もう終わった出来事を何度も思い出してしまう理由|反芻思考で自分を責めてしまう人へ

ある日ふと、昔のやり取りを思い出して胸がザワッとする。
もう関わりのない相手なのに、今さら考えても仕方がないと分かっているのに、なぜかその一言だけが頭から離れない。夜になると同じ場面を何度も思い返して、「あの時こう言えばよかった」「なんで黙ってしまったんだろう」と、自分の中で反省会が始まってしまう。
こんな経験、ありませんか?
気にしすぎだと言われそうで誰にも話せず、考え込んでいる自分を「弱い」「しつこい」と責めてしまう。でも、忘れようとすればするほど、かえって鮮明に浮かんできてしまう。
今回ご紹介するのは、そんな“終わったはずの出来事”を何度も思い出してしまうことで悩んでいた、30代女性の相談事例です。
話を聴いていく中で見えてきたのは、思考が止まらない原因が「性格」や「気にしすぎ」ではなく、当時の気持ちが置き去りになっていた、ということでした。
この記事では、なぜ過去の一言が何度もよみがえるのか、そして思い出してしまう自分を責めずに、少しずつ楽になっていくための考え方を、この事例を通してお伝えしていきます。
今まさに同じようなぐるぐるの中にいる方に、少し肩の力を抜いて読んでもらえたら嬉しいです。


投稿者プロフィール

- よりびと
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※海外在住のためZoomでの対応となります。(カメラのオンオフは自由)
■待機時間:月・火・木・金の17時~24時、日の18時~24時
■年齢:30代
■ キャッチコピー:安心して思うままに、なんでも話せる時間。
■ 得意なテーマ
– もやもやしている気持ちの整理
– 誰にも言えない話の受け止め
– 人間関係の悩み・恋愛相談
– とにかく話を聴いてほしいとき
– 感情の吐き出し
■ 聴き方・スタイル
– あなたの気持ちに寄り添い、丁寧に聴きます。
– どんな思いも置いていけるよう、安心感を大切にしています。
– 沈黙も含め、思いのままの話を受け止めます。
■ 経験
– 10年間にわたる海外生活(留学・国際結婚・海外でのキャリア)や政府機関での勤務経験を通じて、多様な文化や価値観の中で生きる人々と向き合ってきました。異なる背景を持つ相手の立場を正確に理解し、気持ちに寄り添いながらコミュニケーションをとる姿勢を大切にしています。
– 職場では中間管理職として、上層部とチームの間で橋渡し役を務め、日常的にメンバーからの相談や悩みに対応してきました。責任やプレッシャーを抱える人たちの声を受け止め、状況を整理しながら支えてきた経験があります。
– 精神疾患や発達障害(ADHD、ディスレクシア)、自閉スペクトラムを抱える家族と長く関わる中で、当事者として感じる苦しさも、支える側が抱える不安や負担にも触れてきました。その経験は、心の声を丁寧に受け止める姿勢や、誰にも言えない気持ちに寄り添う感覚を育ててくれたと感じています。
– 5年間にわたり個人の相談に関わり続け、身近な人たちの人生の変化や心の揺れに向き合ってきました。どんな気持ちも否定せず、相手が安心して話せる空間をつくることを意識して関わってきました。
– 心理学・傾聴の学習経験があります。
■ 大切にしていること
– 安心して話しやすい雰囲気を作るよう心がけています。
– 話してくれるお話をすべて丁寧に聴きます。
– 話す人の気持ちに寄り添い、信頼を積み重ねます。
■ 人柄・ユニークポイント
– 好きなもの:海 / ピラティス / 料理 / 犬 /読書(海外古典文学)
– よく言われる性格:話しやすい、ポジティブ、落ち着いている
– ちょっとしたこだわり:黒い服が好きで、気付くと全身黒コーデになっています。
– 聴き手としての密かな強み:話す人のペースやトーンに合わせて柔軟に寄り添うことができます。
■ メッセージ
ここは決して批判も評価もされず、思う存分話せる場所です。
私は「話を聴く」という行為が、ただ耳を傾けるだけではなく、相手の世界にそっと入り込むような深い姿勢だと考えています。誰かに吐き出すことで少し軽くなる気持ちや、言葉にして初めて整理できる思いに寄り添える存在でありたいと思っています。
あなたが安心して本音を置いていける、そんな小さな休憩所のような場になれたら嬉しいです。
目次
- ○ もう会わない相手なのに、あの一言だけが頭から離れない
- ・ぐるぐる考えてしまうのは「気にしすぎ」じゃない
- ・「言い返せなかった私」がいちばん苦しかった
- ・出来事・相手の言葉・本当は言いたかったことを分けてみる
- ○ 「もう終わったことなのに…」が終わらない理由は、心が置き去りになっているから
- ・忘れようとするほど、頭に浮かぶのは自然なこと
- ・「納得できていない気持ち」が残ると、反省会が止まらなくなる
- ・「置いていかれた感じ」の正体は、“自分の味方がいない感覚”だった
- ○ 反芻が止まらないのは弱さじゃなくて、「ちゃんと終わらせたい気持ち」が残っているから
- ・「出来事」「相手の言葉」「本当は言いたかったこと」を分けると楽になる
- ・「言えなかった言葉」を外に出すと、頭の中のループが止まりやすい
- ・「今の自分」が過去の自分の味方になると、反芻は“回想”に変わっていく
- ○ 忘れられなくても大丈夫。自分を責める時間を少しずつ減らしていこう
- ・「思い出した自分」を責めない合言葉を決めておく
- ・ノートに「言えなかった言葉」を書いて、頭の中から降ろす
- ・完全にスッキリしなくても「回復しているサイン」を見逃さない
- ○ 読者へのメッセージ
もう会わない相手なのに、あの一言だけが頭から離れない
30代の女性・ゆかりさん(仮名)は、半年ほど前に元職場の知人から言われた一言が、ずっと心に引っかかっていました。もう会う予定もなく、今は関わりもない相手。それなのに、ふとした瞬間にその場面が再生されて、胸がギュッとなる。特に夜になると考えが止まらず、眠りが浅くなる日もあったそうです。
「なんであんなこと言われなきゃいけなかったんだろう」
「私が弱いから見下されたんだ」
そんな言葉が頭の中をぐるぐる回って、最後には「なんであの時、言い返せなかったんだろう」と自分を責めてしまう。
ゆかりさん自身も「終わった話だし、今さらどうにもならない」と分かっています。時間が戻るわけでもないし、話し合う機会ももうない。それでも、気持ちだけが置き去りになっている感じがして、前を向こうとするほど苦しくなる。
この相談事例で私がまず大切にしたのは、「忘れられない自分」を悪者にしないことでした。無理に切り替えようとしなくていい。ちゃんと理由があって、その気持ちはそこにいる。まずはそのまま話してもらいながら、何がいちばん刺さっているのかを一緒に確かめていきました。
ぐるぐる考えてしまうのは「気にしすぎ」じゃない
「まだそんなこと気にしてるの?」って言われると、余計にしんどくなることってありますよね。ゆかりさんもまさにそれで、「こんなことで悩む私は弱いのかな」と感じていました。けれど、ぐるぐる考えてしまうのは“性格の問題”というより、心がまだ納得できていないサインだったりします。
たとえば、理不尽な一言を受け取ったままにしてしまったとき。反論できなかった自分が悔しくて、情けなくて、「あの場面をやり直したい」がずっと残る。頭の中で何度も再生するのは、心が勝手に自分を責めているというより、「このまま終わらせたくない」「本当は分かってほしい」という気持ちがまだそこにあるからなんです。
ゆかりさんが口にした「置いていかれた感じがする」という言葉は、その核心に近いものでした。出来事は終わっているのに、気持ちは終わっていない。だから、夜やふとした瞬間に思い出してしまう。ここを「また考えちゃった…」と叱るより、「まだ終わってなかったんだね」と認めてあげるほうが、結果的にラクになります。
まずは“止める”より“理解する”。これが、ぐるぐるから抜ける一歩目になります。
「言い返せなかった私」がいちばん苦しかった
ゆかりさんが一番つらかったのは、相手に言われた言葉そのものだけじゃありませんでした。思い出すたびに湧いてくるのは、「なんであの時、私は守れなかったんだろう」という自分へのダメ出し。悔しさや怒りが、いつの間にか自己否定に変わってしまう感じです。
こういうときって、頭の中では“理想の自分”が登場しがちです。
「本当ならこう言い返せたはず」
「私なら堂々と断れたはず」
でも現実の自分は固まってしまって、言葉が出なかった。そこに「弱い」「情けない」というラベルを貼ってしまうと、同じ場面が何度も蘇って、さらに自分を責めるループに入りやすくなります。
大事なのは、「言い返せなかった=ダメ」ではない、という見方です。人は驚いたり、怖かったり、場の空気を読んでしまったりすると、瞬時に反応できないことがあります。ゆかりさんも、相手との関係性やその場の空気の中で、とっさに自分を守る言葉が出にくかっただけかもしれない。
そこで私は、当時のゆかりさんの気持ちを丁寧にたどりました。「その瞬間、体はどんな感じだった?」「どんな言葉が喉まで来てた?」と、責めるためではなく、置き去りになった気持ちを迎えにいくために。そうすると、「ダメだった私」だけが残るのではなく、「本当は悔しかった私」「本当は傷ついた私」も見えてきます。
出来事・相手の言葉・本当は言いたかったことを分けてみる
ぐるぐるが強いときほど、頭の中で全部が一つの塊になりやすいです。
「言われた」→「傷ついた」→「自分が悪い」→「私が弱い」
みたいに、連鎖が一瞬で起きて、気づいたら自己否定だけが残る。
ゆかりさんの場合も同じで、思い出すたびに「私が弱いから見下されたんだ」という結論に飛びやすくなっていました。だからまず、整理の仕方を少し変えました。ポイントはシンプルで、
1)出来事そのもの(いつ、どこで、何が起きたか)
2)相手が言った言葉(どのフレーズが刺さったか)
3)本当は言いたかった気持ち(悔しい、やめてほしい、悲しい、許せない等)
この3つを分けて扱うこと。
さらに、頭の中で回すのではなく、「言えなかった言葉」を言語化することも試しました。ノートに書き出すのは、そのためのやり方の一つです。ゆかりさんは実際に「本当はどう感じたか」を書いてみて、思い出しても自分を責める時間が少し短くなったと言っていました。
思い出さないようにするのではなく、思い出したときに“自分を殴らない”方向へ切り替えていく。これができると、過去の出来事は消えなくても、今の自分が少しずつ守られていきます。
「もう終わったことなのに…」が終わらない理由は、心が置き去りになっているから
ゆかりさん(仮名)が何度も口にしていたのは、「もう関わりのない相手なのに、なんでこんなに引きずるんだろう」という戸惑いでした。時間が戻らないことも、相手と話し合う機会がないことも分かっている。それなのに、ふとした瞬間に言われた一言がよみがえり、悔しさや怒りがぶり返して、最後は自分を責めてしまう。
こういう“終わったはずの出来事”が終わらないとき、実は出来事そのものよりも「当時の気持ち」がその場に取り残されていることが多いです。頭では「忘れたい」「切り替えたい」と思うのに、心はまだ「納得できない」「ちゃんと分かってほしい」と訴えている。だから無理に前を向こうとすると、余計に苦しくなることがあるんですよね。
私はこの段階で、正解探しや反省会を急がずに、ゆかりさんの中に残っている“未完了の気持ち”をゆっくり言葉にしていきました。「あのとき本当は何を守りたかった?」「何が一番悔しかった?」と、気持ちの中心に近づいていく感じです。そうすると、ただの“思い出し癖”ではなく、ちゃんと理由のある心の反応として見えてきました。
忘れようとするほど、頭に浮かぶのは自然なこと
「考えないようにしよう」って決めた瞬間に、逆にそのことが浮かんでくる。これ、けっこう多くの人が経験します。ゆかりさんも「昼は忙しいから大丈夫なのに、夜になると急に思い出す」と話していました。
これは意志が弱いからではなく、脳の仕組みとしても起きやすい現象です。たとえば「白いクマのことを考えないで」と言われると、白いクマが頭に浮かぶのと同じで、“禁止”は逆効果になりやすいんですね。しかも夜は静かで、スマホも落ち着いて、考える余白ができる。すると、心が「昼に置いておいた感情」を持ち出してくる。
大事なのは、浮かんできたこと自体を責めないことです。「また思い出した…最悪」と思うと、その瞬間にストレスが上乗せされて、さらに記憶が強化されやすくなります。ゆかりさんも、思い出すたびに「自分はダメだ」と落ち込んでいましたが、そこを少しずつ変えていきました。
具体的には、思い出したら“追い払う”より、“ラベルを貼る”感覚です。「あ、またあの場面が出てきたな」「悔しさが動いてるな」と実況するだけでも、巻き込まれ方が変わります。気持ちは押し込めるより、いったん受け止めたほうが、結果的に早く落ち着くことが多いんです。
「納得できていない気持ち」が残ると、反省会が止まらなくなる
ゆかりさんの頭の中では、ずっと“反省会”が開かれていました。
「あの時こう言えばよかった」
「なんで黙ってしまったんだろう」
「私が弱いから…」
こういう思考が続くと、疲れるのに止まらない。まるで自分を裁判にかけているみたいになります。
でもよく見ると、反省会の目的って「自分を責めること」じゃなくて、「納得したい」「取り返したい」なんですよね。言い返せなかった自分を責めているようで、実は“悔しさを回収したい”気持ちがある。だから止まらない。ここに気づけると、少し見え方が変わってきます。
この段階で私が大切にしたのは、「当時の自分を理解する」ことでした。言い返せなかったのは、怖かったのかもしれない。驚いて固まったのかもしれない。場の空気を壊したくなかったのかもしれない。理由が見えてくると、「弱いから」だけでは説明できなくなります。
ゆかりさんも話していくうちに、「あのときの私は、傷ついたのに笑って流したんだ」と気づきました。ここがポイントで、心は“本当の気持ち”を置き去りにされると、何度も思い出させて「こっちを見て」とサインを出してくることがあります。反省会を止めるには、まず気持ちを置き去りにしないこと。ここが大きな分岐点になります。
「置いていかれた感じ」の正体は、“自分の味方がいない感覚”だった
ゆかりさんのキーフレーズに、「忘れられないんじゃなくて、置いていかれた感じがする」がありました。これ、すごく大事な感覚です。出来事が終わっても、心がその場所に取り残されている。さらに言うと、“その時の自分の味方がいない”状態が続いている感じなんですよね。
たとえば、嫌なことを言われたときに「それはひどいよね」と言ってくれる人がそばにいたら、同じ出来事でもダメージは小さくなります。でもその場で一人で受け止めて、しかも言い返せず、帰ってからも誰にも話せない。そうなると、心の中に「私は守られなかった」という感覚が残ります。
ゆかりさんも「人に話せなかった」と言っていました。話すと大げさだと思われそう、弱いと思われそう、めんどくさいと思われそう。そうやって抱え込むほど、心の中で出来事が大きくなりやすいです。そして最終的に、自分で自分を責めてしまう。これが“置いていかれた感じ”の深い部分です。
ここで大切なのは、「その時の自分の味方を、今ここで作り直す」ことです。過去は変えられなくても、今の自分が「そりゃ傷つくよ」「悔しかったよね」と言ってあげることはできる。ゆかりさんはノートに気持ちを書き出す中で、少しずつそれができるようになっていきました。思い出しても自分を責める時間が短くなったのは、過去の自分に“味方”が増えたからかもしれません。
反芻が止まらないのは弱さじゃなくて、「ちゃんと終わらせたい気持ち」が残っているから
ゆかりさん(仮名)の話を丁寧にたどっていくと、ぐるぐる考えてしまう理由が少しずつ見えてきました。ポイントは「忘れられない自分がダメ」なのではなく、当時の気持ちがまだ“途中”のまま残っている、ということです。
出来事は終わっているのに、心は終われていない。だから何度も思い出して、頭の中で反省会を開いて、「これでいいの?」と確認し続けてしまう。もしその裏にある気持ちが言葉にならないままだと、思考は同じ場所を回り続けます。
ここで大切なのは、「思い出すのをやめる」ことではありません。思い出してしまう自分を責めずに、そのとき言えなかったこと、守れなかったと感じていること、悔しさの中にある本音を“ちゃんと形にする”こと。ゆかりさんの場合も、出来事・相手の言葉・本当は言いたかった気持ちを分けて整理しながら、頭の中のループを少しずつほどいていきました。
言い換えると、心が求めているのは「忘却」ではなく「納得」なんです。ここを押さえると、ぐるぐるの扱い方がガラッと変わっていきます。
「出来事」「相手の言葉」「本当は言いたかったこと」を分けると楽になる
反芻が強いときって、頭の中で全部が一つの塊になりがちです。
嫌なことを言われた → 傷ついた → 自分が悪い → 私は弱い
みたいに、連鎖が一瞬で起きて、最後は自己否定だけが残る。ゆかりさんもまさにこの流れに巻き込まれていました。
そこで一緒にやったのが、3つに分けて整理することです。
1)何が起きたか(出来事)
2)何と言われたか(刺さった言葉)
3)本当はどう感じたか/何と言いたかったか(気持ち)
この分け方をすると、「相手の言葉=真実」になりにくくなります。たとえば相手が失礼な言い方をしただけなのに、それをそのまま自分の評価にしてしまうと、心はずっと傷ついたままになります。でも「相手はこう言った(事実)」と「私はこう感じた(感情)」を分けられると、少し距離が取れるんですよね。
ゆかりさんの場合、刺さっていたのは“否定された感じ”でした。相手の一言がひどかったこともあるけれど、それ以上に「私の価値を下げられた」ように感じたことが痛かった。ここが言葉になった瞬間、ぐるぐるが少し弱まりました。混ざっていたものを分けるだけで、心の整理は進みやすくなります。
「言えなかった言葉」を外に出すと、頭の中のループが止まりやすい
頭の中で反省会をしているとき、実は“言えなかった言葉”がずっと口を開けられずにいることがあります。ゆかりさんも、「言い返せなかった自分」を責めていましたが、話していくうちに「本当はこう言いたかった」がたくさん出てきました。
たとえば、
「その言い方は傷つく」
「勝手に決めつけないでほしい」
「私は弱いんじゃなくて、ただ驚いただけ」
そういう言葉が、胸の奥に溜まったままだと、心は納得できません。だから何度も同じ場面を再生して、「今度こそ言いたい」とやり直しを続けてしまうんです。
ここで効果的だったのが、頭の中で繰り返すのをやめて、いったん外に出すことでした。声に出してもいいし、ノートに書いてもいい。ゆかりさんは後者を選んで、「本当はどう感じたか」を書き出しました。ポイントは“きれいにまとめない”こと。愚痴っぽくても、乱暴でも、まとまってなくてもOKです。
外に出した言葉は、もう頭の中で保持し続けなくて済みます。言い換えると、心が「受け取ってもらえた」と感じる。すると、夜のぐるぐるが少し落ち着いて、眠りが浅くなる日が減ることもあります。ゆかりさんも「責める時間が短くなった」と話していました。
「今の自分」が過去の自分の味方になると、反芻は“回想”に変わっていく
反芻がつらいのは、思い出すたびに“自分を責める方向”に行ってしまうからです。ゆかりさんの場合も、思い出す → 悔しい → 私が悪い → みじめ、という流れが定番になっていました。
でも、ここを変えられると大きいです。過去の出来事を思い出すこと自体は、ゼロにしなくていい。むしろ現実的には、完全に忘れるのは難しいことも多いです。大事なのは、思い出したときの“対応”です。
ゆかりさんには、「思い出してもいい。でもそのたびに自分を殴らない」という方針を一緒に作っていきました。たとえば思い出した瞬間に、
「また出てきたね」
「悔しかったよね」
「よく耐えたよ」
と、今の自分が声をかけるイメージです。最初は違和感があっても、続けていくと少しずつ効いてきます。
本人が持ち帰った言葉が「忘れられない自分は悪くない」でしたが、これはすごく大事な着地です。反芻は、心が自分をいじめているのではなく、むしろ“守ろうとしている”側面もあります。ちゃんと終わらせたい、ちゃんと分かってほしい、その気持ちが強いほどループが起きる。
今の自分が過去の自分の味方になれると、反芻はだんだん“責めの反省会”から“ただの回想”に変わっていきます。思い出しても崩れない。思い出しても、自分を否定しない。その状態が増えてくると、気持ちは自然と前に進みやすくなります。
忘れられなくても大丈夫。自分を責める時間を少しずつ減らしていこう
ゆかりさん(仮名)は、あの一言を「完全に思い出さなくなった」わけではありません。けれど、思い出したときに自分を責め続ける時間が短くなりました。ここがすごく大事な変化です。過去の出来事って、消しゴムみたいに消せないことも多いし、「忘れなきゃ」と頑張るほど逆に浮かんでくることもあります。
だから目指すのは、“忘却”よりも“回復”です。思い出しても、心がズタズタにならない状態を増やすこと。自分を責める反省会を開く代わりに、「悔しかったよね」「傷ついたよね」と今の自分が味方になってあげること。ゆかりさんが持ち帰った「忘れられない自分は悪くない」という言葉は、その第一歩でした。
そしてもう一つ大切なのは、ひとりで抱え込み続けないこと。つらさは“我慢すれば薄まる”より、“言葉にして整理すると軽くなる”ことがあります。ゆかりさんも、ノートに気持ちを書き出す中で、置いていかれた気持ちを少しずつ迎えにいけるようになっていきました。ここからは、日常でできる小さな工夫を3つに分けて紹介します。
「思い出した自分」を責めない合言葉を決めておく
思い出してしまった瞬間って、つい反射的に「まただ…」って落ち込みますよね。そこでおすすめなのが、あらかじめ“合言葉”を用意しておくことです。難しい言葉じゃなくて大丈夫。たとえば、
「思い出してもOK」
「それだけ傷ついたってこと」
「今は安全」
みたいな短い一言で十分です。
ポイントは、気持ちを押さえ込むための言葉ではなく、“受け止めるための言葉”にすること。「考えない!」だと逆に戦いが始まってしまうので、やさしくブレーキをかける感じがいいです。
ゆかりさんの場合、「忘れられない自分は悪くない」という言葉が合言葉になりました。これを思い出すと、反省会のスイッチが入りそうな場面でも、「責めなくていいんだった」と一拍置けるようになったんです。一拍置けるだけで、心のダメージが全然違います。
最初は嘘っぽく感じても大丈夫。大事なのは“信じ込む”ことではなく、“方向を変える”ことです。何度も繰り返すうちに、思い出した瞬間の自動反応が少しずつ変わっていきます。
ノートに「言えなかった言葉」を書いて、頭の中から降ろす
ぐるぐるが止まらないときは、頭の中で抱え続けている“言葉”が多すぎることがあります。悔しさ、怒り、恥ずかしさ、情けなさ…。それが全部頭の中にあると、夜に一気に再生されやすいんですよね。
そこで、ゆかりさんが試したのが「本当はどう感じたか」をノートに書くことでした。コツは、きれいにまとめないこと。日記みたいに整えなくていいし、箇条書きでもいい。むしろ、感情のままに書くほうが効果が出やすいです。
たとえば、
「その言い方ムカつく」
「本当は悲しかった」
「守ってほしかった」
「私は弱いんじゃない」
こんな感じでOK。書くと、頭の中で同じ映像を何度も回さなくても済むようになります。「もう外に出したから、抱え続けなくていい」と心が感じられるんですね。
書いた後に、最後に一行だけ“自分への味方の言葉”を書いてみるのもおすすめです。
「よく耐えた」
「悔しかったよね」
「今の私がいるから大丈夫」
この一行があるだけで、ノートが“自分を責める道具”ではなく、“自分を守る場所”に変わっていきます。
完全にスッキリしなくても「回復しているサイン」を見逃さない
反芻のしんどさって、「ゼロにできないと意味がない」と思うほど苦しくなります。でも実際は、ゼロじゃなくても回復は進みます。ゆかりさんも「思い出さなくなったわけではない」と言っていました。それでも、責める時間が短くなった。これは立派な前進です。
回復のサインは、派手じゃないことが多いです。たとえば、
・思い出しても落ち込む時間が10分→3分になった
・夜に考え込む日が週5→週3になった
・「私が悪い」だけじゃなく「相手の言い方がきつかった」も思えるようになった
こういう小さな変化が積み重なると、心の体力が戻ってきます。
もし今あなたが「まだ思い出してしまう」と感じていても、それだけで失敗ではありません。むしろ、心が「ちゃんと終わらせたい」「自分を守りたい」と動いている証拠でもあります。だから、焦らなくて大丈夫。
今日できることは、“思い出した自分を責めない”を一回だけやってみること。合言葉を言うでもいいし、ノートに一行書くでもいい。たったそれだけでも、反省会の自動再生にブレーキがかかります。ゆかりさんのように、少しずつ「思い出しても崩れない自分」を増やしていけます。
読者へのメッセージ
最後に、読者のあなたへ。
もし今、「もう終わったはずなのに…」と何度も思い出してしまって、つい自分を責めているなら。
それは弱さではなく、あなたの中に“まだ置いていかれている気持ち”があるだけかもしれません。
忘れようとしてもうまくいかない日があっても大丈夫です。
思い出した瞬間に「また考えちゃった…」と叱るより、まずは「それだけ傷ついたんだよね」と受け止めてあげてください。
その小さな一歩が、反省会のループをほどく入口になります。
そして、ひとりで抱え続けなくて大丈夫です。
言葉にならないまま残っている悔しさや怒り、みじめさって、頭の中だけで整理しようとすると限界が来ます。
誰かに“途中の気持ち”をそのまま置いてみるだけで、心がふっと軽くなることもあります。
傾聴ラウンジ「ここより」では、結論や正しさを急がず、今のあなたの気持ちをそのまま受け止めながら、一緒に整理していく時間を大切にしています。
「こんなこと話していいのかな」「うまく説明できないかも」でも、全然大丈夫。
もしこの記事を読んで、「少し話してみようかな」と思えたら、傾聴ラウンジ「ここより」をのぞいてみてください。
あなたのペースで、ここから整えていきましょう。





