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夫が毎晩義実家に泊まる…認知症介護で失われた「夫婦の時間」と罪悪感に揺れた50代女性の相談事例

夫が毎晩義実家に泊まる…認知症介護で失われた「夫婦の時間」と罪悪感に揺れた50代女性の相談事例

三重在住の50代・みゆきさんのお話です。5年ほど前、義父の他界をきっかけに義母の認知症が進み、生活が一変しました。兄弟の中で一番近くだったことから、同居は避けつつも近くに引っ越し、義母のサポートをすることに。最初は「できる範囲で支えたい」と思っていたものの、気づけば日々の負担は大きくなり、夫は毎晩義実家に泊まりに行くように。

その結果、みゆきさんが一番つらいと感じているのは、「義母の介護がつらい」ことよりも、 夫婦の会話や時間がほとんどなくなってしまった現実 でした。

「義母のために何かしてあげたい自分でいたい」──そんな思いと、「本当は心がついていかない自分」が同居し、みゆきさんの中でぐるぐると渦を巻いていきます。家族を支えたい気持ちと、自分の疲れや寂しさが重なった日々の中で、彼女はどんな思いに気づき、どんな一歩を踏み出していったのでしょうか。

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投稿者プロフィール

やざわゆり
やざわゆりよりびと
■待機基本シフト:10時-23時(シフト制)
※シフトは2週間単位で掲載します

■年齢:50代

■ キャッチコピー:話すだけで少し楽になる時間

■ 得意なテーマ

– 大切な人や大切な存在を失った悲しみ喪失感
– 愛する人や存在が居なくなりそうな不安感
– 言葉にならない気持ちの整理
– 誰にも言えない話の受け止め
– 人間関係の悩み・恋愛相談
– とにかく話を聴いてほしいとき
– 誰も自分の事をわかってくれない絶望感

■ 聴き方・スタイル

– 沈黙の時間も大切にします
– ゆっくり聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– 無理に聞き出しません

■ 経験

– 介護職に20年程携わり日常の人間関係、死生観、お悩み、好きな物の事、昔話、夢等、色んなお話をよくお聴きしてきました
– 上智大学グリーフケア研究所在籍
– 子どもや知人、職場で相談を受けてきました
– 対人援助職の中で日常の人間関係、死生観、お悩み、好きな物の事、昔話、夢等、色んなお話をよくお聴きしてきました

■ 大切にしていること

– お話されたいテンポでお聴きします
– お一人お一人大切な存在として通話時間を共に過ごさせていただきます

■ 人柄・ユニークポイント

– 好きなもの:焚き火/いちご/夜空/神社
– よく言われる性格:穏やか/面白い/ゆっくり
– ちょっとしたこだわり:誠実さ
– 聴き手としての密かな強み:決めつける事なく、お話された事をそのまままっすぐうけとめます

■ メッセージ

ご両親、お子様、ご家族、恩師、恋人、友人、ペット等大切な存在や役割、大切な関係性を失った後、また、失いそうな不安な時の『今の気持ち』をそのまま話せる場所としてご利用ください。あなたのペースで安心してお話しくださいね。

目次

5年前に始まった介護と、静かに変わっていった日常

義父が亡くなってからしばらくして、義母の様子に「これまでとは違う違和感」を覚えるようになったと、みゆきさんは話してくれました。物忘れが増え、同じ話を何度も繰り返すようになり、感情の波も大きくなっていったそうです。やがて認知症とわかり、兄弟の中で一番近くに住めるのが自分たちだったことから、生活の拠点を義実家の近くへ移す決断をしました。

同居はどうしても心の距離が保てない気がして選ばなかったものの、「近くにいる=自然と担う側になる」という現実は避けられませんでした。
気づけば、義母の生活を回すための予定が日常の中心になり、夫は毎晩のように義実家へ泊まるように。大きな衝突があったわけではありません。それでも、夫婦の時間は少しずつ、静かに削られていきました。

みゆきさんの中で何がいちばん苦しかったのか。
それは“出来事そのもの”よりも、「何も言えずに流れていく毎日」だったのかもしれません。

「近くに住む」という選択が意味していたもの

引っ越しを決めたとき、みゆきさんは「できる範囲で支えられたら」と思っていました。義母を見捨てたいわけではないし、夫の気持ちも理解できる。家族として当然のことをしている、そんな感覚もあったそうです。

でも、実際に始まってみると、“できる範囲”は思っていたよりもずっと広がっていきました。買い物の付き添い、通院の調整、ちょっとしたトラブル対応。ひとつひとつは小さくても、積み重なると重みになります。

「近くにいるからお願いね」という空気。
誰かに強制されたわけではないのに、断れない雰囲気。

みゆきさんは、頼まれた役割をきちんとこなそうとする人です。だからこそ、引き受けることが当たり前になり、自分の気持ちは後回しになっていきました。気づいたときには、“支える側”の自分が固定されていたのです。

夫は悪くない。でも、寂しい

夫は「できるだけのことはしたい」という思いで、毎晩義実家に泊まっています。食事は一緒にするものの、その後は義実家へ向かう生活。
喧嘩をしているわけでも、仲が悪いわけでもありません。

それなのに、みゆきさんの胸にはぽっかりと穴があいたような感覚が残っていました。

「仕方ないよね」と自分に言い聞かせながらも、ふとした瞬間に込み上げる寂しさ。
一日の終わりに、今日あったことをゆっくり話す時間がないこと。

それは、派手な問題ではありません。でも、夫婦にとってはとても大切な土台です。みゆきさんは、「こんなことで寂しいなんて言えない」と思いながら、その気持ちを飲み込んでいました。

理解していることと、納得していることは違う。
そのズレが、少しずつ心を削っていったのです。

「してあげたい」と思えない自分への違和感

もうひとつ、みゆきさんを苦しめていたのは、「義母に何かしてあげたいと思えない自分」でした。
周りには、献身的に支える人もいる。だからこそ、「私は冷たいのでは」と自分を責めてしまう。

本当は疲れている。
本当は距離を保ちたい。

でも、そんな気持ちは“良くないもの”のように感じてしまうのです。

「普通のお嫁さんなら…」という見えない基準に、自分を当てはめては落ち込む。できない理由を探しては、さらに自己否定する。

けれど、人の気持ちは比べるものではありません。
誰かと同じように感じられないことが、間違いとは限らないのです。

みゆきさんの中では、支えたい思いと、距離を取りたい思いが同時に存在していました。そのどちらも本音なのに、片方だけを正しいとしようとしたことで、心が行き場を失っていたのかもしれません。

自分を納得させ続けて、気づけば心が置き去りになっていた

介護の生活が当たり前になるにつれ、みゆきさんの中では「仕方ない」「今はこういう時期」と自分を納得させる言葉が増えていきました。夫は間違ったことをしているわけではない。義母も好きでこうなったわけではない。だからこそ、文句を言う自分のほうが心が狭いのではないか──そんな思いが、何度も頭をよぎったそうです。

でも、理解しようとすればするほど、心の奥に残るもやもやは消えませんでした。
むしろ、「わかっているのに苦しい」という状態が続き、自分でも説明できない疲れが積み重なっていきます。

周囲に強く怒っているわけではない。
大きなトラブルがあるわけでもない。

それなのに、満たされない。
その正体がわからないまま、みゆきさんはひとりで考え続けていました。

「私が我慢すれば丸く収まる」という思考ぐせ

みゆきさんの中には、いつの間にか「私が我慢すればいい」という前提ができあがっていました。
夫は忙しいし、義母も大変な状況。子どもたちも不安定。だったら、自分が少し飲み込めばいい──そうやって場を保ってきたのです。

この考え方は、一見すると優しさのように見えます。
実際、みゆきさんは家族思いです。

でも、「我慢」が習慣になると、自分の感情を感じ取るセンサーが鈍っていきます。本当は寂しいのに、「大丈夫」と言ってしまう。本当は話したいのに、「今はタイミングじゃない」と引っ込めてしまう。

その積み重ねが、“自分を後回しにすること”を当たり前にしていました。
我慢は一時的な調整にはなっても、心の根っこまでは整えてくれません。むしろ、気づかないうちに自分の存在感を小さくしてしまうこともあります。

話す時間がないまま、気持ちだけが溜まっていく

みゆきさんは、夫に理解してほしい気持ちがありました。
でも、毎晩義実家に泊まる生活の中で、ゆっくり話せる時間がほとんどありません。

食事の時間に少し切り出してみても、「また今度ゆっくり話そう」となってしまう。
その“また今度”が続くうちに、言葉は胸の奥にしまわれていきました。

言えないままの気持ちは、なくなるわけではありません。
むしろ、行き場を失って心の中でぐるぐる回り始めます。

「どうせ言っても変わらないかもしれない」
「重たいと思われたら嫌だな」

そんな思考が重なり、さらに言い出しにくくなる。
話し合いがないこと自体が、夫婦の距離を少しずつ広げていたのです。

「普通の嫁」という見えない基準に縛られて

もうひとつ大きかったのは、「普通はどうするのか」という基準でした。
周りには献身的に介護をしている人もいる。そういう姿を見るたびに、「私は足りない」と感じてしまう。

でも、“普通”は人それぞれです。
体力も、性格も、価値観も違います。

それでも、みゆきさんは「してあげたいと思えない自分」を問題視し続けました。
本当は感情に正解も不正解もありません。湧いてくるものは、ただの事実です。

けれど、自分の気持ちをそのまま認める前に、「こうあるべき」というフィルターを通してしまう。
その結果、本音と建前がずれていき、ますます苦しくなる。

みゆきさんのしんどさは、義母そのものよりも、「理想の自分でいられない」という自己否定から来ていた部分が大きかったのかもしれません。

「本当は何がつらいのか」に立ち止まってみた時間

みゆきさんはこれまで、状況をどうにかしようと頭で考え続けてきました。義母をどう支えるか、夫にどう伝えるか、子どもたちをどうフォローするか。けれど、あるときふと立ち止まりました。
「私は、いったい何にこんなに疲れているんだろう?」と。

誰かを責めたいわけではない。
今すぐ何かを大きく変えたいわけでもない。

それなのに、心がすり減っている感覚がある。

ゆっくり話しながら整理していく中で見えてきたのは、“介護そのもの”よりも、「こうありたい自分」と現実とのズレでした。優しくありたい、理解ある妻でいたい、ちゃんとした嫁でいたい。そんな理想像と、正直な気持ちとの間に挟まれて、身動きが取れなくなっていたのです。

問題の外側ではなく、自分の内側に目を向け始めたとき、みゆきさんの表情が少しずつ変わっていきました。

「あの人はそういう人だから」と飲み込んできた気持ち

みゆきさんはよく、「あの人はそういう人だから」と言っていました。
夫は責任感が強い人。義母思いの人。だから仕方ない、と。

その言葉の裏には、諦めと納得が混ざっていました。
相手を理解することは大切です。でも、そのたびに自分の気持ちを脇に置いてしまっていたことにも気づいたのです。

「夫は悪くない」と思うことと、
「私は寂しい」と感じることは、両立します。

どちらか一方だけが正しいわけではありません。
これまでみゆきさんは、“理解できる側の自分”だけを採用してきました。でも、本音のほうもちゃんと存在している。

「あの人はそういう人」
その一言で片づけてきた気持ちを、少しずつ言葉にしていく時間が、心をほぐしていきました。

「してあげたいと思えない自分」を責めなくていい

話を重ねるうちに、みゆきさんが何度も口にしたのは、「どうして私は、してあげたいと思えないんだろう」という言葉でした。

でも、気持ちは命令して出てくるものではありません。
「こう思うべき」と考えても、心が追いつかないことはあります。

本当は、距離を保ちたい。
本当は、夫との時間を優先したい。

その思いを否定し続けるほど、苦しさは強くなっていました。

感情は、善悪ではなく“サイン”です。
無理をしているとき、寂しいとき、自分を守りたいときに出てくる自然な反応。

「思えない自分」を問題にするのではなく、「なぜそう感じるのか」に目を向けたとき、みゆきさんは少し肩の力を抜きました。責めるより、理解する。そこに小さな変化が生まれました。

夫婦の時間は「遠慮しなくていいもの」だった

一番大きな気づきは、夫婦の時間を望むことに遠慮していた、ということでした。

介護という大きなテーマの前では、「寂しい」「もっと話したい」という願いは小さく感じてしまう。
でも、本当に小さいことでしょうか。

日々の出来事を共有すること。
何でもない会話をすること。

それは夫婦にとって、土台になる大切な時間です。

みゆきさんは、「私がわがままなのかも」と思っていました。けれど、夫婦の時間を守りたいと思うのは自然な感情です。

そこで、「毎晩ではなく、週に何回かにできないかな」と具体的に伝える練習をしました。責めるのではなく、お願いとして伝える形です。

自分の気持ちを、はじめて“正当なもの”として扱えた瞬間。
そのときのみゆきさんの声は、最初よりも少しやわらかく、落ち着いていました。

状況は同じでも、心の持ち方が変わったとき

みゆきさんの生活そのものが、劇的に変わったわけではありません。夫は今も義実家に泊まる日があり、義母の介護も続いています。施設の話も、すぐに進展したわけではありません。

それでも、みゆきさんの表情は以前よりやわらいでいました。

「何も解決していないのに、不思議ですよね」と笑いながら話してくれたのが印象的でした。

大きな出来事が動かなくても、自分の気持ちの扱い方が変わると、世界の見え方は少し変わります。
「責めなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」と力を入れ続けていた肩が、少し下りただけで、呼吸がしやすくなる。

完璧な答えが出なくてもいい。
白黒はっきりしなくてもいい。

その余白を持てるようになったことが、みゆきさんにとっての大きな変化でした。

「自分で何とかしなきゃ」を手放してみる

これまでみゆきさんは、常に“責任を背負う側”でした。
私がしっかりしないと、私がまとめないと、私が理解しないと。

でも、本当に全部を一人で抱える必要があるのでしょうか。

「何とかなるかもしれないし、ならないかもしれない」
そんな言葉が自然に出てきたとき、力みが抜けていました。

未来をコントロールしようとし続けると、心は疲れてしまいます。
できることはやる。でも、できないことまで背負わない。

その線引きが少しできるようになったことで、みゆきさんは「完璧にこなせない自分」を許せるようになっていきました。

小さなお願いを、言葉にしてみる

大きな主張ではなく、「もう少し話す時間があるといいな」と伝える。
たったそれだけのことが、これまで難しかったのです。

でも、自分の気持ちを整理してから言葉にすると、攻撃にはなりません。
「どうして毎晩行くの?」ではなく、「寂しいときがある」と伝える。

相手を変えるためではなく、自分の本音を共有するための言葉。

すぐにすべてが変わるわけではありません。
それでも、“言えた”という事実は、自分を大切にできた証です。

我慢するか、ぶつかるか、の二択ではなく、
静かに伝えるという選択肢があることを、みゆきさんは体感していきました。

「このままでも過ごせそう」と思えた理由

一番印象的だったのは、みゆきさんが最後に話してくれた言葉です。

「このままでも、自分が何にモヤモヤしていたのかわかっただけで、なんとか過ごせそうです」

状況は変わらなくても、正体がわかると不安は少し落ち着きます。
曖昧な苦しさは大きく感じますが、輪郭が見えると向き合えるようになる。

介護と夫婦関係。
協力したい気持ちと、寂しさや喪失感。

どちらもあっていい。
どちらかを消さなくてもいい。

そう思えたことで、みゆきさんの中に余裕が生まれました。

もし今、同じように「わがままなのかな」と自分を責めている人がいたら、まずはその気持ちを否定しなくて大丈夫です。
本音を言葉にすることは、誰かを傷つける行為ではなく、自分を守る行為でもあります。

一人で抱え込まなくていい。
整理する時間を持つだけで、見える景色は少し変わります。

読者のあなたへ

介護と夫婦関係が重なると、気持ちはとても複雑になります。
支えたい気持ちもある。協力したい思いもある。
でも同時に、寂しさや疲れ、やりきれなさが湧いてくることもある。

そのどれもが、本当のあなたの気持ちです。

「こんなこと思うなんて冷たいのかな」
「もっとできる人にならなきゃ」

そうやって自分を責め続けていませんか?

気持ちは比べるものではありません。
誰かと同じように感じられなくても、あなたの感情にはちゃんと理由があります。

大きな決断をすぐに出さなくていい。
状況を一気に変えなくてもいい。

まずは、自分が何にモヤモヤしているのかを言葉にしてみること。
それだけで、心の重さは少し変わります。

もし一人で整理するのが難しいと感じたら、
安心して話せる場所で、ゆっくり自分の本音を広げてみませんか。

傾聴ラウンジ「ここより」では、
否定もアドバイスの押しつけもなく、今のあなたの気持ちをそのまま大切に聴いていきます。

答えを急がなくて大丈夫。
うまく話そうとしなくても大丈夫。

「こんなこと話していいのかな?」というところからで十分です。

あなたの中にある本音は、間違いではありません。
一人で抱え込まず、そっと言葉にする時間を持ってみてください。

その一歩が、自分を守ることにつながっていきます。

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