【高校中退の体験談】いじめで学校に行けなかった私が、自分の道を選ぶまで|不登校の子と保護者へ

気持ちって、いつのまにか重たくなっていくものだなあ、と自分の体験を振り返るたびに思います。
私自身、小さい頃から「ちゃんとしなきゃ」といつも自分を急かしてきました。周りには「がんばってるね」と言われることが多かったけれど、心の中はいつもざわざわしていました。
朝起きると、なんとなく身体が重くて仕方ない。
学校に行きたいわけじゃないのに、「行かないとまずい」と頭でばかり考えて、気づいたら一日が過ぎていたこともありました。
その頃は言葉にならないモヤモヤを、誰かに話すこともためらっていました。
うまく伝えられない気持ちを、自分の中で何度もぐるぐる整理しようとして、余計に疲れてしまう。そんな日々を過ごしていたんです。
でも、ある時ふと誰かに話を聞いてもらう機会があって、
「なるほど、そう感じていたんだね」とただ受け取ってもらえるだけで、胸の奥のざわつきが少し静かになった瞬間がありました。
言葉にしてみると、自分でも気づかなかった思いに気づくことができて、そこから少しずつ考え方が変わっていったんです。
この記事では、そんな自分の体験を通して、「しんどさ」をただ抱え込むんじゃなくて、まずは自分の感じていることをそのまま受けとめることの大切さをお届けしたいと思っています。どうぞ気軽に読み進めてみてください。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■待機時間:月・火・木・金の10時30分~16時30分(水曜日は不定期)
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■年齢:40代
■ キャッチコピー:わたしの経験を誰かの力に。「大丈夫だよ」に根拠を持たせます。
■ 得意なテーマ
– 不安障害、パニック障害、適応障害の症状について
– 不登校、登校拒否の相談。(保護者さん、お子さんどちらからでも大丈夫です。)
– 育児のお悩み全般
– 介護負担感
– 不妊治療の辛さ
– 家族との関係
– 人との関わり方
■ 聴き方・スタイル
– ご相談者様のペースに合わせて聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– ご希望があればアドバイスします
– 我慢せず素直に感情を表してください
■ 経験
– 社会福祉士 精神保健福祉士 保育士取得。
– 回復期リハビリテーション病棟と介護保険病棟の医療ソーシャルワーカーとして5年、市役所障がい福祉課障がい認定調査員として5年の経験あります。
– 現在、保育士として骨盤サロンにて託児スタッフをしています。子育て支援センター臨時スタッフ経験あります。
– 不安障害、パニック障害、適応障害の経験あります。現在完治。
– アルツハイマー型認知症になった祖母の在宅介護経験、家族として施設入所支援経験があります。
– 自身の娘が聴覚過敏。HSP。不登校、登校拒否傾向にて心療内科通院中。不登校に対する学校とのやり取り経験あります。
– 自身も高校中退、大学入学資格検定試験を経験。心療内科通院・カウンセリング経験あります。
– 6年間の不妊治療を経験しました。体外受精にて妊娠。帝王切開にて出産。
–不妊治療ピアサポーター研修講義受講。
– 転勤帯同10年経験。
– 幼稚園、小学校で絵本の読み聞かせ6年目。
– アクセスバーズプラクティショナー取得。
■ 大切にしていること
– 自分の言葉で語ってもらえるように質問を工夫します。
– 素直に気持ちを表現していただけるようにします。
– 泣いても怒っても受け止めます。
– 調べられることがあれば調べます。
■ 人柄・ユニークポイント
– 好きなもの:宮古島の海/ 柴犬 / ウミガメ/耳そうじ/そのぎ茶/娘と美術館に行くこと/ピアノを弾くこと
– よく言われる性格:社交的。明るい。話しやすい。面倒見がよい。でも繊細。嫌いなことは努力しない(笑)。
– ちょっとしたこだわり:家の中の芳香剤をアロマオイルにしている。ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作る。焼き芋も家で作ります。
– 聴き手としての密かな強み:医療ソーシャルワーカーとして染みついた面接技法。自分の経験。たくさんの辛い経験をしたからこそ、大丈夫という言葉に重りを付けることができます。
■ メッセージ
プロフィールをみていただいてありがとうございます。
一人で悩まず一緒に考えさせてくださいね。少しでも明日に変化が出るように、少しでも気持ちが軽くなるようにお手伝いします。お話しできることを楽しみにしております。
目次
- ○ 学校に行こうとすると、体が固まる——「怠け」じゃなかった私の話
- ・「普通は毎日行くもの」って思い込みが、いちばん苦しかった
- ・教室の床が揺れる感じ、涙が止まらない朝——体に出るサインは分かりやすい
- ・「行く?休む?」の二択がつらい——本当は“安心して迷う時間”が必要だった
- ○ 「高校に入ったら変われる」と思ってた——でも心と体は、ちゃんと覚えていた
- ・「もう過去のこと」って片づけたかったけど、怖さは消えてなかった
- ・たった一つの出来事が引き金に——「床が揺れる」感覚が始まった日
- ・家は優しいのに、心は追い詰められる——「申し訳なさ」が増えていった
- ○ 「逃げてもいい」って言われて、呼吸が戻った——答えを急がなくてよかった
- ・「今の状態」を言葉にしてもらっただけで、安心って増える
- ・「行くか行かないか」じゃなくて、まずは“休んで整える”が必要だった
- ・「逃げていい」は甘えじゃない——自分を守るって、立派な選択
- ○ 人と違う道でも、ちゃんと未来につながる——「あの頃の私」へ今伝えたいこと
- ・「辞める=負け」じゃない——自分で決めたことが、あとで自信になる
- ・遠回りしても、人生は続く——「不利」に見える経験が役に立つ日が来る
- ・不登校の子・保護者へ——「正論」より「安心」が先。まずは味方でいてほしい
- ○ 読者へのメッセージ
学校に行こうとすると、体が固まる——「怠け」じゃなかった私の話
「学校に行きたくない」って、口にするだけでも勇気がいる言葉だと思います。
私も当時は、行きたくない気持ちをうまく説明できなくて、ただ「行かなきゃ」と頭の中で何回も唱えていました。
高校に入ったばかりの頃は、「ここからやり直せるかも」と期待もありました。
小中学校でしんどい経験があって、環境が変わればきっと大丈夫。そう思っていたんです。
でも、ある日を境に、教室にいるだけで床が揺れるように感じたり、朝になると体が動かなくなったりして、思うように登校できなくなりました。
一番つらかったのは、「行くか行かないか、自分で決めなさい」と言われること。
決められない自分を責めて、泣いて、眠って、また泣いて…という日が続きました。
親を悲しませたくない気持ちも強くて、「普通の子なら毎日通うのに」と比べてしまう。
でも本当は、私が欲しかったのは正論じゃなくて、心の中のぐちゃぐちゃをそのまま置ける場所だったのかもしれません。
ここからは、私が「学校に行けない自分」を少しずつ受け入れていった最初の段階、つまり“始まりの空気”を、体験談として書いていきます。
同じように悩んでいる子や、見守る側の人の気持ちが、ほんの少しでも軽くなったらうれしいです。
「普通は毎日行くもの」って思い込みが、いちばん苦しかった
当時の私は、「学校は毎日行くところ」って強く信じていました。
というより、“信じるしかなかった”のかもしれません。
休む=悪いこと、みたいな空気を勝手に背負っていて、休む自分に理由を求めては、納得できなくてまた落ち込む。そんな感じでした。
不思議なんですが、気合いが足りないわけでも、努力してないわけでもないんです。
前日の夕方までは「明日は行こう」って思える日もありました。
制服の準備をして、時間割を見て、持ち物もそろえる。そこまではできる。
でも朝になると、体が鉛みたいに重くなって、立ち上がれない。
頭の中では「行かなきゃ」が鳴り続けているのに、体が言うことを聞かない。これが本当にしんどかったです。
しかも、そんな状態でも自分を責めちゃうんですよね。
「みんな行ってるのに」「私だけ変だ」「親に迷惑かけてる」って。
責めるほど余計に緊張して、涙が出て、また動けなくなる。
いま振り返ると、あれは“怠け”じゃなくて、心と体が限界を知らせてくれていたサインだったんだと思います。
もし、同じように「行かなきゃ」で自分を追い詰めている人がいたら、まずはそこに気づいてほしいです。
「行けない=ダメ」じゃない。
行けない日があるなら、そこには理由がある。たとえ言葉にできなくても、ちゃんと意味がある。
その前提があるだけで、心の圧が少しゆるむことがあります。
教室の床が揺れる感じ、涙が止まらない朝——体に出るサインは分かりやすい
私が「変だな」と思い始めたのは、教室で机に向かうと、床が揺れるように感じたことでした。
地震みたいに大きく揺れるわけじゃなくて、ふわふわ、ぐらぐらするような感覚。
周りの子は普通にしているのに、自分だけ世界が不安定で、すごく怖かったです。
きっかけは、テストの返却のときでした。
赤点だった答案用紙が床に落ちた(当時の私には投げ捨てられたように感じた)瞬間に、胸の奥がズンと冷たくなって、そこから空気が変わりました。
たった一回の出来事のように見えるけど、実は小中学校でのつらい経験が、ずっと体の奥に溜まっていたんだと思います。
「先生が怖い」「友達が怖い」って気持ちが、また一気に戻ってきた感じでした。
それからは、朝になると涙が出る日が増えました。
制服を着ようとすると涙が出る。
部屋を出ようとすると体が固まる。
気づいたらベッドに戻っていて、眠って、起きて、また泣く。
食欲も落ちて、朝が来ること自体がプレッシャーになっていきました。
こういう話をすると、「気の持ちようじゃない?」って言われることがあるんですが、当時の私は“気の持ちよう”でどうにかできる状態じゃなかったです。
だからこそ言いたいのは、体に出るサインって、かなり正直だということ。
涙、眠気、食欲、体のこわばり。
それは弱さじゃなくて、「もう無理しすぎだよ」っていうメッセージだったんだと思います。
もし今、理由がはっきりしないのに体がついてこないなら、まずはその反応を否定しないでほしいです。
体が変だと言っているなら、まずは「そっか、今しんどいんだね」って受け取るところからで大丈夫です。
「行く?休む?」の二択がつらい——本当は“安心して迷う時間”が必要だった
私が一番苦しかったのは、「学校に行くか行かないか、早めに決めなさい」と言われることでした。
決めたくないわけじゃないんです。
むしろ、決められるなら決めたかった。
でも、決めようとすると頭の中がぐちゃぐちゃになって、余計に動けなくなる。そんな感じでした。
前日の夕方の私は「明日は行く」と思っている。
でも朝になると、体が「無理」と言う。
頭は「行かなきゃ」と言う。
体は「怖い」と言う。
このケンカが起きるたびに、私はどっちにも勝てなくて、ただ混乱していました。
それに、家では母がお弁当を作ってくれることがあって、それも優しさなのにプレッシャーになってしまうんですよね。
「作ってもらったのに行けない」
「申し訳ない」
「こんな自分が嫌だ」
そう思うほど、ますます自分が追い詰められていきました。
本当は、誰かに「行かなくていいよ」って言ってほしかった。
それって甘えというより、安心が欲しかったんだと思います。
安心がないと、人は“正しい選択”を選べないんですよね。
焦って決めようとすると、心がますます固まってしまう。
だから、もし身近な人が「行けない」で止まっているなら、二択を迫るよりも、
「今はどう感じてる?」
「怖いのはどのへん?」
みたいに、答えを出す前の気持ちを一緒にほどくほうが、ずっと力になります。
正解探しより先に、“気持ちの置き場”があること。
私はそれがあるだけで、少しずつ呼吸ができるようになりました。
迷っていい。揺れていい。決めるのが遅くてもいい。
そう思える土台ができてから、人はやっと自分のペースで動けるんだと、今は実感しています。
「高校に入ったら変われる」と思ってた——でも心と体は、ちゃんと覚えていた
高校に入学したとき、私は正直ホッとしていました。
小中学校でのしんどい経験から離れられる。環境が変われば、今度こそ普通に笑えるかもしれない。
そんな期待がありました。新しい制服を着て、教室に入って、自己紹介をして…。表面上は「新しいスタート」に見えるのに、心の奥はずっと緊張していた気がします。
最初から大きく崩れたわけじゃありません。
むしろ「がんばろう」と思っていました。ちゃんと通って、ちゃんと授業を受けて、友達とも普通に話して。
でも、ある出来事をきっかけに、体の反応が先に出るようになりました。教室の床が揺れる感じ、朝になると涙が止まらない、制服を着ようとすると動けない。
頭では「もう中学生じゃない」「大丈夫なはず」と思うのに、体は「危ない」と言っているみたいで、うまく噛み合わなかったんです。
この段階でいちばん厄介だったのは、「原因がはっきりしないこと」でした。
誰かに説明しようとしても、言葉がまとまらない。だから余計に「私がおかしいのかな」と思ってしまう。
でも今なら分かります。心と体って、無理してきた時間をなかったことにしないんですよね。
ここでは、私が「まだ大丈夫なふり」をしながら、少しずつ限界に近づいていった頃の話を書いていきます。
「もう過去のこと」って片づけたかったけど、怖さは消えてなかった
高校に入ったら、小中学校のことは終わり。
私はそう思いたかったし、そう思わないと前に進めない気がしていました。
だから、過去の話をするのも避けていたし、思い出しそうになると頭の中でフタをしていました。
でも、怖さってフタをしたから消えるわけじゃないんですよね。
たとえば友達の輪に入るとき、たったそれだけで心臓がドキッとする。
先生に当てられそうになるだけで、呼吸が浅くなる。
何か悪いことをしていないのに、「また否定されるかも」って体が勝手に身構える。
そんな場面が、じわじわ増えていきました。
周りから見たら、私はたぶん普通だったと思います。
笑えるときもあるし、授業にも出ている。休み時間に会話もしている。
でも内側はずっと“警戒モード”で、気が抜けない状態でした。
だから家に帰るとどっと疲れて、何もしたくなくなって、寝る。
それでも翌日は「行かなきゃ」と思ってしまうから、また無理をする。
この繰り返しが、体のエネルギーを削っていったんだと思います。
「過去のことだから忘れよう」って言葉、悪気はないんだけど、当時の私にはきつかったです。
忘れられないから苦しいのに、忘れられない自分がダメみたいに感じてしまうから。
もし誰かが同じ状態なら、「忘れなくていい」って伝えたいです。
大事なのは、忘れることよりも、怖さを抱えたままでも安全に過ごせる場所や時間を増やすこと。
その方が、心はちゃんと落ち着いていきます。
たった一つの出来事が引き金に——「床が揺れる」感覚が始まった日
私の中で空気が変わったのは、テスト返却のときでした。
苦手な教科で赤点を取ってしまって、答案用紙が床に落ちたんです。
今思えば、たまたま落ちただけかもしれません。
でも当時の私は、投げ捨てられたように感じてしまって、胸の奥が一気に冷たくなりました。
その瞬間、頭の中に「恥ずかしい」「笑われる」「責められる」みたいな言葉が雪崩みたいに出てきて、体が固まりました。
誰かが実際に笑ったわけじゃない。
でも私は“そうなる未来”を勝手に想像して、先に傷ついてしまうタイプだったんだと思います。
そこから少しずつ、教室が怖くなりました。
机に向かうと床が揺れる感じがして、じっと座っていられない。
授業もほとんど頭に入らない。ノートは取ってるのに、内容が残らない。
帰宅するとぐったりして、気づくと眠っている。
「なんでこんなことになるの?」と自分でも分からなくて、余計に不安が増えていきました。
こういう“引き金”って、外から見ると些細に見えるかもしれません。
でも、心の中に積もっていた不安や怖さが多いと、小さな刺激でも一気に崩れることがあるんですよね。
私の場合は、小中学校の経験がずっと残っていて、高校で「やり直したい」気持ちが強かった分、失敗や否定に敏感になっていたんだと思います。
だからもし、似たように「たったそれだけで?」と言われてしまう出来事で苦しくなっている人がいたら、
“それだけ”じゃないことが多いよ、と伝えたいです。
その反応は、弱さじゃなくて、積み重なったものの結果なんだと思います。
家は優しいのに、心は追い詰められる——「申し訳なさ」が増えていった
家庭は円満でした。両親も祖父母も弟も、基本的には穏やかで、味方でいてくれる人たちでした。
それなのに、私はどんどん追い詰められていきました。
この感覚、説明が難しいんですが…「優しさがあるからこそ苦しい」ってことがあるんですよね。
たとえば母が毎日お弁当を作ってくれる。
本当はすごくありがたい。愛情だと思います。
でも当時の私は、「作ってもらったのに行けない」と思ってしまって、罪悪感が増えていきました。
優しさを受け取れない自分が嫌になって、また自分を責める。
このループが本当にきつかったです。
それに、家族に心配をかけたくない気持ちも強かった。
「悲しませたくない」
「迷惑かけたくない」
そう思えば思うほど、苦しいことを言えなくなるんですよね。
言えないから余計に一人で抱える。抱えるから余計につらくなる。
気づくと私は、家の中でも“ちゃんとしてるふり”をしていました。
そして、朝が来るのが怖くなっていきました。
眠れないタイプではなく、むしろ寝すぎるくらい寝てしまう。
でも寝ても回復しない。起きた瞬間に「今日どうしよう」が始まる。
制服を見ただけで涙が出たり、部屋を出られなくなったりする日もありました。
自分でも理由が分からないまま、体が反応してしまうのがしんどかったです。
いま振り返って思うのは、あの頃の私に必要だったのは「がんばれ」じゃなくて、
「今はしんどいんだね」って気持ちをそのまま受け取ってもらうことだったのかもしれない、ということ。
優しさはある。でも安心が足りない。
この違いって、意外と大きいんだと思います。
もし家族や周りが優しいのに本人が苦しんでいるなら、
それは甘えじゃなくて、心が緊張しっぱなしなのかもしれません。
だからこそ、正しさより先に、安心できる会話が増えると少しずつ変わっていきます。
「逃げてもいい」って言われて、呼吸が戻った——答えを急がなくてよかった
学校に行けない日が増えていくほど、私は「早く元に戻らなきゃ」と焦っていました。
周りに迷惑をかけている気がして、家族の顔を見るだけで申し訳なくなって、でもどうしたらいいか分からない。頭の中はずっと混乱していました。
そんな中で転機になったのは、両親と一緒に病院へ行ったことでした。
私は「ここで何かが決まってしまうのかな」と身構えていたし、正直こわかったです。
でも実際に話を聞いてもらって感じたのは、責められる空気がまったくなかったこと。
「無理してきたんだね」「今は立て直す時期だよ」みたいに、今の状態を言葉にして整理してもらえたことで、胸の奥のザワザワが少し落ち着きました。
それまでの私は、「行く/行かない」を早く決めることが正しいと思っていました。
でも、その場で伝えてもらったのは、答えは急がなくていいこと、揺れていいこと、そして何より「逃げてもいい」という感覚でした。
逃げる=負け、みたいに思い込んでいた私にとって、それは衝撃でした。
でも同時に、体の力がふっと抜けて、「あ、呼吸していいんだ」と思えたんです。
ここでは、私の心が少しずつ切り替わっていった“転”の部分、つまり「考え方の軸が変わった瞬間」について書いていきます。
「今の状態」を言葉にしてもらっただけで、安心って増える
当時の私は、自分の状態を説明するのがすごく苦手でした。
泣いてしまうし、うまく話せないし、「こんなことで…」と思われるのがこわかった。
だから、頭の中で勝手に結論を作っては黙り込む、みたいなことをしていました。
でも、いざ話を聞いてもらうと、意外なことが起きました。
私はうまく話せていないつもりなのに、相手が「つまりこういうことかな?」って整理してくれる。
「朝が怖くて動けない」
「行かなきゃと思うほど体が固まる」
「罪悪感が強くて自分を責めてしまう」
そんなふうに、バラバラだった感覚が言葉として並ぶだけで、少し落ち着いたんです。
たぶん、安心って「正解をもらうこと」じゃないんですよね。
自分の中の混乱が、誰かの手でいったんテーブルの上に出されて、
「こうなってるから苦しいんだね」って見える形になること。
それだけで、人って呼吸がしやすくなるんだと思います。
私はそれまで、「元気に見せる」「普通に戻る」ことばかり考えていました。
でも実際は、まず“今の自分”を理解してもらうほうが先だった。
理解してもらえると、自分でも「あ、私は怠けてるわけじゃなかったんだ」と思えて、
そこからようやく次の一歩を考えられるようになりました。
もし今、本人が言葉にできないまま苦しんでいるなら、
「どうして?」より「今どんな感じ?」のほうが助けになることが多いです。
原因探しより先に、気持ちをそのまま置ける会話があるだけで、状況は少しずつ変わっていきます。
「行くか行かないか」じゃなくて、まずは“休んで整える”が必要だった
私にとって一番しんどかったのは、ずっと二択を迫られている感覚でした。
「学校に行くの?」
「休むの?」
早く決めなきゃ、早く答えを出さなきゃ。
そう思うほど、体が固まっていく。
この矛盾に、ずっと巻き込まれていました。
でも、転機の場で伝えてもらったのは、
「今は答えを出す時期じゃなくて、整える時期だよ」みたいな感覚でした。
この言葉が、私にはすごく救いでした。
だって、私は“決められない自分”を責め続けていたから。
決められないのは意志が弱いからじゃなくて、エネルギーが切れていたからなんだ、と初めて思えたんです。
そこから私は、「休む」を“サボり”じゃなくて“回復の作業”として捉えるようになりました。
もちろん、すぐに罪悪感が消えたわけじゃありません。
休むと焦るし、置いていかれる感じもする。
でも、「休んでいい」っていう許可があると、少しずつ自分を追い詰めなくなっていきました。
実際にやったことはシンプルです。
学校に行けない日でも、朝は起きる。朝ごはんは食べる。
外に出られそうな日は、母と買い物に行く。
これだけでも、「生活が崩れ切らない」感覚が残って、少し安心できました。
“行く/行かない”の前に、まずは“整える”。
これって、遠回りに見えるけど、実は一番の近道だったりします。
焦りが強いほど忘れがちだけど、心と体の土台が戻らないと、次の選択はできないんですよね。
「逃げていい」は甘えじゃない——自分を守るって、立派な選択
私が一番衝撃を受けたのは、「逃げてもいい」という考え方でした。
当時の私は、逃げる=負け、みたいに思っていました。
逃げたら終わり。逃げたら一生戻れない。
そんな極端な想像をして、怖くなって、余計に動けなくなる。
まさに自分で自分を追い込んでいたんです。
でも「逃げてもいい」って、実は“投げ出す”とは違うんですよね。
自分を守るために距離を取る。
今の自分が壊れないように、一旦止まる。
それはむしろ、すごく現実的で大人な選択だと思います。
私はその言葉を聞いて、「逃げること」を初めて肯定できた気がしました。
それまでの私は、ずっと耐える方向にしか舵を切れなかった。
でも耐え続けていたら、どこかで折れてしまう。
だから、折れる前に止まる。離れる。休む。
それを“ダメ”じゃなくて“必要”として扱っていいんだ、と感じました。
この感覚が持てたことで、私は少しずつ「自分で決める」準備ができていきました。
決めるって、強くなることじゃなくて、安心がある状態で自分の本音を確認すること。
私はその順番を間違えていたんだと思います。
安心がないまま決めようとしていたから、ずっと苦しかった。
もし今、「逃げたらダメだ」と自分を縛っている人がいたら、
逃げることは終わりじゃない、と伝えたいです。
自分を守れる人は、ちゃんと立て直せます。
むしろ、守れた人ほど、その後に自分の道を選び直せる。
私はこの体験を通して、それを何度も実感しました。
人と違う道でも、ちゃんと未来につながる——「あの頃の私」へ今伝えたいこと
あの頃の私は、「学校に行けない自分=終わり」みたいに感じていました。
みんなと同じペースで進めないことが怖くて、遅れている気がして、置いていかれる気がして。
でも今振り返ると、あの時間は“止まっていた”んじゃなくて、ちゃんと自分を立て直す時間だったんだと思います。
高校を途中でやめる決断は、軽いものじゃありませんでした。
ただ、ある日ふと目に入った広告をきっかけに、「ここから別の道を選んでもいいのかも」と思えた瞬間があって、そこから気持ちが動きました。
そこまで来るのに時間はかかったけれど、焦らず整えてきた時間があったからこそ、最後は自分で答えを出せたんだと思います。
その後、遠回りをしながらも進んでいく中で、うまくいかないこともたくさんありました。
「高校中退」という言葉だけで判断されてしまう場面もあったし、悔しい思いもしました。
でもそれでも、人生はそこで終わらなかった。ちゃんと続いていった。
そして大人になった今、私はかつての自分と同じように悩む子の気持ちが分かるようになりました。
もし今「学校に行けない」「どうしたらいいか分からない」と感じている人がいるなら、まず伝えたいのはこれです。
人と同じじゃなくても大丈夫。あなたのペースでいい。未来はちゃんとつながります。
「辞める=負け」じゃない——自分で決めたことが、あとで自信になる
高校を辞めると決めたとき、私は怖かったです。
「周りにどう思われるんだろう」
「親をがっかりさせるんじゃないか」
「この先、詰むんじゃないか」
頭の中では、不安の予想図がずらっと並んでいました。
でも同時に、どこかで「もうこれ以上、無理を続けたくない」って気持ちもありました。
無理を重ねて倒れてしまうより、今の自分を守るほうが大事。
そう思えるようになったのは、あの“整える時間”があったからだと思います。
よく「辞めたら逃げ」って言われがちだけど、私はそうは思いません。
逃げることと、方向転換することって違うんですよね。
辞めたことで人生が終わるんじゃなくて、辞めたことで“選び直す余地”が生まれる。
あの頃の私にとっては、それがすごく大きかったです。
そして何より、「自分で決めた」という感覚は、あとからジワジワ効いてきます。
最初は自信なんてなかったのに、時間が経つにつれて、
「あの時ちゃんと自分を守れた」
「ちゃんと自分の人生を自分で動かした」
という実感が残るんです。
もし今、辞めるかどうかで悩んでいるなら、焦って白黒つけなくても大丈夫。
でも“自分を壊さない選択”は、思っている以上に価値があります。
どんな形でも、自分で自分を守れた経験は、ちゃんと未来の背中を押してくれます。
遠回りしても、人生は続く——「不利」に見える経験が役に立つ日が来る
高校を辞めたあと、すぐに全部がうまくいったわけじゃありません。
むしろ「これからどうするの?」って不安のほうが大きかったです。
周りの同級生は進級していくし、行事の話も聞こえてくるし、SNSで楽しそうな写真が流れてくる。
そのたびに、胸がチクッとして、「私は取り残されたのかな」って思ってしまうこともありました。
でも、少しずつ現実的な選択肢を拾っていく中で、道はつながっていきました。
資格のことを調べたり、勉強のやり方を試したり、興味のある分野に触れてみたり。
いきなり大きく飛ぶというより、小さく小さく足場を作っていく感じです。
その後、進学や就職の場面では、たしかに「高校中退」という言葉だけで見られてしまうこともありました。
面接で空気が変わる瞬間があったり、説明しても伝わらない感じがしたり。
悔しいし、疲れます。
でも、ここで伝えたいのは、そこで終わりじゃないってことです。
むしろ、遠回りした人ほど、人のしんどさが分かるようになります。
「普通」から外れた経験って、後から誰かの気持ちを理解する力になったりします。
私は大人になってから、その価値を何度も感じました。
当時の経験があったから、誰かの「行けない」を軽く扱わずにいられる。
これは、あの頃の私が必死に生きた証でもあると思っています。
遠回りは、恥じゃない。
止まったように見える時間も、ちゃんと意味がある。
人生って、一本道じゃないからこそ、選び直せるし、立て直せます。
不登校の子・保護者へ——「正論」より「安心」が先。まずは味方でいてほしい
もし今、学校に行けなくて苦しい子がいるなら、私はまずこう言いたいです。
「行きたくないなら、行かなくていいよ」
これって投げやりな言葉じゃなくて、“安心の土台”を作る言葉だと思っています。
安心がないと、子どもは自分の気持ちを見に行けないし、次の一歩も考えられないからです。
当時の私が本当に欲しかったのは、アドバイスよりも「味方の空気」でした。
「どうして行けないの?」
「原因は何?」
って聞かれると、頭が真っ白になる。
でも
「そっか、今しんどいんだね」
って言われると、少しだけ呼吸ができる。
この差は大きいです。
保護者の立場だと、心配で焦るのは当然だと思います。
将来のこと、勉強のこと、周りとの関係、いろんな不安が出てくる。
でも、焦りが強いほど、子どもは「迷惑をかけてる」って感じやすくなります。
そうすると余計に本音が言えなくなる。
だからこそ、正論を言う前に、まず安心を増やしてほしいんです。
具体的には、難しいことをしなくて大丈夫で、
「今日はどうする?」より「今日はどんな感じ?」
「早く決めなさい」より「ゆっくりでいいよ」
そんな言葉が、子どもの心を守ります。
そして、生活の土台(起きる・食べる・少し外に出る)が崩れないように一緒に整えていく。
それだけでも、回復のスピードは全然違います。
学校に行くことだけが正解じゃない。
人と同じ道じゃなくても、胸を張っていい。
私は自分の体験から、心からそう思っています。
読者へのメッセージ
記事をここまで読んでくれたあなたへ。
もし今、「学校に行けない」「行こうとすると体が固まる」「理由がうまく説明できない」…そんな状態だったとしても、どうか自分を責めないでください。
それは甘えでも怠けでもなくて、心と体が「もう少し休ませて」と知らせているサインかもしれません。
そして保護者の方へ。
お子さんのことが心配で、先のことを考えるほど不安になりますよね。
でも、いちばん最初に必要なのは“正解”より“安心”でした。
「どうして?」を急ぐより、「そっか、今しんどいんだね」と受け止めてもらえるだけで、子どもは少し呼吸がしやすくなります。
安心が増えると、少しずつ自分の気持ちを言葉にできるようになって、次の一歩も考えられるようになります。
もし今、家族にも友達にも話しづらい気持ちを一人で抱えているなら、無理に結論を出そうとしなくて大丈夫です。
まずは、今の気持ちをそのまま置ける場所があるだけで違います。
そんな“話してもいい場所”として、傾聴ラウンジ「ここより」も用意しています。
悩みを上手にまとめなくても大丈夫。泣いてしまっても、言葉が途切れても大丈夫。
「ただ聞いてほしい」「整理するのを手伝ってほしい」——その気持ちのままで来てもらえたら十分です。
あなたがあなたのペースを取り戻せるように。
ここよりで、まずは今の気持ちから一緒にほどいていけたらと思っています。





