だから同居したくなかったんだ…

昨日のコラムで気づきました

まずは今日のコラムを読む前に、昨日のコラムを確認して頂くと話が分かりやすくなります。このコラムを書くまで気づいていなかったのですが、そういえば私は小学生の時から、将来結婚しても同居はしないと決めていました。その理由は嫁姑問題を見てきたからだと自分では思っていました。でも、実はポイントが違っていたんです。私が見ていたのは父親のことだったのです。

>週1日の休みで1日12時間以上仕事をし、家に帰って母の愚痴を聞き、朝起きたら祖母の愚痴を聞く、こんな生活をしていたらおかしくなりますよね(笑)

このくだりが全てです。嫁姑問題に対し対処法は分かっているが、自分にそれができる余裕があるかどうかが分かりませんし、仮にあったとしても相当な労力を使います。わざわざそういった環境を作る必要はない、小学生にしてはシビアな考え方ですが、これに近いようなものを肌で感じ取っていたのではないか、と今振り返ると思いますね。

 

基本的には自分と重ねるものです

例えば、この話にある嫁姑問題。嫁、姑のいずれにも私がなることはありませんよね。ということは、自分を重ねることはありません。重ならないからです。この原理が分かっていると、自分が重ねたのが父親だと分かるんですよね。

自分が何と重ねたかが分かると、自分が深く考える、意識する対象が何なのか、ということがはっきりと見えてきます。クライエントに多いのが、この意識するポイントが分からないケースです。意識するポイントが分かると、多くのことに気づくことができます。その力は人間に備わっているものだからです。

 

気づくとスッキリします

人間は気づくとスッキリし、行動を起こしやすくなります。心のつっかえがとれ、軽くなるんですよね。軽くなればフットワークよく行動できます。心と身体を連動させて意識すると良いのです。これがイメージトレーニングです。自己暗示にもなりますね。

過去の体験から学んでいることが多くあります。「なぜか○○はしたくないんだよね」という時には、そのルーツが過去に存在していることが多いです。そこを意識し気づくことができると、「○○をしたくない」ことを受け入れ、スッキリとした気分になれます。その繰り返しで自分らしく生きることができている実感を得られます。

 

ありのままの自分ツイッター

スマホに情報を送る

PAGE TOP