10歳の時には立派な愚痴聞きでした…

カウンセラーとしてのルーツは祖母の話し相手(聞き役)です

今思えば、私がカウンセラーとして活動を開始したのは小学生の時でした。祖父母と同居していて、私の親はレストランを経営していることもあり、両親共働きでほとんど家にいませんでした。その中で、まずは祖母の話を聞く機会が多かったんですよね。

まずは、昔話をいろいろと聞いていました。戦争のこと、嫁入りした時の苦労話、叔父や父のこと、本当にいろんなことを聞きました。数時間聞くこともありましたし、何回も同じ話を聞くこともありました。その経験が話を聞くことが全く苦にならない今のベースになっているのかもしれません。

 

嫁姑問題のはけ口にもなっていました

そのうち、私の母と祖母の嫁姑問題が発生しました。そんなにひどいものではなく、今思うとごく一般的なものです。ただ、お互いが愚痴を言う先が私だったという点と、それを嫌がっていなかった私、というのが少し変わっていたかもしれませんね。私の父親は基本的に中立な姿勢をとっていました。今思えばそれは問題なかったですが、母も祖母も「自分の味方になってくれない」と感じていたようです。ここがポイントですよね。中立的な立場をとった時に、お互いに「私の味方になってくれている」となっていれば、何も問題はなかったのです。なぜそうならなかったか。それは本当の意味で「話を聞いていなかった」からです。

ただ、仕方なかったとも思います。週1日の休みで1日12時間以上仕事をし、家に帰って母の愚痴を聞き、朝起きたら祖母の愚痴を聞く、こんな生活をしていたらおかしくなりますよね(笑)その代わりを私が担当していた、そしてそれが私の天職、いや天命だったのかもしれません。

 

頼られることで存在意義を…

家庭ではそういった感じでしたが、学校でもやはり相談を受けたりすると嬉しい、そんなところがありましたね。相談を受けるということは頼りにされている、そこに自分の存在意義がある、そういった構図が自然と成立していたのでしょう。ただ、この思考が問題となったこともありました。主体性がないということです。「自分が」がなかったのです。

詳しくは書きませんが、主体性がないとカウンセリングを仕事にできません。「カウンセリングを仕事として生計を立てるんだ」という気持ちが必要です。相談を受けることで存在意義を感じるだけでは、仕事にはならないんですよね。これに気づいたのが本当に最近です。気づいたから今、こうやってカウンセラーとして仕事をしているのです。

 

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