子どもが他の子と違う気がしたら|感覚過敏の娘と向き合って気づいた大切なこと【親の体験談】

子どもの頃から、まわりと「なんだか違う」と感じる瞬間がたびたびありました。
私の娘も、遊びの途中で急に癇癪を起こしたり、普通なら気にならない音に敏感になったり、日常のほんのささいなことに大きく反応することがありました。
最初は「同じ年頃の子もこういうものかな」と思っていたものの、時間が経つにつれて、ほかの子どもたちとの違いがはっきり見えてきて、戸惑いばかりが募る日々でした。
「どうして泣いているの?」
「なんでこんなことにそんなにこだわるの?」
そう自問自答しながら、答えのない迷路の中を手探りで進んでいくような感覚…。
親としての不安と緊張は、夜も眠れないほどでした。
そんな毎日の中で私は、答えを急ぐよりも、まず娘の声にじっくり耳を傾けることの大切さに気づいていったのです。
言葉にならない思いも、その表情や仕草の中に確かにある小さなメッセージとして受け取る――
そんな関わりを続ける中で、少しずつ心のざわつきが落ち着き、娘との時間が変わっていったのを実感するようになりました。


投稿者プロフィール

- よりびと
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■待機時間:月・火・木・金の10時30分~16時30分(水曜日は不定期)
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■年齢:40代
■ キャッチコピー:わたしの経験を誰かの力に。「大丈夫だよ」に根拠を持たせます。
■ 得意なテーマ
– 不安障害、パニック障害、適応障害の症状について
– 不登校、登校拒否の相談。(保護者さん、お子さんどちらからでも大丈夫です。)
– 育児のお悩み全般
– 介護負担感
– 不妊治療の辛さ
– 家族との関係
– 人との関わり方
■ 聴き方・スタイル
– ご相談者様のペースに合わせて聴きます
– 話がまとまっていなくても大丈夫
– 否定せず、穏やかに受け止めます
– ご希望があればアドバイスします
– 我慢せず素直に感情を表してください
■ 経験
– 社会福祉士 精神保健福祉士 保育士取得。
– 回復期リハビリテーション病棟と介護保険病棟の医療ソーシャルワーカーとして5年、市役所障がい福祉課障がい認定調査員として5年の経験あります。
– 現在、保育士として骨盤サロンにて託児スタッフをしています。子育て支援センター臨時スタッフ経験あります。
– 不安障害、パニック障害、適応障害の経験あります。現在完治。
– アルツハイマー型認知症になった祖母の在宅介護経験、家族として施設入所支援経験があります。
– 自身の娘が聴覚過敏。HSP。不登校、登校拒否傾向にて心療内科通院中。不登校に対する学校とのやり取り経験あります。
– 自身も高校中退、大学入学資格検定試験を経験。心療内科通院・カウンセリング経験あります。
– 6年間の不妊治療を経験しました。体外受精にて妊娠。帝王切開にて出産。
–不妊治療ピアサポーター研修講義受講。
– 転勤帯同10年経験。
– 幼稚園、小学校で絵本の読み聞かせ6年目。
– アクセスバーズプラクティショナー取得。
■ 大切にしていること
– 自分の言葉で語ってもらえるように質問を工夫します。
– 素直に気持ちを表現していただけるようにします。
– 泣いても怒っても受け止めます。
– 調べられることがあれば調べます。
■ 人柄・ユニークポイント
– 好きなもの:宮古島の海/ 柴犬 / ウミガメ/耳そうじ/そのぎ茶/娘と美術館に行くこと/ピアノを弾くこと
– よく言われる性格:社交的。明るい。話しやすい。面倒見がよい。でも繊細。嫌いなことは努力しない(笑)。
– ちょっとしたこだわり:家の中の芳香剤をアロマオイルにしている。ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作る。焼き芋も家で作ります。
– 聴き手としての密かな強み:医療ソーシャルワーカーとして染みついた面接技法。自分の経験。たくさんの辛い経験をしたからこそ、大丈夫という言葉に重りを付けることができます。
■ メッセージ
プロフィールをみていただいてありがとうございます。
一人で悩まず一緒に考えさせてくださいね。少しでも明日に変化が出るように、少しでも気持ちが軽くなるようにお手伝いします。お話しできることを楽しみにしております。
目次
- ○ うちの子、ちょっと育てにくい…?「違和感」がはっきりしてきた2歳ごろ
- ・支援センターで気づいた「比べたくないのに比べてしまう」気持ち
- ・外出がしんどい…癇癪とこだわりで日常が回らなくなった
- ・音がつらいのに理由がわからない…「どう配慮すればいいの?」の迷い
- ○ 「私の育て方が悪いのかな…」不安と焦りがピークになっていった日々
- ・「なんでこんなに泣くの?」理由が見えない涙に振り回された
- ・外出先での癇癪が続くほど、親の心がすり減っていった
- ・「普通ならこうする」思い込みが、私を余計につらくしていた
- ○ 「直す」より「わかろう」へ。親子の空気が変わり始めた転機
- ・「一人で抱えなくていい」と言われたことで、肩の力が抜けた
- ・娘の「嫌」を手がかりにしたら、対応が少しずつ当たるようになった
- ・声のトーンと場所の工夫で、癇癪の波が小さくなっていった
- ○ 「この子のままで大丈夫」そう思えた日から、親子の毎日は少しずつ楽になった
- ・落ち着いたのは「特性が消えた」からじゃなく、環境と関わりが整ったから
- ・今も課題はある。でも「対処できる力」を一緒に育てていける
- ・同じ悩みの親御さんへ——早めに頼るのは“負け”じゃなく“作戦”です
- ○ 読者へのメッセージ
うちの子、ちょっと育てにくい…?「違和感」がはっきりしてきた2歳ごろ
「うちの子、他の子と比べてなんだか反応が大きいかも…」
そう感じはじめたのは、娘が2歳になる少し前くらいでした。赤ちゃんのころは人見知りも少なくて、誰にでもニコニコ。よく笑う子で、「感受性が強いね」「リアクションが豊かだね」と言われることも多かったんです。だから最初は、性格の個性だと思っていました。
でも、少しずつ“生活の困りごと”が増えていきました。
じゃんけんに負けただけで、嘔吐反射が出るほど泣き続けたり。思い通りにならないと、場所を選ばず癇癪を起こしたり。大きい音がすると耳をふさいでしまったり。みんなが喜ぶ歌なのに、娘だけが不機嫌になって泣いてしまったり…。
転勤生活が始まってワンオペの日が増え、子育て支援センターへ行く回数も増えました。そこで他の子と触れ合うほど、「あれ…やっぱり違うのかも」と、胸の奥がザワザワしてきて。周りには「考えすぎだよ」「普通だよ」と言われても、親の直感って消えないんですよね。
ここでは、私が最初に感じた違和感と、そこからしんどさが積み重なっていった流れを、体験談として書いていきます。
支援センターで気づいた「比べたくないのに比べてしまう」気持ち
支援センターって、同じくらいの月齢の子が集まるから、ありがたい反面、比べたくないのに比べちゃう場所でもあります。
私も最初は「情報交換できるし、気分転換にもなるし」と思って通っていました。ところが、回数が増えるほどに、娘の“反応の強さ”が目立って見えてしまって。
たとえば、みんなが順番を待てる場面で、娘だけが待てなくて大泣きしたり。遊びを切り上げるタイミングで、娘だけが切り替えられずに崩れてしまったり。もちろん、子どもって泣くのが仕事みたいなところはあるんです。でも「泣き方のスイッチの入り方」が、なんだか違う。
そのたびに私の頭の中は、ぐるぐるです。
「私の関わり方が悪いのかな」
「甘やかしてるのかな」
「このまま大きくなったらどうなるんだろう」
不安が積み重なると、目の前の娘より“未来の心配”を見てしまうんですよね。
今振り返ると、比べること自体が悪いというより、比べた結果を“責め”に変えてしまっていたのがしんどさの正体だった気がします。比べた瞬間に、私は娘を見ているようで、実は「普通」という枠と戦っていました。
外出がしんどい…癇癪とこだわりで日常が回らなくなった
一番きつかったのは、外に出たときです。家の中ならまだ“逃げ場”があるけど、外出先ってそうはいかない。
とくに大型スーパーみたいに、明るくてキラキラしていて、音も人も多い場所。娘はそこで興奮スイッチが入ってしまうことが多くて、お菓子売り場で癇癪…買い物が止まる…という流れが何度もありました。泣き叫んで暴れて、肩に担いで車に乗せたこともあります。
「今日こそ落ち着いて買い物できるかも」
そう思って出かけても、現実はなかなか甘くない。周りの視線が気になって、焦って、心の余裕がなくなっていく。すると、私は“早く静かにさせなきゃ”の気持ちが強くなってしまうんです。
それに、娘には強いこだわりもありました。
例えば、売り場のキーホルダーが乱れているのが気になると、全部きれいに並べ終わるまで帰れない。しかも、その並べ方が驚くほどきっちり整っていて、こちらが止めるのも難しい。すごい集中力だなと感心する気持ちと、「今ここでやる!?」という困り感が同時に来る。親の感情って忙しいです。
こういう日が続くと、“生活を回すだけで精一杯”になります。楽しいはずの外出が、ミッションみたいになっていく。私の心も体も、疲労の塊になっていました。
音がつらいのに理由がわからない…「どう配慮すればいいの?」の迷い
娘の中でも大きかったのが、音への敏感さでした。
大きな音がすると耳をふさいだり、特定の歌が流れると急に不機嫌になったり。ここが難しいのは、「何が嫌なのか」が毎回はっきりしないことです。
親としては対策したいんですよ。できるだけ楽にしてあげたい。
でも、理由がわからないと、配慮の仕方も当たり外れになる。静かな場所に移動してもダメなときがあるし、音量を下げても落ち着かない日もある。結果として「またダメだった…」が積み上がり、私の中に無力感が増えていきました。
さらにやっかいなのが、周りからは見えにくいこと。
体にケガがあるわけじゃないし、本人がうまく言葉で説明できる年齢でもない。だからこそ、親が言っても「気にしすぎじゃない?」「慣れさせたら?」と言われることもあります。悪気がないのはわかるけど、言われるたびに心がチクッとするんですよね。
私はだんだん、“正しく対応しなきゃ”の気持ちに追い込まれていきました。
でも、今思うのは、正解探しの前に必要だったのは「この子は今、どんなふうに世界を感じてるんだろう?」って、一度立ち止まって想像することだったのかもしれません。理由が見えないときほど、急がず、決めつけず、様子をよく見る。ここが次の内容につながる大事な入口になりました。
「私の育て方が悪いのかな…」不安と焦りがピークになっていった日々
2歳を過ぎたころから、娘の反応の強さはさらに生活に影響してきました。
癇癪、こだわり、音への敏感さ…どれも単発なら「今日は機嫌が悪かったのかな」で済むんです。でもそれが続くと、毎日が“対応の連続”になります。
私が一番しんどかったのは、娘がつらそうなのに、何をしてあげればいいのかが分からないことでした。泣いている理由が見えない。落ち着かせ方も日によって効かない。周りは「気にしすぎ」「そのうち落ち着くよ」と言うけれど、親としては目の前で起きている現実がすべてなんですよね。
そして、気づいたら心の矢印が娘ではなく“自分”に向いていました。
「私の関わり方が悪いのかな」
「私がもっと上手にできたら、娘は楽になれるのかな」
そんな考えが頭を占領して、焦りが増して、余裕がなくなって…結果的に怒鳴ってしまう日もありました。
ここでは、私の中で不安と焦りが大きくなっていった流れと、親として抱え込みやすい“しんどさの正体”を整理していきます。
「なんでこんなに泣くの?」理由が見えない涙に振り回された
じゃんけんで負けただけなのに、娘は信じられないくらい泣き続けることがありました。
悔しい、という言葉だけでは片づけられないほどの大泣きで、時には吐きそうになるくらい激しく反応するんです。最初は「負けるのが嫌だったんだね」と声をかけたり、抱っこしたり、気をそらそうとしたり…いろいろ試しました。
でも、うまくいかない日が続くと、親の心は削られていきます。
「さっきまで機嫌よかったのに、なんで?」
「どうしたら切り替えられるの?」
この“分からなさ”って、地味にきついんですよね。相手が大人なら説明してもらえるけど、子どもは説明できない。だから親が推測するしかない。
推測が当たればいいけど、外れると泣きは止まらない。
すると、私の中に焦りが出てきます。周りの目も気になるし、時間もあるし、家事も進まない。焦りが出ると声が強くなる。声が強くなると娘はさらに敏感になる。今振り返ると、完全に悪循環でした。
ここで一つ厄介なのが、「泣いている=わがまま」と見られやすいこと。
でも、親として見ていると、娘はわがままで泣いているというより、“自分の中のしんどさが溢れて泣いている”ように見える瞬間がありました。そこが分かるのに、対応が追いつかない。このギャップが、私をいちばん疲れさせていたと思います。
外出先での癇癪が続くほど、親の心がすり減っていった
外に出ると、娘の癇癪が起きやすい場面が増えました。
スーパー、ショッピングモール、人が多い場所、音が反響する場所…。そういうところで興奮してしまって、お菓子コーナーで崩れる。カートを異常に嫌がる。買ってもらえないと泣き叫ぶ。抱っこしても反り返る。
正直、買い物が“怖い”時期がありました。
行く前から緊張して、「今日は大丈夫かな…」って構えてしまう。するとこちらの表情も固くなるし、娘もそれを察する。親子って、そういう空気を共有しがちなんですよね。
そして、癇癪の場面って周りの視線が刺さりやすい。
「静かにさせなきゃ」
「迷惑をかけちゃいけない」
その気持ちが強くなるほど、私は“早く終わらせるモード”に入ってしまいます。でも、娘は“今つらいモード”。モードが噛み合わないから、さらに荒れる。
家に帰るとぐったりで、自己嫌悪が来ます。
「また怒ってしまった」
「周りに迷惑をかけた」
「私、親として向いてないのかも」
こういう言葉が頭に浮かぶと、次の外出へのハードルがさらに上がっていく。
今思うのは、癇癪そのものより、癇癪が続いた結果として“私の心の余裕”がなくなったことが大きかったです。余裕がないと、娘の反応を受け止めるスペースがなくなる。受け止められないと、否定や叱責になりやすい。そこが、私のしんどさの核心でした。
「普通ならこうする」思い込みが、私を余計につらくしていた
当時の私は、無意識に「普通ならこうだよね」という基準で娘を見ていました。
じゃんけんに負けたくらいで吐きそうになるほど泣かない。
カートをそんなに嫌がらない。
音楽が流れたら楽しいはず。
みんなが喜ぶ歌で泣くなんておかしい。
頭では“子どもはそれぞれ”って分かっているつもりなのに、心の奥には「こうであるべき」が残っている。これってすごく自然なことだと思います。周りを見ても、育児情報を見ても、“一般的な成長”がベースになっているから。
でも、この「普通」が強いほど、目の前の娘の行動が全部“問題”に見えてしまうんです。
そして、問題に見えるほど、「直さなきゃ」「やめさせなきゃ」になる。
でも、娘は直されたいわけじゃない。やめさせられたいわけじゃない。ただ、自分の中の刺激が強すぎて、うまく処理できないだけかもしれない。
このズレがあると、関わり方がしんどくなります。
私は娘を落ち着かせたいのに、娘は“落ち着けない理由”を抱えている。だから、押せば押すほど反発するし、声を強めれば強めるほど敏感になる。
そして最後に残るのは、親の罪悪感です。
「わかってあげたいのに、わかれない」
「大事にしたいのに、怒ってしまう」
この矛盾って、親を一番苦しめます。
だからこそ、次で書く“見方の切り替え”が私には必要でした。
「普通にさせる」より前に、「この子の世界を理解する」方向へ。
そこに向かった瞬間から、少しずつ歯車が変わっていきました。
「直す」より「わかろう」へ。親子の空気が変わり始めた転機
追い込まれていた時期の私は、娘の癇癪やこだわりを目の前にすると、どうしても「落ち着かせなきゃ」「普通にしなきゃ」と焦っていました。
でも、焦れば焦るほど、うまくいかない。こちらの声が強くなるほど、娘の反応も強くなる。そんな繰り返しの中で、私はだんだん自分の心までカチカチになっていきました。
転機になったのは、引っ越しをして、子育て支援センターに“毎日のように通える環境”ができたことでした。そこで出会った先生たちが、娘の様子を否定せずに見てくれて、「困った行動」だけを切り取るのではなく、「この子は何が苦手で、何が不安で、何が嫌なのか」を一緒に整理してくれたんです。
不思議なもので、誰かが“私の気持ち”を落ち着いて受け止めてくれると、親も子どもも少し落ち着くんですよね。私はそこで初めて、「直す」より前に「わかろう」とする関わりが、親子を守るんだと実感しました。
ここでは、私がどうやって視点を切り替え、具体的にどんな工夫で娘との時間が変わっていったのかをまとめていきます。
「一人で抱えなくていい」と言われたことで、肩の力が抜けた
支援センターに通い始めた頃の私は、正直、相談すること自体に緊張していました。
「こんなことで頼っていいのかな」
「私の育て方が悪いって思われたらどうしよう」
そんな不安があったんです。だから最初は、うまく説明できなかったり、逆に必要以上に頑張って明るく振る舞ったりもしました。
でも先生たちは、娘の様子だけじゃなく、私の表情や疲れも見てくれていました。
「毎日大変だったね」
「ここでは一人で抱えなくて大丈夫だよ」
そう言われたとき、胸の奥がふっと緩む感じがしました。
親って、子どものことになると“正解を出さなきゃ”と思いがちです。
でも、正解を出すより前に、まず「しんどい」を言葉にしていい場所があるだけで救われる。私はその感覚を初めて知りました。
不安が少し落ち着くと、不思議と娘の行動も観察できるようになります。
「また癇癪だ…」じゃなくて、
「今、何が刺激だったんだろう?」
「疲れてたのかな?」
こんなふうに、見る目が変わっていくんですよね。
この“親の余裕”が戻り始めたことが、私にとっては大きな転機でした。娘を変える前に、まず私の心の温度が変わった。そこから、親子の空気が少しずつ変わっていった気がします。
娘の「嫌」を手がかりにしたら、対応が少しずつ当たるようになった
それまでの私は、娘が泣いたり荒れたりしたとき、原因が分からなくて混乱していました。
でも支援センターで関わってもらうようになってから、「嫌がったポイント」を一緒に整理するようになったんです。
例えば音。
大きな音が苦手なのは分かっていても、“どの音が特にしんどいか”は日によって違うように見えていました。そこで先生たちは、「今日はどの場面で耳をふさいだ?」「その前に何があった?」と、出来事を小さく分けてくれました。
すると少しずつ、「これは苦手」「これはまだ大丈夫」が見えてきたんです。
見えてくると、親の対応も変えられます。
無理に慣れさせるより、まず刺激を減らす。
刺激を減らして落ち着ける経験を積んでから、少しずつ範囲を広げる。
それに、娘のこだわりも、ただ止めるのではなく「本人が落ち着くための行動」だと捉え直すと、見え方が変わりました。
キーホルダーを並べる行動も、当時は「今は無理!」と止めたくなる一方で、娘にとっては“頭の中を整える作業”みたいなものだったのかもしれません。
もちろん全部を許すわけじゃないけど、まず理由を想像してみる。
この姿勢を持てるようになっただけで、私は前より怒鳴らなくなりました。
「わからない」から怒るのではなく、「わからない」から観察する。
この切り替えが、私には大きかったです。
声のトーンと場所の工夫で、癇癪の波が小さくなっていった
支援センターで教えてもらって、すぐに効果を感じたのは「声のトーン」でした。
娘が興奮しているときほど、親もつられて声が大きくなりがちです。
でも娘は、音に敏感なところがある。だからこちらの声が強くなるほど、さらに刺激になってしまう。
そこで、関わる大人みんなで「なるべく低めで穏やかな声」を意識するようになりました。
最初はそれだけで変わるの?と思ったけど、変わるんです。
娘が崩れそうなときに、こちらが落ち着いた声で短く伝えると、爆発までいかずに済む場面が増えました。
それから、場所の工夫も大きかったです。
泣き始めたら、部屋の隅に移動して落ち着くのを待つ。
周りの子ともお互いに気になりにくい場所を選ぶ。
「止める」より「落ち着ける環境を作る」。この発想は、私一人だとなかなか出ませんでした。
さらに「帰る」の切り替えが苦手な娘には、部屋を暗くして“終わりの雰囲気”を作るなど、体感で分かる工夫もありました。言葉で説得するより、環境で伝えるほうがスムーズなことってありますよね。
こうした小さな工夫を積み重ねるうちに、癇癪がゼロになるわけじゃないけど、“波”が小さくなる感覚が出てきました。
そして私も、「また荒れるかも…」という恐怖が少しずつ減っていったんです。
親が怖がらなくなると、子どもも安心する。
この連鎖が回り始めたのが、まさにここでの出来事でした。
「この子のままで大丈夫」そう思えた日から、親子の毎日は少しずつ楽になった
支援センターでの関わりや、日々の小さな工夫を続けるうちに、娘の癇癪は少しずつ落ち着いていきました。4歳で園に入るころには、以前のように外出先で大荒れすることが減り、切り替えも早くなっていったんです。もちろん、何もかもが一気に解決したわけではありません。音への敏感さはその後も続きましたし、ストレスが強いときには体や心にサインが出ることもありました。
でも、あの頃と決定的に違うのは、私の中に「この子はこの子なりに頑張っている」という見方が根づいたことでした。
“普通に合わせる”よりも、“この子が生きやすい形を一緒に作る”。この考え方に変わった瞬間から、親としての罪悪感や焦りが薄れていった気がします。
そしてもう一つ大きかったのは、「頼っていい」「一人で抱えなくていい」と実感できたこと。親が孤立しないことって、子どもの安定にも直結するんですよね。
ここでは、今の娘の様子、私が学んだこと、そして同じように悩む親御さんに“今すぐできる一歩”を、体験談としてまとめます。
落ち着いたのは「特性が消えた」からじゃなく、環境と関わりが整ったから
「癇癪が減った」と聞くと、つい“成長したから”“慣れたから”と思いがちなんですが、私の感覚ではそれだけじゃありません。
娘の場合は、環境の整え方と、周りの大人の関わり方が変わったことがすごく大きかったです。
例えば、音への配慮。
イヤーマフを使うようになって、刺激が強い場面でも「耐える」じゃなく「守る」ができるようになりました。本人が“しんどくなる前に対策する”感覚を少しずつ持てるようになったのも大きいです。
それから、声のトーンや伝え方。
前は「早くして」「ダメでしょ」と、どうしても急かす言い方になっていました。でも、短く、落ち着いた声で、選べる形で伝える。これを続けると、娘の興奮スイッチが入りにくくなりました。
大事なのは、“特性をなくす”ことを目標にしないことだと思います。
特性はその子の一部だから、無理に消そうとすると苦しくなる。
それより、「困る場面を減らす」「しんどくなる前に守る」「落ち着く経験を積む」。こういう積み重ねのほうが、結果的に親子の毎日を楽にしてくれました。
「うちの子、変えなきゃ」と思っていた頃の私に、今なら言えます。
変えるべきは子どもじゃなくて、子どもが過ごしやすくなる“やり方”のほうだったよって。
今も課題はある。でも「対処できる力」を一緒に育てていける
娘は11歳になった今でも、ストレスに弱いところがあります。
音への敏感さも波があり、体調や気持ちによって辛さが変わることもあります。だから、終わった話ではありません。これからもその時々の状態に合わせた対応が必要だと思っています。
ただ、以前と違うのは、娘自身が「自分は今しんどいかも」と気づける場面が増えたことです。
小さい頃は、しんどさが全部“爆発”になって出ていました。でも今は、「ちょっと休みたい」「この音きつい」と言葉にできることがある。これはすごい進歩だと思っています。
私の目標は、娘が“自分を守る方法”を身につけていくことです。
例えば、しんどい場所ではイヤーマフを使う。
休める場所を探す。
無理をしないで周りに伝える。
「助けて」が言えることって、実は大きなスキルですよね。
そして親としては、娘が言葉にしたときに否定しないこと。
「大げさだよ」じゃなくて、「そっか、今きついんだね」と受け止める。
この“受け止めてもらえた経験”が、次に自分で対処する力につながっていく気がします。
課題が残っていても、親子で一緒に練習できる。
そう思えるようになっただけで、私は未来への不安がかなり減りました。
「ずっと大変」じゃなく、「その都度、やり方を更新すればいい」。今はそう考えています。
同じ悩みの親御さんへ——早めに頼るのは“負け”じゃなく“作戦”です
もし今、「うちの子、なんか違うかも」「育てにくい」「外出が怖い」と感じているなら、まず伝えたいのは、あなたの感覚は大事にしていいってことです。
周りに「気にしすぎ」と言われても、毎日一緒にいる親が感じる違和感って、意外と当たります。
そして、早めに頼るのは全然恥ずかしいことじゃありません。
むしろ、親が一人で抱え続けるほうが、親子ともに消耗してしまいます。
私も当時は、もっと早く「見てもらう」「一緒に整理する」動きができていたら、怒鳴って自己嫌悪…みたいな日を減らせたかもしれません。
具体的には、健診のタイミングで相談する、保健センターに話す、小児科で困りごとを伝える、支援センターで先生に聞いてみる。こういう“身近な窓口”からで十分だと思います。遊びに行ったついでに話せる場所って、親のハードルが下がるんですよね。
私が今でも忘れられないのは、救急外来で出会った小児科の先生の言葉です。
「お母さんのせいじゃないよ」
「何回でも連れてきていいよ」
あの一言で、私はどれだけ救われたか分かりません。
だから、あなたにも言いたいです。
我慢し続けるより、頼っていい。
誰かと一緒に考えるだけで、景色は変わります。
そして何より、子どもの特性を認めてあげることは、甘やかしじゃなく“その子が安心して育つ土台”になる。私は自分の経験から、そう思っています。
読者へのメッセージ
ここまで読んでくれたあなたへ、最後にメッセージを残します。
「うちの子、なんか育てにくい…」
「他の子と違う気がする…」
そう感じるだけで、親はずっと緊張します。外では周りの目が気になって、家では疲れがどっと出て、夜になると自己嫌悪が押し寄せる。
でも、それってあなたが弱いからじゃなくて、毎日ちゃんと向き合っている証拠だと思います。
私が遠回りして気づいたのは、答えを急ぐより前に、まず「今のしんどさ」を言葉にしていい、ということでした。
子どものことって、説明しようとしてもまとまらないし、聞いてもらえる相手がいないと、頭の中でどんどん大きくなります。
だからこそ、誰かに遮られずに話せて、「それは大変だったね」と受け止めてもらえる時間があるだけで、心の温度が少し下がります。親の心が落ち着くと、不思議と子どもへの見え方も変わってきます。
もし今、同じように一人で抱えているなら、傾聴ラウンジ「ここより」を思い出してみてください。
アドバイスをもらうためだけじゃなく、まずは“そのままの気持ち”を置きにいく場所として使っていいと思います。
「うまく話せないけど聞いてほしい」でも大丈夫。言葉にならない部分も含めて、一緒にゆっくり整理していけます。
子どもが変わる前に、親が少し楽になる道は、ちゃんとあります。
どうか我慢しすぎず、あなたのペースで、頼れる場所を増やしていきましょう。





