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育児がつらい・孤独で限界だった私が「助けて」と言えるようになるまで|ワンオペ育児のリアル体験談

育児がつらい・孤独で限界だった私が「助けて」と言えるようになるまで|ワンオペ育児のリアル体験談

赤ちゃんはかわいい。だけど、授乳に夜泣き、家事に買い物、外遊び…気づけば一日が終わっていて、「今日も私、ちゃんとできなかった」って自分を責めてしまう日、ありませんか。周りに頼れる人がいないと、つらい気持ちを出す場所もなくて、笑顔でいなきゃと思うほど苦しくなることもありますよね。

今回は、私自身が転勤先で友達も少なく、夫の出張が多い“ほぼワンオペ育児”の中で、夜泣きと孤独で限界を感じていた頃のお話です。「ママは機嫌よく子どもに接するべき」という思い込みに縛られて、しんどいのに「助けて」が言えなかった私が、少しずつ頼れるayれる場所を見つけていった転機も含めて書いていきます。

文章を読んでいる途中で気持ちが揺れたら、無理に整理しなくて大丈夫です。まとまっていなくても、そのままの言葉で大丈夫。読んだあとに「私も助けてって言っていいんだ」って、ほんの少しでも肩の力が抜けたらうれしいです。

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投稿者プロフィール

mug(まぐ)えみい
mug(まぐ)えみいよりびと
■待機時間:月・火・木・金の10時30分~15時(水曜日は不定期)
※祝日はお休みです
※上記以外の時間帯が追加されることもあります

■年齢:40代

■ キャッチコピー:わたしの経験を誰かの力に。「大丈夫だよ」に根拠を持たせます。


■ 得意なテーマ

– 不安障害、パニック障害、適応障害の症状について
– 不登校、登校拒否の相談。(保護者さん、お子さんどちらからでも大丈夫です。)
– 育児のお悩み全般
– 介護負担感
– 不妊治療の辛さ
– 家族との関係
– 人との関わり方

■ 聴き方・スタイル

– ご相談者様のペースに合わせて聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– ご希望があればアドバイスします
– 我慢せず素直に感情を表してください

■ 経験

– 社会福祉士 精神保健福祉士 保育士取得。
– 回復期リハビリテーション病棟と介護保険病棟の医療ソーシャルワーカーとして5年、市役所障がい福祉課障がい認定調査員として5年の経験あります。
– 現在、保育士として骨盤サロンにて託児スタッフをしています。子育て支援センター臨時スタッフ経験あります。
– 不安障害、パニック障害、適応障害の経験あります。現在完治。
– アルツハイマー型認知症になった祖母の在宅介護経験、家族として施設入所支援経験があります。
– 自身の娘が聴覚過敏。HSP。不登校、登校拒否傾向にて心療内科通院中。不登校に対する学校とのやり取り経験あります。
– 自身も高校中退、大学入学資格検定試験を経験。心療内科通院・カウンセリング経験あります。
– 6年間の不妊治療を経験しました。体外受精にて妊娠。帝王切開にて出産。
– 転勤帯同10年経験。
– 幼稚園、小学校で絵本の読み聞かせ6年目。
– アクセスバーズプラクティショナー取得。

■ 大切にしていること

– 自分の言葉で語ってもらえるように質問を工夫します。
– 素直に気持ちを表現していただけるようにします。
– 泣いても怒っても受け止めます。
– 調べられることがあれば調べます。

■ 人柄・ユニークポイント

– 好きなもの:宮古島の海/ 柴犬 / ウミガメ/耳そうじ/そのぎ茶/娘と美術館に行くこと/ピアノを弾くこと
– よく言われる性格:社交的。明るい。話しやすい。面倒見がよい。でも繊細。嫌いなことは努力しない(笑)。
– ちょっとしたこだわり:家の中の芳香剤をアロマオイルにしている。ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作る。焼き芋も家で作ります。
– 聴き手としての密かな強み:医療ソーシャルワーカーとして染みついた面接技法。自分の経験。たくさんの辛い経験をしたからこそ、大丈夫という言葉に重りを付けることができます。


■ メッセージ

プロフィールをみていただいてありがとうございます。

一人で悩まず一緒に考えさせてくださいね。少しでも明日に変化が出るように、少しでも気持ちが軽くなるようにお手伝いします。お話しできることを楽しみにしております。

目次

育児がつらいのに「つらい」と言えなかった私の、ワンオペ育児の始まり

赤ちゃんはかわいい。だからこそ「しんどい」って言うのが申し訳なく感じてしまうこと、ありませんか。私もまさにそれでした。転勤が始まったばかりの土地で、知り合いも少なく、夫は出張が多くて家にいない日が続く。気づけば、毎日ほぼワンオペ。外に出れば公園デビューの輪に入れず、家にいれば夜泣きで眠れない。体はヘトヘトなのに、頭の中では「ママなんだから頑張らないと」「機嫌よく接するべき」って声が鳴り続けていました。

当時の私は、つらさを“育児あるある”として飲み込んでいました。誰かに相談すること自体が、甘えや弱さみたいに思えてしまって。「私が娘を守らなきゃ」という責任感もあって、頼るより先に踏ん張ることを選んでしまったんです。

でも今振り返ると、あの頃いちばん足りなかったのは気合いでも根性でもなくて、“安心して弱音を出せる場所”だったなと思います。ここからは、その頃の毎日の中で私が何に苦しんでいたのかを、できるだけリアルに書いていきます。

転勤先で知り合いがいないだけで、育児の難易度は一気に上がる

転勤って、荷物の整理や手続きだけでも大仕事ですよね。そこに育児が乗ってくると、心が休まる瞬間がほぼなくなります。私の場合は、引っ越して「よし、ここで生活を作るぞ」と思っていた矢先、子どもが歩き始めて外遊びが増えた時期でした。外に出る機会が増えるほど、人とのつながりがないことがズシンと効いてくるんです。

公園に行けば、すでに仲良しグループができていて、輪の外から会釈するだけ。話しかける勇気が出ない日もあれば、話しかけても会話が続かず「私、浮いてるかも…」って帰り道で落ち込む日もありました。
家に帰ると、頼れる大人は誰もいない。スマホで検索しても、情報は多いのに「今の私に必要なのはこれだ!」って確信できなくて、結局何も決められない。そんな“じわじわした孤独”が積み重なっていきました。

ここでやっかいなのは、孤独って派手に痛いわけじゃなく、気づいたら体力と気力を削っているところです。誰かと話せるだけで、気持ちって整理されるじゃないですか。けど話せないと、モヤモヤが頭の中で回り続けて、疲れが抜けない。
「友達がいないくらいで…」って自分に言い聞かせようとしても、育児って毎日が小さな判断の連続なので、一人で抱えるには情報も感情も多すぎるんですよね。

夜泣きで眠れないと、心の余裕は想像以上に消えていく

うちの子は夜泣きがひどい時期がありました。夜、やっと家のことが終わって「さあ寝よう」と思った頃に泣き出して、そこから長く続く。私の睡眠時間は短くなって、日中はぼんやり、気がつくとイライラ。

寝不足って、本当に人を別人にします。

赤ちゃんが泣いているのに、可愛いと思えない瞬間がある。抱っこしても泣き止まないと「どうして…」って焦りが出て、次に自己嫌悪が来る。
「優しいママでいたいのに、できない」
このギャップが一番しんどかったです。

そして、寝不足が続くと判断力も落ちるので、「支援センター行ってみようかな」と思っても、準備が面倒に感じてしまったり、「行っても浮いたらどうしよう」と不安が膨らんだりして、動けなくなるんですよね。動けないと、状況は変わらない。変わらないと、さらに絶望感が増える。
私はこの“動けないループ”にかなりハマっていました。

体にもサインが出ていました。眠れない、泣きたい、過食気味になる、イライラが増える。なのに「これくらい普通」「もっと大変な人もいる」と比べてしまって、ちゃんと休むことができなかったんです。

今思えば、あの時点で「助けて」って言えていたら、回復はもっと早かったかもしれません。

「ママはこうあるべき」に縛られるほど、しんどさは言葉にしにくくなる

当時の私の中には、強めの“べき”がありました。
「ママは機嫌よく子どもに接するべき」
「私が娘を守らなきゃ」
「頑張らないと」
こういう言葉が、頭の中でずっと回っていたんです。

この“べき”って、ある意味まじめさの裏返しなんですよね。ちゃんとしたい、子どもにいい環境を用意したい、愛情を注ぎたい。だからこそ、理想から外れる自分を許せなくなる。
すると何が起きるかというと、つらさを言えなくなります。だって「つらい」と言った瞬間に、「ちゃんとできてない私」を自分で認めることになるから。だから黙って耐える。耐えるほど、余裕がなくなる。余裕がないのに、また「機嫌よくしなきゃ」と思う。苦しくなる。まさに悪循環でした。

しかもワンオペだと、泣いても代わってくれる人がいない。休みたくても休めない。だから「弱音を吐く=意味がない」と感じてしまうこともあります。どうせ現実は変わらないし…って。
でも本当は、現実を一気に変えられなくても、“気持ちを出す”だけで回復が始まることってあるんですよね。

今、私は「しんどさは、言葉になった瞬間から軽くなることがある」と思っています。まとまってなくていい。泣きながらでもいい。
ただ、あの頃の私はそれが分からなくて、「しんどい」と言えないまま頑張り続けていました。

頑張ってるのに報われない毎日。「私が弱いのかな」と思い込んでいった

ワンオペ育児が続くと、しんどさって“事件”みたいにドンと来るというより、じわじわ積もっていく感じなんですよね。夜泣きで寝不足、日中は子どもの相手と家事、外に出れば気を張りっぱなし。なのに、誰かに「よく頑張ってるね」って言われる機会はほとんどなくて、むしろ自分の中だけで反省会が始まる。
「今日も笑顔でできなかった」
「公園でうまく話せなかった」
「子どもにイライラしてしまった」
そんな小さな“できなかった”が増えるほど、私は「私が弱いのかな」「母親向いてないのかな」って、勝手に結論を出しそうになっていました。

本当は、環境も体力も限界に近いだけだったのに、当時の私はそこを見てあげられなかったんです。「助けて」と言う前に、「もっと頑張れ」と自分を追い立ててしまう。頑張ってるのにしんどい、しんどいのに頑張る、その繰り返し。ここから先は、私がどんなふうに心の余裕を失っていったのか、もう少し具体的に書いていきます。

相談相手がいないと、悩みは“考えすぎ”じゃなく“孤立”になる

育児の悩みって、ネットで調べれば情報は出てくるんですよね。でも、欲しいのは正解じゃなくて「それ、あるあるだよ」「大丈夫だよ」って言ってくれる人の存在だったりします。私はまさにそれが足りませんでした。友達が少ない土地で、気軽に話せる相手がいない。夫も出張が多くて、夜に少し話せる日があっても、疲れ切って「今日も大変だった…」を丁寧に話す気力が残っていない。

相談できないと、頭の中で同じことを何回も考えてしまいます。「夜泣きが続くのは私の対応が悪い?」「この子の発達、大丈夫?」「私のイライラは異常?」って。
でもこれって、考えすぎというより“孤立”の結果なんですよね。確認できる相手がいないから、全部を自分の責任にしてしまう。

さらに、育児って小さな決断の連続です。今日は外に出る?ご飯どうする?お風呂のタイミングは?眠そうだけど寝ない…どうする?こういう細かい判断を毎日一人でやっていると、脳が休まらない。心も休まらない。
「誰にも頼れない」って、体の負担だけじゃなく、脳の負担もすごいんだなって、今なら分かります。

だからこそ、相談相手がいない時期のしんどさは、本人の努力不足じゃなくて“環境の問題”が大きい。あの頃の私に「一人で抱えなくていいよ」って言ってあげたかったです。

「ママ友の輪」が怖くなっていくと、外に出るだけで消耗する

公園デビューって、言葉だけ聞くと明るいイベントっぽいのに、実際はけっこうハードですよね。私はあの空気が苦手でした。すでに仲良さそうに話しているママたちの輪があって、そこに入るタイミングが分からない。子ども同士が近づけば会話が生まれるはずなのに、私の方が緊張してしまって言葉が出ない。

そして、うまく話せなかった日は家に帰ってから反省が止まらないんです。
「私、変なこと言ったかな」
「感じ悪く思われたかな」
「次から行かない方がいいかな」
こうやって、外に出ることが“気分転換”じゃなくて“試験”みたいになっていきました。

しかも、寝不足と疲労があると、ちょっとしたことでも心が折れやすい。笑顔で挨拶されても「社交辞令かな」と思ってしまったり、誰かが楽しそうに話しているのを見るだけで「私はダメだな」って落ち込んだり。
本当は相手は何も悪くないのに、余裕がないと世界が冷たく見えることってありますよね。

こうなると、外に出るのが怖くなります。でも家にいるともっと孤独になる。どっちに転んでもしんどい。
私はこの時期、「自分の居場所がない」って感覚を、ずっと抱えていました。

寝不足と責任感がセットになると、「助けて」がいちばん言えなくなる

夜泣きで眠れない日々が続くと、体力は底をつきます。眠い、だるい、頭が回らない。それでも育児は待ってくれないから、動くしかない。すると、気持ちも荒れやすくなって、イライラが出る。イライラした自分にショックを受けて、また自分を責める。

ここに私の場合、「私が娘を守らなきゃ」という責任感が強く乗っていました。責任感って、本来は大切なものなんだけど、余裕がない時に強すぎると、逆に自分を追い込みます。
「私が倒れたら終わり」
「だから弱音を吐いてる場合じゃない」
こうやって、“助けて”を言う前に、口を閉じてしまうんですよね。

でも実は、助けが必要な時ほど「助けて」って言いにくい。自分でも余裕がないから、言葉にする力が残っていないし、何をどう頼めばいいのかも分からない。「とにかく全部しんどい」しか出てこない。
それを「こんな曖昧な相談しても迷惑かな」と思って、さらに黙ってしまう。これ、育児でしんどい人がハマりやすい罠だなと思います。

今なら言えます。頼るって、完璧に説明できてからじゃなくていい。
「ちょっと限界かも」
「今日は誰かと話したい」
その一言でも十分、SOSです。
当時の私はそれが分からず、頑張りで全部カバーしようとして、どんどん苦しくなっていきました。

「迷惑をかけてもいい場所」があると知った日から、育児が少しずつ回り出した

しんどい時って、「この状況を一気に変えたい」と思う反面、何をすればいいか分からなくて立ち止まってしまいますよね。私もそうでした。体力は限界、気持ちはカラカラ、でも母親だから踏ん張らなきゃ…と自分を追い立てる毎日。そんな中で転機になったのは、すごくシンプルな一歩でした。母の「ベビースイミング行ってみたら?」という一言で、私は外に出るきっかけをもらったんです。

正直、最初は乗り気じゃありませんでした。「行く準備もしんどいし、知らない人ばかりだし、私なんかが行っていいのかな」って。でも、行ってみたら想像と違っていました。そこには、完璧じゃないママがいて、泣く赤ちゃんがいて、疲れている顔の大人もいて、それが“普通”として受け止められていたんです。
そして何より、周りの人が私の疲れに気づいてくれて、そっと手を差し伸べてくれた。その体験が、「助けてって言っていいんだ」「迷惑をかけてもいいんだ」っていう感覚を、少しずつ私の中に育ててくれました。

母の一言がくれた「外に出る理由」—まずは一回で十分だった

当時の私は、疲れすぎていて“新しいこと”が全部ハードルに見えていました。支援センターも、イベントも、何となく良さそうなのは分かる。でも行くまでがしんどい。行っても浮いたら怖い。気を使って余計疲れそう。そんなふうに考えて、結局家にこもってしまう。
だから母の「スイミングどう?」は、私にとって“提案”というより“許可”に近かった気がします。

「行ってみてもいいんだよ」
「うまくできなくてもいいんだよ」
そう言われたような気がして、私はやっと重い腰を上げられました。

ここで大事だったのは、最初から「毎週通って変わるぞ!」みたいに気合いを入れなかったこと。しんどい時って、継続とか努力とかを前提にすると、余計に動けなくなるんですよね。
だから私は、心の中でこう決めました。
「とりあえず一回だけ行ってみる」
これで十分。もし合わなければやめればいい。そう思えたことで、行動のハードルが下がったんです。

結果的に、その“一回”が、私の世界を広げました。育児って、頑張り方を増やすより、頼れる選択肢を増やす方がラクになることがある。あの時の私は、まさにそれを体で知った気がします。

気づいてくれた人がいた—「頑張らなくていい時間」が心を救った

ベビースイミングで印象的だったのは、コーチが私のしんどさに気づいてくれたことです。こちらから「限界です」って言ったわけじゃないのに、私の顔つきや疲れを察してくれて、娘だけプールに入れてくれたり、私が少し自由に泳げるように配慮してくれたりしました。

この“気づいてもらえた”って感覚、想像以上に大きいんですよね。
自分ではずっと「私が頑張らなきゃ」って思っていたのに、誰かが自然に「大丈夫?」って目を向けてくれるだけで、張り詰めていた糸がふっと緩む。
「私、そんなに無理してたんだ」
って、そこで初めて気づくこともあります。

そして、ほんの少しでも子どもと離れる時間があると、心が回復します。育児が嫌いなわけじゃない。でも、24時間ずっと一緒だと、呼吸が浅くなる。だから“手を離せる時間”は、罪悪感じゃなくて必要な休憩なんだって、その時に体感しました。

この体験から私が学んだのは、助けは「お願いして受け取る」だけじゃなく、「気づいてもらって受け取る」形もあるということ。
だからこそ、しんどい人ほど、人のいる場所に“顔を出す”だけでも価値がある。言葉が出なくても、まずはそこに行く。それがSOSになることって、確かにあるんですよね。

ママ友と支援センターが「相談できる日常」を作ってくれた

スイミングをきっかけに、私は友人親子に誘われて子育て支援センターにも行くようになりました。そこがまた、私にとって大きな居場所になったんです。

支援センターって、“ちゃんとしたママが行く場所”みたいに思っている人もいるかもしれません。でも実際は、泣いてる子もいるし、疲れてるママもいるし、スタッフさんは慣れていて優しい。完璧じゃなくていい空気があるんですよね。

何より、そこで知り合ったママ友たちと「昨日ぜんぜん寝てない…」「うちも夜泣きやばい」みたいな話ができたことが救いでした。悩みが消えるわけじゃないけど、「私だけじゃない」が分かると、心はすごく軽くなります。
そして、軽くなると不思議と行動もしやすくなる。相談したり、情報を集めたり、ちょっと工夫してみたり。育児が“詰み”じゃなくて“調整できるもの”に見えてくるんです。

もちろん、私も調子に乗って通いすぎて疲れたことはありました。まじめな人ほど「せっかく行くなら毎日!」ってなりがちですよね。

でもその失敗も含めて学んだのは、“頼る”って、頑張り方を増やすことじゃなく、負担を減らす使い方を覚えることだということ。
「助けて」って言える場所が一つできるだけで、育児は本当に変わり始めます。

育児は「一人で頑張るもの」じゃなかった。今の私がママたちに伝えたいこと

あの頃の私は、「育児はママが全部やるもの」「弱音を吐いたらダメ」「助けてなんて言ったら迷惑」って、本気で思っていました。だから、限界なのに頑張り続けて、気づけば心も体もカラカラ。
でも、ベビースイミングや子育て支援センターで人とつながっていく中で、少しずつ考えが変わりました。育児って、気合いで乗り切るものじゃなくて、“助けを借りながら回していくもの”なんだなって。

今、娘は成長して当時ほどの負担は減りました。それでも、あの時に出会った仲間とはつながっていて、ふとした時に相談できる関係が続いています。
そして私は、今度は「育児で疲れているママの手助けをしたい」と思うようになりました。

あの時の私が欲しかったのは、正論でもアドバイスでもなく、「うんうん、それはしんどいよね」って言ってもらえる安心感。だからこれからは、頑張りすぎているママが“力を抜ける場所”を増やしていきたい。そんな気持ちで、この結びを書いています。

「助けて」を言えたことが、私にとって一番の成長だった

今思い返しても、あの頃の私に一番必要だったのは“根性”じゃなくて“許可”でした。
「助けてって言っていいよ」
「頼っていいよ」
「疲れたって言っていいよ」
この許可がないと、まじめな人ほど、どこまでも一人で抱え込んでしまうんですよね。

そして不思議なことに、「助けて」を言えた瞬間って、問題が全部解決しなくても、心が少し軽くなるんです。たとえば、夜泣きがすぐに止まるわけじゃない。ワンオペ状況がいきなり変わるわけでもない。
でも「私は今しんどい」って言葉にしただけで、自分の気持ちを自分が認められるようになる。これが大きい。

助けを求めるのって、恥ずかしいことじゃありません。むしろ、子どもを大事にしたいからこそ必要な行動だと思います。だって、疲れ切った状態で頑張り続けたら、笑顔も優しさも削れていく。
私自身、イライラしてしまって自己嫌悪になった経験があるからこそ、「助けて」は“甘え”じゃなく“予防”だと感じています。

もし今、「助けて」を言うのが難しいなら、まずは小さくで大丈夫です。
「ちょっとしんどい」
「話を聞いてほしい」
その一言が言えたら、もう十分スタートできています。

つながりは一生もの。育児の仲間が“心の保険”になってくれた

私が支援センターやスイミングで出会った人たちとは、娘が大きくなった今でもつながっています。
これって、当時の私からすると想像できなかった未来でした。だって私は、「友達ができない」「輪に入れない」って悩んでいた側だったから。

でも、育児って共通体験がすごく強いんですよね。寝不足、離乳食、体調不良、イヤイヤ期…その時々の「あるある」を分かってくれる人がいるだけで、心が折れにくくなる。
悩みが出た時に、すぐ答えが見つからなくてもいい。
「聞いてくれる人がいる」
「わかってくれる人がいる」
これが“心の保険”みたいに効いてくるんです。

そして、仲間づくりって「気が合う親友を作る」みたいに大げさに考えなくていいと思います。最初は、支援センターで会釈するだけでもいいし、同じ時間帯によく会う人と一言二言話すだけでもいい。
つながりって、最初は薄くて当たり前。薄い糸でも、何回か顔を合わせるうちに「この人なら話しても大丈夫かも」って安心が育っていきます。

もし今、孤独でしんどいなら、まずは“人のいる場所”に行ってみてほしいです。うまく話せなくてもいい。笑顔が作れなくてもいい。
そこに行くこと自体が、あなたの育児を守る行動になります。

「頑張らない」がモットー。今しんどいママが今日できる一歩

私は今でも、頑張ってしまう素質があるなと思っています。だからこそ、意識しているのが「頑張らない」を選ぶこと。
頑張らないって、投げ出すことじゃなくて、“無理を増やさない選択”です。

たとえば今日できる一歩は、すごく小さくていいと思います。

・子育て支援センターを検索して、場所だけ確認する
・一時保育や託児がある施設を「知るだけ」でもOK
・夫や家族に「今ちょっと限界かも」と短く伝える
・ママ友に長文じゃなくスタンプ一個送ってみる
・相談窓口やカウンセリングを「いつでも使っていいもの」と頭に入れる

ポイントは、“完璧な解決”を目指さないこと。しんどい時に「全部変えなきゃ」って思うと、動けなくなります。だから、今日の自分ができるサイズにする。
そして、できたらちゃんと「よくやった」って言ってあげる。

育児は、子どもを育てる時間であると同時に、ママが消耗しやすい時間でもあります。だからこそ、我慢してはいけない。少しでも話したら楽になることがある。

もしあなたが今「一人で育児してる」って感じているなら、声を大にして言いたいです。
一人で抱えなくていい。子どもは、みんなで育てていいんです。

読者へのメッセージ

育児って、終わりが見えないマラソンみたいな日がありますよね。
ちゃんとやろうとするほど、笑顔が消えて、「私ってダメなママかも」って自分を責めてしまう。
でもね、まず伝えたいのはこれです。あなたが弱いわけじゃないし、甘えているわけでもありません。単純に、抱えているものが多すぎるだけです。

「助けて」って言うのは、負けじゃなくて“守るための行動”です。
子どものためでもあるし、何よりあなた自身を守るため。
まとまった言葉じゃなくて大丈夫。泣きながらでも、途中で言葉が詰まっても大丈夫。誰かに話すだけで、心の重さが少し軽くなることって本当にあります。

もし今、身近な人に言いづらいなら、まずは“話せる場所”を一つ持ってみてください。
傾聴ラウンジ「ここより」では、アドバイスで急かすよりも、今の気持ちをそのまま受け止めることを大切にしています。
「こんなことで相談していいのかな」と感じる内容ほど、実は放っておくとしんどさが大きくなりがち。だからこそ、早めに気持ちを外に出してほしいんです。

あなたの中にある「疲れた」「しんどい」「もう無理かも」を、いったん言葉にしてみませんか。
ここよりで、ゆっくり聴かせてください。
一人で抱えなくていい。育児は“頑張るほど孤独になるもの”じゃなくて、“支え合って続けていくもの”です。

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