとはしません。
アドバイスを急ぐよりも、まずはその人が感じていることを、言葉として外に出していく時間を大切にしています。
話というのは、不思議なもので、ゆっくり言葉にしていくうちに、自分でも気づいていなかった思いが見えてくることがあります。
Kさんも最初は、園での出来事や人間関係の話を中心に話していました。
けれど、少しずつ話を重ねていくうちに、Kさんの口から出てきた言葉がありました。
「息子のことは大丈夫なんです。でも…私がきつくて」
その一言が出たとき、Kさん自身も少し驚いたような表情をしていました。
これまで「息子のことで悩んでいる」と思っていた気持ちの中に、
実は別のしんどさが隠れていたことに気づき始めた瞬間だったのです。
子どもの特性を受け入れることと、
周囲の目の中で親として立ち続けること。
この二つは、似ているようでいて、実はまったく別の負担になることがあります。
Kさんの話を丁寧に聞いていく中で、少しずつその違いが見えてきました。
息子のことより、自分の心が限界に近づいていた
Kさんは、息子さんの特性についてはすでに理解しようとしていました。
もちろん大変なことはありますが、それでも「この子はこの子」と受け止めようとしていたそうです。
ただ、その一方で、Kさんの心には別の疲れが溜まっていました。
それは、「母親としてどう見られているか」という不安です。
園で誰かと話すとき。
保護者の集まりに参加するとき。
Kさんの頭の中では、いつも同じような考えが浮かんでいました。
「私の関わり方が悪いと思われていないかな」
「ちゃんと育てていないと思われていないかな」
こうした思いは、少しずつ心を疲れさせていきます。
子どもと過ごす時間そのものよりも、
人と関わる場面の方がしんどくなっていくこともあります。
Kさんも、人と会った後にどっと疲れることが増えていったと話していました。
これは決して珍しいことではありません。
子どもに特性がある場合、親が「社会の目」と向き合う場面が増えるからです。
そのプレッシャーは、想像以上に大きいものです。
Kさんもまた、その重さを一人で抱え続けていたのでした。
「しんどい」と感じる自分を責めてしまう
もう一つKさんが話してくれたことがあります。
それは、自分の気持ちに対する戸惑いでした。
「息子のことは受け入れているんです」
「それなのに、外に出るとこんなにしんどい」
そのことを、Kさんはどこか申し訳ないように感じていました。
本当は、しんどいと感じて当然の状況です。
それでもKさんは、
「私が弱いのかな」
「もっと頑張らないといけないのかな」
と、自分を責めてしまっていました。
人は、頑張っているときほど「弱音を言ってはいけない」と思ってしまうことがあります。
特に親という立場になると、
「子どものために強くいなければならない」
そんな気持ちが強くなることもあります。
Kさんも、まさにその状態でした。
しんどさを感じているのに、その感情を出せない。
むしろ、その気持ちを感じている自分を否定してしまう。
この状態が続くと、心の疲れはさらに深くなっていきます。
だからこそ、まずはその感情をそのまま言葉にしていくことが大切でした。
話すことで、少しずつ気持ちが整理されていく
Kさんと話している時間の中で、私が意識していたことがあります。
それは、「正しい答え」を急いで見つけることではありません。
Kさんが感じていることを、
そのまま言葉にしていくことを大切にすることでした。
話というのは、まとまっていなくても大丈夫です。
順番がバラバラでも問題ありません。
そのとき思い浮かんだことを、そのまま口にしていく。
それだけでも、心の中にあったものが少しずつ外に出ていきます。
Kさんも最初は、少し遠慮がちに話していました。
けれど、話していくうちに言葉の量が増えていきました。
途中で少し笑ったり、
「こんなこと言っていいのかな」と言いながら話したり。
そうした時間の中で、Kさんの声のトーンは少しずつ柔らいでいきました。
そしてあるとき、Kさんがこう言いました。
「私、弱いわけじゃなかったんですね」
その言葉が出たとき、Kさんの表情はとても穏やかでした。
自分を責めていた気持ちが、少し緩んだ瞬間だったのだと思います。
見えてきたのは「子どもの問題」ではなく親の心の重さだった
話を重ねていく中で、Kさんの気持ちは少しずつ整理されていきました。
最初に話してくれたのは、園での出来事や周囲の視線のこと。
けれど、その奥にあったのは、もっと別の感情でした。
「ちゃんとやっているのに、まだ足りないのかな」
「私の関わり方が悪いと思われているのかな」
そんな思いを、Kさんはずっと抱えていたのです。
話していくうちに見えてきたのは、息子さんの特性そのものよりも、
「母親としてどう見られているのか」というプレッシャーでした。
子どもの行動は、どうしても周囲の目に触れやすいものです。
そのとき、多くの親は「自分の育て方が評価されているのではないか」と感じてしまいます。
Kさんもまた、無意識のうちにその視線を背負っていました。
そして気づかないうちに、
自分の役割をどんどん増やしてしまっていたのです。
説明しなければいけない。
迷惑をかけないようにしなければいけない。
ちゃんとしている親だと思われなければいけない。
そうした思いが重なり、Kさんの心はとても疲れていました。
ここで初めて、
「子どもの特性」と「母親としての評価」が、
Kさんの中で強く結びついていたことが見えてきたのです。
子どもの行動と、親の人格は本来別のもの
Kさんの話を聞いていると、ある思い込みが強くなっていることが分かりました。
それは、
「子どもの行動は親の評価につながる」という考え方です。
もちろん、子育てをしていると周囲の視線を感じることはあります。
園や学校では、親同士の関係も生まれますし、子どもの様子が話題になることもあります。
そのため、子どもの行動を見て
「ちゃんと育てていないのでは?」
「親の関わり方に問題があるのでは?」
といった目で見られているように感じることもあるでしょう。
ただ、本来は
子どもの行動と親の人格は別のものです。
子どもには子どもの個性があります。
特性もあれば、その日の体調や気分もあります。
それでもKさんは、息子さんの行動があるたびに
「私のせいかもしれない」
と感じていました。
この考え方が続くと、親の心はどんどん苦しくなってしまいます。
なぜなら、子どものすべての行動を
自分の責任として背負うことになるからです。
Kさんのしんどさは、まさにそこにありました。
「説明役」と「謝る役」を引き受けてしまっていた
もう一つ見えてきたのは、Kさんが無意識に担っていた役割です。
それは、
**「説明する母親」と「謝る母親」**でした。
例えば、息子さんが少し落ち着かない様子を見せたとき。
Kさんは周囲から何か言われる前に、
「この子、ちょっとこういうところがあって…」
と自分から説明することが多かったそうです。
また、誰かに迷惑をかけたかもしれないと感じたときは、
必要以上に謝ってしまうこともありました。
もちろん、周囲への配慮はとても大切です。
ただ、Kさんの場合はそれが「常に続く役割」になっていました。
誰かに求められたわけではないのに、
自分の中で「そうしなければいけない」と思っていたのです。
こうした状態が続くと、親は常に気を張った状態になります。
どんな場面でも
「今、説明したほうがいいかな」
「謝ったほうがいいかな」
と考え続けることになるからです。
Kさんも、「普通に過ごしているだけなのに疲れる」と話していました。
それは決して気のせいではありません。
心がずっと緊張していたからです。
母親という役割を背負いすぎていたことに気づく
話を整理していく中で、Kさんは少しずつあることに気づきました。
それは、
「母親としての役割を背負いすぎていた」ということです。
子どものことを大切に思う。
これはとても自然な気持ちです。
ただ、その思いが強くなりすぎると、
「良い母親でいなければならない」
「迷惑をかけない親でいなければならない」
というプレッシャーに変わることがあります。
Kさんも、気づかないうちにその状態になっていました。
息子さんのことを守りたい。
周囲に誤解されたくない。
その思いが強かったからこそ、
自分の気持ちを後回しにしてしまっていたのです。
けれど、話を重ねる中でKさんの表情が少しずつ変わっていきました。
「私、全部背負おうとしていたのかもしれません」
そう言ったとき、Kさんの声はとても穏やかでした。
自分の心の状態に気づいたことで、
少し肩の力が抜けたように見えたのです。
「母親」である前に、一人の人としての自分を取り戻していく
話を重ねる中で、Kさんの気持ちは少しずつ変化していきました。
最初にお会いしたときは、周囲の視線や人間関係のことを思い出すだけで、とても疲れている様子でした。
「私がちゃんとやれていないからかもしれない」
「もっと頑張らないといけないのかな」
そんな思いが、ずっと頭の中を回っていたと話してくれました。
けれど、話をしながら一つひとつ整理していくと、Kさんの中で見えてきたことがありました。
それは、息子さんの特性そのものよりも、
母親としてどう見られるのかというプレッシャーが大きな負担になっていたということでした。
そしてもう一つ。
Kさんは「良い母親でいなければならない」という思いから、自分の気持ちを後回しにしていたことにも気づきました。
子どものことを大切に思う気持ちは、とても自然なものです。
ただ、その思いが強くなりすぎると、自分自身を守ることを忘れてしまうことがあります。
Kさんもまた、その状態の中で頑張り続けていました。
話していく中で、Kさんがふと口にした言葉があります。
「私、弱いわけじゃなかったんですね」
その言葉には、どこか安心したような表情がありました。
それまで自分を責め続けてきた気持ちが、少し緩んだ瞬間だったのだと思います。
ここからKさんは、少しずつ「母親としての役割」だけではなく、
一人の人としての自分を大切にする視点を持ち始めました。
すべて説明しなくてもいいと気づいた
これまでKさんは、周囲の人に誤解されないように、
息子さんのことをできるだけ説明しようとしていました。
「この子はこういう特性があって…」
「迷惑をかけてしまったかもしれなくて…」
そうやって、自分から言葉を足していくことが多かったそうです。
もちろん、それは周囲への配慮から生まれた行動でした。
ただ、その役割をずっと続けていると、心が休まる時間がなくなってしまいます。
どんな場面でも
「説明したほうがいいかな」
「誤解されないようにしなきゃ」
と考え続けることになるからです。
Kさんもそのことに気づいたとき、少し驚いた様子でした。
「私、いつも説明していましたね」
そこでKさんが試してみたのは、
すべてを説明しなくてもいい場面を作ることでした。
もちろん必要な場面では言葉にします。
でも、毎回そうしなくてもいい。
それだけでも、気持ちはずいぶん軽くなったそうです。
自分の疲れを認めることも大切
もう一つ、Kさんが意識するようになったことがあります。
それは、自分の疲れに気づくことです。
これまでKさんは、
「母親なんだから頑張らないと」
「弱音を言ってはいけない」
そんな思いで過ごしていました。
けれど、どんなに子どもを大切に思っていても、
人はずっと頑張り続けることはできません。
疲れることもありますし、落ち込む日もあります。
それは決して悪いことではありません。
Kさんも、あるときこう言いました。
「今日は疲れたって思っていいんですね」
その言葉は、とても自然なものでした。
これまで当たり前にできなかったことが、
少しずつできるようになっていったのです。
自分の疲れを認めること。
それは、自分を守るための大切な行動でもあります。
親だって、一人の人間
話の最後に、Kさんがこんな言葉を話してくれました。
「私は“あの子のお母さん”である前に、一人の人ですね」
その言葉を聞いたとき、Kさんの表情はとても穏やかでした。
子育てをしていると、どうしても「母親」という役割が大きくなります。
周囲からも、その立場で見られることが多くなります。
けれど、本来はそれだけではありません。
親である前に、一人の人。
感情もあれば、疲れることもあります。
そして、自分の心を守ることもとても大切です。
子どもを大切に思うことと、
自分が傷つかないようにすること。
この二つは、どちらか一つを選ぶものではありません。
両方を大切にしていいものです。
もし今、周囲の視線や人間関係の中で疲れている方がいるなら、
どうか思い出してほしいことがあります。
あなたは、もう十分頑張っています。
その上で、少しだけ自分の心にも目を向けてみてください。
それだけでも、気持ちは少し軽くなるかもしれません。
同じようにしんどさを感じている方へ
子どものことを大切に思っているからこそ、周囲の視線や人間関係の中で疲れてしまうことがあります。
「ちゃんと向き合っているはずなのに」
「どうしてこんなにしんどいんだろう」
そんな気持ちが心の奥に残っている方もいるかもしれません。
子どもの特性を受け入れることと、
周囲の目の中で親として立ち続けること。
この二つは、似ているようでいて実はまったく違う負担になることがあります。
今回ご紹介したKさんも、息子さんのことよりも
「母親としてどう見られているのか」というプレッシャーの中で、自分を責め続けていました。
でも、話をしながら少しずつ気持ちを言葉にしていくことで、
Kさんはこう気づいていきました。
「私は弱いわけじゃなかったんですね」
しんどさを感じているとき、人はその気持ちをうまく言葉にできないことがあります。
そして、その思いを一人で抱え続けてしまうことも少なくありません。
そんなときは、誰かに話してみることで、自分でも気づいていなかった気持ちが見えてくることがあります。
傾聴ラウンジ「ここより」では、
アドバイスや正解を急いで伝えるのではなく、
その人のペースで気持ちを言葉にしていく時間を大切にしています。
まとまっていなくても大丈夫です。
順番がバラバラでも問題ありません。
そのとき心に浮かんだことを、そのまま置いていくように話していく。
そうしていくうちに、少しずつ心の整理が進んでいくことがあります。
もし今、誰にも話せないしんどさを抱えているなら、
一人で抱え込まずに、安心して話せる場所を持ってみるのも一つの方法です。
傾聴ラウンジ「ここより」は、
「母親」や「誰かの役割」ではなく、
一人の人としてのあなたの気持ちを大切にする場所です。
言葉にならない思いでも大丈夫です。
あなたのペースで、ゆっくり話してみてください。





