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父のようになりたくない…死別と家族の連鎖に苦しむ私が、生きづらさを断ち切ろうとした話【相談事例】

父のようになりたくない…死別と家族の連鎖に苦しむ私が、生きづらさを断ち切ろうとした話【相談事例】

東京都近郊在住のさくらさん(30代・女性)
祖母を失った喪失感が深まる中で、戸籍を自分で調べたことで、長く絶縁状態だった父が3年前に亡くなっていたと知りました。離婚後の家庭崩壊、暴力や借金、知らされなかった父の死――その衝撃は、さくらさんの心の奥にずっと沈んでいた不安や孤独を一気に浮かび上がらせました。

支えてくれる夫やかわいい小学生の息子がいる一方で、唯一無条件に受け止めてくれた祖母という拠り所を失い、頼れる家族はほとんどいません。精神的に不安定な母にも頼れず、日々の育児と生活を“乗り切る”ことに精一杯の毎日。

「父みたいにはなりたくない」
「息子に、負の連鎖を残したくない」

そんな思いが、ただの願いではなく、“自分の生き方”として確かなものになるために、さくらさんは話すことを選びました。今回の事例では、語ることで少しずつ形作られていった「気持ちの整理」と、そこから見えてきた自分自身について綴ります。

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投稿者プロフィール

やざわゆり
やざわゆりよりびと
■待機基本シフト:10時-23時(シフト制)
※シフトは2週間単位で掲載します

■年齢:50代

■ キャッチコピー:話すだけで少し楽になる時間

■ 得意なテーマ

– 大切な人や大切な存在を失った悲しみ喪失感
– 愛する人や存在が居なくなりそうな不安感
– 言葉にならない気持ちの整理
– 誰にも言えない話の受け止め
– 人間関係の悩み・恋愛相談
– とにかく話を聴いてほしいとき
– 誰も自分の事をわかってくれない絶望感

■ 聴き方・スタイル

– 沈黙の時間も大切にします
– ゆっくり聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– 無理に聞き出しません

■ 経験

– 介護職に20年程携わり日常の人間関係、死生観、お悩み、好きな物の事、昔話、夢等、色んなお話をよくお聴きしてきました
– 上智大学グリーフケア研究所在籍
– 子どもや知人、職場で相談を受けてきました
– 対人援助職の中で日常の人間関係、死生観、お悩み、好きな物の事、昔話、夢等、色んなお話をよくお聴きしてきました

■ 大切にしていること

– お話されたいテンポでお聴きします
– お一人お一人大切な存在として通話時間を共に過ごさせていただきます

■ 人柄・ユニークポイント

– 好きなもの:焚き火/いちご/夜空/神社
– よく言われる性格:穏やか/面白い/ゆっくり
– ちょっとしたこだわり:誠実さ
– 聴き手としての密かな強み:決めつける事なく、お話された事をそのまままっすぐうけとめます

■ メッセージ

ご両親、お子様、ご家族、恩師、恋人、友人、ペット等大切な存在や役割、大切な関係性を失った後、また、失いそうな不安な時の『今の気持ち』をそのまま話せる場所としてご利用ください。あなたのペースで安心してお話しくださいね。

目次

父のようになりたくない——死別が呼び覚ました家族の記憶

「親を反面教師にして生きるって、こんなに孤独なんだと思いませんでした」

そう話してくれたのは、関東在住・30代のさくらさん。
祖母が亡くなってから、心の中にぽっかりと穴があいたような感覚が続いていました。

さらに三か月前、市役所で戸籍を取り寄せたことをきっかけに、長く絶縁状態だった父が三年前に亡くなっていたと知ります。誰からも知らされなかった事実。怒りとも悲しみともつかない感情が、一気にあふれ出しました。

父はDVや借金、暴力的な言動があり、家庭は崩壊していました。
「父みたいにはなりたくない」と思いながら大人になったさくらさん。

けれど、いま自分が母になり、小学生の長男を育てる立場になったとき、ふと胸をよぎるのです。

「私、父に似ているのかもしれない」
「この生きづらさ、息子にも続くんじゃないか」

守られた専業主婦の立場でありながら、ワンオペ育児の孤独。
頼れない母、もういない祖母。

強くあろうとするほど、心は疲れていきました。

そんな中で、さくらさんが選んだのは「ひとりで抱え続けない」という小さな一歩でした。

知らされなかった父の死が残したもの

父の死を、自分で戸籍を調べて初めて知った——。
この出来事は、さくらさんにとって大きな衝撃でした。

「悲しい」というよりも、「なんで?」という怒りが先に立ったと言います。

絶縁していたとはいえ、どこかで「生きている存在」として父を置いていた。
それが突然、“過去の人”になってしまった。

しかも、誰からも伝えられずに。

その事実は、父との関係そのものよりも、「私は知らされない存在だった」という孤立感を強めました。

怒り、寂しさ、悔しさ。
そして、「もう何も言えない」という諦め。

未解決のまま終わってしまった関係は、心の中で何度も再生されます。

「もっと違う父だったら」
「私がもっと強ければ」

そんな思考が、静かに自分責めへと変わっていきました。

「似ているかもしれない」という恐怖

さくらさんの不安は、父の死そのものよりも、ある感覚にありました。

「私、怒るときの雰囲気が父に似ている気がするんです」

ほんの一瞬の表情や、強い言葉。
そこに父の影を感じるたび、胸がざわつきます。

さらに、「息子もどこか似ている」と感じたとき、恐怖は倍になります。

血は争えないのか。
家庭の崩れやすさは、遺伝するのか。

そんな思いが、「このカルマを断ち切らなきゃ」という強い決意へと変わっていきました。

けれどその決意は、同時に自分を追い詰める言葉でもありました。

「ちゃんとした母でいなきゃ」
「完璧に育てなきゃ」

そう思えば思うほど、肩に力が入り、余裕がなくなっていく。

似ている“かもしれない”という想像が、今の自分を否定する材料になってしまっていたのです。

無条件に愛された記憶という土台

そんなさくらさんの話の中で、何度も出てきた存在がいました。

祖母です。

「ばあちゃんだけは、ここにいるだけで可愛がってくれた」

その言葉を口にしたとき、声のトーンがふっと柔らぎました。

祖母は、評価も条件もなく、ただ存在を受け止めてくれた人。
その安心感があったからこそ、家庭が崩れても、なんとか自分を保てたのかもしれません。

祖母はもういません。
でも、そのときの記憶まで消えたわけではありません。

無条件に愛された体験は、さくらさんの中に“感覚”として残っています。

それは、父から受け継いだものではなく、祖母から受け取ったもの。

血の連鎖だけが、人生をつくるわけではない。

そう考えたとき、
「私は父とは違う道を選べるかもしれない」

そんな小さな可能性が、静かに芽生え始めました。

「私がなんとかしなきゃ」——背負いすぎてしまう母の孤独

祖母を失い、父の死を知り、頼れる実家もない。
そんな中で、さくらさんの心に強く根づいていった言葉がありました。

「私がなんとかしなきゃ」

夫は優しく安定した存在。けれど多忙で、日々の育児はほぼ一人。
小学生の長男を育てながら、家のことを回し、感情を整え、過去とも向き合う。

専業主婦という立場は「守られている」と見られることもあります。
でも実際は、誰にも弱音を吐けない閉ざされた空間でもありました。

母は精神的に不安定で頼れない。
近所やママ友には、こんな重たい話はできない。

「強くあらなきゃ」
「ちゃんとした母でいなきゃ」

そうやって自分を奮い立たせるほど、心は静かに疲弊していきました。
孤独の中で責任だけが膨らんでいく——そんな毎日でした。

ワンオペ育児の中で増えていった“見えない負担”

朝起きるのがつらい。
慢性的な疲労感が抜けない。
一日を“楽しむ”というより、“なんとか乗り切る”。

さくらさんの体は、すでに限界のサインを出していました。

けれど、「私はまだ大丈夫」と言い聞かせてしまう。
なぜなら、自分が止まったら家が回らないと思っているからです。

子どもの学校のこと、習い事、体調管理。
家事、買い物、家計のやりくり。

目に見える仕事はたくさんありますが、それ以上に消耗するのは“気を張り続けること”。

怒りすぎていないか。
ちゃんと愛せているか。
父のようになっていないか。

そんな自己チェックが一日中続くのです。

気づかないうちに、心はずっと緊張状態。
それは、見えないけれど確実に重い負担でした。

誰にも話せない苦しさが、孤独を深くする

「こんな話、していいのかな」

通話が始まったとき、さくらさんは何度もそう言いました。

父のこと。
母への複雑な感情。
祖母への依存に近い思い。

どれも、周囲には言いにくい話です。

ママ友に話せば空気が重くなる。
夫に話せば心配をかける気がする。

だから、飲み込む。
そしてまた、「私がなんとかしなきゃ」に戻る。

でも、人は話せない時間が長くなるほど、自分の感情がわからなくなっていきます。

怒っているのか、悲しいのか、寂しいのか。
それすら曖昧になる。

孤独というのは、「一人でいること」よりも、「誰にも本音を出せないこと」なのかもしれません。

さくらさんのしんどさは、まさにそこにありました。

“完璧な母”になろうとするほど遠ざかる安心感

「子どもを、人に好かれる子に育てたい」
「私はかっこよく、誇れる生き方をしたい」

その願いは、とても健やかで前向きなものです。

けれどいつの間にか、その願いが“義務”に変わっていました。

ちゃんとした母でいなければ。
感情を乱してはいけない。
失敗してはいけない。

そうやって理想を高く掲げるほど、少しのミスも許せなくなる。

子どもに強く言ってしまった夜、
「やっぱり私、父に似てる」と自分を責める。

でも、本当に父と同じでしょうか。

暴力や支配ではなく、
“怖くならないように必死で抑えている”姿は、むしろ真逆の方向にいます。

完璧を目指す背景には、「連鎖を止めたい」という必死さがある。

その真面目さこそが、さくらさんの本質でした。

ただ、その頑張りを一人で抱え続けるには、あまりにも重すぎたのです。

「断ち切らなきゃ」から「抱えてもいい」へ——力を抜いた瞬間に見えたもの

これまでさくらさんを支えてきたのは、「私が連鎖を断ち切らなきゃ」という強い決意でした。
その思いは、家族の歴史をここで終わらせたいという、切実でまっすぐな願いでもあります。

けれど、その言葉は同時に、自分を追い込み続ける呪文のようにもなっていました。

ちゃんとしなきゃ。
強くなきゃ。
似てはいけない。

通話の中で、私はまず“正しく整理する”ことよりも、言葉にならない気持ちをそのまま出してもらうことを大切にしました。

怒りも、誇りも、嫉妬も、弱さも。
きれいに整っていなくていい。

話しているうちに、さくらさんの声のトーンが少しずつ変わっていきました。

「私、ずっと怖かったんですね」

その一言が出たとき、
“断ち切らなきゃ”ではなく、“怖かった自分を抱えてもいい”という方向へ、静かに舵が切られた瞬間でした。

父への怒りの奥にあった「誇り」という感情

さくらさんの中には、父への強い怒りがありました。

家庭を壊したこと。
母を追い詰めたこと。
子どもだった自分を守ってくれなかったこと。

でも、話が深まるにつれて、別の感情も顔を出しました。

「でも…父は仕事はすごくできた人だったんです」
「私、負けず嫌いなところは似てるかも」

怒りと同時に、どこか誇りのようなものもあったのです。

嫌いだけでは語れない存在。
否定したいけれど、完全には切り離せない。

その複雑さを認めたとき、「似ている=悪いこと」という単純な図式が少し揺らぎました。

似ている部分があるなら、それをどう使うかは自分で選べる。

怒りを抑え込むのではなく、
その奥にある本音を見つめること。

そこから、「私は父とは違う」という実感が、少しずつ具体性を帯びていきました。

祖母の記憶は“失ったもの”ではなかった

「ばあちゃんがいないから、もう無理なんです」

そう言っていたさくらさん。

祖母は、無条件に受け止めてくれる唯一の存在でした。
その喪失は、支えを丸ごと失ったような感覚を生んでいました。

けれど、話の中で何度も祖母の言葉や仕草が出てきます。

「大丈夫だよ」
「さくらはそのままでいい」

その記憶を語るとき、表情がやわらぐのです。

私は問いかけました。
「その声、いまも思い出せますか?」

さくらさんは、少し黙ってからうなずきました。

祖母はもういません。
でも、祖母から受け取った“安心の感覚”は、今も体の中に残っています。

それは消えたのではなく、内側に根づいているもの。

誰かに無条件に愛された体験は、
次に自分が誰かを愛するときの土台になります。

連鎖するのは暴力や不安だけではない。
安心や優しさも、ちゃんと続いていく。

その視点が加わったとき、世界の見え方が少し変わりました。

「しんどい」と言えたことが、小さな転機になった

通話の終盤、さくらさんはぽつりとつぶやきました。

「しんどいです」

それは、とても静かな言葉でした。
でも、そこには大きな意味がありました。

これまでの彼女は、「私がやらなきゃ」と気を張り続けてきました。
弱さを見せることは、負けることのように感じていたのです。

けれど、「しんどい」と言えた瞬間、
完璧な母でいなければならない鎧が、ほんの少しだけ外れました。

弱音を吐くことは、連鎖を生むことではありません。
むしろ、抱え込まない姿を子どもに見せることも、一つの選択です。

自分を責めるトーンが和らいだとき、
“断ち切る”という戦いの姿勢から、“選び直す”という柔らかな姿勢へと変わっていきました。

大きな変化ではありません。
でも、確かな変化でした。

ここから、少しずつ「自分の人生をどう生きたいか」というテーマへと、歩みが進んでいきます。

連鎖は「血」ではなく「選択」で変えていける

話し終えたあと、さくらさんはこう言いました。

「少し、軽くなりました」

状況が大きく変わったわけではありません。
ワンオペ育児は続きますし、母に頼れない現実もそのままです。
父が亡くなったという事実も変わりません。

それでも、何かが確実に違っていました。

それは、「私はどうなるんだろう」という不安から、
「私はどう生きたいんだろう」という問いに変わったこと。

血のつながりは消せません。
過去もなかったことにはできません。

けれど、生き方は選び直せる。

連鎖を断ち切るとは、過去と戦い続けることではなく、
今日の自分の選択を少しずつ変えていくことなのかもしれません。

さくらさんは、完璧な母になることよりも、
“自分を大切にしながら母でいる”ことを選び始めました。

そこから、新しい循環が静かに始まっています。

「父とは違う」と証明するのをやめたとき

これまでのさくらさんは、どこかでこう思っていました。

「父とは違うと証明し続けなきゃ」

怒らないこと。
失敗しないこと。
弱さを見せないこと。

それは、父を否定し続ける生き方でもありました。

でも、証明し続ける人生はとても疲れます。

話を重ねる中で、さくらさんは気づきました。

「私はもう、父と同じ道を歩いていない」

暴力ではなく対話を選び、
恐れではなく不安を言葉にし、
支配ではなく関わろうとしている。

その時点で、もう違うのです。

誰かと比べて違うのではなく、
“自分で選び続けている”という事実が、何よりの違い。

証明しなくてもいい。
戦わなくてもいい。

その緩みが、心に余白をつくりました。

祖母から受け取ったものを、今度は渡していく

祖母に無条件に愛された記憶。

それはもう戻らない時間ではなく、
今の自分を支える感覚として残っています。

「ばあちゃんだったら、なんて言うかな」

そう考えるだけで、少し呼吸が深くなる。

その優しいまなざしを、今度は自分が息子に向けていく。

完璧でなくてもいい。
感情的になる日があってもいい。

でも、最後はちゃんと向き合う。

それはもう、負の連鎖ではありません。
安心の連鎖です。

血がつなぐものもあるけれど、
体験がつなぐものもある。

さくらさんは、祖母から受け取った“そのままでいい”という感覚を、次の世代に手渡し始めています。

一人で抱えなくていいという選択

「こんなこと、誰にも話せなかったんです」

最初はそう言っていたさくらさん。

でも、言葉にしてみると、
心の中にあった混ざり合った感情が少しずつ整理されていきました。

怒りも、悲しみも、誇りも、怖さも。
どれもあっていい。

強くあろうとしなくていい。
完璧でいなくていい。

誰かに話すことは、弱さではありません。
抱え込まないという選択です。

家族の問題や死別の悲しみは、
一人で抱えるにはあまりにも重いテーマです。

でも、揺らぐ気持ちをそのまま感じられる時間の中で、
人は少しずつ、自分を取り戻していきます。

もし今、
「親のようになりたくない」と孤独に戦っている人がいるなら。

あなたはもう、違う道を選ぼうとしている人です。

連鎖は、血だけでは決まりません。
今日のあなたの選択が、未来をつくっていきます。

一人で抱えなくていい。
それだけでも、もう新しい循環は始まっています。

読者へのメッセージ

親との関係に傷ついたまま大人になった人は、
「私はあの人とは違う」と思いながら、どこかでずっと戦い続けています。

似ているかもしれないという怖さ。
連鎖させたくないという必死さ。
弱音を吐けない孤独。

でも、本当に必要なのは、強くなることではなく、
“揺れている自分をそのまま感じられる時間”なのかもしれません。

怒りも、悲しみも、誇りも、全部あっていい。
複雑なままでいい。

話しながら、自分の声を自分で聞いていく。
その時間の中で、「私はどう生きたいか」が少しずつ輪郭を持ち始めます。

傾聴ラウンジ「ここより」は、
答えを与える場所ではありません。

正しく整理する場所でも、
無理に前向きになる場所でもありません。

ただ、あなたの言葉を、あなたのペースで話せる場所です。

家族のこと。
死別のこと。
誰にも言えなかった本音。

一人で抱え続けなくていい。

連鎖を断ち切ろうと必死に頑張っている人ほど、
まずは自分が安心できる時間を持ってほしいと思っています。

「ここより」は、
あなたがあなたのままでいられる時間を、大切にしています。

もし今、少しでも心が揺れているなら。
その揺れごと、持ってきてください。

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