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母親だけが限界になるのはなぜ?子育てで『私だけがしんどい』と感じる本当の理由【相談事例】

母親だけが限界になるのはなぜ?子育てで『私だけがしんどい』と感じる本当の理由【相談事例】

「母親だけが限界になる…」そんな風に感じる瞬間、
“自分の気持ちを誰かにそっと聴いてほしい”と心のどこかで願っていませんか?

毎日を一生懸命やっているのに、なぜか胸の重さが取れない。
夫や周りの人には理解されている気がしない。
自分だけがしんどさを背負っているように思えてしまう――
そんな気持ちが、いつの間にか日常を覆ってしまうことがあります。

このページを開いてくださったあなたも、
「言葉にするのが難いけれど、誰かに受け止めてもらいたい」
という想いを抱えているのではないでしょうか。

私自身も、子育てや人間関係の中で感じた孤独や不安を通して、
どうして“母親だけが限界に追い込まれてしまうのか”という問いに、深く向き合ってきました。

ここでは、実際の相談の中で見えてきた“本当の理由”を丁寧に紐解きながら、
あなた自身の感じているしんどさを言葉にするヒントを一緒に探していきたいと思います。

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投稿者プロフィール

さとうなみ
さとうなみよりびと
■待機時間:月・火・水・木・金の10時~13時
※祝日はお休みです

■年齢:30代

■ キャッチコピー:「あなたの気持ちにそっと寄り添う、優しい居場所」


■ 得意なテーマ

– 人間関係・子育ての悩み(家族/夫婦/友達/職場/子どもの発達/ママ友づきあいなど)
– 発達グレー&発達特性のある子の子育てのリアル
– ママ・パパのメンタル/気持ちのアップダウン
– 夫婦関係の悩みや心のモヤモヤ
– 自分の気持ちがわからない/整理したい
– ひとりで抱えられないときの聞き役

■ 聴き方・スタイル

– あなたが今どんな気持ちになっているのかを大切にします
– 話すペースも内容も、思ったままで大丈夫です
– 気持ちが軽くなるような穏やかな雰囲気作りはお任せください

■ 経験

– 元教員として10年間、発達特性のある子たちを含め多くの子どもたちや保護者の 相談に乗ってきました。
– 現在は私自身も発達特性のある子の母として日々奮闘中です!
– 「どうしてうちの子が…」という悩みは孤独もたくさん経験してきました。
– 夫婦関係でも日々悩み、家族の大切さや難しさを実感しています。
– 友人や家族からは「いつも話を聞いてもらえるからつい長話をしちゃう」とよく言われます。

■ 大切にしていること

– 何よりあなたの気持ちが軽くなることを一番に考えます
– 「ひとりじゃない」と感じてもらうことを意識します
– 話しやすく安心できる雰囲気を大切にします
– 上手く言葉が出なくても、涙が出てしまっても大丈夫です

■ 人柄・ユニークポイント

– 好きなもの:犬 / 韓国ドラマ / 甘いもの
– よく言われる性格:「優しい」「おもしろい」「話しやすい」「たまにぬけてる」 ※MBTI性格診断はISFJ(擁護者)です
– ちょっとしたこだわり: 1日1回は自分と子どもを甘やかす
– 聴き手としての密かな強み:当事者ママとしてのリアルな共感力


■ メッセージ

たくさん頑張っているからこそ悩むし苦しいんですよね。

リハートカウンセリング.comの傾聴ラウンジにたどり着いて下さったこのご縁を大切に、今ここから少しでも気持ちを軽くできるようお手伝いしていきます。

あなたからのお電話をお待ちしています。

目次

子育てがしんどい…「私の育て方が悪いの?」と自分を責めてしまうとき

子どもが年長の後半くらいから、急に「育てにくさ」を強く感じるようになった。
園からの報告が増えて、小学校入学も近づいてきて、気持ちがずっと落ち着かない。

本当は怒りたくないし、できれば穏やかに関わりたいのに、切り替えが苦手で癇癪が続くと、毎日がいっぱいいっぱいになります。
夜も眠りが浅くて、体は疲れているのに頭だけが休まらない。
それでも踏ん張っているのに、ふとした瞬間に「私の育て方が悪いのかな」「どうして私だけこんなにしんどいんだろう」って、自分を責める言葉がぐるぐる回ってしまう。

そして、いちばん刺さるのが“近くにいるはずの人”の一言だったりします。
「そんなに大変?」「俺の前では普通だけど」――悪気がないからこそ、余計に孤独が深くなる。
今回は、そんな状態から始まった30代後半のMさんの相談事例をもとに、「母親だけが限界になってしまう理由」を起点から丁寧にたどっていきます。

「困りごと」は家庭の中で見え方が変わる。だからこそ苦しくなる

Mさんの息子さんは、集団行動への拒否や癇癪が増えてきて、園でも気になる場面が出てきました。
母親としては、毎日その“現場”に立ち会うので、対応の積み重ねで心も体もすり減っていきます。

一方で、夫は平日の帰宅が遅く、子どもと関わる時間が限られていました。週末に遊ぶくらいの関わりだと、同じ出来事でも「そこまで問題に感じない」ことが起こりやすいんです。
ここで大事なのは、どちらが正しい・間違いではなくて、「見えているものが違う」という事実。

でも、母親側はつい「私の受け取り方がおかしいのかな」「私が弱いのかな」と自分へ矢印を向けがちです。
実際には、負担の量が違えば、疲れ方も違う。焦り方も違う。
“見え方の差”があるのに、同じ温度で分かち合えないことが、孤独を大きくしてしまうんですね。

「私だけが背負ってる」状態は、気合いでは埋まらない

Mさんは、近くに頼れる家族や支援もなく、平日の育児はほぼ一人で担っていました。
こうなると、気合いで頑張るほど、限界のラインが見えなくなっていきます。

たとえば、癇癪が起きたとき。
落ち着かせる声かけをして、周りの目も気にして、時間も気にして、次の予定にも追われる。
その後に園からの報告で「今日も切り替えが難しかったです」と言われたら、胸がぎゅっとなります。涙が出る日があるのも、全然おかしくありません。

それでも「母親なんだから」「私がやらなきゃ」で踏ん張ると、疲れは回復する前に上書きされます。
さらに、夫から「そんなに大変?」と言われると、しんどさそのものが否定されたように感じてしまう。
結果、「わかってもらえない」→「もっと頑張らなきゃ」→「さらに限界」…のループに入りやすいんです。

ここで覚えておきたいのは、限界は“心の弱さ”ではなく、“負荷の積み上げ”で起きるということ。
まずはこの前提に立つだけでも、自分責めが少しゆるみます。

話せる場所があると、思考の渦から少し抜け出せる

Mさんとお話しするとき、私が最初に大事にしたのは「もう十分頑張っている」という前提でした。
解決策を急いで探すより先に、まずは“否定されずに気持ちを言葉にできる時間”をつくる。ここがスタートです。

不思議なもので、気持ちをそのまま出せると、頭の中で暴れていた言葉が少し整ってきます。
「私の育て方が悪いのかな」→「そう思うくらい追い詰められてたんだな」
「どうして私だけ」→「平日の負担が偏ってたんだな」
こんなふうに、“自分を責める結論”から、“状況を理解する視点”へ移りやすくなるんですね。

実際にMさんは、話を重ねる中で「夫が子どもを大切に思ってないわけじゃない。ただ、実態を知らないだけかも」と気づいていきました。

そして出てきた言葉が、「私が大げさなわけでも間違ってるわけでもなかったんですね」。

この一言って、すごく大きいです。
自分の感覚を“信じてもいい”と思えると、次の一手が現実的になります。
たとえば「助けて」ではなく、「この場面を一緒に見てほしい」と具体的に伝える練習。連絡帳の内容を共有する、癇癪の場面を短時間でも一緒に体験してもらう。こういう“小さくて確実な共有”が、夫婦の温度差を埋める第一歩になります。

同じ親なのに、なぜ母親だけが限界になるのか?見えない負担の正体

「同じ親なんだから、同じくらい大変なはず」
頭ではそう思うのに、現実はなぜか母親だけが消耗していく。

子どもの癇癪や集団への拒否、切り替えの難しさみたいな“日々の困りごと”って、たまに起きるイベントじゃなくて、毎日の積み重ねなんですよね。
だからこそ、関わる時間が長い人ほど負担が増えて、心の余裕が削られていきます。

それなのに、外からは見えにくい。
夫からは「俺の前では普通だけど」と言われ、周りからは「男の子ってそんなもんだよ」と軽く流される。
すると母親側は、「私が神経質なのかな」「私の関わり方が悪いのかな」と、また自分に原因を探し始めてしまう。

でも本当は、あなたが弱いからでも、気合いが足りないからでもなくて、ただ“負担の偏り”が起きているだけかもしれません。
ここでは、母親だけが限界になりやすい構造を、できるだけわかりやすくほどいていきます。

「困りごとの対応」は、やった人にしかわからない種類の疲れがある

子どもの困りごとって、目に見える“事件”だけじゃありません。
癇癪が起きた瞬間だけじゃなくて、その前後のフォロー、予定の調整、園への連絡、先生とのやりとり、家の空気づくり…いろんな“見えない作業”がセットでついてきます。

たとえば、園から「今日は切り替えが難しかったです」と言われたら、母親はそこから頭の中で作戦会議が始まります。
「明日はどう声をかけよう」
「朝の支度の流れを変えた方がいいかな」
「小学校に上がったら大丈夫かな」
こういう“先回りの思考”って、止めたくても止まりません。

そして、この疲れは外から見えにくいんです。
家の中が回っているように見えるほど、「大丈夫そう」「慣れてるんでしょ」と思われやすい。
でも実際は、“なんとか回してるだけ”で、心の中はずっと緊張状態だったりします。

だからこそ、まずは「私は大げさなんじゃなくて、対応の量が多すぎただけかも」と捉え直してみてほしいです。
疲れるのは当たり前。
むしろ、ちゃんと向き合っているから疲れる。
ここを押さえるだけで、少し自分への言い方が変わってきます。

「夫婦の温度差」は愛情の差じゃなく、“情報量の差”で起きる

母親だけが限界になっていくとき、セットで起きやすいのが夫婦の温度差です。
でもこれ、愛情の差というより“見ている情報量”の差で起きることが多いんですよね。

平日は仕事で帰宅が遅い。子どもと関わるのは短時間。
そうなると、子どもの困りごとの“ピークの時間帯”に居合わせないことも増えます。
癇癪が起きる前のサインも、起きた後の疲れも、園での様子も、母親だけが知っている。

その状態で、母親が「本当に大変なんだよ」と伝えても、夫にはイメージが湧きにくい。
すると夫は悪気なく「そんなに?」「俺の前では普通だけど」と言ってしまう。
母親側は「わかってもらえない」「私が間違ってるのかな」と追い詰められる。
このすれ違いが、じわじわ心を削ります。

ここで大事なのは、相手を責めるより前に「情報量が違うんだ」と理解すること。
そして、情報を“感情”で渡すのではなく、“具体的な場面”で渡すこと。
「助けて」より「この場面を一緒に見てほしい」
この言い方のほうが、相手も動きやすいんです。

母親の「違和感」は弱さじゃない。むしろ“早めの気づき”になる

「こんなことで悩む私って、弱いのかな」
「他の人は普通にやってるのに」
そう思ってしまう人ほど、すごく頑張り屋さんだったりします。

でも、母親が感じる「なんか引っかかる」「このままだと心配」って、ただの不安じゃなくて、日々の観察の積み重ねから生まれていることが多いです。
子どもの表情、切り替えのタイミング、集団でのしんどさ。
近くで見ているからこそ、小さな変化に気づける。

そしてこの違和感って、子どもを責めるためのものじゃなくて、環境や関わり方を調整するためのサインになり得ます。
たとえば、小学校入学前に園での様子を共有してもらったり、必要に応じて配慮を検討したり。
早めに“情報をつなぐ”だけでも、親の安心感が変わります。

Mさんも、話を重ねる中で「私が大げさなわけでも間違ってるわけでもなかった」と感じられるようになっていきました。
この感覚が戻ると、母親は少しずつ自分を守れるようになります。
限界まで頑張ってから助けを求めるんじゃなくて、限界になる“前”に手を打てる。

あなたの違和感は、あなたを責める材料じゃなくて、家族を整えるヒントかもしれません。

「そんなに大変?」その一言が心を追い詰める理由

母親だけが限界に近づいているとき、追い打ちみたいに効いてしまうのが、夫の“悪気のない一言”だったりします。
「そんなに大変?」
「俺の前では普通だけど」
言った側は軽い確認のつもりでも、言われた側は胸の奥がズンと重くなる。

それは、ただ否定された気がするから…だけじゃないんですよね。
言葉の奥に、「あなたの感じている大変さは大したことないのかも」という空気が混ざると、母親は一瞬で孤立します。
「じゃあ私が弱いのかな」
「私の関わり方が悪いのかな」
そうやって自分へ矢印が向き、しんどさを説明する気力まで削られていく。

本当は、しんどい理由をわかってほしいだけ。
責めたいわけじゃなくて、同じチームで子どもを見たいだけ。
でも、その“一言のズレ”が続くと、夫婦の間に小さな壁が積み上がっていきます。
ここでは、この壁がなぜ生まれるのか、そしてどうすれば崩していけるのかを、具体的に見ていきます。

「否定された」と感じるのは、しんどさが“見えない努力”の積み重ねだから

母親のしんどさって、目立つ出来事だけが原因じゃありません。
子どもが荒れているときに対応するのはもちろん、荒れる前に先回りして調整する。
園からの報告で心が揺れても、家では平常運転を保つ。
疲れていても家事は待ってくれないし、明日の準備もある。

こういう“見えない努力”が積み重なった状態で、
「そんなに大変?」と言われると、努力そのものを消された気分になるんです。
「私がやってきたことって何だったんだろう」
「私が大げさなだけ?」
この感覚が、じわっと自尊心を削ります。

しかも、母親は普段から「ちゃんとしなきゃ」「母親なんだから」と自分に厳しくしがち。
だから、外から軽く扱われた瞬間に、内側の厳しさが一気に爆発してしまうことがあります。

ここで大事なのは、言葉の正誤よりも「受け取り方には理由がある」と知ること。
あなたが敏感なのではなくて、敏感にならざるを得ないくらい負荷が積み重なっていた。
まずはそこに気づくだけでも、少し呼吸がしやすくなります。

夫の“普通”と母親の“限界”は、どちらも本当。だからすれ違う

夫が「俺の前では普通だけど」と言うとき、嘘をついているわけじゃないことが多いです。
実際、子どもって相手や場面で見せる顔が違います。
短時間の関わりだと、たまたま穏やかなタイミングに当たることもあります。

一方で母親は、長い時間を一緒に過ごすので、切り替えが難しい瞬間にも、癇癪のピークにも、必ず立ち会う。
つまり、夫の“普通”も、母親の“限界”も、どちらも事実なんです。

問題は、事実が違うことではなくて、「見えている事実が違う」ことを共有できていないこと。
共有がないまま言葉だけが飛び交うと、母親は「私は信じてもらえていない」と感じるし、夫は「そんなに深刻なの?」と置いてきぼりになる。

だから、ここで必要なのは“気持ちの説得”じゃなくて、“情報のすり合わせ”です。
例えば、園の連絡帳の内容を一緒に見る。
癇癪が起きやすい場面を、短時間でも一緒に体験してもらう。
こういう「同じ材料を見る」ことが、温度差を埋める近道になります。

「助けて」より「この場面を一緒に見てほしい」が効く理由

追い詰められているときほど、「もう無理」「助けて」と言いたくなります。
でも、相手に余裕がないときや、状況をイメージできていないときほど、「助けて」はふわっとして伝わりにくいことがあります。
夫側は「何をどうすればいいの?」となって、結果的に距離が生まれてしまう。

そこでおすすめなのが、「具体的な場面」で伝えることです。
たとえば、
「朝の支度で切り替えが難しくて、私が一人だと対応が追いつかない」
「園の先生からこう言われて、入学前に一緒に考えたい」
「癇癪が起きたとき、5分でいいから横で見てほしい」
こういう言い方だと、夫も“やること”が見えてきます。

Mさんも、感情だけで訴えるより、「この場面を一緒に見てほしい」と伝える練習をしていきました。
すると、夫が「初めて大変さがわかった」と気づくきっかけが生まれやすくなります。

ポイントは、相手を責めるために説明するんじゃなくて、同じチームになるために共有すること。
この方向に切り替わると、母親の孤独感は少しずつ薄れていきます。
言葉の選び方ひとつで、夫婦の空気は変えられます。

母親が感じる違和感は間違いじゃない|一人で抱え込まなくていい理由

ここまで読んで、「あ、私だけがおかしいわけじゃなかったんだ」と少しでも思えたなら、それだけで大きな一歩です。
子どもの困りごとに向き合っていると、母親はどうしても自分を責めやすくなります。

「もっと上手に関われたら…」
「私の育て方が悪いのかな…」
そんな言葉が頭をよぎるのは、あなたが怠けているからでも、弱いからでもありません。
むしろ、子どものことをちゃんと見て、真剣に向き合っているからこそ出てくる“反応”です。

そして、母親が感じる「違和感」って、ただの不安ではなく、日々の観察から生まれた大事なサインだったりします。
「このままだと入学後が心配」
「今のうちに整えたい」
この感覚を持てるのは、子どもと長い時間を過ごしているから。

だからこそ、全部を一人で背負う必要はありません。
負担は偏りやすいから、意識して“共有”を作っていく。
完璧に分かり合うより、同じ材料を一緒に見て、同じ方向を向く。
それだけでも、心の孤独はぐっと減ります。

「母親だけが限界になる」のには、ちゃんと理由がある

まず最初に伝えたいのは、母親だけが限界になってしまうのは“性格の問題”ではない、ということです。
日々の育児って、目に見える作業だけじゃなくて、見えない仕事が山ほどあります。

子どもの様子を観察して、先回りして準備して、先生の話を受け止めて、家の段取りを組み直して…。
それを毎日、一人で回し続けたら、どんな人でも疲れます。

さらにMさんのように、近くに頼れる人がいない状況だと、回復するタイミングがほとんどありません。
「寝たら戻る」ではなく、「寝ても戻らない」。
それでも母親は、つい「私が頑張ればなんとかなる」と踏ん張ってしまう。

そして決定打になりやすいのが、夫の悪気のない一言です。
「そんなに大変?」と言われた瞬間、母親は“状況のしんどさ”だけでなく、“気持ちの居場所”まで失いそうになる。
だから限界が来るのは当たり前。

ここで覚えておきたいのは、限界は「弱さ」ではなく「負荷の結果」だということ。
この前提に立てると、少しずつ「責める」から「整える」に視点が移っていきます。

“共有のしかた”を変えると、夫婦は同じチームになりやすい

夫婦でいちばん難しいのは、「わかってよ!」の気持ちが強くなったときほど、言葉が雑になってしまうことです。
しんどい側は必死だから、どうしても感情が先に出る。
でも、相手は状況を見ていない分、イメージが湧かず、ピンと来ない。

このズレを埋めるコツは、感情を抑え込むことではなく、“共有のしかた”を変えることです。

たとえば、
「助けてほしい」より「この場面を一緒に見てほしい」
「しんどい」より「朝の支度で切り替えが難しくて、ここが一番きつい」
こういうふうに、具体的な場面を渡すと、相手は動きやすくなります。

Mさんも、癇癪が起きた場面を夫に共有し、短時間でも関わってもらうことを試しました。
大きく状況が変わらなくても、「一人で抱えてる感じ」が薄れるだけで、心はかなり楽になります。

夫婦は、完全に同じ温度になる必要はありません。
でも、同じ材料を見て、同じ方向を向くことはできます。
「理解してもらう」より「一緒に見てもらう」。
ここを意識すると、関係は少しずつ整っていきます。

“自分を否定しない”だけで、次の一手が現実的になる

Mさんの変化で印象的だったのは、「自分は間違っていないと思えるようになってきた」という点でした。
これって、一見ふわっとした話に見えるかもしれませんが、実はめちゃくちゃ現実に効きます。

自分を否定している状態だと、選択肢がどんどん狭くなります。
「私がダメだから」
「私が頑張らないと」
そう思うほど、抱え込みが加速してしまう。

でも、「しんどいのには理由がある」「負担が偏っていただけ」と理解できると、次の一手が具体化します。
・園からの報告を夫と共有する
・小学校に向けて配慮が必要な点を事前に伝える
・癇癪が起きやすい場面を一緒に見てもらう
こういう“小さくて現実的な行動”が選べるようになる。

そして何より、母親の心に余白が戻ってくると、子どもへの関わりも少し穏やかになります。
完璧な対応を目指さなくていい。
一人で背負い続けなくていい。

もし今、「私だけが限界かも」と感じているなら、あなたの感覚は間違っていません。
そのしんどさは、ちゃんと理由がある。
そして、少しずつ“分ける工夫”は作れます。

読者へのメッセージ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

もし今あなたが、
「私だけが限界かも…」
「頑張っているのに報われない」
「誰にもわかってもらえない」
そんな気持ちを抱えているなら、まず伝えたいです。

それは、あなたが弱いからじゃありません。
子どものことをちゃんと見て、毎日を回して、何とか守ってきたからこそ出てくる“しんどさ”です。

そして、しんどい気持ちを抱えたまま頑張り続けるほど、心はどんどん孤独になります。
だからこそ、「一人で抱え込まなくていい」んです。

話すことで、状況がいきなり全部変わるわけじゃないかもしれません。
でも、否定されずに気持ちを言葉にできるだけで、頭の中のぐるぐるが少し落ち着いて、
「私は間違ってなかった」
「ここから整えていけるかも」
そう思える瞬間が生まれます。

傾聴ラウンジ「ここより」では、まさにその“気持ちをそのまま話せる時間”を大切にしています。
答えを急がず、正しさで裁かず、あなたの中にある本音を一緒にほどいていく場所です。

「こんなこと話していいのかな」
「うまく説明できないかも」
そんな状態でも大丈夫。まとまっていなくてOKです。

もし、この記事が少しでも「私の話かも」と感じたなら、
ひとりで抱え続ける前に、傾聴ラウンジ「ここより」を頼ってみてください。
あなたのしんどさには、ちゃんと理由があります。
そして、そのしんどさを“分けられる場所”はあります。

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